公認会計士が伝える!シリーズ

公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術 第6回

「債務償還年数」の業種別分析②

2025/09/19

著者 :  中島 努

1.はじめに

前回と今回とで、企業が借金(借入金や社債)を返済するのに必要な年数を示す経営指標である「債務償還年数」を取り上げ、業種別に分析しています。

2.中小企業の債務償還年数を業種別に分析してみよう(その2)

(3)中小企業の債務償還年数の業種別分析(つづき)

前回は、「(1) 債務償還年数とは」でこの指標の概要を説明した上で、「(2)債務償還年数の活用に際しての留意点」についても説明しました。さらに、「(3)中小企業の債務償還年数の業種別分析」として、中小企業実態基本調査の結果が入手できる直近年度(2023年度)を中心に、①全業種平均、②債務償還年数が短めの業種、③債務償還年数が長めの業種、について分析しました。

今回は、前年度(2022年度)やコロナ禍前(2018年度)と比較して大きな変動があるのかどうかを分析していきます。

中小企業における債務償還年数はどの位の水準になるのか、中小企業実態基本調査のデータを活用して業種別に算出した結果は【図表1】のとおりです。以下では、このデータに基づいて分析を進めますが、その分析は業種に見られる特徴などを探るものであるため、あくまでも業種平均で行っており、個々の企業については状況が異なる点にはご留意ください。

【図表1】中小企業の業種別の債務償還年数(数値は前回と同じ)

④2022年度(前年度)と2023年度との比較

【図表1】の2022年度(前年度)と2023年度とを比較すると、全業種平均で債務償還年数が7.2年から6.4年と短くなっています。より早期に借金を返済できる状態となっているということで、より良い状態になったと言えます。

そんな中で、「生活関連サービス業・娯楽業」が16.3年から6.5年へと60%短縮、また「宿泊業・飲食サービス業」が19.9年から11.6年へと42%短縮したのが際立っています。つまり、より早期に借金を返済できる状態に改善したということです。「生活関連サービス業・娯楽業」について、この2年度の変化を見てみたところ、負債・純資産に対する借金の構成比は37%から38%と概ね横ばいであったに対して、当期純利益率は△1.4%から1.6%へと大きく改善し黒字に転じており、これが債務償還年数の大幅な短縮に寄与したことが分かりました。また、「宿泊業・飲食サービス業」についても、負債・純資産に対する借金の構成比は68%から66%と概ね横ばいであったのに対して、当期純利益率は△0.1%から2.0%へと大きく改善し黒字に転じており、同様の状況であったことが分かりました。これらの業種はコロナ禍で大きく業績が悪化した業種であり、2023年度には業績の改善が認められる状況と言えそうです。

なお、逆に債務償還年数が伸びた場合には、借金を返済できる年数が伸びて返済能力が低下しているおそれがあります。2022年度から年数が伸びた業種はいくつかあるものの、わずかな伸びに収まっており、大幅に伸びてしまったという状況にはなっていません。ただし、債務償還年数が長い場合や大きく伸びている場合には注意が必要です。その対応策については、後ほど「(4)中小企業の経営に活かすための具体的な対応策」のところで考えてみます。

⑤2018年度(コロナ禍前)と2023年度との比較

【図表1】の2018年度(コロナ禍前)と2023年度とを比較すると、全業種平均で債務償還年数が6.1年から6.4年と概ね横ばいとなっていますが、業種別に見ると変化にばらつきが見られます。

「学術研究・専門・技術サービス業」が8.1年から4.3年へと47%短縮したのが最も大きく、その他では「生活関連サービス業・娯楽業」が7.8年から6.5年へと17%短縮、「小売業」が11.1年から9.3年へと16%短縮したのが比較的大きめの短縮となっています。「学術研究・専門・技術サービス業」について、コロナ禍前と比較した変化を見てみたところ、負債・純資産に対する借金の構成比は31%から22%と大きく減少した一方、当期純利益率は5.6%から7.5%へと改善しており、これらが債務償還年数の大幅な短縮に寄与したことが分かりました。「生活関連サービス業・娯楽業」については、負債・純資産に対する借金の構成比は37%から38%と概ね横ばいである一方、当期純利益率は1.3%から1.6%へと改善しており、これが債務償還年数の短縮に寄与したことが分かりました。「小売業」については、負債・純資産に対する借金の構成比は43%から40%と概ね横ばいである一方、当期純利益率は0.8%から1.5%へと改善しており、これが債務償還年数の短縮に寄与したことが分かりました。

