商事法研究レポート
MJS税経システム研究所・商事法研究会の顧問・客員研究員による商事法関係の論説、重要判例研究や法律相談に関する各種リポートを掲載しています。
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2024/11/08 論説
閉鎖的株式会社における株式の公正な価値
1はじめに近時、閉鎖的な非公開の株式会社における株式の公正な価値の測定・評価という「古くて新しい問題」について、学界において盛んに議論がなされています(注1)。ここで、何をもって「古い問題」かと言いますと、これまでわが国では、会社法の分野だけをみても、株式買取請求権が行使された場合の買取価格の決定(会社法182条の5第2項、470条2項など)や全部取得条項付種類株式の取得価格の決定(同法172条1項)、そして、なんといっても譲渡制限株式の売買価格の決定(同法144条2項)に関する申立てなどの事例が数多く積み重ねられてきていること踏まえています。また、何をもって「新しい問題」かと言いますと、閉鎖的な非公開会社における株式の評価のあり方、評価の際に考慮すべき視点等については、以下にみるように最近になっても様々な学説が唱えられていて決着を見ておらず、判例もいまだ確定的なスタンスを示していない状況にあるということを踏まえています。本稿では、このような「古くて新しい問題」について、主に譲渡制限株式の売買価格の決定を念頭に置きながら、現在の議論や判例の状況について紹介し、それらの今後の方向性について若干の検討を加えてみたいと思います。2譲渡制限株式に関する価値評価の方法閉鎖的な非公開会社の株式は、一般には譲渡制限株式(会社法2条17号)であることが多いですが、そのような株式は市場価格というものがないため、一般的にその価値評価や測定には困難が伴います。以下では、代表的な手法について述べたいと思います(注2)。(1)インカム・アプローチこれは、将来の収益・キャッシュフロー(現金の流れ)を適切な割引率によって割り引いて現在価値を求めるというアプローチです。割り引く収益・キャッシュフローの種類により、①配当還元法(過去の配当実績を踏まえ、それがそのまま継続するという仮定のもとで、将来の配当を現在価値に割り引き、その総和をもって株式の価値を算定する手法)、②ゴードン・モデル(企業が一定の割合で成長することを前提として、獲得した利益のうち配当に回されなかった内部留保額が再投資され、それによっても利益が生み出され、配当の増加が期待できるとして株式を評価する手法)、③収益還元法(会社が将来にあげるであろう会計上の純利益を現在価値に割り引き、その総和をもって株式の価値を算出する手法)、④ディスカウント・フリーキャッシュフロー法(DCF法とも呼ばれる、対象会社の資産全体が生み出すフリーキャッシュフロー(簡単に述べますと、企業経営者の判断で自由に使える余剰資金ことを言い、営業活動によって生み出されたお金から、設備投資や企業買収など、事業活動の将来を担うために使われたお金を差し引くことによって求められます)の期待値を予測し、それを加重平均コスト(注3)で割り引き、その総和をもって株式の価値を算出する手法(注4))、などがあります。(2)ネットアセット・アプローチこのアプローチは会社の1株あたりの純資産額から株式の価値を算出するというものです。このアプローチは、会計上の純資産額に基づいて評価を行う⑤簿価純資産法と、資産等を時価に弾き直して算定する⑥時価純資産法に大別されます。そして、とくに⑥の手法のうち、事業用資産を直ちに解体・処分したとすれば得られる対価の総和を求める方式を⑦解体価値方式ともいいます。この⑦の方式に関しては、仮に事業をゴーイング・コンサーンとして継続した場合に期待されるリターンの総和が解体価値を下回るケースにおいて、この⑦の方式によって得られる評価額が、対象会社株式の価値の最低限を示すものとして意義を有するとする学説もみられてます(注5)。(3)マーケット・アプローチこのアプローチは、当該会社に類似する業種の会社で市場価格のある会社の株価を参考にし、一定の算式で株式の価値を算出するというものです。下記に述べる相続税財産評価基本通達において定められている方法(⑧類似業種比準方式)がその代表例です。なお、同通達に基づく計算を行う際、最後に0.7を乗じますが、これは対象会社の株式が市場性を欠くことからくる減価を行っているものであり、いわゆる非流動性ディスカウント(後述)を行っているといえます。⑧の方式は、かつては会社法に関する裁判例でも参照されることがありましたが、理論的な根拠を欠くため、現在ではほとんど用いられていないようです(注6)。3株式評価をめぐる裁判例取引相場のない株式の評価に関する裁判例をみてみますと、従前には国税庁の相続税財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17最終改正令和6年5月22日付課評2-25(注7))が定める「取引相場のない株式」の評価の算定にかかる一連の規定(178から188-6)に影響を受けた判例、すなわち、同通達で定められた算定方法(会社を従業員数、総資産価額、取引金額に基づいて大・中・小の3種に分類し、それぞれ原則として類似業種比準価額、類似業種比準価額と純資産価額の組み合わせ、純資産価額による評価を行う)によって出された評価額を考慮に入れて評価を行ったものが多く見られました(たとえば、名古屋高決昭和54年10月4日判時949号121頁、東京高決昭和59年10月30日判時1136号141頁)。その後、平成に入ってからは、とくに譲渡制限株式の売買価格の決定に関する事案では、会社から得られる経済的利益に関し、基本的には配当しか期待できない立場である少数株主が売り手となるケースが多かったことから、主としてインカム・アプローチに属する手法が用いられてきており、かつ、多くの事例では、複数の評価手法を併用したうえで、各評価手法から得られた価格の加重平均をとるものが多かったようです。たとえば、近時の事例でいいますと、大阪地決平成25年1月判時2185号142頁は、売買価格について収益還元法を80%、配当還元法を20%の割合で加重平均して算定した価格としていますし、東京地決平成26年9月26日金判1463号44頁は、DCF法35%、純資産法(継続企業を前提とした再調達時価方式)35%、配当還元法30%の割合で加重平均して算定した価格としています。他方で、会社が行う事業形態に着目しつつ、事業会社の株式について売買の対象となる株式の数が議決権総数の0.06%にすぎず、買主である申立人が売買後に保有することとなる株式の数も議決権総数の1.68%にすぎない場合は配当還元法のみ、いわゆる資産管理会社の株式の売買価格については、純資産法のみによって算定を行った大阪地決平成27年7月16日金判1478号26頁のような判例もみられています。複数の評価方法を併用し、算出された額を何らかの割合で加重平均して算出するというこれまでの多くの判例で見られてきた手法については、信頼に値しない数値を複数寄せ集めたからといって、信頼できる数値が算出できるわけではない、といった批判がなされています(注8)。これに対し、これまでの多くの判例で見られてきた傾向について、売り手の立場と買い手の立場の双方を勘案したうえで当該取引にとって適切と考える評価方法を採用しようしてきたものとみたうえで、そのために株式価値の加重平均をとっていると評価する見解もあります(注9)。さらに、近時では、以下にみるように非上場会社の株式価値の算出に際して考慮すべき事項・観点についても様々な議論がなされています。たとえば、非流動性ディスカウント(株式の流動性がなく、一般に譲渡が困難であることを理由とした減価またはディスカウント)やマイノリティ・ディスカウント(少数株主の有する株式であることを理由にした減価またはディスカウント)を認めるか否か、といったことです。以下、関連する2つの最高裁決定についてみてみます。4非流動性ディスカウントに関する2つの最高裁決定近時、非流動性ディスカウントの取扱いについて注目すべき判示を行った2つの最高裁決定がみられています。1つは最決平成27年3月26日判時2256号88頁(以下、「平成27年最決」とします)です。この平成27年最決は、吸収合併に際してそれに反対する株主から買取請求がなされた事案についての決定ですが、最高裁は、収益還元法に基づく算定を行った後の非流動性ディスカウントにつき、次のように判示しました。「・・・非流動性ディスカウントは、非上場会社の株式には市場性がなく、上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ、収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定するものであって、同評価手法には、類似会社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていない。吸収合併等に反対する株主に公正な価格での株式買取請求権が付与された趣旨が、吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、退出を選択した株主には企業価値を適切に分配するものであることをも念頭に置くと、収益還元法によって算定された株式の価格について、同評価手法に要素として含まれていない市場における取引価格との比較により更に減価を行うことは、相当でないというべきである・・・」以上の判示の内容からしますと、最高裁は、収益還元法には市場における取引価格との比較という要素がもともと含まれていないということを理由に、そうした算定手法を採る場合は非流動性ディスカウントを行うべきではない、とのスタンスを打ち出したように読めます。しかし、この事案において用いられた収益還元法の割引率には、上場会社の投資収益率およびβ値(株式市場全体が1変動した場合に当該株式がいくら変動するかを示す値)が用いられ、市場の存在を前提とした価格が算出されていました。そのため、平成27年最決に対しては、非流動性を考慮した減価を否定した判示部分は誤りである、といった指摘もなれていました(注10)。こうした中、より直近には、2つめの最決令和5年5月24日判時2582号95頁(以下、「令和5年最決」とします)がみられました。この事案は、譲渡制限株式の売買価格決定の申立てに関するものでしたが、最高裁は以下のように判示しました。「・・・譲渡制限株式の売買価格の決定をする場合において、当該譲渡制限株式に市場性がないことを理由に減価を行うことが相当と認められるときは、当該譲渡制限株式が任意に譲渡される場合と同様に、非流動性ディスカウントを行うことができるものと解される。このことは、上記譲渡制限株式の評価方法としてDCF法が用いられたとしても変わるところがないというべきである。もっとも、譲渡制限株式の評価額の算定過程において当該譲渡制限株式に市場性がないことが既に十分に考慮されている場合には、当該評価額から更に非流動性ディスカウントを行うことは、市場性がないことを理由とする二重の減価を行うこととなるから、相当ではない。しかし、前記事実関係によれば、本件各評価額の算定過程においては・・・類似する上場会社の株式に係る数値が用いられる一方で、本件各株式に市場性がないことが考慮されていることはうかがわれない。したがって、DCF法によって算定された本件各評価額から非流動性ディスカウントを行うことができると解するのが相当である」。令和5年最決の以上の判示は、マーケット・アプローチに属する算定手法のように市場価格を大きく考慮に入れるアプローチは格別、それ以外の算定手法において非流動性ディスカウントを行うことを否定したようにも捉えられる点について、学説等から指摘や批判を受けていた平成27年最決を修正したもの、という受け止め方もできるように読めます。他方で、仮に平成27年最決と令和5年最決の両決定を整合的に読むとしますと、(a)平成27年最決のような株式買取請求事件においは、何らかの手法によって算出された評価額に対し、非流動性ディスカウントを加えることは許されない(いずれのアプローチ・手法を用いるかに関わらない)、(b)譲渡制限株式の売買価格決定事件においては、株式評価額の算定過程において当該譲渡制限株式に市場性がないことが既に十分に考慮されている場合であれば、評価額に対して非流動性ディスカウントはゆるされない(市場性がないことを既に十分に考慮されていない場合であれば許される)、と捉えることができるのではないかという見方も示されています(注11)。以上の2つの最高裁決定の捉え方について考えるうえでは、組織再編その他の支配権の大きな変動がある際の株式買取請求の場面と、譲渡制限株式の売買価格決定の場面とで見方や取扱いを変えるべきか否かということを検討する必要があります。すなわち、前者は、ほぼ強制的に株式を会社や支配株主に譲渡しなければならないのに対し、後者は、株式を譲渡・売却しようとする株主が支配株主等から抑圧されていたような状況であれば別ですが(ただし、こうしたケースも世の中にはたくさんありあそうです)、そうでなければ、あくまで任意で株式を売却しようという局面といえます。こうしたことを考慮し、非流動性ディスカウントを認めるか否かということその他について、両者の間の差を所与のものとすべきか、そうでないかということに関しては、現在のところ、学界でも様々な見方がされています。5その他の問題上記のほか、近時は、閉鎖的な非公開株式会社における株式の公正な価値の測定・評価に関し、基本的なスタンスのあり方として大きく2つの考え方が示されています。1つは、プロ・ラタ(この言葉は「比例配分できる(Proratable)」という英単語の略です)価値説といわれる、少数株主か支配株主かを問うことなく、株主全体に帰属する企業価値に持株比率を乗じて算定される価値をもって売買価格等とすべきであるとする説です(注12)。このプロ・ラタ価値説に基づくとしますと、たとえば先述したマイノリティ・ディスカウントのように、売主が少数株主であることを根拠とした減価・ディスカウントを行うことは否定的に捉えられることになります。また、株式買取請求の場面と譲渡制限株式の売買価格決定の場面との間で算定方法の基本的な考え方に差異を設けるべきではないということが導かれます。これに対し、仮定交渉アプローチ(交換価値説)という考え方が示されています。この考え方の下では、裁判所における株式価値の測定・評価は、本来であれば売り手である株主と買い手である会社・指定買受人が十分な時間をかけて合理的に交渉を行ったとすれば合意されたであろう価格を求めることと捉えたうえ、売り手の留保価格と買い手の留保価格との間で両者の交渉力の強弱に応じて決めていくというものです(注13)。このアプローチに基づきますと、とくに、譲渡制限株式の売買価格決定の場面では、少数株主にとっての対象株式の価値と支配株主にとっての対象株式の価値との間に差が生じ得る、すなわち、マイノリティ・ディスカウントを行うこともあり得る、ということになりそうです(注14)。筆者は、まだ詳細な検討を行っていませんので、どちらの考え方が正しい、といったことを現時点で断言することはできません。おそらく、プロ・ラタ価値説の方が、少数株主保護という面では、一見望ましいように思われますが、それでも具体的にどのような算定手法を用いたり、計算式に割引率などを用いる場合に、当該割引率などをどのように設定するかで最終的に導きだされる株式の価値も変わってくるように思います。他方で、仮定交渉アプローチも、買い手と売り手の交渉力を1:0などと極端な形で設定せず、仮にそれらの当事者が支配株主と少数株主であったとしても、一定の割合で交渉力を有しているという設定のもとで算定を行えば、売り手になることの多い少数株主にとって特段不利な評価・算定が行われることもないように思います。そして、仮にこのように考えられるとしますと、どちらの考え方・アプローチに基づいていたとしても、運用次第では結論はそれほど変わらないような気もします。6おわりに以上のように、閉鎖的な非公開会社における株式の公正な価値の測定・評価については、現在、学界において様々な主張や見解が唱えられ、注目される最高裁判例もみられています。加えて、より近時では、中小企業のM&Aが活況を呈し、各事例のデータが収集されてきているなかで、優良な中小企業のM&Aでは「時価純資産価額+営業権(営業利益または経常利益の数年分)」という算定の仕方で売却や買収が行われていることに着目し、中小企業M&Aの対象となり得るような優良会社における株式価値の測定・評価手法として、これまでの具体的方式に加えて、「買収価格比準方式」(時価純資産価額+営業権−買収の場合であれば上乗せされるシナジー)といった手法を用いることも唱えられています(注15)。このように議論が活発になされ、新たな考え方も出てきている背景には様々な要因があろうかと思います。ただ、中でも大きな要因としては、中小企業における事業承継や株式の相続の件数の増加、さらには、それらがさらに増加していく蓋然性が高いということはほぼ間違いないように思います。本稿で紹介した議論の内容は、学術的・理論的なものが多く、理解しづらいものも多かったと思いますが、この問題の今後の帰趨は、将来的に中小企業の経営にも少なからず影響を及ぼすものかと思います。そのため、今後も議論の動向に注目して頂ければと思います。<注釈>たとえば、藤田友敬「譲渡制限株式の評価方法に関する一視点」岩原伸作先生・山下友信先生・神田秀樹先生古稀記念『商法学の再構築』(有斐閣、2023年)95頁、仲卓真「譲渡制限株式の売買価格決定における「売買価格」の解釈」民商159巻6号(2024年)38頁、久保田安彦「譲渡制限株式の売買価格−裁判例の分析・評価を中心として−」(上)商事2357号(2024年)4頁・(下)商事2358号(2024年)62頁、江頭憲治郎「中小企業M&Aが会社法理論に示唆するもの」商事2364号(2024年)4頁、宍戸善一「非公開株式の評価再再論〔上〕」商事2370号4頁など、近時では多くの関連論文等が公表されています。主に藤田・前掲注(1)96頁以下によります。加重平均資本コスト(WeightedAverageCostofCapital:WACCとよく略されます)とは、株主資本コスト(株主に対して支払うコスト)と負債コスト(社債発行や金融機関からの借入によって発生する、債権者に対して支払う利息等のコスト)を加重平均した、資本全体にかかるコストのことをいいます。概していいますと、資金全体を調達するのにいくら必要になるのかを示した数値といえます。なお、DCF法において、新興企業における予測キャッシュフローの分布には、成熟企業の場合と異なり、不確実性が大きいと考えられます。そこで、そうした会社におけるキャッシュフローの分布を推計するために、当該キャッシュフローに影響を与える諸要素(バリュー・ドライバー)を特定したうえで、各要素の将来の確率分布を推計し、当該確率分布に従った乱数を大量に発生させる形の実験(モンテカルロ・シミュレーション)を行う等の方法がとられるようです。江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣、第9版、2024年)19頁参照。江頭・前掲注(4)20頁参照。藤田・前掲注(1)98頁。財産評価基本通達は、国税庁のHP下記で参照することができます(2024年10月1日現在)。(https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_Mnew、/01.htm)江頭・前掲注(4)16頁。藤田・前掲注(1)102頁以下参照。江頭・前掲注(4)19頁。藤田・前掲注(1)116頁。なお、令和5年最決の受け止め方については、川島いづみ「判批」新・判例解説WatchNo.179(https://www.lawlibrary.jp/pdf/z18817009-00-051792485_tkc.pdf)参照。たとえば、久保田・前掲注(1)4頁藤田・前掲注(1)104頁以下参照。仲・前掲注(1)44頁以下参照。江頭・前掲注(1)7頁以下参照.提供:税経システム研究所
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2024/10/11 法律相談
取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか -近時の最高裁判例を踏まえて-
