1.はじめに
前回と今回とで、企業の利息の支払能力を示す経営指標である「インタレスト・カバレッジ・レシオ」(Interest Coverage Ratio。略してICRと言われることもあります)を取り上げ、業種別に分析しています。
2.中小企業のインタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)を業種別に分析してみよう(その2)
(3)中小企業のインタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)の業種別分析(つづき)
前回は、ICRの概要を説明した上で、活用に際しての留意点についても説明しました。さらに、中小企業のICRの業種別分析として、中小企業実態基本調査の結果が入手できる直近年度(2023年度)を中心に、①全業種平均、②ICRが高めの業種、③ICRが低めの業種、について分析しました。
今回は、前年度(2022年度)やコロナ禍前(2018年度)と比較して大きな変動があるのかどうかを分析していきます。
中小企業におけるICRはどの位の水準になるのか、中小企業実態基本調査のデータを活用して業種別に算出した結果は【図表1】のとおりです。以下では、このデータに基づいて分析を進めますが、その分析は業種に見られる特徴などを探るものであるため、あくまでも業種平均で行っており、個々の企業については状況が異なる点にご留意ください。

④2022年度(前年度)と2023年度との比較
【図表1】の2022年度(前年度)と2023年度とを比較すると、全業種平均でICRは8.3倍から9.4倍へと上昇しており、企業全体として利息の支払能力が改善している状況が見て取れます。
業種別に見ると、前年度よりも上昇した業種が大半を占めています。下落した業種についても大きな下落ではなく、かつ5倍以上の値を保っていますので、特段の問題はない水準と言えそうです。
そんな中で、2022年度に5倍を下回っていた3つの業種に着目してみると、「宿泊業・飲食サービス業」が△4.9倍から2.1倍へ、「生活関連サービス業・娯楽業」が1.5倍から5.2倍へ、「運輸業・郵便業」が1.6倍から4.7倍へと、それぞれ大幅に改善したことが分かります。以下、それぞれの業種ごとに分析を進めることにします。
A)宿泊業・飲食サービス業
2022年度から2023年度への変化を見てみると、2022年度は営業損失によりICRがマイナス(△4.9倍)となっていたものの、2023年度には黒字化し、2.1倍まで大幅な改善が認められます。営業利益率の推移を見てみると、2021年度(△10.9%)、2022年度(△3.9%)、2023年度(1.5%)と、赤字幅が縮小し、さらに黒字化を達成していることが分かります。この間、売上高に対する支払利息・割引料の比率は0.8%前後となっており、営業利益率の上昇がICRの改善につながっていることが読み取れます。
ただし、ICRは2倍程度と依然として注意が必要な水準にとどまっている点を忘れてはいけません。
コロナ禍で本業が厳しい状況にあった「宿泊業・飲食サービス業」では、営業外収益で補助金・助成金を受け入れていることも想定されるため、売上高に対する営業外収益の比率を算出してみたところ、2021年度(14.2%)をピークに、2022年度(6.3%)、2023年度(2.9%)と大きく下落していました。2021年度や2022年度では本業の赤字を補助金・助成金で補っていた様子が読み取れます。
今後は補助金・助成金の受け入れで補っていくことも難しくなるでしょうから、利息の支払いに余裕を持たせていくためには、営業利益率をさらに上げていくことが課題になるのではないかと考えます。
B)生活関連サービス業・娯楽業
ICRは2022年度(1.5倍)から2023年度(5.2倍)へと大幅な改善が認められます。営業利益率の推移を見てみると、2021年度(△0.7%)、2022年度(0.6%)、2023年度(1.9%)と、回復傾向で推移していることが分かります。この間、売上高に対する支払利息・割引料の比率はいずれも0.4%となっており、営業利益率の上昇がICRの改善につながっていることが読み取れます。
「生活関連サービス業・娯楽業」には、洗濯・理容・美容・浴場業、旅行業、家事サービス業、娯楽業などが含まれ、コロナ禍で大きく業績が悪化した業種の一つです。2023年度には業績の回復が進んだことがうかがえ、2023年度は利息の支払能力に懸念のない水準まで回復しています。
C)運輸業・郵便業
ICRは2022年度(1.6倍)から2023年度(4.7倍)へと大幅な改善が認められます。営業利益率の推移を見てみると、2021年度(0.8%)、2022年度(0.7%)、2023年度(2.4%)と、2023年度で営業利益率が上昇していることが分かります。この間、売上高に対する支払利息・割引料の比率はいずれも0.5%前後となっており、2023年度の営業利益率の上昇がICRの改善につながっていることが読み取れます。
⑤2018年度(コロナ禍前)と2023年度との比較
【図表1】の2018年度(コロナ禍前)と2023年度とを比較すると、全業種平均でICRは8.8倍から9.4倍へとやや上昇しており、全体としては安定した利息支払能力が確保されていることが分かります。