一方、2018年度(コロナ禍前)よりも債務償還年数が大きく伸びたのは、「不動産業・物品賃貸業」が6.4年から9.1年(42%の長期化)、「サービス業(他に分類されないもの)」が4.1年から5.8年(41%の長期化)となっています。「不動産業・物品賃貸業」については、負債・純資産に対する借金の構成比は45%から48%と高まる一方、当期純利益率は13.9%から11.6%へと悪化しており、これらが債務償還年数が伸びる要因となったことが分かりました。「サービス業(他に分類されないもの)」については、負債・純資産に対する借金の構成比は27%から28%、当期純利益率も3.2%から3.3%へと概ね横ばいとなっていました。そこでさらに調べた結果、「サービス業(他に分類されないもの)」について、2018年度(コロナ禍前)と比較して2023年度の純利益が20%の増加であるのに対して、借金の増加は69%に達していました。これが債務償還年数が伸びる要因となったようです。

(4)中小企業の経営に活かすための具体的な対応策

債務償還年数は、中小企業が借金を返済するのに必要な年数を示す重要な指標ですが、この指標を活用して経営の安定化を図るための具体的な対応策を考えてみます。債務償還年数が長い場合や、前期と比べて大きく伸びている場合は、借金の返済能力の低下が懸念されますが、毎年度の利益水準の変動によっても大きく変わる可能性があるため、まずは債務償還年数に影響している要因を探るようにしましょう。特別な損失の計上など一過性の要因で利益が減少し、債務償還年数が長くなっているのであれば、そうした損失を除いた数値で改めて債務償還年数を算出して見るのも一つです。それでもなお債務償還年数が長いと考えられる場合、その対応策にはいくつかのものが考えられます。債務償還年数を改善する上で、本業での利益を改善していくことはもちろん重要です。ただし、本稿ではそれ以外の財務や管理などが関わる部分でどんな対応ができるのかを中心に考えてみることにします。

①債務償還年数の目安値との比較

債務償還年数で借金の返済能力を評価する場合、業種や各企業の状況によっても違いますが、一つの目安として、10年以内に収まっているかという観点でチェックしてみることが考えられます。10年以内に収まっていれば概ね借金の返済能力に問題がない状況であり、10年を超えてくると注意が必要な状況となり、さらに15年を超えてくると要改善の状況といった具合に捉えておくことが考えられます。

なお、債務償還年数がマイナスになっている場合は、「当期純利益+減価償却費」がマイナスになっているということですから、これも要改善の状況と言えるでしょう。

②利益目標の目安の設定

中小企業においては、特に利益目標や予算などを設定していないことも少なからずあることでしょう。ただし、債務償還年数が長い場合、現状の借金の水準の割に利益水準が少な過ぎることが考えられますので、債務償還年数が適正な水準に収まるようにするためには、どの位の利益を計上する必要があるのかを算出し、その利益水準を利益目標として設定することも考えられるでしょう(図表2)。

【図表2】利益目標の目安の設定の例

現状だと債務償還年数が15年となっており長過ぎる水準なので、これを10年以内(=1の部分)の水準まで短縮したいとします。借入金残高や減価償却費が現状のままだとした場合、Dの金額(=減価償却費控除前の純利益)を15,000千円以上(=2の部分)にする必要があります。そうすると、当期純利益は13,000千円以上(=3の部分)計上する必要があるということになりますので、これを利益目標と設定するということです。

③固定資産の適正管理

固定資産は企業の財務基盤に大きな影響を与えるため、適正な管理が求められます。その際には次のような視点を持つことが大切です。

(例)

✓設備投資前の検討と資金の手当て

多額の設備投資を実施するような場合、投資額の割に投資の効果が小さいと財務基盤の安定にマイナスの影響が生じるため、事前に投資の効果をよく検討するようにするとともに、過剰な投資とならないように留意します。また、設備投資のための資金はできる限り自己資金でまかない、必要以上に借金が増えないように留意することも必要です。

✓遊休資産の売却

使用されていない設備や不動産があれば、それを売却して借金を返済することが考えられます。

④借金(借入金や社債)の適正管理

債務償還年数を短縮するためには、債務を適正に管理することが重要で、以下のような視点を持つことが大切です。

(例)

✓資本増強

内部留保の積み立てや増資を行い、自己資本を増強することが考えられます。

✓補助金や助成金の活用

設備投資などに関連して、政府や地方自治体が補助金や助成金を提供することがあります。これらを活用して資金調達の一部を補うことで、借金の増加を抑制することも考えられます。

3.おわりに

本稿では、中小企業が借金を返済するのに必要な年数を示す重要な指標である「債務償還年数」について、業種別に分析しました。債務償還年数を用いることで、企業の財務状況、特に借金の返済能力を客観的に評価し、経営判断の一助とすることができます。

業種ごとの特徴を理解することで、当該業種の中小企業が借金の返済に要する年数がだいたいどれ位なのかを把握することができます。特に、債務償還年数が長い場合や、前期と比べて大きく伸びている場合は、借金の返済能力が低下し財務リスクが高まる可能性があるため、原因をよく調べ、必要があれば早期に対策を講じることが重要です。そのためにも、債務償還年数を定期的にモニタリングし、(4)で説明した「中小企業の経営に活かすための具体的な対応策」なども参考に、健全な財務運営を目指していくことが望まれます。

次回以降も引き続き経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。

提供:税経システム研究所

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