取締役会決議による退職慰労金の減額支給の可否について、以前「法律相談」として、第一審と控訴審の判例を検討しました(商事法研究リポート「取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか」(2023年2月17日掲載))。本稿では、その後出された最高裁判例を踏まえてこの問題を再検討します。【質問】Y会社の代表取締役社長Xはワンマン社長で好き勝手に事業運営を行ってきました。Xは出張で社内規程を超過して高級ホテルに泊まってきました。しかし、それが税務調査で発覚し、その宿泊費に基づく源泉徴収税がXに課されました。Xはその税をY会社に転嫁するために、Xの役員報酬を増額したところ、それがマスコミで取り上げられてしまいました。そこで、Xは、次期定時株主総会をもって取締役を辞任することになりました。Y会社の定時株主総会では、Xが定款に基づいて議長となり、「退任取締役に対する慰労金贈呈の件」が審議されました。Xは、自らに対する退職慰労金については、金額の適正を確保するために中立かつ公正な調査委員会を設置し、その調査結果を踏まえ、取締役会で金額を決定してもらい、その決定に従うと説明し、その金額、支払方法、支払時期等は取締役会に一任するよう要請しました。同議案は、原案どおり可決されました。その後、Xの退職慰労金について、弁護士等で構成される調査委員会は、2億5000万円の特別減額事由があるとする調査報告書を取締役会に提出しました。これを受けて取締役会では、Xの退職慰労金の基準額(3億円)から特別減額事由相当額を控除した5000万円をXに支給することを決議しました。Y会社の取締役退職慰労金内規には、在任中特に重大な損害を与えた退任取締役についてはその退職慰労金を減額することができるとする「特別減額」条項があり、それに基づくものです。Y会社がXに5000万円の退職慰労金を支給したところ、Xは、Y会社に対し、株主総会で可決された基準額に相当する退職慰労金を支払うべきである、もしそれが支払われないのであれば、損害賠償を請求するとして、2億5000万円の支払を求めて訴えを提起しました。私は、X退職後にY会社の代表取締役社長に就任したAです。Xによる退職慰労金の支給請求に応じるべきでしょうか、御教示ください。【回答】1.はじめに株主総会で取締役の退職慰労金を支給する際、退職慰労金の支給基準に基づいて算定された金額を基とし、その金額や支払方法について、取締役会に一任する決議をする場合があります。取締役会の実質的審議に委ねる方が適正な金額の支給ができると考えられるからですが、取締役会の審議により、退職慰労金を前記算定金額から大幅に減額することは認められるでしょうか。上記ご質問の事例は、この問題に関する近時の注目すべき最高裁判例(最判令和6年7月8日(令和4年(受)第1780号)LEX/DB2557363)を基にしたものです。この事例では、株主総会において退職慰労金の支給決議があった後に取締役会で減額支給することができるか、これが認められない場合には退職慰労金を支給したY会社は損害賠償責任を負うか、ということが問題となります。この問題を検討するにあたり、退職慰労金の支給に関する会社法の規制を概観し、ご質問の事例に関連する裁判例をもとに検討してみましょう。2.取締役の報酬規制取締役の報酬規制について、会社法361条1項は、「報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」を「報酬等」と定義づけています。金銭報酬が典型ですが、業績連動型報酬やストック・オプション等のエクイティ報酬も規制の対象になります。報酬規制は委員会を設置する会社かそうでない会社かでも異なります。指名委員会等設置会社の場合は、報酬委員会の決定により「個人別の報酬等の内容」を決定することになります(会社法404条3項)が、それ以外の会社では定款の定めまたは株主総会の決議(会社法361条1項)になります(注1)。委員会を設置しない株式会社では、取締役の報酬等について①額が確定しているものについては、その額(同項1号)を、②額が確定していないものについては、その具体的な算定方法(同項2号)を、③エクイティ報酬については、募集株式・募集新株予約権の数の上限、払込みに充てるための金銭、等を(同項3号~5号)、④(③を除く)金銭でないものについては、その具体的な内容(同項6号)を定めることが必要です。退職慰労金を支給する会社もあります。退職慰労金は、終任した役員に対して役員の退任後に、その在任期間や役職位等に基づいて支給されるものです。在職中の職務執行の対価すなわち報酬の後払い的性質があることから、「報酬等」に含まれることになります(前記①額が確定しているもの:会社法361条1項1号)。3.退職慰労金の決定方法(一)退職慰労金に関する規制の概要2で述べたように指名委員会等設置会社では報酬委員会が、それ以外の株式会社では定款の定めまたは株主総会の決議でその額を定めなければなりません。もっとも、指名委員会等設置会社以外の株式会社の取締役の場合、実務上一般に退職慰労金については、通常の報酬等とは異なり、退職慰労金の総額(最高限度額)を明示せず、具体的な金額、支給時期、支給方法等を、取締役会設置会社では取締役会に、取締役会設置会社以外の会社では取締役の過半数による決定に一任する旨の総会決議がなされることがあります。勤続年数の長い取締役は退職慰労金の額が大きくなるところ、日本の取締役は報酬額の個別開示を好まない傾向があるためだと考えられています。判例の立場によれば、無条件に取締役会等に退職慰労金の決定を一任するのではなく、会社の業績、退任取締役の勤続年数、担当業務、功績等から算定された一定の支給基準に従い、それを株主が推知し得る状況において、決定すべきことを一任するのであれば無効とはいえないとしています(最判昭和39年12月11日民集18巻10号2143頁)。ここにいう「株主が推知し得る状況」とは、①書面または電磁的方法による議決権行使がなされる会社(会社法301条・302条)では、株主総会参考書類に当該基準の内容を記載するか、または、②当該基準を記録した書面等を本店に備え置いて株主の閲覧に供する等、各株主が当該基準を知ることができるような適切な措置が講じられていることをいい(会規82条・82条の2)、それ以外の会社でも株主が本店で請求すれば基準の説明を受けられる措置を講じておかなければ、一任決議が無効になる可能性があります。なお、株主総会の議場で株主から支給基準について説明を求められた場合には、基準を閲覧できる状況になっていても、取締役は説明しなければなりません(東京地判昭和63年1月28日判時1263号3頁)。(二)退職慰労金の具体的権利性退職慰労金の支給規定や支給基準がある会社であっても、会社法に定める報酬等に該当するため、退任取締役は定款または株主総会の決議によってその金額を定める等、会社法上の規定に基づく支給決議がなければ具体的報酬請求権は発生しないと解されています(最判昭和56年5月11日金判625号18頁)。そのため、株主総会決議がない場合には、会社についても取締役についても責任を否定する裁判例が多いです(東京地判平成27年7月21日金判1476号48頁、東京地判平成30年2月20日判タ1458号217頁)。ただし、中小非公開会社において、株主総会の決議と同視できる株主の同意がある場合、上記報酬規制を形式的に適用して無効とする必要がないため、報酬の支給を認めることができる等として肯定する裁判例(大阪地判昭和46年3月29日判時645号102頁)もあります。取締役会や株主総会に退職慰労金支給議案を上程しなかったことについて、代表取締役の会社法429条1項に基づく責任を肯定する裁判例(福岡地判令和4年3月1日文献番号2022WLJPCA03019002(注2))もあります。(三)退職慰労金支給の株主総会決議後の取締役会による不支給・減額の可否これに対し、退職慰労金の支給を認める株主総会決議があったにもかかわらず取締役会で支給決議を行わなかったという事案については、退職慰労金相当額の損害賠償を認容しています(東京地判平成元年11月13日金判849号23頁、東京高判平成20年9月24日判タ1294号154頁)。例えば、東京地判平成10年2月10日判タ1008号242頁は、株主総会において取締役の退職慰労金を取締役会に一任する旨の決議がなされた場合、退職慰労金請求権は、その金額を決定する取締役会の決議があって、初めて発生するものであり、一定の基準が存在しても株主総会の決議だけで当然に発生するものではないが、「一定の支給基準が存在して、その基準に従って定める趣旨で株主総会において取締役会に一任する旨の決議がなされたにもかかわらず、取締役会においてそれに反する決議をした場合には、決議をした取締役らは、退職慰労金を受給できる退任取締役に対して不法行為責任を負うことになる」と判示されています。4.退職慰労金の減額支給に関する裁判例(一)事実と判旨ご質問の事例のように、株主総会決議後の退職慰労金について、取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか否かが争われた注目すべき裁判例が、前掲最判令和6年7月8日です。前掲最判令和6年7月8日では、退職慰労金支給内規に基づく特別減額が行われています。これについては、弁護士等合計5名で構成される調査委員会が特別減額事由を取りまとめたものです。①本件行為1(コンプライアンス違反。Xの社内規程違反の宿泊費等の支出並びに本来負担すべき源泉所得税及び社内規程違反の宿泊費の補填を意図した増額報酬の支払)によるものが、3918万円余、②本件行為2(交際費等の過大な支出)が1億1075万円、③本件行為3(CSR事業等への過大な支出)が2億558万円、とされ、総額では3億5551万円が退職慰労金の減額可能額と算出されています。第一審(注3)・控訴審(注4))は、Xの請求を認めましたので、Y会社側が控訴しました。前掲最判令和6年7月8日は、第1審判決を取消し控訴審を破棄しました。Xの敗訴となります。その理由は、次のとおりです。「本件減額規定は、取締役会は、退任取締役が在任中Y会社に特に重大な損害を与えた場合、基準額を減額することができる旨を定めているところ、その趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、Y会社の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。Y会社の株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう『在任中特に重大な損害を与えたもの』に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、上記の本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役がY会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によってY会社が受けた影響、当該退任取締役のY会社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点についての判断をすべきである。そして、これらの事情は、いずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、本件内規が本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である」。(二)裁判例の検討Y会社においては、退任取締役の退職慰労金の算定基準等を定めた取締役退任慰労金内規(本件内規)が存在します。本件内規には、退任取締役の退職慰労金は、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とする(この額を「基準額」といいます)旨の定めがある一方で、取締役会は、退任取締役のうち、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し、基準額を減額することができる旨の定め(本件減額規定)がありました。なお、本件内規には、減額の範囲ないし限度についての定めは置かれていません。この規定の解釈について、退職慰労金支給内規に基づく特別減額事由は、(一)で述べたように、弁護士等合計5名で構成される調査委員会の調査によるものであり、①本件行為1、②本件行為2、③本件行為3となります。もっとも、Xが退職する契機となったのが①や②ですが、特別減額事由の多くが③です。第一審は、③について「『特に重大な』損害を与えたとは認められないのに…CSR費用等の支出についてまで特別減額をしたものであるから、本件株主総会決議で与えられた裁量を逸脱ないし濫用したものと認められる」と判示しています。これについては判断根拠・理由を適正に示さない点で適正手続違反と評価せざるを得ない(注5)とする批判もありました。そこで最高裁は、Y会社の取締役会が特別減額事由に基づいて本件取締役会決議をしたことについて次の事実を評価しています。①本件行為1は、Xが長期間にわたってY会社から社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領し、それに係る源泉徴収税相当額をY会社に転嫁するとともに、自らの報酬を増額し、このことが報道により社会一般に広く知れ渡ったことによって、Y会社の社会的信用が毀損されたことがうかがわれること。②Xと利害関係のない弁護士等で構成された本件調査委員会による本件調査報告書は、本件行為1は特別背任罪に該当する疑いがあり、本件行為2も正当化することができず、Xは両行為によりY会社に多大な損害を与えたとの指摘がされたこと。③本件調査委員会が調査等に当たって収集した情報に不足があったことはうかがわれないこと。④取締役会は、本件調査委員会が提示した本件行為1につき告訴をして退職慰労金を支給しないとする案も検討したが、審議の結果、最終的に、告訴をせずに退職慰労金を大幅に減額する旨の判断に至ったのであり、取締役会においては、相当程度実質的な審議が行われたということ、です。そして、「これらの事情を総合考慮すると、本件行為1及び本件行為2をY社に多大な損害を及ぼす性質のものと評価することは相応の合理的根拠に基づくものといえ、本件行為3がY会社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、Xが本件減額規定にいう『在任中特に重大な損害を与えたもの』に当たるとして減額をし…た取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない」、「以上によれば、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない」と判示しました。第一審・控訴審は、減額幅の大きい本件行為3による減額の根拠がはっきりしない点で、本件調査委員会の判断に従った取締役会の審議を問題としたようにもみられます(注6)。これに対し、最高裁は、主に本件行為1と本件行為2について、本件調査委員会の本件調査報告書に基づいて取締役会が合理的な判断を示したのであれば、本件行為3について詳細な判断を示すまでもなく、全体として当該取締役会の判断を尊重することを示しました。退職慰労金の支給に関する取締役会への一任がされた場合の合理的な審議の仕方を明らかにした点で、最高裁の判断は今後の実務の参考になります。5.相談への回答Y会社の定時株主総会で承認された退職慰労金贈呈議案を調査委員会の調査報告書に基づいて減額したということですね。Y会社の取締役退任慰労金内規には、在任中特に重大な損害を与えた退任取締役については退任慰労金を減額できるとする「特別減額」条項があるということですので、減額がまったく認められないというわけではないでしょう。特別減額事由の大部分はXが独自に始めた新規事業への支出が過大であることを理由としているということですが、最判令和6年7月8日の判断によればXと利害関係のない弁護士等で構成された調査委員会による調査報告書を踏まえて取締役会で事実関係を判断した結果については、取締役会決議によって減額することも裁量権の範囲内であることが認定されています。退職慰労金を取締役会で減額することについては、調査委員会による調査を踏まえる等の手続をとり、慎重に判断することが必要になります。前掲東京地判平成10年2月10日にみるとおり、一定の支給基準に従って定める趣旨で株主総会において取締役会に一任する旨の決議があった場合は、取締役会でそれに反する決議をすると退任取締役に対する不法行為責任が発生することがあるからです。前掲最判令和6年7月8日を前提にすれば、調査委員会の調査を求めるといった対応をとっていれば、この判例でXは敗訴していることから、XによるY会社に対する退職慰労金の支給請求に応じなくとも良いということになるでしょう。このような対応をとることが望まれます。<注釈>監査等委員会設置会社の場合も定款の定めまたは株主総会の決議によりますが(会社法361条1項・2項)、定款または株主総会の決議により監査等委員以外の取締役の個人別の報酬等の内容が定められていない場合は、「報酬等の決定方針」を決定する必要があります(同条7項2号)。また、指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社以外の会社でも、公開会社・大会社・有価証券報告書提出会社である監査役会設置会社(定款または株主総会の決議により取締役の個人別の報酬等の内容が定められていない場合)について「報酬等の決定方針」を決定する必要がある(会社法361条7項1号)というように会社の機関設計により規制が異なる場合があることに注意が必要です。評釈として、弥永真生「判批」ジュリスト1574号(2022年)2頁、内藤裕貴「判批」法学セミナー815号(2022年)122頁。第一審(宮崎地判令和3年11月10日文献番号2021WLJPCA11106002)の評釈に得津晶「判批」ジュリスト1576号(2022年)142頁。控訴審(福岡高宮崎支判令和4年7月6日文献番号2022WLJPCA07066001)の評釈に船津浩司「判批」ジュリスト1578号(2022年)2頁。得津・前掲(注3)145頁。松嶋隆弘「ケーススタディお家騒動:判例から学ぶ同族会社トラブル回避事例集(第19回)報酬額の決定に際しての『委員会』の判断の独立性の尊重-福岡高裁宮崎支判令和4年7月6日金判1657号36頁を素材として-」税理67巻1号(2024年)248頁。提供:税経システム研究所
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2024/09/20 重要判例紹介
会社法人格の違法な利用と税務訴訟
Ⅰはじめに企業社会では、会社債務の履行をのがれるためや、違法な目的を達成するために、会社経営者が、新たな会社を設立し、これを悪用する場合があります。このような悪弊をただし、正義に適った解決をはかるための方策として、法人格否認の法理という判例法理があります。この法理は法人の存在を全面的に否定するのではなく、その法人の存在を認めつつ、当該事案に限って法人格を否認するものでして、わが国ではじめてこの法理を適用した最判昭和44年2月27日(民集23巻2号511頁、山世志商会事件)は、次のような事案でした(注1)。すなわち、原告Xは被告Y社(代表取締役はA)に、店舗兼住宅用の家屋を賃貸していたのですが、Xは「電気屋のA」に貸したつもりでいました。後日、X・A間で当該賃貸借契約に関して訴訟上の和解による合意解除が成立したので、XはAに家屋の明け渡しを求めました。ところがAは、和解当事者はA個人であるから、自分が個人として借りている部屋は明け渡すが、会社が借りていた部分は明け渡さないと主張しました。第1審・第2審ともに、この和解はA個人とY社とを区別するものではないとして、Aには、個人使用部分と会社使用部分双方の明渡義務があるとしました。そして本判決も法人格否認の法理を適用して、Yの上告を棄却しました。本件最判は、(1)社団法人においては、法人格が全く形骸にすぎない場合(法人格の形骸化事例)、または、法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合(法人格の濫用事例)には、当該法人格を否認できる、(2)株式会社の実質が全く個人企業と認められる場合には、形式的には株式会社の行為と認められる行為であっても、これを背後にある実体たる個人の行為と認めて、その個人の責任を追及することもできるし、逆に、個人名義でなされた取引についても、これを会社の行為と認めることもできる、としています。その後、最判昭和47年3月9日(判時663号88頁)では、代表者に就任していない者が、会社の債権を譲渡し、この譲渡通知をした場合であっても、会社が実質的に個人企業と異ならない場合には、この債権譲渡は実質的な権利の帰属者がした行為として有効であるとしています。また、最判昭和48年10月26日(民集27巻9号1240頁)でも法人格否認の法理を適用し、新会社の設立が旧会社の債務の免脱を目的としている場合には、会社制度の濫用であって、会社は取引相手に新・旧の会社が別人格であることを主張できず、新会社は旧会社と並んで債務を負うとしています。そして今や、法人格否認の法理は下級審においても広く採用されてきています。そこで本稿においては、会社法の領域を離れて、はたしてこの法理は税務訴訟の場においても、どのような場合に適用されているのかを紹介したいと思います。Ⅱ法人格否認の法理の適用要件と根拠一般的に、法人格の濫用事例の要件としては、①会社の背後者(=株主)が会社を自己の意のままに「道具」として用いうる支配的地位にあって(支配要件)、②この支配者に「違法または不当な目的」があること(目的要件)と、いわれています。一方、法人格の形骸化事例とは、法人とは名ばかりで、会社が実質的に株主の個人事業である状態、または子会社が親会社の事業の一部門にすぎない状態をいい、①株主総会・取締役会の不開催、②業務の混同、③財産の混同、など法人形式を無視した諸徴表が積み重なって初めて、これに該当すると判断されています(注2)。