大きく上昇した業種としては、「情報通信業」(23.5倍→33.4倍)、「学術研究・専門・技術サービス業」(17.8倍→23.8倍)などもありますが、両年度とも十分に高い水準にありますので、更なる分析は省略し、ここでは「小売業」(3.3倍→8.8倍)についてのみ分析することにします。
「小売業」のICRは2018年度(3.3倍)から2023年度(8.8倍)へと大幅に改善しており、利息の支払能力に問題のない水準まで向上していることが分かります。2018年度から2023年度までの年度別の営業利益率の推移を見て見ると、【図表2】のようになっていました。

コロナ禍を経て営業利益率の上昇傾向が見られ、直近の2023年度で最も高くなっています。なお、この間、売上高に対する支払利息・割引料の比率は0.2%強となっており、営業利益率の上昇がICRの改善につながっていることが読み取れます。コロナ禍以降の巣ごもり需要への対応、オンライン販売の拡大、不採算店からの撤退、不採算企業の廃業が進むなどといったことがあり、利益率の改善につながっているのではないかというのが筆者の見解です。
(4)中小企業の経営に活かすための具体的な対応策
ICRは、企業が利息の支払いをどれだけ余裕を持って行えるかを示す指標であり、財務の健全性を測る上で非常に重要です。特に借入金の多い中小企業にとっては、ICRの水準が低下すると資金繰りの悪化や信用力の低下につながる可能性があるため、適切な管理と改善が求められます。
以下に、ICRを経営に活かすための具体的な対応策を示します。ICRを改善する上で、本業での利益(営業利益)を改善していくことはもちろん重要です。ただし、本稿ではそれ以外の財務や管理などが関わる部分でどんな対応ができるのかを中心に考えてみることにします。
① ICRの現状把握
まずは、自社のICRがどの程度かを把握することが重要です。1倍未満(マイナスの場合を含む)の場合、利息の支払いを本業の利益(営業利益)でカバーできていないこととなるため、改善を要する厳しい状態と言えるでしょう。業種や借入の大きさによっても違いますが、1倍以上でも1倍に近い値である程、注意が必要な状態です。したがって、以下のような対応策が考えられます。
(例)
✓自社のICRを定期的に算出し、過去の推移を分析したり、同業種平均値と比較したりと、ICRの現状把握を行うようにします。ICRは経営環境の変化により大きく変動するため、定期的なモニタリングをすることが考えられます。
② 支払利息の削減
ICRの分母である支払利息を減らすことは、ICRの改善に有効です。
(例)
✓借入金の見直し:高金利の借入を低金利の借入に借り換えられないか検討します。
✓借入金の圧縮:余剰資金がある場合は、借入金の一部を早期返済できないか検討します。
③ 固定資産の適正管理
設備投資は将来の事業継続や成長のために必要になりますが、過剰な設備投資をしてしまった場合や、設備投資が利益につながっていない場合などは、借金の増大と利息支払負担の増大を招くため、適正な管理が求められます。
その際には次のような視点を持つことが大切です。
(例)
✓設備投資前の検討と資金の手当て
多額の設備投資を実施するような場合、投資額の割に投資の効果が小さいと財務基盤の安定にマイナスの影響が生じるため、事前に投資の効果をよく検討するようにするとともに、過剰な投資とならないように留意します。業種によっては投資が大きくなる割には利益として回収できるのに時間がかかるケースもありますが、そのような場合は設備投資前に慎重な検討が必要です。設備投資のための資金は自己資金なども含め長期資金でまかなうようにすることも必要です。
④ 財務体質の強化
ICRの改善は一時的な対策だけでなく、長期的な財務体質の強化によっても実現できます。
(例)
✓内部留保の積み立て:利益の一部を内部留保として蓄積し、将来の利払いに備えます。
✓資本増強:増資により自己資本を増やし、借入依存度を下げます。
✓補助金・助成金の活用:利子補給制度や設備投資補助金などを活用し、借入金の負担を軽減します。
3.おわりに
本稿では、利息の支払能力を示す重要な指標であるICRについて、業種別に分析しました。
業種ごとの特徴を理解することで、当該業種の中小企業において利息を支払う上で十分な利益(営業利益)が出ているのかを把握することができます。業種や借入の大きさによっても違いますが、特に、ICRが1倍未満(マイナスの場合を含む)の場合や、1倍以上でも1倍に近い値である程、注意が必要な状態です。ICRがこうした低水準にある場合(あるいは近づいている場合)は、利息の支払能力が低下し財務リスクが高まる可能性があるため、原因をよく調べ、必要があれば早期に対策を講じることが重要です。そのためにも、ICRを定期的にモニタリングし、(4)で説明した「中小企業の経営に活かすための具体的な対応策」なども参考に、健全な財務運営を目指していくことが望まれます。
次回以降も引き続き経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。