わが国の実定法上、法人格否認の法理を根拠づける直接的な規定はないのですが、一般に、法人格否認の法理の実定法上の根拠としては、①権利の濫用禁止規定(民1条3項)の類推解釈に求める見解や、②会社の法人性の規定(会3条)の解釈に求める見解があります(注3)。Ⅲ税務における法人格否認のケース1神戸地判平成8年2月21日金判1485号50頁(近畿エキスプレス事件)(事案の概要)X社(原告・近畿エキスプレス株式会社)は、運送事業を目的としています。訴外A社(近畿運輸株式会社)は国税を滞納したまま、一般区域貨物自動車運送事業の免許を1,115万円でX社に譲渡しました。Y1(被告・所轄税務署長)は、A社の滞納国税の徴収のため、X社の訴外B社(日本通運株式会社)に対する債権を差し押さえ、これを取り立てました。X社は、本件差押処分は、X社の財産をA社の財産と誤認してなされた違法なものであるとして、Y1に対してはこの処分の取り消しを、Y2(被告・国)に対しては不当利得の返還を訴求しました。X社はその設立前にDビルの部屋を賃借りし、定款にここを本店所在地と記載しましたが、実際にはこの本店所在地を使用せず、A社が以前より賃借りしていた事務所を使用し続けていました。そして、A社が使用していた車庫も使用し、事務所等の設備・什器・部品や机の配置はA社当時と変わりませんでした。A社は、本件運送事業免許の譲渡に関し、株主総会の特別決議を経ておらず、X社とA社の代表取締役は同一人物であり、X社からA社への事業免許の譲渡代金は支払われていませんでした。X社は、X社とA社とは別法人であり、A社の債務免脱のために設立されたものではなく、かりに債務免脱のために設立されたとしても、法人格否認の法理は、私人間の債権債務関係において適用されるべきものであって、権力関係である租税法の法律関係には適用できないと主張しました。これに対しY側は、X社はA社の債務を免脱する目的で法人格を濫用して設立されたものであり、X社はA社を別法人と主張することはできないと抗弁しました。本判決は、以下の趣旨で、Y1に対する請求を却下し、Y2に対する請求を棄却しています。(判旨)本件差押処分はすでに消滅しているので、同処分の取消しを求める訴えの利益はない。A社とX社は実質的に同一であるから、X社の設立はA社の債務免脱を目的とするもので、法人格の濫用にあたる。このような場合、X社は、信義則上、相手方(=国)に対し、新旧両会社が別人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても債務に関し責任を追及することができる。X社は、A社の国税支払債務につき、A社と並んで責任を負わなければならない。租税滞納処分については、租税債権の成立(租税の賦課)は権力関係であるとしても、いったん成立した租税債権の実現、すなわちその執行については、特別の規定がない限り、私債権と区別する理由はない。法人格否認の法理は、権利濫用法理や信義則、禁反言の原則等、一般条項に基づくものであり、租税法律主義にいう「法律」に内在するものといえるうえ、本件のような場合に課税できないとすると、かえって税の公平負担に反することになって妥当でない。(小括)国がA社の滞納国税を徴収するためになす差押えは、本来A社が所有する財産に対してなされなければなりません。そこで本件では、滞納処分として差し押さえられたB社に対する売掛債権は、A社に属するのかX社に属するのかが問題となります。この場合、事業を譲り受けた特殊関係者に対する第二次納税義務を規定する国税徴収法38条の適用の可否が問題となります。すなわち、A社の滞納債務に関し、X社が適法にA社の事業を譲り受けていたならばX社が第二次納税義務者となり、国は、X社の債権を差し押さえることができます。ところが、本件事業譲渡に関してはA社の株主総会の特別決議がなされていないため、国税徴収法38条を直接的に適用することはできません。本件の場合、他に適用すべき条文等、手段がないため、結果として、最後の手段として法人格否認の法理を適用してA社とX社を同視して、X社の売掛債権をA社に帰属すると認定して、この売掛債権からA社の滞納国税を徴収したことになります。なお、本判決の合理性に対しては、以下のような疑問が呈されています。すなわち、①租税法は刑罰法と並ぶ侵害規範であるから適用要件は明確でなければならず、信義則を納税者に不利な方向で適用すると、課税要件が曖昧になり、課税要件明確主義に反することになる、②他者の租税債務について責任を認める理論が一般化すれば、納税者にとっては予想外の税負担の危険が強いられることになるので、新会社設立による租税回避への対策は立法によって図られるべきである、③租税債権は本質的に金銭債権であるから、租税法律関係も私法上の債権債務関係と同視できるという点を強調しすぎると、租税法律主義が形骸化する。租税債権者と租税債務者とは対等でなく、租税債務者は延滞税や青色申告取消しなどの重いリスクを背負っているのであるから、私法の一般条項に依拠した本判決の論理には疑問が残る、というものです(注4)。2東京地判平成18年6月26日判時1960号16頁(事案の概要)X社(原告・控訴人)およびA滞納会社は、ブランド商品の小売業を営む会社であり、Bが両社の代表取締役です。両社の間では、A社が経営する店舗の賃借権を8400万円でX社に譲渡する契約書が作成されました。この契約書の作成日付の後、X社は3つの銀行に普通預金口座を開設し、売上金等を入金していました。Y(国・被告)は、滞納となっているA社の法人税等の租税債権を回収するため、X社名義の普通預金およびX社の契約会社となっているカード会社に対するX社の商品代金債権(クレジット売掛金)をA社の財産であると認定し、差し押さえて、その全額を滞納国税に充当しました。X社は、これらの財産はA社に帰属せず、X社に帰属するとして、東京国税局長に異議申立を行い、Yに国家賠償を求めて本訴を提起しました。本判決は、以下の趣旨でX社の請求を棄却しています。(判旨)本判決は、A社への財産帰属に関し事実認定をしないまま、直裁に法人格否認の法理を適用しています。すなわち、本件賃借権の譲渡に伴い、X社は、A社からその営業の重要部分を、その業務の同一性・継続性を維持したまま譲り受けたものであり、X社の会社支配体制・経営体制はA社と同一であると認定しました。そして、両社は、Bによる会社支配体制・経営体制のもと、A社の売上収益をX社に移転・帰属させることにより、国税免脱のために法人格を使い分けて法人格を濫用しているので、X社はYに対し、信義則上、A社と別異の法人格であると主張することはできない、というものです。(小括)本件控訴審の東京高判平成19年7月25日(平成18年(ネ)第3794号)も、本件財産はいずれもA社に帰属していたというべきであり、X社はA社と実質的に同一の法人であり、法人格を濫用していると認められるので、本件財産がX社に帰属すると主張することはできず、これはA社のものであるから、本件差押えに違法性はない旨を判示しています。3大阪地岸和田支判平成22年1月15日訴訟月報57巻1号256頁(事案の概要)X有限会社はパチンコ店やゲームセンターの運営・清掃・保守管理の請負業、一般労働者派遣事業を事業目的としています。ところで、納税者が納付すべき消費税額は、売上げにかかる消費税額から仕入れにかかる消費税額を控除して計算されるのですが(消費税の仕入税額控除)、従業員給与には消費税がかからないので、会社が納付すべき消費税額算定にあたっては、従業員給与から仕入税額控除をすることはできません。一方、外注費については仕入税額控除をすることが可能です。そこで、A社の代表取締役Bは、X社を設立し、これに人材派遣業事業全般を請け負わせるように仮装するとともに、A社の従業員をX社の従業員のように仮装し、X社からのA社への派遣社員とし、本来A社が彼等に支払うべき給与の額をX社に対する外注費であるように仮装しました。そしてA社の課税仕入れにかかる消費税額を過大に計上し、これを売上消費税額から控除して、この分を消費税額の支払いから不正に免れていました。Y(被告・国)は、A社が滞納していた国税を徴収するため、X社名義の普通預金をA社に帰属するものとして差し押さえて、これを取り立てました。これに対し、X社は、Yによる本件差押処分により普通預金残高に相当する損失を受けたとして、この額につき、Yに対して不当利得返還請求を提訴しました。本判決は、以下の趣旨で、Xの請求を棄却しています。(判旨)X社は、A社の代表者であるBの支配の下に、A社が本来支払うべき消費税の支払いを免れる目的で設立されたものと認められる。X社は、法人格否認の法理は、私人間の関係における取引の相手方を保護する法理であり、公法上の租税関係においてはその趣旨は妥当せず、国税徴収法の規定にも背馳し、滞納処分としての差押えについて法人格否認の法理が適用される余地はないと主張するが、この法理の適用を租税法律主義や国税徴収法の規定に反すると解すべき理由はない。法人格否認の法理は、権利濫用又は信義則に根拠をおくものであり、この法理により、滞納処分としての差押えを免れることを許容することは、公平な税負担の実現にもとる結果となるので妥当でない。X社の設立は、法人格の濫用に該当するので、X社は、国に対し、信義則上、X社とA社とが別異の法人格であることを主張できない。(小括)本件においても、原告は、法人格否認の法理は私法分野の法理であって、公法分野である租税法律関係には適用されないと主張しています。しかし、この点は、「滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位にあたる地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない」(最判昭和31年4月24日民集10巻4号417頁)とする最高裁判例に従って、法人格否認の法理は公法分野である租税法律関係にも適用されるとしています。Ⅳむすび以上にみたように、税務において法人格否認の法理を適用するにあたっては、いくつかの問題点が提起されてきました。すなわち、(1)租税法律主義の下では、いかなる行為・事実からいかなる納税義務が発生するか、あらかじめ法文上明らかにされていなければならないはずであるが、この法理が適用されると、国民の経済生活における法的安定性・予測可能性が害されることにならないか、(2)この法理は、私人間の債権債務関係において適用されるべきもので、権力関係である租税法の法律関係においては適用できないのではないか、(3)この法理は、権利濫用法理や信義則等の一般条項に立脚するものであるが、この法理が納税者に不利な形で適用されると、延滞税や青色申告の取消し等、重いリスクを負担する納税者にとっては予想外の不利な結果が招来されるのではないか、等の疑問です。これに対し、判例は、公平な税負担を実現するためには、この法理を適用すべき場合があるとの基本姿勢で、これら(1)(2)(3)の疑問を排除しています。学説では、一般に、この法理が権利濫用法理や信義則等の一般条項に立脚すると解するならば、極力この法理の適用を控えて、まず既存の条文や解釈論で事案の解決を図るべきであり、これらがない場合に、最後の策としてこの理論を使うべきであるとされています。しかし、この点、冒頭に引用した最判昭和44年2月27日では、ストレートにこの法理が適用されていて、最後の策として適用するといった配慮はみられず、その後に続く諸判例もこの流れに沿っているように思われます。かりにこの法理に依拠せず既存の条文や理論で対応できる事案であったとして、裁判所の方が直裁にこの法理を適用して解決を図ったならば、それはそれで有効な解決となるわけでしょうから、より確実に妥当な結論に到達するために、既存の条文・解釈で対応するか、それともこの理論で対応するかは、今のところ裁判所の裁量に任されているように思われます。冒頭の最判昭和44年2月27日においては、A名義でなされた和解であっても、Xは、「敢えて商法504条を俟つまでもなく」、ただちに法人格否認の法理を適用して、この和解を会社の和解と認めうると判示しています。この点、法人格否認の法理の制限的な適用を説く通説によれば、本件は商法504条の解釈問題とすべきものでありますし、また、学説中には、当事者の確定問題として処理し、Aなる名称はY社をも意味すると解することで足りたのではないかとするものもあります(注5)。しかし本判決では、関係するかもしれない条文を検討するまでもなく、ストレートにこの法理を適用しているわけでして、この法理の扱いに関する学説と判例のスタンスには相当な隔たりがあるといえるでしょう。<注釈>石山卓磨『現代会社法講義(第3版)』53頁(2016年、成文堂)、森本滋『会社法判例百選(第2版)10頁』(2011年、有斐閣)、後藤元・同(第4版)10頁(2021年)。江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』44頁以下(2021年、有斐閣)。江頭43頁。前掲(注2)脇谷英夫・LIBRAVol.9(2009・4)、43頁以下。森本滋・会社法判例百選〔第2版〕10頁、2011、有斐閣)提供:税経システム研究所
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2024/09/06 論説
配置転換等おける企業側の配慮事項の拡大
1.配置転換等の目的と従業員等にもたらす影響本稿でいう配置転換等とは、企業内又はその企業グループ内ないし関連会社内において、企業又は企業グループの命令により、従業員等の職場環境や業務内容が大きく変わることをいいます(注1)。大企業は当然ですが、近時は中小企業においても分社等の方法により、他企業への配置転換等が行われることがあります。なお、他企業への配置転換は出向とも呼ばれます。また、一時的な配置転換は応援と呼ばれることもあります。配置転換等は、①業務量の変動や経営組織の新設改廃等による業務上必要な労働力の再配置の為、②教育や訓練を目的として経験を積ませる為、③過剰人員を再配置する雇用調整の為、④昇進を伴うものや適性がある部署への配置、社内定年者の給与等の抑制や空きポジションを作ることを目的とした人事の為、⑤懲戒的な理由によるもの、等を目的として行われてきました(注2)。圧倒的に使用者の力が強かった第二次世界大戦終戦時までの時代と違い、戦後の復興期には戦争引揚者(復員兵や大陸からの撤退者)等の就職先確保と労働者の権利及び地位の確保が国家及び社会的に重要な課題となり、1945年12月22日に公布された「労働組合法」が、1949年6月1日に全面改正された他、その後の社会状況に適応した度重なる行政指導・判例・立法・法改正により、年々労働者の状況が改善しつつあります。特に配置転換等は、従業員等の業務状況やその家族をも含めた生活状況等に重大な悪影響(通勤時間の増加・転居や二重生活に伴う住居費等の増加・家族の精神的経済的負担増等)をもたらすことも多い為、労働組合に加入する労働者の場合には、労働組合による労働条件・住宅保障等の条件設定への介入や配置転換計画への参加がみられることもあります。ただし、労働法では守られていない役員は、その実態が労働者である名ばかり役員であった場合にも労働組合の介入は原則としてありません(裁判所に訴えることはできます)。一方、企業も近時のSNS等の普及による企業情報の拡散力の増加も相俟って、企業イメージの低下につながること及び訴訟を回避する為に、対象者の人選を慎重に行う場面が増えているようです。なお、過剰人員の雇用調整ではまずアルバイトの解雇や派遣社員の派遣取止め等の非正規社員を整理するのが通例ですが(この状況も社会問題となっています)、更なる過剰人員の雇用調整の為の正社員の配置転換については、解雇の回避ないし倒産等の回避につながる為、労働組合も概ね協力的であったり、判例もやむを得ないと判断したりする傾向がありました。また、組織再編等による強制的な配置転換や、希望退社等とセットとなる再就職先の斡旋についても、やはり雇用確保の観点からはやむを得ないと判断される傾向がありました(後述のJR再雇用や日本IBM事件を参照)。2.参考になる配置転換等に関する先例(1)JR不採用問題日本国有鉄道(以下、「国鉄」とします)発足以前の1946年2月に結成された国鉄労働組合総連合会は、翌年6月に単一組織の国鉄労働組合(以下、「国労」とします)となり、国鉄の中の最大の組合となりましたが、設立当初からの思想的・政治的な活動による組合員の対立、公務員にもストライキ権を認めるよう求めるストライキ(スト権スト)の敢行、スト等に対する方針や思想等の違いによる労働組合の分裂(注3)、国鉄職員の勤務状態の悪さやそれに伴う遅延及び重大事故の発生による乗客の国鉄離れ、信用低下や運賃・料金値上げ等から私鉄やトラック輸送業界等に乗客・利用客が流れたことによる私鉄労組等との協調路線の終了や他の業界との競争等の様々な問題を抱えていきました。また、1949年6月に発足した国鉄自身も、国有鉄道としての採算を度外視した路線の拡大とその後の自動車等の普及や地域の過疎化による経営状態の悪化、政治介入による経営改革の機能不全や配置転換が思うように進まないこと等による職員の余剰部署と不足部署の調整不足、親方日の丸に安住していると揶揄されるような不合理な経営による巨額債務の存在等の問題を抱えていきました。こうした問題に対処すべく行われた1987年4月1日の国鉄分割民営化にあたっては、多くの旧国鉄職員が現在のJR各社等に再雇用されましたが、国鉄はそもそも戦後の国策により戦争引揚者を大量に雇用した結果として多くの余剰人員を抱えており、民営化にあたっては、約94,000人が余剰人員と算定されました。このうち希望退職に応じた人は、公務員・特殊法人職員・民間企業社員・他鉄道会社社員等の再就職が斡旋され、又は自身で次の就職先等を選択していきました。JRでは民営化後に労使協調路線を採る全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)が最大の組合となり、さらに日本鉄道労働組合連合会(JR連合)ができたことや、社会主義運動の過激化に対する嫌悪や社会主義国に対する失望からイデオロギー闘争が下火になったこと、再就職に不利と判断されたことから、国労は少数派に転落していましたが、全国鉄動力車労働組合(全動労)、国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉・千葉動労)とともに、これらの組合は最後まで民営化反対の立場を採り続け、再就職を拒否する方針を採った組合員等の7,630人(注4)が再雇用されないまま、1987年4月1日に日本国有鉄道清算事業団(以下、「国鉄清算事業団」とします)の所属に移行することになりました。1986年12月4日に制定された「日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法」(略称:再就職促進特別措置法)」(1990年4月1日までの時限立法)により、国鉄清算事業団に残った人達も多くが再就職しましたが、労使協調路線を採らなかった組合の組合員のうち、本州への配置転換に応じず北海道や四国においての地元就職にこだわり続けた人、懲戒処分歴により満足のいく再就職先が斡旋されなかった人達を中心に、1998年10月22日の国鉄清算事業団の解散後も1,047人が救済を求めて争議を続けました。その後、組合側も介入した仲裁行為や裁判でも判断が分かれたり、自民党政権下の政府が介入した政治的解決案も組合側に拒否されたりして解決が長引いていましたが、組合側が旧国鉄の権利義務の一部を承継した独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構に損害賠償を求めた2009年9月の東京高裁の判決結果(判例集未搭載)や、これを受けた2010年4月の政治解決案(当時の与党である自由民主党・日本社会党・新党さきがけに公明党を加えた4党による「国鉄改革の1,047名問題の政治解決に向けて」)を、当事者と支援者の4者4団体(注5)が受け入れたことにより、最終的に2010年6月28日に最高裁で和解が成立しています。具体的には、高裁が支払いを命じた判決金(遅延損害金を含め約1,189万円)と訴訟費用等374万円の和解金(総額約142億円)に、4者・4団体に支払う団体加算金(58億円)を加えた内容で、対象は910世帯で、係争中の原告(遺族を含む)1人当たり約2,200万円(総額約200億円)が支払われる一方、組合側は係争中の全ての訴訟を取り下げる、今後、この問題に対する訴訟を行わない等が和解内容となりました。なお、原告中7名は和解に加わりませんでした(注6)この労働争議は、民営化を伴う特殊なもの、かつあまりに長期に渡ったこと、組合員を差別する不当労働行為かどうかが争点となり、時代による民衆感情や、組合側と政権の関係等の政治的な影響を大きく受けたものであること等から、配置転換の是非の問題としてはあまり注目されませんでした。なお、後のJRにおける配置転換に対する争議としては、JR東日本に対し、動労千葉が、①その支部役員5名を定年退職者の補充として組合員車両センター本区から派出所に配転したこと、②運転手である組合員2名を輸送業務に配転したこと、を不当労働行為として訴えた件がありますが、千葉県労働委員会平成24年3月26日命令・中央委員会平成26年2月19日命令(注7)とも、業務上の必要性に基づき、不合理とはいえない人選基準に沿って行われたものと認められ、不当労働行為にはあたらないとしています。(2)会社分割を伴う場合➀日本IBM事件2002年12月、InternationalBusinessMachinesCorporation(米IBM)は、同グループの戦略の世界的見直しの一環として、傘下(米IBMの100%子会社である日本法人の有限会社アイ・ビー・エム・エイピー・ホールディングスの100%子会社)のY(日本アイ・ビー・エム(株)、被告、被控訴人、被上告人)の当時不採算部門であったHDD(ハードディスク)部門を、会社法施行前商法下の会社分割法制に基づき新設分割しました。この新設分割設立会社を買収した(株)日立製作所は、同様に同社のHDD部門をこの会社に吸収分割し、最終的に成立した吸収分割承継会社A(ストレージテクノロジー(株)、翌年から(株)日立グローバルストレージテクノロジーズ)に、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」に基づく労働者として承継されたYのHDD部門の社員Xら(原告、控訴人、上告人)が、この会社分割は同法に違反する労働契約承継であり無効であるとして、Y社社員としての地位確認と損害賠償を求めた本件(横浜地判2007(平成19)・5・29、東京高判2008(平成20)・6・26、最判2010(平成22)・7・12民集64巻5号1333頁)では、裁判所は会社分割の無効の訴えを提起できず同法3条に基づく労働契約の承継に係る分割会社の決定に異議を申し出ることができない立場の労働者も、2000(平成12)年商法改正附則5条に定められた協議が全く行われなかった場合又は分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合には、労働契約の承継を争うことができるとして原告適格を認めながらも、本件では協議が不十分であるとはいえないとして、労働者側の請求を一貫して棄却しています。このケースでの雇用継続は、収入減につながることとして当事者等の否定的な意見に対し、解雇回避につながるとして、労働組合や裁判所も労働承継に肯定的な判断をする場面が多くみられました(注8)。この事例は、複雑なスキーム、かつ後に続くIBMの様々なリストラの先駆け事例として注目されたもので、IBMグループはこれ以降、ハード面からの撤退を続け、現在のようなIT向けのコンサルティング・システムの導入・運用等を主な業務とする会社となっています。➁エイボン・プロダクツ事件Y(エイボン・プロダクツ(株)、被告)が、2012年7月に会社法上の新設分割の方法によって自社工場を分社化した際に、YからA(新設分割設立会社)において労働契約を承継すると伝えられたYの元社員X(原告)が、2014年1月にAが解散し、それに伴い解雇された後に、Yが労働者と十分に協議を行っておらず転籍は無効であるとし、地位確認と賃金及び賞与の支払いを求めて提訴した本件(東京地判平成29年3月28日労働判例1164号71頁)では、Xは、Yから本件会社分割の目的や、それによる労働条件の変更が特段ない旨を大まかに説明されてはいたものの、Yの工場長との個別の話合いにおいては、リストラを示唆されるなかで、労働組合を脱退することと引替えに労働契約の承継の選択を迫られたにすぎず、その話合いは労働契約承継に関する希望の聴取とは程遠いとして、Xの請求を認容しています。また、同判決では、商法等の一部を改正する法律(平成17年法律87号改正後)附則5条1項に基づく労働契約の承継に関する協議(5条協議)を尽くしたかは、分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(当時は、平成24年厚生労働省告示518号改正前平成12年12月27日労働省告示127号)に沿っているか否かも十分に考慮されるべきとしています。➂不当労働行為に当たるケース労働組合及び労働組合員の排除の為の不当労働行為となる会社分割は、中小企業でも行われた事例があります(長崎地判平成27・6・16労働判例1121号20頁)(注9)。また、こうした行為の指南を行った専門家も責任を負わされる場合があります(大阪高判平成27・12・11労働判例1135号29頁)(注10)。3.職種限定社員の同意なき配置転換は違法(1)2024年4月1日施行の労働条件の明示事項の追加労働条件の明示義務とは、労働契約の締結(有期雇用契約の更新・定年後再雇用・在籍出向の場合も含みます)に際し、使用者が労働者に対し、労働条件を明示しなければならない義務のことをいいます(労働基準法15条1項前段)。労働条件の明示事項は、労働基準法施行規則5条各号(以下の番号は条文の号数です)が定める、①労働契約の期間に関する事項、①-②有期労働契約については更新する場合の基準に関する事項(通算契約期間又は更新回数に上限の定めがある場合はその上限)、①-③就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含みます)、②始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項、③賃金(退職手当及び5号に規定する賃金は除きます)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項、④退職に関する事項(解雇の事由を含みます)、④-②退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払時期に関する事項、⑤臨時に支払われる賃金(退職手当は除きます)、賞与及び8条各号に掲げる賃金並びに最低賃金に関する事項、⑥労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項、⑦安全及び衛生に関する事項、⑧職業訓練に関する事項、⑨災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項、⑩表彰及び制裁に関する事項、⑪休職に関する事項、です。このうち、④-②から⑪までは、使用者がこれに該当する定めをしない場合には必要ありませんが、①から⑤(昇給に関する事項は除きます)に関する事項については、口頭ではなく、書面・電磁的方法(労働者が認める場合)・ファックス・就業規則等のコピーの送付等の記録が残る方法で明示しなければなりません(注11)。(2)最判令和6・4・26(職種限定の労働者に対する同意なき配置転換を違法とする判決)(注12)滋賀県立長寿社会福祉センターの一部である滋賀県福祉用具センターは、福祉用具の展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行っており、開設から2003(平成15)年3月までは財団法人滋賀県レイカディア振興財団が、同年4月以降はY(社団法人滋賀県社会福祉協議会、被告・被控訴人・被上告人)が指定管理者等として上記業務を行っていました。X(原告・控訴人・上告人)は、2001(平成13)年から福祉用具センターに勤務し、約18年間技師として福祉用具を扱う技術職についていましたが、YはXの同意を得ることなく、2019(平成31)年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じました。施設では福祉業務の改造業務の受注が減り、業務を廃止する方針だった一方、異動先として示した総務課は退職による欠員が生じていました。これに対し、Xは労働契約で職種を限定している以上、本人の同意なく職種を変えることは許されないと訴えたものの受け入れられず、退職し、本件訴え(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求)を提起しました。配転命令の有効性については、東亜ペイント事件(最判昭和61・7・14労働判例477号6頁)において、労働協約・就業規則に会社が業務上の都合により転勤を命じることができる旨の規定があり、労働契約上勤務地を限定する旨の合意はなかったという事情の下においては、会社は個別の同意なしに転勤を命じる権限を有するとした判決がありますが、これが今回のような職種限定の労働者の場合にも当てはまるかが、本件の争点になりました。かつての東京海上日動火災保険事件(東京地判平成19・3・26労働判例941号33頁)では、職種限定の労働者の場合には原則として労働者の同意がない限り、他職種への配転はできないとしつつも、当該職種を廃止せざるを得ない場合等には職種限定の労働者をやむなく他職種に配転する必要がある場合として、このような場合まで労働者の個別の同意がない以上、使用者が他職種への配転ができないとすることは、あまりにも非現実的であると判示しました。本件1審(京都地判令和4・4・27)は、本件について書面による職種限定の合意はないものの、技術者募集の経緯及びその後の長年にわたる勤務の状況から黙示の職種限定合意を認めましたが、前述のような判例の流れから配転命令にはXの解雇を回避する目的があったとし、総務課への異動には合理的判断があったと判示しました。本件2審(大阪高判令和4・11・24)も同様の判断をして本件配置転換を合法としました。これに対し、最判令和6・4・26は、労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解し、XとYとの間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものとして、原審判決を破棄し、賠償責任の有無等を検討する為に高裁に審理を差し戻しています。最判は、2024年4月1日施行の労働条件の明示事項の追加を踏まえた判決であるともいえますが、本件では1審から一貫して、明示の職種限定の合意がなかったケースにおいて、募集の経緯及びその後の長年にわたる勤務の状況から黙示の職種限定合意があったと認めています。改正法の施行前・施行後に拘わらず、労働条件の明示を行わなかった為に、職種限定の合意が明文として残されていない状況でも、その態様から職種限定社員とされる余地があることがわかります。これは、他の勤務地限定・労働時間限定社員にもいえることです。4.まとめ限定正社員とは、勤務地、職務、労働時間のいずれかを限定した正社員のことです(労働基準法施行規則5条①-③号及び②号)。新型コロナ禍を経てリモートワークや時間限定勤務が普及しつつあり、正社員と非正規雇用の労働者との働き方の二極化を緩和する制度として(注13)、また、出産・育児・介護等を担う労働者もワークライフバランスが取りやすく、専門分野のプロフェッショナル育成に適しており、昇進差別解消や非正規社員の無期転換ルールの受け皿とすることもできる制度として注目を浴びています。使用者は、配置転換等を就業規則等に定めることで、こうした限定をある程度は避けることもできますが、限定がない場合でも、無制限で配転転換等を命じて良いということではなく、業務上の必要性が存しない場合、他の不当な動機・目的をもってなされたものである場合、もしくは労働者に対し通常甘受すべく程度を著しく超える場合等は、その配置転換命令は権利の濫用になります(注14)。生活に対する悪影響がある転勤を伴う配置転換も労働者としては当然のこととして受け止めなければならないとしていた判例が多かった昭和の時代(注15)にも、両親等の扶養が代替不可能で、遠隔地への転勤によりそれが果たせなくなるような転勤命令を権利の濫用とした判例(注16)があります。その後、1991(平成3)年に「育児休業等に関する法律」(略称:育児休業法)が制定され、1995(平成7)年に現在の「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(略称:育児介護休業法)に改称されるとともに、その範囲を子の養育及び家族介護に拡大し、2004(平成16)年には、子の介護休暇にも範囲を拡大し、さらに2009(平成21)年からは、単に休業ではなく、労働時間の配慮をも選択肢に加えることで、出産・育児・介護等を担う労働者に対するワークライフバランスを重視する雇用が広く社会的要請として認知され、かつ企業の責務になりました。当然、障害者に対する配慮も欠かせません。1960(昭和35)年に制定された「身体障碍者雇用促進法」は、1987(昭和62)年に「障害者の雇用の促進等に関する法律」となり、知的障害者にも範囲を拡大し、その後の改正により、現在では身体障害・知的障害・精神障害(発達障害を含みます)、その他心身の機能の障害がある為、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な人にも対象を拡大しています。近時では、吸収分割会社において排便障害等により勤務配慮を受けていたバス運転手が、吸収分割承継会社において、労働契約の解除か勤務配慮がない新たな労働契約の選択を求められたことに対し、裁判所(神戸地尼崎支部判平成26・4・22労働判例1096号)は、こうした契約更新を公序良俗に反する無効のものと解し、従前の労働契約がそのまま吸収分割承継会社に承継されるとしています。若年での障害者だけでなく、平均寿命の伸長に伴う定年年齢の引き上げや再雇用の促進に伴って、老齢による障害を抱える労働者も増えていくことが予想されますから、企業における障害者に対する勤務配慮の要請もますます高まっていくことが想定されます。欧米では、適正配置の考え方や配置転換に伴う業務停滞等を考慮して、日本的な様々な経験を積ませる等の頻繁な配置転換はあまり行われていません。配置転換は必ずしも国際的な慣行ではないので、限定社員への配慮とともに、非限定社員の配置転換の必要性の検討・人選についても、企業は今後ますます慎重に行うべきでしょう(注17)。<注釈>「配置転換と人事異動の違いとは」(2021.8.27解決社労士柳田事務所)https://www.tama5cci.or.jp/hp/yanagida/?p=5823コトバンク「配置転換」のうち改訂新版世界百貨辞典(中村圭介)を参照。https://kotobank.jp/search?q=%E9%85%8D%E7%BD%AE%E8%BB%A2%E6%8F%9B&t=allパワハラ・セクハラ・任務懈怠等の加害者を懲戒として配置転換する場合が考えられますが、慎重な対応が必要です。配置転換を拒んだ人(大阪高判平成25・4・25労働判例1076号19頁(新和産業事件))や被害者の方が業務環境を悪くする配置転換、加害行為に十分な証拠のない場合や、加害者を辞職に追い込む為の嫌がらせを伴う場合等の他、本来、法的に懲戒対象としてはいけない内部告発者(東京高判平成23・8・31労働判例1035号42頁(オリンパス事件))や、疾病・出産・子育て・介護などの法的に保護されている対象者に、相当期間以上に業務環境が悪くなる配置転換を強いる場合は、人権侵害かつ違法状態となり、当然、訴訟で敗訴する場合があります。国鉄には、国鉄労働組合(国労)の他にも、日本国有鉄道機関車労働組合(機労)→国鉄動力車労働組合(動労)、国鉄職能別労組連合会(国鉄職能労連)・国鉄地方労組総連合会(国鉄地方総連)→新国鉄労働組合連合(新国労)→鉄道労働組合(鉄労)、全国鉄道施設労働組合連合会(全施労)、全国鉄動力車労働組合(全動労)、国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉・千葉動労)、日本鉄道産業労働組合連合会(鉄産労)等の様々な労働組合が誕生し、変遷していきました。国鉄労働組合(国労)・動労千葉・鉄産労傘下の日本貨物鉄道産業労働組合等はJR移行後もJRの労組として存在していますが、労組の多くはJRには引き継がれる際に解散、又は改称して存続しています(日本鉄道産業労働組合は現在のJR連合となった他、傘下の組織も日本貨物鉄道産業労働組合以外はJR東海ユニオン等に改称しています)。国鉄分割の詳しい状況については、牧久「昭和解体国鉄分割・民営化30年目の真実」(2017年・講談社)を参照。昭和62年度運輸白書(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa62/0002.html4者:国労闘争団全国連絡会議、鉄道建設公団訴訟原告団、鉄道・運輸機構訴訟原告団、全動労争議団鉄道・運輸機構訴訟原告団、4団体:国鉄労働組合、全日本建設交運一般労働組合、国鉄闘争支援中央共闘会議、国鉄闘争に勝利する共闘会議。2009年9月の高裁判決は判例集未搭載ですが、最高裁での和解記事でその判決内容の一部がわかります。「JR不採用訴訟、和解が成立解決金1世帯2200万円」2010.6.28日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2800B_Y0A620C1CR0000/労働判例1046号94頁、労働判例1088号93頁。2005年には、(株)日立グローバルストレージテクノロジーズから日本IBMの出資が抜け、2008年内には営業黒字が復活したものの、2011年に同社はWesternDigitalIreland,Ltd.(米ウエスタンデジタル)に売却され、ウエスタンデジタル傘下(完全子会社)となり(株)HGSTジャパンの商号を経た後、2022年10月1日からはウエスタンデジタル合同会社となっています。Y社が、労働組合の組合員である従業員Xら(原告)を解雇し、Yの資産・他の従業員・取引先をA社(新設分割設立会社)に承継させた事案において、裁判所は、AはYの支配下にあって独立の経営実態が存在しないとしてAの法人格を否認し、Yに対するXらの地位確認請求及び未払賃金請求並びに解雇が違法だとして損害賠償請求の一部を認容しています。生コンクリートを製造販売するY1社が、経営合理化に反対する労働組合の組合員たる従業員Xら(原告・控訴人)が従事する輸送部門をY1社に残し、製造部門をA社(新設分割設立会社)に承継させ、後にY1を閉鎖したことが不当労働行為であると認定された事例(大阪地判平成27・3・31労働判例1135号29頁)の控訴審である大阪高判平成27・12・11労働判例1135号29頁では、取引先倒産につきA社の事業所も閉鎖に至った為、その時点までの未払賃金の請求、及び1審判決で認めたY1社代表取締役Y2に対する慰謝料請求の認容を維持し、かつ1審判決では却下されたこの件に積極的に関わった司法書士Y3に対する損害賠償請求を認めています。一方、この訴訟では、代表取締役夫妻が求めた、労働組合の街宣活動等が労働組合としての正当化された範囲を逸脱しており、代表取締役Y1及び妻が自立神経症などの障害を負ったことに対する労働組合に対する慰謝料請求も認められています。使用者が労働時要件を明示しない場合や、法律上義務付けられた方法で明示しない場合には、30万円以下の罰金に処されます(労働基準法120条1号)。最高裁判所HP裁判例検索https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92928非正規社員の増加とともに、選択理由として好きな時間に働きたいからという理由をあげる人が毎年増加しています。労働政策研究・研修機構(JILPT)「最近の統計調査結果から2024年」2024年2月https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/saikin/2024/documents/202402.pdf前掲東亜ペイント事件(最判昭和61・7・14労働判例477号6頁)及び東京海上日動火災保険事件(東京地判平成19・3・26労働判例941号33頁)の判示事項。福岡地小倉市決昭和50・7・1労働判例234号46頁、横浜地決昭和50・7・1労働判例233号52頁、東京地判昭和50・10・29労働判例238号30頁、等多数。なお、平成に入ってユニコーンの「大迷惑」という、結婚してマイホームを手にいれた途端に、上司から3年2ヶ月の単身赴任を伝えられ、結婚とローンにより会社を辞めることができない主人公の気持ちが伝わる曲が大ヒットしました(1989.4.29リリース)。https://utaten.com/lyric/ja00006134/山口地判昭和51・2・9労働判例252号62頁、前橋地判昭和52・11・24労働判例293号69頁、等。沢路毅彦「最高裁、一方的配転に歯止め働き方多様化、雇用慣行の見直し加速か」(2024.7.29朝日新聞クロスサーチ)参照。https://www.asahi.com/articles/DA3S15996075.html提供:税経システム研究所
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2024/08/30 topics
政治とカネの問題の現在地 ! ~ 令和6年政治資金規制法改正を巡る諸問題~
1はじめに2024年6月19日に政治資金規制法(以下、本稿において「規制法」と略します)の一部を改正する法律が国会において成立しました(令和6年法律第64号。なお、この改正法の施行日は、一部の規定を除き、原則として2026年1月1日とされています)。政治資金とは政治活動を目的とした資金のことをさしますが、今回の改正は、自民党の派閥においてこの政治資金の不透明な取扱いがなされていたことを受けて行われたものです。政治資金の取扱いについてはこれまでもたびたび問題が起こっており、下記に見るよう、これまでもそれらの問題に対応するための規制法の改正が行われてきています。しかし、近時においても政治資金に関する問題は後を絶ちませんし、今回の改正も十分な内容ではないのではないかと見る向きもあります。他方で、今回の改正に関する報道等を見ていますと、そもそもの規制法の内容や改正事項についてはあまり具体的に触れられておらず、規制法の内容や運用のどのあたりに問題があるのかといったことについては、多くの方々にとってあまり知られていないように思われます。そこで、本稿では、規制法の歴史と規制内容の概要、そして今回の改正点をやや具体的に概観し、今回の改正事項に本当に問題点はあるのか、あるとすればどのあたりが課題となるのかといったことについて、若干の分析を行いたいと思います。2政治資金規制法の歴史規制法は、もともと戦後の民主化の中で政治事情が混迷を続け、政治的腐敗行為が続出したことを契機として、政治資金による政治腐敗の防止を図るべく、1948年に議員立法の形で成立した法律です(注1)。その後、規制法はしばらくの間大きな改正等は行われてきませんでしたが、1960年代に起こった一連の政治スキャンダルである「黒い霧事件」などへの反省から改正が行われ、政治資金を量的・質的に規制していく規制法としての性格を強めました。また、「ロッキード事件」や「リクルート事件」といった政治資金にまつわる疑惑・問題がたびたび発生したことを受け、とくに企業献金に関連する規制の強化が図られました。2007年には、閣僚らの不明瞭な事務所費の問題をはじめとする政治資金の使途に関する疑惑を契機として規制法は改正され、国会議員関係政治団体(衆議院議員または参議院議員に係る公職の候補者が代表者である政治団体その他規制法19条の7に定める政治団体)について登録政治資金監査人(政治資金適正化委員会が行う政治資金監査に関する研修を修了した税理士または公認会計士がこの監査人になることができます。規制法19条の13参照)による政治資金監査が義務づけられ、収支報告における明細の記載基準額の引き下げ等が行われたほか、少額領収書等の写しの開示制度が創設され、収支報告に関する適正性の確保や透明性の向上が図られるなどしてきました(注2)。3現行政治資金規制法の概要規正法は、政党、政治資金団体など(規制法3条1項、5条等参照)および公職の候補者(同条4項)が行う政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにする、総じていえば、政治活動の公正性と透明性を確保・維持することを目的とした法律です。具体的には、政治資金について以下の2つの観点から規制を行っています。(1)政治資金の収支の公開規制法は、政治団体に設立の届出等を義務づけ、1年間の政治団体の収入、支出および資産等を記載した収支報告書の提出を政治団体に義務づけるとともに、これを公開することによって政治資金の収支の状況を明らかにしています。(2)政治資金の授受に対する規正等規制法は、政治活動に関する寄附(政治団体に対してなされる寄附または公職の候補者の政治活動に関してなされる寄附をいいます)等について、対象者による制限や、量的、質的制限などを行っています。たとえば、規制法は、政治団体を除く会社・労働組合等の団体等による政党・政党の支部および政治資金団体以外の者への政治活動に関する寄附を禁止し(規制法21条)、政党および政治資金団体に対してされる政治活動に関する寄附の年間限度額を設定し(同21条の3)、国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金の交付決定を受けた会社その他の法人による寄附を禁止する(同22条の3)などしています。(東京都選挙管理委員会『政治団体の手引き』5頁)42024年改正政治資金規制法の概要今回の規制法の改正の主なポイントは以下の通りです(以下に挙げている条文は改正後のものです)。(1)政策活動費関連今回の改正により、政党に所属している衆議院議員または参議院議員にかかる公職の候補者について、当該政党からの支出(1件当たりの金額(数回にわたってされたときは、その合計金額)が50万円を超えるものに限り、人件費、光熱水費その他の総務省令で定める経費の支出を除く)で金銭によるものを受けたときは、当該政党からの支出にかかる金銭に相当する金銭を充てて政治活動のためにした支出について、当該支出の項目別の金額を当該政党の会計責任者に通知しなければならないとされました(規制法13条の2)。政党はこうした議員からの政治資金の支出に関する報告を受けたときは、その内容を政党の収支報告書に記載するとともに、総務省に提出することになります。この改正点は、議員に対して派閥(政党)からいわゆるキックバックが行われていたことへの対応と思われますが、今回の改正では、さらに政策活動費について、今後年間支出上限額を定めるとともに、10年後には領収書を公開することについても検討していくことが附則に明記されています(規制法改正付則14条)。なお、参考までに現在における支出の明細に関する収支報告書への記載と領収書等の写し等の添付基準は以下の通りとなっています(注3)。(東京都選挙管理委員会『政治団体の手引き』8頁)(2)政治資金パーティー関連規制法は、これまでも政治団体の会計責任者に対し、いわゆる政治資金パーティーに関して、すべての収入についてその総額を収支報告書に記載しなければならないと定め、一定の収入の内訳に関しては、それを個別に記載することを求めてきていました(規制法12条1項1号)。そうした個別の記載項目の中でも、特定パーティー(政治資金パーティーのうち、当該政治資金パーティーの対価にかかる収入の金額が1000万円以上であるもの)または特定パーティーになると見込まれる政治資金パーティーの対価にかかる収入があった場合については、パーティーごとに、その名称、開催年月日、開催場所および対価にかかる収入の金額ならびに対価の支払をした者の数について、収支報告書に記載しなければならないとされています(同号ヘ)。そのうえで、政治資金パーティーの対価に係る収入のうち、同一の者からの政治資金パーティーの対価の支払いで、その金額の合計額が20万円を超えるものについては、その年における対価の支払について、対価の支払をした者の氏名、住所および職業ならびに当該対価の支払に係る収入の金額および年月日を記載しなければならないとしてきました(同号ト。また、20万円以上のパーティーの対価の支払いを斡旋した者の氏名等も同様に記載しなければならないとされています。同号チ)。今回の改正により、パーティー券の購入者名の公開基準額が上記の「20万円超」から「5万円超」に引き下げられることになりました(改正後の規制法12条1項1号ト・チ)。加えて、政治資金パーティーの対価の支払いについては、やむを得ない場合を除き、振込が強制されることになりました(同法22条の8の2)。また、今後、外国人によるパーティー券の購入について規制することを検討していくこととされました(規制法改正附則16条)。(3)国会議員関係政治団体の代表者による確認書の交付現行の規制法の下でも、国会議員関係政治団体の代表者(通常は議員本人)は、会計責任者の職務が規制法の規定に従って行われるよう、会計責任者を監督しなければならないとされています(規制法19条の12の2)。とはいえ、どの程度の注意をもってこうした監督を行わなければならないかは不明確ですし、仮に監督を怠っていたとしても、そのことよる罰則の適用はない状況でした。今回の改正により、国会議員関係政治団体の代表者は、随時または定期に、会計帳簿等の保存、および会計帳簿に党外国会議員関係政治団体にかかる収入および支出の状況が記載されていることなどの確認をしなければならないとされ(規制法19条の12の3)、また、国会議員関係政治団体の代表者は収支報告書が規制法に従って作成されていることについての「確認書」を会計責任者に交付しなければならないとされました(同19条の14の2等)。そのうえで、収支報告書等に不記載や虚偽記入があった際、確認書を交付していないか、確認をしないで交付していた場合に国会議員関係政治団体の代表者に対して50万円以下の罰金を科し(規制法25条3項)、同罰金の裁判が確定した日から5年間(刑の執行猶予の言渡しを受けた場合は、その裁判が確定した日から刑の執行を受けることがなくなるまでの間)、公職選挙法に規定する選挙権および被選挙権を有しないものとされました(規制法28条1項)。(4)政治団体間の資金移動今回の改正により、国会議員関係政治団体から年間1千万円以上の寄付を受けた政治団体(政党と政治資金団体を除く)は、その年と翌年、国会議員関係政治団体とみなされ、同団体に関する罰則を含む規定を適用することとされました(規制法16条の16の3)。(5)政党交付金の交付停止等の制度の創設今回の改正では、政党交付金の交付の決定を受けている政党に所属する衆議院議員または参議院議員が政治資金または選挙に関する犯罪に係る事件に関して起訴された場合、政党に対して交付すべき政党交付金のうちその起訴された衆議院議員または参議院議員にかかる議員数割の額に相当する額の政党交付金の交付を停止し、衆議院議員または参議院議員が当該事件に関し刑に処せられたときは、当該額の政党交付金の交付をしないこととする制度を創設するため、必要な措置を講じていくことが附則に明記されました(規制法改正附則13条)。(6)第三者機関の設置今回の改正では、将来的に政策活動費の支出を監査する独立機関を設置することが附則に明記されました。ただし、そうした機関が行う監査の在り方や具体的内容は今後検討に委ねることとされています(規制法改正附則15条)。5政治資金規制法の問題点現行の規制法および今回の改正については、やはりいくつかの問題がいまだ残るように思います。たとえば、パーティー券購入者の公開基準額の5万円への引き下げについては、そうした額への引き下げをもってしても、公開しないで済む場合が依然として残る以上は政治資金の透明性の確保という点ではあまり実効性がないように思います。また、現行の規正法では報告書に不記載や虚偽記入があった場合、記載義務を負う会計責任者に対しては罰則が適用されますが(規制法25条)、議員本人を立件するには会計責任者への具体的な指示や明確な報告・了承といった共謀を検察側が立証する必要があり、立件へのハードルは高い状況にあります。今回の一連の政治資金パーティー対価のキックバック問題においても、立件を逃れた安倍派幹部の議員たちは、衆参の政治倫理審査会で追及を受けた際、「秘書がやったことで自分は知らなかった」と繰り返し述べていました。そこで、今回の改正では上述の「(3)国会議員関係政治団体の代表者による確認書の交付」に関する制度が創設されることになったわけですが、この制度では確認のプログラムやレベルは問題にされていません。そのため、確認書を交付しなかったか、確認をしないで交付していた場合は議員本人も罰則規定の対象となり得えますが、確認書を交付してさえいれば、「確認はしたものの、不記載や虚偽記入を見抜けなかった」と議員本人が言えば、今後も当該議員を立件するのは難しい状況が続いていくように思います。この点、今回の改正において、自民党内でも公職選挙法にある「連座制」(秘書、親族などの候補者や立候補予定者と一定の関係にあるが、公職選挙法上の罪を犯し、刑に処せられた場合、たとえ候補者や立候補予定者がそうした行為に関わっていなかった場合であっても、候補者や立候補予定者本人について、当該選挙の当選を無効にするとともに立候補制限という制裁を科す制度。公職選挙法251条の2以下参照)のような連帯責任に似た制度とする必要があったとの声もあがっていたようですが、今回の改正では見送られました。また、そもそも、上記の「(5)政党交付金の交付停止等の制度の創設」や「(6)第三者機関の設置」については、改正附則で今後検討などを行っていくことが明記されたにすぎず、現時点で具体的な制度の内容は明らかになっていません。この点、とくに後者の第三者機関の設置に関して、諸外国をみてみますと、たとえば、アメリカでは連邦選挙委員会(FederalElectionCommission)、イギリスでは選挙委員会(TheElectoralCommission)といった独立性を相当意識した選挙プロセスや政治資金の動きを監視するといった役割を果たしている機関が設けられています。言うまでもありませんが、政治資金についてその透明性を確保するということは、民主的な政治プロセスを実践していくうえで非常に重要なファクターであり、民主主義を支える重要な柱であることは間違いありません。上述したように、今回の規制法の改正を通じても、いまだ課題は残っているといえますが、できる限り早期にそうした課題を克服するためのより実効的な改革が行われることが望まれます。もとより、政治団体に対して寄附を行う企業や個人の側においても、それを行うことについて株主や従業員といった自身の関係者(ステークホルダー)にきちんと正当性を説明できるか、また、法的なリスクはもちろんのこと、レピュテーション(評判)に関するリスクはないか、といった観点から、寄附のあり方について改めて検討する時期が来ているといえるでしょう(注4)。<注釈>東京都選挙管理委員会『政治団体の手引き』5頁(2023年)。なお、この手引きは東京都選挙管理委員会事務局のHP(https://www.senkyo.metro.tokyo.lg.jp/organization/tebiki/)で入手可能です。東京都選挙管理委員会・前掲注(1)5頁。東京都選挙管理委員会・前掲注(1)8頁近時では、企業が政治献金を行うことに関して、取締役の善管注意義務の内容、会社や株主の利益の考慮といった観点から、漫然とそれを行うことについて、否定的な見解も有力に唱えられるようになってきています。日本経済新聞2024年4月1日朝刊21頁参照。提供:税経システム研究所
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2024/08/23 topics
スタートアップの支援と金融商品取引法の改正
1はじめにスタートアップという言葉をよく耳にするようになりました。一般に、新しい技術やビジネス・モデルを持ち、急成長を目指す新しい企業をいいます。2019年には、ベンチャー企業という用語が、スタートアップという用語に置き換わって、急速に普及したといわれています(注1)。スタートアップ企業という場合、設立後10年未満の未上場企業等を指すようです。日本では、企業価値10億ドル以上の未上場企業、いわゆるユニコーンが育たず、企業価値が小さいままIPO(新規株式公開)が行われる小粒上場が問題とされてきました(注2)。東京証券取引所のグロース市場は、市場全体でも時価総額が6兆6000億円で、プライム市場の1%にも満たず、ダイキン工業1社の時価総額(2024年5月17日の時点で7.30兆円)にも及ばないことが報じられています(注3)。そこで、近年では政府も、スタートアップの支援を政策課題の一つと位置づけ、関連する制度の改正を進めています。本稿では、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」(2023年6月16日)(注4)を受けて、金融審議会市場制度WG・資産運用に関するタスクフォース報告書(「WG・TF報告書」といいます。)(注5)、そして、2024年5月の令和6年金融商品取引法改正へと至るスタートアップ支援のための金融商品取引法(「金商法」ともいいます。)関係の制度整備について取り上げることにします。2金融商品取引法に関係するスタートアップの支援政府の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」を受けて、同年12月12日、「WG・TF報告書」が公表されました。スタートアップの支援に関連する事項としては、①ベンチャーキャピタルを巡る課題、②非上場株式を組み入れた投資信託・投資法人の活用促進、③募集・私募制度、④投資型クラウドファンディング、⑤非上場有価証券の取引の活性化等が、取り上げられています。これらのうち、②非上場株式を組み入れた投資信託・投資法人の活用促進については、投資信託協会が、金融審議会の方針を受けて、公募投資信託の財産に非上場株式を組み込めるよう、2024年2月15日に自主規制ルール「投資信託等の運用に関する規則」等を改正・施行しています。米国では、非上場株式を組み入れた投信が普及しているようです。投資信託協会は、原則として投資信託財産の純資産総額の15%を超えてはならないこと、流動性が著しく低いことにより生じるリスクなど未上場株式への投資に関するリスクに係る開示文言を追加することの他、未上場株式に対する審査についても併せて規定しています。この規則改正を受けて、野村アセットマネジメントは、ジャフコグループと2024年度にも非上場株を組み入れた公募投信を設定すると報じられています(注6)。3募集・私募制度-少額募集における開示の簡素化・特定投資家私募制度株式や社債などの有価証券を発行して資金調達を行う場合に、50名以上の一般投資家に対して取得の勧誘等を行うと金商法上の「募集」に該当し、有価証券届出書を内閣総理大臣に提出することが必要です。もっとも、調達金額が1億円以上5億円未満の場合には、少額募集に該当するため、有価証券届出書には連結情報を記載する必要がなく、記載内容は簡素化されているといわれます。しかしながら、少額募集に係る有価証券届出書の提出は、直近10年間で5件程度と、利用実績がかなり限られた状況にあります。有価証券届出書の記載内容が簡素化されているといっても、財務情報について、連結情報が要求されないだけであって、近時、上場会社を念頭に置いて非財務情報の開示充実が図られていることもあり、スタートアップ企業にとっては、情報開示のための負担が重荷であるものと思われます。そこで、WG・TF報告書では、スタートアップ企業の資金調達に係る情報開示の負担軽減・合理化の観点から、少額募集に係る開示内容等をより簡素化することが適当である、とされています。具体的には、サステナビリティ情報の記載欄について、開示を任意化する、最近5事業年度の財務諸表の記載を不要とし最近2事業年度の財務諸表のみとする、非財務情報部分について、例えば「コーポレート・ガバナンスの概要」等の項目について会社法上の事業報告における記載内容と同程度とする、といった案が示されています(同報告書17頁)(注7)。4投資型クラウドファンディングの活性化(1)クラウドファンディングの意義と金融商品取引法クラウドファンディング(以下「CF」といいます。)とは、群衆(crowd)からの資金調達(funding)という意味であり、企業(あるいは特定のプロジェクト)が、必要な資金を調達する手段として、Webサイトを活用して多数の者に対して少額の寄付や出資を募ることを指します。従来の資金調達方法と比べて、インターネットの活用により低コストでの資金調達が可能です。CFには、購入型・応援型(資金提供者の見返りは商品や体験)や、寄付型(資金提供者に金銭に換算しうる見返りがないタイプ)に加えて、投資型があり、これは、資金提供者から資金を調達する手段として、株式やファンド持分を交付するものです。このような投資型CFでは、資金を必要とする企業と資金提供者とを仲介するためにWebサイトが利用されますが、このように、資金を必要とする企業と資金提供者を仲介するためにWebサイトを提供する行為は、金融商品取引法の規制対象となります。金融商品取引法上、株式や社債等の募集・私募の取扱いを行えば、第一種金融商品取引業に該当し、株式等ではなく、合同会社や匿名組合を利用したファンド持分の募集や私募の取扱いを行えば、第二種金融商品取引業に該当します。第一種金融商品取引業と第二種金融商品取引業には、図表1のような開業規制等が課せられます。これらのうち、例えば第一種金融商品取引業の規制は、有価証券(株式や社債等)の売買や売買の媒介・取次ぎ・代理、募集・売出しの取扱いなど、主に上場有価証券の発行による資金調達やその流通に関する仲介業等を想定した規制であって、CFの仲介業を想定したものではありません。〔図表1〕金融商品取引業の参入規制等(2)CFの仲介業に関する規制(2014年改正金商法)CFの普及を想定した金商法の改正は、2014年に行われています。2014年改正金商法は、非上場の有価証券などについて、(a)Webサイトに情報を掲載する行為または(b)Webサイトへの情報掲載と電子メール等での情報送信を併用する行為によって、有価証券の募集、私募または売出しの取扱等を行う業として、新たに「電子募集取扱業務」を創設しました。そして、第一種金融商品取引業のうち、第一種少額電子募集取扱業務の登録のみを受けた者(第一種少額電子募集取扱業者)(金商法29条の4の2)には、業規制・自己資本比率規制・責任準備金の積立義務を適用せず、最低資本金の額を1000万円としつつ、他方で、商号・登録番号その他所定の事項の公示義務、営業所における標章掲示義務を課すものとしました。第一種少額電子募集取扱業務とは、非上場株券・新株予約権証券の募集の取扱い・私募の取扱い(未上場株式型を扱う業)であって、募集総額1億円未満、また、投資家1人当たりの投資額50万円(投資先毎に年間50万円)以下、というものです。また、第二種金融商品取引業のうち、第二種少額電子募集取扱業務の登録のみを受けた者(第二種少額電子募集取扱業者)(金商法29条の4の3)は、最低資本金の額が500万円とされ、営業所・事務所における標章掲示義務を免除されます。第二種少額電子募集取扱業務には、匿名組合や合同会社(組合型ファンド)持分の募集・私募の取扱いが含まれます。この金商法改正を受けて、日本証券業協会も、2015年5月19日に「株式投資型クラウドファンディング業務に関する規則」を定めており、契約締結前書面の交付義務と記載事項のWebサイト上での情報提供に関する規定が設けられる等(金商法43条の5・業府令146条の2、規則9条)しています。例えば、公認会計士等による監査を受けていない場合にはその旨、払込後における発行者の事業の状況についての定期的な情報の提供方法、取引所規則による適時開示と同程度の開示は義務づけられていない旨等、Webサイトでの情報提供が定められています。また、確認書の徴求、勧誘手法併用の禁止、顧客資産の分別管理、事後の定期的情報提供等、業務管理体制については、必要な管理体制の整備義務等、投資者からの照会に回答する体制の整備義務を含む株式投資型CF業者の管理体制の整備義務(規則17条・18条)等が規定されています。(3)株式投資型CFに関する規制緩和の動向2021年2月18日付けの金融庁の説明資料(注8)では、株式投資型CF(「ECF」といいます。)の利用実績は、2017年から2020年までで成約件数161件、平均調達額は3178万円、平均投資家数は約198人、仲介業者は6社とされており、限定的な利用状況といえます。このとき公表された見直し案では、①発行総額1億円未満という基準に関連して、合算の対象をECFで調達した資金に限定すること、②投資家の投資上限額一律50万円のところ、プロ投資家である特定投資家について上限額を見直すこと、③少人数私募の人数算定方法(50名未満・6カ月以内は合算)について米国を参考に見直して、6カ月を3カ月に短縮し、間隔の期間を問わず個別具体的な事情で判断することなどが掲げられていました。2023年のWG・TF報告書でも、発行総額1億円未満を5億円未満に引き上げ、1億円以上5億円未満については、簡素化された有価証券届出書によること、投資家の投資上限額50万円を投資家のリスク許容度や投資余力に応じた上限の設定とすることが提案されていましたが、どこまで実現するのかは、今後の推移を見守る必要があります。なお、規制改革推進会議が2024年6月21日付けで公表した「規制改革実施計画」(注9)には、「金融庁は株式投資型クラウドファンディング(ECF)について、発行者と投資家との間にファンドを介在させることで株主の一元化を図る、いわゆるシンジケート型の仕組みを採りやすくすること(同86-87頁)を可能とし、もって、スタートアップ等における資金調達を円滑にする観点から、…投資家保護の視点に配慮しつつ、ECF事業者が利用しやすい制度となるよう検討し、結論を得る。…」との記載があります。5令和6年金融商品取引法改正法(2024年5月15日成立)(1)非上場有価証券の取引活性化のための仲介業の要件緩和前述のように、グロース市場は小粒上場(時価総額が小さいままの上場)が多く、そのため機関投資家の投資対象とならず、機関投資家のスチュワードシップ活動の対象ともならないため、上場後の成長が停滞するともいわれています。そこで、機関投資家等による非上場株式の取引を活性化するため、プロ投資家を対象とした非上場有価証券の仲介業について、参入要件の緩和が行われることになりました。具体的には、第一種金融商品取引業のうち、(a)非上場有価証券の売付けの媒介等と買付けの媒介等(仲介業務)、または、(b)上記行為に関して、決済のために必要な金銭の預託を受ける業務(期間制限付き)の行為のいずれかを業として行うことを、非上場有価証券特例仲介等業務として、要件を緩和しています。ただし、(a)については、一般投資家を相手方とするものや、一般投資家に対する勧誘に基づき一般投資家のために行うものは除かれます。ここにいう「一般投資家」とは、特定投資家等に加え、当該有価証券の発行者その他政令指定以外の者とされ、「その他政令指定」には、創業者・従業員・VCなども含まれることが想定されています。創業者等の換金ニーズに応えるためのようです。要件の緩和について、具体的な内容は内閣府令の定めによることになりますが、例えば、最低資本金規制を緩和し、最低資本金の額を引下げること、説明資料では、例えば5000万を1000万円に引下げることが想定されています。(2)PTSの認可制度の見直し現在のPTSの認可要件(認可制)を確認しますと、資本金額・純財産要件が3億円以上(図表1を参照)、自己資本規制比率120%、損失の危険の管理(内部監査体制)については、適切な体制及び規則の整備(PTS運営業務を管理する責任者、部署の設置と組織体制、PTS運営業務の管理責任者が有価証券関連業務の経験を原則5年以上有し、当該業務を行う部署が業務遂行に必要な組織等となっていること等)、システム要件(受渡し・決済の安全性、取引の公正性、システムの安定性・確実性)、売買価格決定と受渡し・決済の方法が公益または投資者保護のため必要かつ適当、その他政令で定められる業務の内容・方法が公益または投資者保護のため必要かつ適当(顧客との取引開始基準及び顧客の管理方法、電子情報処理組織の概要、設置場所、容量・保守の方法、異常発生時の処理方法、システムの二重化(バックアップ)、外部機関によるシステム評価が必要)、取引記録の作成・保存の方法、その他PTS運営業務に係る取引の公正の確保に関する重要事項として、顧客の取引情報の機密保持につき十分な方策がとられていること(例えば、他部門との間で業務従事者を明確に区別)、等々が求められています。規制がこのように厳格かつ厳密であるのは、現在のPTSについては、上場有価証券の時間外取引等の場を提供するシステムを想定しているからである、ということもできます。そこで、改正金融商品取引法は、非上場有価証券の電子的な取引の場を提供するPTSの場合には、PTSの認可を要求せず、第1種金融商品取引業の登録により運営可能とすることとしています。つまり、追加的な資本金規制3億円を課さず、システム要件(システムの二重化)等を緩和するとするものです。ただし、取引の管理等に関する必要的な規制は、引き続き適用されます。つまり、流通市場が存在しない有価証券(非上場証券)について、その取引を扱うPTSの参入要件を緩和するものです。なお、日本証券業協会は、先行して2023年6月30日に「私設取引システムにおける非上場有価証券の取引等に関する規則」を制定し、業務内容の公表、非上場PTS銘柄の適正性審査、発行体との契約締結、発行体による適時の情報提供、価格情報の公表等、売買審査の実施、売買停止措置、上場有価証券との誤認防止措置、特定投資家向け有価証券に係る特則などについて、定めています。6おわりに政府の政策による後押しもあって、「スタートアップ」関連ファイナンスは注目の的です。経済産業省も産業競争力強化法の一部を改正し、スタートアップがストックオプションを柔軟かつ機動的に発行できる仕組み(ストックオプション・プール)として、非公開会社でも、ストックオプションの発行に株主総会決議を不要とすることとしています。他方、スタートアップへの投資に伴うリスクに加えて、悪質な投資商品も後を絶たちません。適切なリスクテイクが行える環境整備の重要性を改めて認識する必要があるでしょう。改正金融商品取引法が成立した本年5月15日には、警視庁が、「少人数私募債」を不特定多数に販売した容疑で、金融コンサルタント会社「ザ・グランシールド」社長ら男女8名を金融商品取引法違反の容疑で逮捕したことが報じられています。<注釈>加藤雅俊『スタートアップとは何か』(2024年・岩波書店)3頁。時価総額10億ドル以上の国内ユニコーンは、2023年度に7社とのことです(経済産業省「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」(2024年2月)8頁)。2024年1月20日付日本経済新聞朝刊「成長なきグロース」。https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2023.pdfhttps://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20231212/01.pdf2024年3月29日付日本経済新聞朝刊9面。少額募集等における開示書類の簡素化は、引き続き検討対象とされています(規制改革推進会議「規制改革実施計画」(令和6年6月21日)(https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/program/240621/01_program.pdf86頁)。https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/market-system/siryou/20210218/01.pdf規制改革推進会議・前掲脚注7参照。提供:税経システム研究所
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2024/08/02 topics
独占禁止法コンプライアンスの最新動向について ―「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド」の概要―
1.はじめに独占禁止法(注1)は、1947年に制定され、それ以来わが国の“経済憲法”とも呼ばれる市場における公正で自由な競争を確保するための市場経済の基本インフラとして長年運用されてきました。しかし、いまだ企業による独占禁止法違反は後を絶ちません。この独占禁止法を運用する公正取引委員会は、独占禁止法の重要性を強調し、これまでにも企業等における独占禁止法コンプライアンスに関する考え方や方策を提示してきました。そして、今般、公正取引委員会は、独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用の重要性に鑑み、2023年12月21日に、主にカルテル・談合に関して、個々の企業が実効的な独占禁止法コンプライアンスを整備・運用する上で参考となるべき、ベストプラクティスを整理した「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのカイド」(注2)(以下「本ガイド」などといいます。)を公表しました。これは、わが国の市場における公正かつ自由な競争を促進していくためには、個々の企業が独占禁止法に関するコンプライアンスを推進することにより、競争的な事業活動が自律的に行われる環境を実現していくことが必要であるという考え方に基づくものです。本ガイドは、公正取引委員会が過去に実施した独占禁止法コンプライアンスに関する調査や、各国・地域競争当局等の同様のガイド等を踏まえて、主にカルテル・談合に関して、個々の企業が実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムを整備・運用する上で参考となるベストプラクティスを整理したものであり、公正取引委員会の独占禁止法コンプライアンスに関する取組の現時点での集大成というべきものであるとされています。そこで、本稿は、本ガイドの概要を紹介するとともに、企業におけるその活用について説明をします。2.実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの全体像企業が独占禁止法に違反した場合、排除措置命令、多額の課徴金納付命令、刑事罰、無過失の損害賠償責任、入札談合の場合の指名停止等、厳しいペナルティを受けるリスクがあるほか、企業の評判・信用が著しく低下するリスクがあります。このようなリスクを回避・低減するためには、各社において独占禁止法コンプライアンスプログラムを実効的に整備・運用することが不可欠です。本ガイドは、個々の企業が独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備、見直しを行う際の参考資料として有用です。まず、本ガイドにおいては、独占禁止法コンプライアンスプログラムについて、企業が独占禁止法に違反するリスクや独占禁止法に違反した場合に負担することになる不利益を適切に回避・低減するための仕組み・取組としています。実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のメリットとしては、独占禁止法違反リスク及び独占禁止法に違反した場合に負担することとなる不利益の回避・低減のほか、独占禁止法コンプライアンスを重視する意識・組織風土の醸成や、他企業との競争による良質な商品・役務の開発・販売及び企業の持続的な成長・発展、役職員の誇りや自信、働きがい、企業への帰属意識・貢献意欲の向上、企業としての評判やブランドイメージの向上、ステークホルダーからの信頼の向上などを挙げることができます。そして、実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの全体像と各構成要素との関係を図示したのが、図1です。【図1】実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの全体像(注3)同図のうち、独占禁止法コンプライアンス全般(第2の1)とは、違反行為を未然に防止するための具体的な施策(第2の2)および違反行為を早期に発見し的確な対応を探るための具体的な施策(第2の3)の全てに関係する要素です。次に、第2の2および3の施策に取り組む際には、第2の1の各要素を踏まえることが重要です。また、各企業が直面している独占禁止法違反リスクは、各企業の事業内容や業界慣行、競争事業者、規制環境の変化等によって時々刻々と変化し続けています。そこで、図中の各要素の実効性を定期的に評価し、アップデートすることも重要です(第2の4)。3.実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの構成要素次に、本ガイドにおいて指摘されている実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの構成要素について順次説明をします。その全体像を図示したのが、以下の図2です。【図2】実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの構成要素(注4)(1)独占禁止法コンプライアンスプログラムの全般経営トップのコミットメントとイニシアティブまず、経営トップの本気度を社内外に明示し、独占禁止法コンプライアンスを重視する組織風土を醸成することが重要です。これに関して、本ガイドでは、例えば、経営トップが主導して、「コンプライアンス違反から生まれた利益は1円たりとも要らない」、「談合しなければ成り立たない事業であれば廃止もやむを得ない」などのカルテル・談合を許容しない明確なトップメッセージを社内へ発信することなどの事例が紹介されています。自社の実情に応じた独占禁止法違反リスクの評価とリスクに応じた対応次いで、各社の実情に応じて独占禁止法違反リスクが高い領域に重点的にリソースを配分し、効率的に取組みを推進することが必要です。独占禁止法コンプライアンスの推進に係る基本方針・手続の整備・運用そして、独占禁止法コンプライアンスの基本方針・手続を社内規定等として明確化し、役職員に浸透させることです。組織体制の整備及び十分な権限とリソースの配分さらに、組織体制の明確・体系的な整理および十分な権限とリソースの付与により実効的に取組みを推進することです。この点、企業のリスク管理体制に関しては、IIA(TheInstituteofInternalAuditors(内部監査人協会))が提唱している3線モデル(注5)を参考として提唱しています。企業グループとしての一体的な取組これは、海外子会社等を含む企業グループ単位で一体的に独占禁止法コンプライアンスを推進することです。特に海外子会社等の管理については、地理的な遠隔性や言語・時差の問題があり、所在国・地域の規制環境や市場環境等の実情に合わせるなど個別にプログラムを整備・運用する必要があることに加え、一体性、広範性及び柔軟性の対応の3本柱の重要性について指摘しています。(2)違反行為を未然に防止するための具体的な施策競争事業者との接触に関する社内ルールの整備・運用まず、社内ルールを整備・運用し、競争事業者との接触の禁止や接触に係る申請・承認・報告等により違反行為への関与を防止することです。独占禁止法に関する社内研修の実施次に、独占禁止法に関する社内研修を効果的に実施し、独占禁止法コンプライアンスの重要性に関する役職員の理解を促進することです。独占禁止法に関する相談体制の整備・運用そして、独占禁止法違反行為該当性に関する相談体制の整備運用により、違反行為への関与を防止するというものです。独占禁止法に関する社内懲戒ルール等の整備・運用さらに、独占禁止法に関する社内懲戒ルール等を整備・運用し、違反行為への関与等が懲戒処分の対象となることを明示し違反行為を抑制することです。(3)違反行為を早期に発見し的確な対応を取るための具体的な施策独占禁止法に関する監査の実施これは、独占禁止法に関する監査を定期的に実施し、違反行為の発見を促進することです。この点、違反行為を未然に防止するための具体的な施策を講じていたとしても、独占禁止法違反を完全に防止することは困難です。そのため、第1線の事業部門や第2線のコンプライアンス所管部署または担当者から独立した立場の内部監査部門が独占禁止法に関する監査を定期的に行い、違反行為を早期に発見することが重要であるとされています。内部通報制度の整備・運用これまでにも違反行為の早期発見の手段として内部通報制度の活用は有効であることが指摘されており、実効的な内部通報制度の整備・運用により、違反行為に関する通報を促進することです(注6)。独占禁止法に関する社内リニエンシー制度の導入社内リニエンシー制度を導入し、違反行為への関与を自主的に申告した場合の懲戒処分の減免を認め、自主的な申告を促進することです。違反の疑いが生じた際の的確な対応のためには、違反行為に関与している役職員から違反行為に関する情報をいち早く得ることが大切です。これに関して、社内リニエンシー制度は、役職員に対して自主的な申告及び社内調査への協力のインセンティブを付与するための制度として重要なものとなっています。独占禁止法違反の疑いが生じた後の的確な対応わが国の独占禁止法は、課徴金減免制度(法7条の4等)及び調査協力減算制度(法7条の5等)を導入しています。独占禁止法違反の疑いが生じた場合、課徴金減免制度及び調査協力減算制度の活用を視野に入れた適切な対応を迅速に実施することです。この点、本ガイドでは、違反の疑いの生じた場合の対応の流れとして、①当該事案の社内調査を含む初動対応、②類似事案の社内調査、③原因分析及び再発防止策の策定・実行という流れを提示しています。(4)プログラムの定期的な評価とアップデート各企業の置かれた状況が、事業内容や業界慣行、競争事業者、規制環境の変化等によって時々刻々と変化し続けていることを踏まえ、定期的に独占禁止法コンプライアンスプログラムの実効性を評価・アップデートすることが大切であり、プログラムの実効性を確保するため、PDCAサイクルを継続的に回し続けていくことが重要です。4.おわりに公正取引委員会は、近時も独占禁止法の執行強化に努めており、2023年に、電力小売分野における大規模な市場分割カルテルなどの不当な取引制限行為や、漁業、映画配給分野での不公正な取引方法に係る違反被疑事件などについて事件審査を行い、5件の排除措置命令、19事業者に対する合計1017億4753万円の課徴金納付命令、3件の確約計画の認定を行っています。また、東京オリンピック・パラリンピック関連の入札談合事案に対して刑事告発を行っています。さらに、公正取引委員会は、今後も、国民生活に影響の大きい価格カルテル・入札談合、不公正な取引方法に対しては、引き続き厳正かつ積極的に対処していく態度を明らかにしています。厳しさを増す企業に対する独占禁止法遵守の要請の流れに直面して、企業においては、本ガイドを参照して、真に実効性のある独占禁止法コンプライアンス体制を構築することに努めることが必要です。しかし、最も重要なのは、独占禁止法コンプライアンスは企業の利益の獲得や確保よりも優先するという認識を企業の経営トップが持ち、それを役職員はじめ組織内に徹底し、独占禁止法コンプライアンスの実効性を意識的に高めていくことです。<注釈>昭和22年法律第54号公正取引委員会「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのカイド-カルテル・談合への対応を中心として-」(令和5年12月17日)https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/dec/231221_3_honbun.pdf公正取引委員会「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド-カルテル・談合への対応を中心として-(概要版)」参照前掲注3)参照3線モデルにおいては、第1線の事業部門が日常的モニタリングを通じたリスク管理、第2線のリスク管理部門が部門横断的なリスク管理、第3線の内部監査部門が独立的評価をそれぞれ担うこととされており、組織内の権限と責任を明確化しつつ、これらの機能を取締役会又は監査役等による監督・監視と適切に連携させることが重要であるとされています。これに関して、令和2年改正後の公益通報者保護法11条1項、2項により、公益通報対応業務従事者の指定及び事業者内部における公益通報に適切に対応する為に必要な体制の整備その他の必要な措置を採る義務(常時使用する労働者の数が300人以下の事業者については努力義務)が課されています。提供:税経システム研究所
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2024/07/26 topics
大量保有報告制度 ~金融商品取引法2024年改正法を中心に~
1はじめに2024年3月15日、「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案」(以下では「改正法案」)が通常国会(第213回国会)に提出され、5月15日に参議院本会議で可決成立しました(注1)。今回の改正は、①資産運用立国の実現へ向けた投資運用業者の参入規制見直し、②スタートアップ育成へ向けた非上場株式等の流通をめぐる規制見直し、③株式公開買付・大量保有報告制度の見直し、の三つです。このうち③は、2023年12月25日、金融審議会の公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループが公表した「報告」(以下では「WG報告」)を踏まえたものです。WG報告で検討された項目のうち、「公開買付け」については、すでに簡単に紹介したので、ここではWG報告及び改正法案のテーマのうち、「大量保有報告制度」を取り上げます。2大量保有報告制度(1)大量保有報告制度の趣旨日本の証券市場では、経営参加や取引関係の強化、高値による売りぬけ等のさまざまな動機により株券等を大量に買い占めるケースが頻繁に見られました。このような状況の下では、需給の大きな変動により株価が乱高下することが多く、こうした事実に関する十分な情報を持たない一般投資家が不測の損害を被るおそれがあります。そこで上場会社の株券等を大量に保有する者の動向に関する情報を一般投資者に迅速に提供して、証券市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を一層徹底することを目的として、1990年の証券取引法(現行の金融商品取引法。以下では「金商法」)改正で導入されたのが、株券等の大量保有者に対して一定の開示を求める大量保有報告制度です。ただし、当時は、株式の売買を頻繁におこなう金融機関・投資顧問会社等の機関投資家については、事務負担を考慮し、発行会社の事業活動を支配する目的でなく保有している株式等については、特例として原則3か月に1度報告すればよいとされていました。(2)対象有価証券この制度の適用対象となる発行者は、証券取引所に株券等を上場している法人です。適用対象となる有価証券は、上場会社等が発行する株券・新株予約権付社債券その他の政令で定める有価証券(以下では「株券等」)です(金商法27条の23第1項・第2項)(注2)。例えば、その会社が株券を上場していれば、新株予約権付社債券を上場していなくても、新株予約権付社債券も原則として対象となります。新株予約権を行使すれば株式を取得することとなり、会社の支配が影響を受ける可能性があるからです。(3)大量保有者大量保有者は、上場会社等の株券等の保有割合が5%を超える保有者をいいます(同条1項)。そこで一般には「5%ルール」と呼ばれています。この株券等保有割合は、次の①~④に掲げる者の保有株券等の総数で算出します(同条3項・4項)。自己又は仮設人を含む他人の名義で株券等を所有する者、金銭信託契約等により議決権行使又はその指図権限を有する者で、当該会社の事業活動を支配する目的を有する者、投資一任契約等により株券等への投資に必要な権限を有する者、共同保有者及びみなし共同保有者。なお③に該当する者は、指図権限を有する顧客に対して、毎月1回以上、株券保有状況通知書の交付が義務付けられます(金商法27条の24)。④の「共同保有者」は、株券等の保有者が、当該株券等の発行者が発行する株券等の他の保有者と共同して当該株券等を取得し、若しくは譲渡し、又は当該発行者の株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している場合における当該他の保有者をいいます(金商法27条の23第5項)。また「みなし共同保有者」は、株券等の保有者と他の当該株券等の保有者が株式の所有関係、親族関係その他の政令で定める特別の関係にある場合に、当該他の保有者が共同保有者とみなされるというものです(同条6項、金商法施行令17条の4、株券等の大量保有の状況の開示に関する内閣府令(以下では「大量保有府令」)6条)。(4)大量保有報告書・変更報告書大量保有者になった場合には、その日から5営業日以内に「大量保有報告書」を内閣総理大臣(実際には金融庁)に提出しなければなりません。大量保有報告書には、①株券等保有割合に関する事項、②取得資金に関する事項、③保有の目的、④その他の内閣府令で定める事項を記載します(金商法27条の23第1項、大量保有府令10条)(注3)。その後、株券等保有割合が1%以上増減した場合や、大量保有報告書の記載内容に変更が生じたなど重要な変更があった場合には、原則としてその変更のあった日から5営業日以内に当該変更に係る事項に関する「変更報告書」を金融庁に提出することが義務付けられます(金商法27条の25第1項、大量保有府令8条)(注4)。これが「一般報告制度」です。また短期間に大量の株券等を譲渡した場合には、変更報告書の記載事項が加重されます。これを「短期大量譲渡」といい、60日間に発行済株式総数の5%を超えかつ株券等保有割合が2分の1未満になるような譲渡を行った場合には、譲渡の相手方及びその対価についても変更報告書に記載しなければなりません(金商法27条の25第2項、金商法施行令14条の8)。かつて市場外で発行会社等に大量の株式の高値買取りをさせ、高騰していた株価が急落して一般投資者が不利益を被る事例がありました。そこで開示によって一般投資家にこのような事態の可能性を知らせるとともに、大量保有者による高値買取り要求を難しくしようとするものです。他方で、頻繁に株券等の売買等を行う金融商品取引業者等(注5)にとっては、5営業日以内に大量保有報告書・変更報告書を提出させるのは過度の負担になるといえます。そこで金融商品取引業者等については、事前に届け出た月2回の基準日において、大量保有報告書・変更報告書の提出義務を判断して、その基準日から5営業日以内に大量保有報告書・変更報告書を提出すれば足りるとする緩和措置が講じられています(金商法27条の26第1項~第3項)(注6)。これが「特例報告制度」です。金融商品取引業者等が特例報告制度を利用するには、その要件として、当該株券等の発行者の事業活動に重大な変更を加え、又は重大な影響を及ぼすような「重要提案行為」を行うことを保有の目的としないことが必要とされています。また国や地方公共団体の保有株券等に係る大量保有報告書にも特例報告制度が適用されます(同条1項)。大量保有報告書・変更報告書を金融庁に提出したときは、遅滞なく、これらの書類の写しを当該株券等の発行者及び当該株券等が上場されている証券取引所に送付しなければなりません(金商法27条の27)。提出された大量保有報告書・変更報告書は、金融庁において5年間の公衆の縦覧(間接開示)に供されます。また証券取引所においても、それらの写しが5年間の公衆の縦覧に供されます(金商法27条の28第1項・2項)。(5)大量保有報告違反に対する制裁大量保有報告書・変更報告書は、提出義務を負う者が自主的に提出することになっているので、実効性を確保するために、提出義務違反や虚偽記載があることが発覚したときには、制裁が科せられます。第1に、課徴金納付命令です。内閣総理大臣が当該株券等の時価総額の10万分の1の額を国庫に納付することを命じます(金商法172条の7・172条の8)。第2に、刑事罰であり、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはこれらが併科されます(金商法207条1項2号)。2WG報告WG報告は、大量保有報告制度に関して、近時、パッシブ投資(注7)の増加や協働エンゲージメント(注8)の広がり、企業と投資家の建設的な対話の重要性の高まりといった市場環境の変化に伴い、様々な課題が指摘されているので、これらを踏まえた制度のあり方について、見直しの方向性を検討したとして、①重要提案行為の範囲、②共同保有者の範囲、③デリバティブの取扱い、④大量保有報告制度の実効性の確保などをあげています。(1)共同保有者の範囲現行の大量保有報告制度では、保有者との間で、共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している者は、例外なく共同保有者に該当することとされており、諸外国と比較すると、黙示の合意が含まれることから、機関投資家による協働エンゲージメントに萎縮効果をもたらしていると指摘されています。そこで、WG報告は、共同保有者概念が経営に対する影響力に着目した規律であることを踏まえ、機関投資家による協働エンゲージメントに関して、共同して重要提案行為等を行うことを合意の目的とせず、かつ継続的でない議決権行使に関する合意をしているような場合などには、共同保有者概念から除外することを提言しています。(2)重要提案行為の範囲金融商品取引業者等が特例報告制度を利用する要件として、重要提案行為を行うことを保有の目的としないことを求めています。しかし、重要提案行為の範囲については、2014年のスチュワードシップ・コード(注9)策定時に一定の解釈の明確化が図られたものの、いまだ不明確又は広範な規制となっており、企業と投資家との実効的なエンゲージメントの促進のためには、更なる明確化又は限定が必要との指摘がされています(注10)。そこでWG報告は、企業支配権等に直接関係する行為を目的とする場合には、広く重要提案行為に該当するとしつつ、企業支配権等に直接関係しない提案行為を目的とする場合には、当該提案行為の態様に着目し、その採否を発行会社の経営陣に委ねないような態様による提案行為を行うことを目的とする場合に限り、重要提案行為に該当するのが適当だとしています。(3)デリバティブの取扱い現行の大量保有報告制度では、現金決済型のエクイティ・デリバティブ取引のロングポジションを保有するだけでは、基本的に大量保有報告制度の適用対象にならないと考えられます。しかし、現金決済型のエクイティ・デリバティブ取引であっても、現物決済型のエクイティ・デリバティブ取引に変更することを前提としている事例や、そのようなポジションを有することで発行会社にエンゲージメントを行う事例なども存在します。これらの事例については大量保有報告制度に基づく情報開示を求めるべきとの指摘があります。このような事例は、現金決済型のエクイティ・デリバティブ取引の開始時点で、すでに潜在的に経営に対する影響力を有していると評価できますし、実質的に大量保有報告制度を潜脱する効果があると評価することもできます。そこでWG報告は、そのようなエクイティ・デリバティブ取引(注11)については、大量保有報告制度の適用対象とすることが適当であることを提言しています。(4)大量保有報告制度の実効性の確保2008年金商法改正により、大量保有報告書等の不提出及び不実記載は課徴金制度の対象とされています。しかし、その後も大量保有報告書等の提出遅延等が相次いでおり、大量保有報告制度の実効性が確保されていません。特に近時は、共同保有者の認定の立証が困難なのを奇貨として、複数の者が暗黙裡に協調して株券等を取得していることが疑われる事例も見受けられます。そこでWG報告は、大量保有報告制度違反に対する当局の対応の強化を求めるとともに、一定の外形的事実が存在する場合には共同保有者とみなす旨の規定を拡充して、共同保有者の認定に係る立証の困難を解決することを提言しています。さらに、欧州諸国制度にならって、大量保有報告制度に違反した者の保有株式の議決権を停止する制度を設けるのが最も効果的であるとの意見も紹介されています。(5)その他の課題そのほかにも、WG報告では、以下の課題について適切な対応をすべきことを提言しています。株券等保有割合の算出に際して、取得請求権付株式や取得条項付株式の転換後の株式数が勘案されていないという課題について、転換後の株式数も勘案の上、いずれか多いほうを株券等保有割合の算出に用いることとすること大量保有報告書等の記載事項である「保有目的」や「当該株券等に関する担保契約等重要な契約」等について、その記載内容・記載方法が必ずしも明確化されておらず、提出者によって記載ぶりが区々となっているという課題や、現行の記載方法が複雑であることが提出遅延の一因となっている可能性を踏まえ、大量保有報告書等の記載内容・記載方法の明確化及び見直しを行うこと一定の資本関係がある場合には、別個独立に議決権等を行使する方針であったとしても、共同保有者とみなされるという問題について、一定の場合には当局の承認を得ること等によって共同保有者から除外される制度とすること3改正法の概要大量保有報告制度における共同保有者の範囲が法令上不明確であることが協働エンゲージメントの支障となっているとの指摘があることから、改正法は、企業と投資家の建設的な対話の促進により、中長期的な企業価値向上を促すため、保有割合の合算対象となる「共同保有者」の範囲を明確化しようとしています。(1)大量保有報告制度とデリバティブ取引大量保有報告制度における上場株式等の保有者には、1(3)の①~④のほかに、「株券等に係るデリバティブ取引に係る権利を有する者であって、当該デリバティブ取引の相手方から当該株券等を取得する目的その他の政令で定める目的を有する者」が追加されています(改正法27条の23第3項)。共同保有者がいる場合の株券等保有割合は、基本的には、(自己保有分の株式数及び潜在株式数+共同保有者分の株式数及び潜在株式数)÷(発行済株式等総数+自己保有分及び共同保有者分の潜在株式数)によって算出されます(同条4項)。潜在株式には、新株予約権や新株予約権付社債券のほかに株券等に係るデリバティブ取引に係る権利が追加されることになります。(2)「共同保有者」の範囲の明確化共同保有者は、共同して株券等を取得し、譲渡し、又は議決権等を行使することを合意している者をいう点では、現行法と同じですが、次の①~③のすべてに該当する場合には、除外するとしています(同条5項)。当該保有者及び他の保有者が第1種金融商品取引業者又は投資運用業者、銀行その他の内閣府令で定める者であること。共同して重要提案行為等を行うことを合意の目的としないこと。共同して当該発行者の株主としての議決権その他の権利を行使することの合意であること。③は個別の権利の行使ごとの合意として政令で定めるものに限られます。これについては、複数の投資家が経営に重大な影響を与えるような合意を行わない限り、「共同保有者」に該当しないことを明確化したと説明されています。配当方針や資本政策の変更といった企業支配権に直接関係しない提案を共同して行う場合等を想定しているようです。「みなし共同保有者」については、株券等の保有者との親族関係が削除されていますが(同条6項)、みなし共同保有者として「政令で定める特別の関係にある場合」に、政令で親族関係を定めるかもしれません。複数の投資家による潜脱的な報告書不提出など、市場の公正性を脅かしかねない事例に適切に対応するために、役員兼任関係や資金提供関係など一定の外形的事実がある場合に共同保有者とみなす規定を政令で定める予定のようです。4おわりに金商法は多くの事柄を政令や内閣府令に委ねているため、改正法が国会で承認されても、今後制定される政令や内閣府令の内容を見ないと、今回の改正の詳細は不明です。WG報告が検討しながら結論を留保した項目もありますし、提言されながら改正法に反映されなかった項目もあります。今回報告した内容は、今後の動向に左右されうることをお断りしておきます。<注釈>WG報告については、次を参照。https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20231225.html改正法案については、次を参照。https://www.fsa.go.jp/common/diet/213/01/houritsuanriyuu.pdf政令が定めるのは、①株券、新株予約権証券及び新株予約権付社債券、②外国の者が発行する証券又は証書で①の有価証券の性質を有するもの、③投資証券等及び新投資口予約権証券等、④有価証券信託受益証券で、受託有価証券が①~③の有価証券であるもの、⑤金商法2条1項20号に掲げる有価証券で、①~③の有価証券に係る権利を表示するものです(金商法施行令14条の4)。大量保有報告書の記載事項は、①発行者に関する事項、②提出者に関する事項(名称・本店所在地・事業内容等)、③株券等保有の目的(純投資・政策投資・重要提案行為等)、④保有株券等の内訳(保有株券等の総数・株券等の種類ごとの内訳・保有形態ごとの内訳・共同保有者ごとの保有株券等の内訳等)、⑤最近60日間の取得・処分の状況、⑥取得資金(自己資金・借入金の内訳、借入先の名称等。銀行名は非開示)です(大量保有府令第1号様式)。当該株券等の売買その他の取引の媒介、取次ぎ又は代理を行う者の名称、所在地及び連絡先を記載した書面を添付しなければなりません(大量保有府令2条2項)。変更報告書には、変更事項だけでなく、大量保有報告書の記載事項のすべてについて、変更報告書の提出義務が発生した日の現況に基づく記載をしなければなりません(大量保有府令第1号様式)。特例報告制度を利用できる金融商品取引業者等は、①第一種金融商品取引業者(金商法28条1項)又は投資運用業者(同条4項)、②銀行・信託会社・保険会社等の金融機関、③外国の法令に準拠して外国において①②の事業を営む者、③銀行等保有株式取得機構・日本銀行・預金保険機構、④以上の者を共同保有者とする者であって金融商品取引業者等以外の者です(大量保有府令11条)。2006年証券取引法改正前の特例報告では、基準日の属する月の翌月15営業日までに提出することとされていたため、3か月に1回でよかったのですが、2005年にニッポン放送の経営支配をめぐるライブドアとフジサンケイグループの抗争や楽天によるTBS株式取得に関して、村上ファンドの株式保有状況が長らく不明だったため、特例報告制度に対する批判が強くなりました。そこで2006年改正で現行のように報告頻度を月2回に引き上げました。アクティブ運用は、多くの株式銘柄の中から、株価の上昇が期待される銘柄を厳選して投資し、ベンチマークを上回る投資成果を目指す運用手法です。それに対し、パッシブ運用は、市場全体の値動き(指数の値動き)と同様の投資成果を目指す運用手法です。協働エンゲージメントは、他の機関投資家と協働して個別の企業に対して対話を行うことです。スチュワードシップ・コードは、証券会社・銀行・保険会社・年金基金などの上場株式に投資する機関投資家に対して、「責任ある機関投資家」の諸原則をまとめた指針です。イギリスの「スチュワードシップ・コード」(TheUKStewardshipCode)をもとに、日本では2014年に金融庁が「日本版スチュワードシップ・コード」を策定しました。投資先企業の持続的成長を促し、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るために7つの原則を定めています。2017年と2020年に改訂されました。具体的には、パッシブ投資家をはじめとする大量の銘柄を保有する投資家にとっては、特例報告制度が利用できなくなることを回避するため、重要提案行為に該当しないようにエンゲージメントを行っている実態があり、そのようなエンゲージメントによってスチュワードシップ・コードで求められている深度ある対話を実施することには限界があるとの指摘がされています。①取引の相手方から株券等を取得することを目的とするもの、②取引の相手方が保有する株券等に係る議決権行使に一定の影響力を及ぼすことを目的とするもの、③これら①②のような地位にあることをもって発行会社に重要提案行為等を行うことを目的とするもの等が例としてあげられています。提供:税経システム研究所
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2024/07/12 重要判例紹介
相続開始前に譲渡予定価額が示された取引相場のない株式の評価と相続税
第1はじめに近時、取引相場のない株式の価額と相続税に関して、注目される判決が下されました。本判決(東京地判令和6年1月18日2024WLJPCA01186001)は、非公開会社のオーナーである代表取締役が自社株式の売却によるМ&Aの交渉の最中に亡くなって相続が発生し、相続人が引き続きM&Aの手続を行い、株式を売却し、財産評価基本通達に則り、売却価額より大幅に低い価額で相続税の申告を行ったところ、財産評価基本通達総則6が適用されたという事案において、平等原則違反により、更正処分等が取り消されました。そこで、本稿では、まず、相続税法の規定と取引相場のない株式に関する財産評価基本通達、さらには、関連する最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁(最判令和4年)を確認した上で、本判決の事案と判旨をご紹介し、おわりにで、本判決の意義について述べていくことといたします。第2相続税法の規定と取引相場のない株式に関する財産評価基本通達、最判令和4年1相続税法の規定と取引相場のない株式に関する財産評価基本通達相続税の税額計算の基礎となるは、課税価格(相続税法11条の2)です。相続税の課税価格は、相続又は遺贈により財産を取得した者が、当該相続又は遺贈により取得した財産の価額の合計額ですが(相続税法11条の2)、相続人及び包括受遺者の場合は、その合計額から、その者の負担する被相続人の債務の金額及び葬式費用の金額を控除した金額が課税価格となります(相続税法13条1項)。そして、相続税法は、特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を規定しています(相続税法22条)。相続税法22条にいう「時価」の具体的な評価方法については、相続税法には規定がありません。課税実務上は、「時価」の具体的な評価方法は、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56、直審(資)17国税庁長官通達、「評価通達」)の定める方法により、画一的な評価が行われていますが、評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価することができます(評価通達6)。評価通達は、法令ではないため、個別の財産の評価は、その価額に影響を与えるあらゆる事情を考慮して行われ、ある財産の評価が通達と異なる基準で行われたとしても、直ちに違法とはなりません(注1)。評価通達においては、取引相場のない株式の価額は、以下の区分に従い、大会社、中会社又は小会社に分けて、評価されます(評価通達178)。規模区分(注2)区分の内容純資産価額及び従業員数直前期末以前1年間における取引金額大会社従業員数が70人以上の会社又は右のいずれかに該当する会社卸売業20億円以上(従業員数が35人以下の会社を除く。)30億円以上小売・サービス業15億円以上(従業員数が35人以下の会社を除く。)20億円以上卸売業、小売・サービス業以外15億円以上(従業員数が35人以下の会社を除く。)15億円以上中会社従業員数が70人未満の会社で右のいずれかに該当する会社(大会社に該当する場合を除く。)卸売業7,000万円以上(従業員数が5人以下の会社を除く。)2億円以上30億円未満小売・サービス業4,000万円以上(従業員数が5人以下の会社を除く。)6,000万円以上20億円未満卸売業、小売・サービス業以外5,000万円以上(従業員数が5人以下の会社を除く。)8,000万円以上15億円未満小会社従業員数が70人未満の会社で右のいずれにも該当する会社卸売業7,000万円未満又は従業員数が5人以下2億円未満小売・サービス業4,000万円未満又は従業員数が5人以下6,000万円未満卸売業、小売・サービス業以外5,000万円未満又は従業員数が5人以下8,000万円未満大会社の株式の価額は、類似業種比準価額によって評価しますが、納税義務者の選択により、1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって評価することができます(評価通達179(1))。中会社の株式の価額は、類似業種比準価額×L+1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)×(1-L)という算式により計算した金額によって評価しますが、納税義務者の選択により、算式中の類似業種比準価額を1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって計算することができます(評価通達179(2))。上記の算式中の「L」は、総資産価額(帳簿価額によって計算した金額)及び従業員数又は直前期末以前1年間における取引金額に応じて、評価通達179(2)が定める割合です。小会社の株式の価額は、1株当たりの純資産価額(相続税評価額によって計算した金額)によって評価しますが、納税義務者の選択により、中会社の株式の価額の算式のうちLを0.50として中会社の株式の価額の算式により計算した金額によって評価することができます(評価通達179(3))。2最判令和4年近時の裁判例では、相続税の課税価格に算入される財産の価額を評価通達6により、通達評価額を上回る価額によるものとしてされた更正処分の適否が問題となっていますが、この点については、既に、最判令和4年により判断枠組みが示されていました。(1)事案の概要A(被相続人)は、平成21年に合計10億5500万円を借り入れて、複数の不動産(本件各不動産)を合計13億8700万円で購入しました。その後、Aは、平成24年に94歳で死亡しました。X(原告・控訴人・上告人)らほか2名は、Aの財産を相続(本件相続)により取得したとして、本件各不動産の価額を評価通達で定める方法により、合計約3億3400万円と評価し、課税価格の合計額を2826万1000円、相続税の総額を0円とする相続税の申告書を提出しました。本件各不動産のための借入れ及び本件不動産の購入がなければ、本件相続の相続税の課税価格合計額は、6億円を超えていました。そこで、税務署長は、評価通達6により、本件各不動産の価額を別途実施した鑑定により、合計12億7300万円と評価し、課税価格の合計額を約8億8900万円、相続税の総額を約2億4000万円とする本件各更正処分及び本件各賦課決定処分をしました。Xらは、Y(国、被告・被控訴人・被上告人)に対して、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分の取消しを求める訴訟を提起しました。(2)判旨最高裁は、以下のように判示して、Xらの上告を棄却しました。「相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額を当該財産の取得の時における時価によるとするが、ここにいう時価とは当該財産の客観的な交換価値をいうものと解される。そして、評価通達は、上記の意味における時価の評価方法を定めたものであるが、上級行政機関が下級行政機関の職務権限の行使を指揮するために発した通達にすぎず、これが国民に対し直接の法的効力を有するというべき根拠は見当たらない。」「…租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。そして、評価通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることは公知の事実であるから、課税庁が、特定の者の相続財産の価額についてのみ評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることは、たとえ当該価額が客観的な交換価値としての時価を上回らないとしても、合理的な理由がない限り、上記の平等原則に違反するものとして違法というべきである。もっとも、上記に述べたところに照らせば、相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」「本件購入・借入れが行われなければ本件相続に係る課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、Xらの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。そして、A及びXらは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想されるAからの相続においてXらの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者とXらとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」第3本判決の事案の概要と判旨1事案の概要Aは、平成26年6月11日(本件相続開始日)に死亡しました。X1及びX2は、それぞれAの子であり、Aの妻Bを含めた3名がAの法定相続人です(B、X1及びX2を合わせて「Bら」)。C社は、昭和55年5月12日に設立され、薬局の経営、医薬品の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、直前期末以前1年間(平成24年10月1日から平成25年9月30日までの事業年度)における従業員数は393人であり、評価通達178に定める「大会社」に該当します。本件相続開始日におけるC社の代表取締役はAでした。本件相続開始日におけるC社の発行済株式総数は6万株であり、Aが2万1400株を、Bが1万3000株を、Xらがそれぞれ3600株を、その他の株式をXらの夫や子、他のC社の取締役らが保有していたました。C社株式は、譲渡制限株式であり、評価通達168に定める「取引相場のない株式」に該当します。平成26年1月より、Aは、D社とC社株式の売却に関する交渉を開始しました。そして、平成26年5月29日、Aは、D社との間で、C社株式の譲渡に向けて協議を行うことについての基本合意(本件基本合意)を締結しました。本件基本合意において、Aは、C社株式の全部を取りまとめ又は買い集めた上でD社に譲渡するものとされ、その譲渡価格は63億0408万円(1株当たり10万5068円、「譲渡予定価格」)とすることとされました。また、本件基本合意においては、株式譲渡契約の締結及び譲渡予定価格について、A及びD社を法的に拘束するものではないとされていました。ところが、平成26年6月11日、Aは死亡しました。平成26年6月18日、C社の取締役会が開かれ、BがC社の代表取締役となり、AとD社との間で進められていたC社株式の売却プロセスを進めることになりました。そして、平成26年7月8日、X1、X2及びBの間で遺産分割協議が行われ、C社株式については、Bが1万0700株、X1とX2が5350株ずつそれぞれ取得することを合意しました。また、C社の取締役会において、B以外の全株主が所有するC社株式について平成26年7月14日を譲渡予定日としてBに譲渡すること及びこの株式譲渡が実行されることを前提にBがC社株式6万株について同日を譲渡予定日としてD社に譲渡することがそれぞれ承認され、BがC社株式を取得しました。BとD社は、譲渡日を平成26年7月14日又はB及びD社が合意して別途定めた日として、BがD社にC社株式6万株を譲渡予定価格と同額である1株当たり10万5068円として合計63億0408万円で譲渡する契約を締結し、代金決済が行われ、BはC社株式6万株をD社に譲渡しました。Xらは、相続税の申告において、相続株式の価額につき、評価通達180に定める類似業種比準価額によって1株当たり8186円と算定した上で、その総額を1億7518万0400円(8186円×2万1400株)と評価し、X1は、課税価格を2億4140万1000円、納付すべき税額を7973万7800円として申告をし、X2は、本件相続税につき、課税価格を2億4340万1000円、納付すべき税額を7958万9300円として申告をしました。そうしたところ、処分行政庁は、評価通達6を適用し、アドバイザリー会社作成の株式価値算定報告書に基づき平均値17億2000万円(1株当たり8万0373円。)として、更正処分等行いました。XらはY(国)に対して更正処分等の取消しを求めて訴訟を提起しました。2判旨東京地裁は、以下のように判示し、平等原則の違反を認め、Xらの請求を認容しました。「本件においては、最高裁令和4年判決の事案とは異なり、A及びBらが相続税その他の租税回避の目的でC社株式の売却を行った(又は行おうとした)とは認められない。そうすると、本件各更正処分等の適否は、本件相続開始日以前に本件通達評価額を大きく超える金額での売却予定があったC社株式について、実際に本件相続開始日直後に当該金額で予定どおりの売却ができ、その代金をBらが得たことをもって、この事実を評価しなければ、「(取引相場のない大会社の株式を相続しながら評価通達の定める方法による評価額を大幅に超えるこのような売却による利益を得ることができなかった)他の納税者とXらとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」(最高裁令和4年判決)といえるかどうかによって判断すべきこととなる。」「相続開始後に納税、遺産分割、事業承継のための親族間での株式等事業承継用資産の集約その他の理由により、相続財産の一部を売却して現金化することは格別稀有な事情ではないが、かかる際に評価通達の定める方法による評価額よりも相当高額で現金化することができたとしても、当該売却やそれに向けて交渉をすること自体は何ら不当ないし不公平なことではなく、仮にそのような売却を行うことができたとしても、売却価額ではなく評価通達の定める方法による評価額で当該財産を評価して相続税を申告することが問題視されることは一般的ではない。また、相続開始後に相続財産を評価通達の定める方法による評価額よりも著しく高い価格で売却することができたとしても、その売却価額が当該財産の(被相続人による)取得価額よりも高額であれば、当該売却による利益は譲渡所得税による納税対象とされることになるし、これによって相続時と売却時に二度納税することになる。こうした点をも考慮すれば、相続税を軽減するために被相続人の生前に多額の借金をした上であらかじめ不動産などを購入して評価通達の定める方法における現金と不動産など他の財産に係る評価額の差異を利用する相続税回避行為をしているような場合でない限り、当該相続対象財産を評価通達の定める方法による評価額を超える価格で評価して課税しなければ相続開始後に相続財産の売却をしなかった又はすることができなかった他の納税者と比較してその租税負担に看過し難い不均衡があるとまでいうことは困難である。」「本件では、本件相続開始日直後に本件売却価格という評価通達の定める方法による評価額を大幅に上回る高値で本件相続株式を売却することができたという事情に加え、本件相続開始日以前からAがC社株式の売却の交渉をしており、かつ、その生前の段階でD社との間でその譲渡予定価格まで基本合意していたという事情が認められる。しかしながら、この場合であっても、最終的に本件相続株式の売却が成立し、Bらが本件通達評価額を大幅に上回る代金を現に取得したという事情がなければ、およそ本件算定報告額をもって課税しなければ他の納税者との間に看過し難い不均衡が生ずるということはできない。しかも、一般にM&Aが終了しても前オーナーがしばらく会長や顧問等の職に就き、引継ぎを円滑に行うようにすることが多く、逆にM&Aの途中で前オーナーが死亡した場合には(引継ぎが困難になるため)買い手側が手を引く例があるところ、本件においても、AはC社のカリスマ的なオーナーであったため、D社(本件基本合意以前からAに対し、平成26年度の定時株主総会までは取締役会長に、その後も相談役又は顧問に留まって欲しい旨の意向を表明していた。)が本件相続開始によって本件相続株式の買取りを取りやめる可能性もあったことがうかがわれるのであって、本件基本合意が本件相続の後もBらとの間でそのまま存続するか否か自体、本件相続開始日においては不透明な状況であったといわざるを得ない。なお、上記の点に加え、本件基本合意が譲渡予定価格等についてA及びD社を法的に拘束するものではないとしていた点やAにおいてC社株式の全部を取りまとめ又は買い集めることが前提条件とされていた点などに鑑みれば、譲渡予定価格による本件相続株式の売買代金債権を相続財産と同視することも困難である。したがって、本件相続開始日以前からC社株式の譲渡予定価格がAとD社との間で事実上合意されていたという事情を殊更重視するのは相当ではない。」第4おわりに本稿では、相続税法の規定と取引相場のない株式に関する評価通達、さらには、最判令和4年を確認した上で、本判決の事案の概要と判旨をご紹介してきました。相続税法は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における「時価」による旨を規定していますが、課税実務上は、「時価」の具体的な評価方法は、評価通達の定める方法により、画一的な評価が行われています。もっとも、最判令和4年の事案においては、そのままでは、相続税の課税価格合計額は、評価通達によれば、6億円を超えたところ、被相続人や相続人は、借入れや不動産の購入を行い、その結果として、課税価格の合計額が2826万1000円となり、相続税の負担の軽減行為が行われていました。そのため、評価通達の定める方法により評価することは、実質的な租税負担の公平に反するといえました。これに対して、本判決の事案においては、被相続人や相続人は、相続税の負担の軽減行為を行っていませんでした。そのため、評価通達の定める方法により評価しても、実質的な租税負担の公平に反するとは直ちにはいえない事案でした。また、本判決は、評価通達の適用に関して、平等原則違反を理由に課税処分が取り消された初めての事例としても、注目されます(注3)。そして、本判決を前提としますと、被相続人等による相続税の負担軽減行為を欠く場合には、被相続人が相続開始前から売却交渉を進めていた財産について、相続開始後に相続人が当該財産の売却をしたとき、相続開始後に相続人が相続財産の売却交渉を進め相続税の申告期限までに売却したときであっても、評価通達6の適用リスクを避けることができると指摘されています(注4)。本判決に対して国側が控訴しており(注5)、上級審の判断が待たれます。<注釈>金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂、2021)735頁国税庁ウェブサイト(https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/08/02.htm#a-178)掲載の表を参照して、作成。香取稔「判批」T&Amaster1017号(2024)15頁香取・前掲(注3)15頁香取・前掲(注3)4頁、迫野馨恵「判批」T&Amaster1020号(2024)21頁提供:税経システム研究所
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2024/06/21 topics
共有物の使用・変更・管理・保存に関する法的トラブルの解決方法
1.はじめに夫婦、友人間、親子間で1つの物を共有する場合があります。一人で所有している物と、共有している物とで使用・変更・管理・保存に関する法的なルールは異なるのでしょうか。また、共有者の所在がわからないため、共有物に関する法的トラブルが発生した場合の解決方法はどうなっているのでしょうか。共有物の代表的なものに、不動産があります。特に、所有者不明土地の解消を図るために民法等の改正(2021(令和3)年法律第24号、以下「改正法」といいます)では、土地利用を円滑に行うことができるようにするための改正が行われ(注1)、この中で共有物に関する民法上のルールも明確化されました。民法に関する改正法の多くは、2023(令和5)年4月1日から施行されており、実務的な関心も高くなっています。そこで本稿では、共有物の使用と、共有物の変更・管理・保存に関する改正法を取り上げ、共有に関する法的トラブルの解決方法を考えてゆきます。2.共有に関する民法規定の改正複数の者が1つの物を共同で所有する法律関係を、共同所有や共有といいます。友人2人と資金を出しあって車を購入する場合や、複数の相続人が家を共同で相続した場合等に成立します。特に、相続未登記状態にある土地について戸籍等を調査した結果、数次の相続があって相続人が多数に上り、また相続人の一部の所在が不明であることが判明する場合があります。そのような土地は、土地の管理に必要な相続人の同意を取り付けることが困難ですから、土地の利用に支障を来すことになりかねません。また、共有は、相続された土地に限らず、共有物一般でも発生します。共有物を円滑に利用するために、共有関係に関するルールが大幅に見直されました。改正前民法では、共有物に軽微な変更を加える場合であっても、変更行為として共有者全員の同意が必要とされていました(改正前民法251条)。これが共有物の円滑な利用や管理の障害となっていました。そこで改正法は、共有物の変更・管理・保存について規定を明確化しました(図表1)(注2)。(図表1)管理(最広義)の種類根拠条文同意要件変更(軽微以外)民法251条1項共有者全員管理(広義)軽微変更民法251条1項、252条1項持分の価格の過半数管理(狭義)民法252条1項保存民法252条5項共有者単独例えば、兄弟3人が各3分の1の持分割合で甲建物を共有している場合には、2人(次男・三男)の賛成により管理に関する事項を決定できます。3.共有物の使用〔ケース1〕ABCはそれぞれ3分の1の持分割合で甲建物を共有しています。Aだけが甲建物を使用しています。(1)甲建物をAだけが使用することについてABCは別段の合意をしていない場合、B・CはAに対して使用料の請求をすることはできるでしょうか。(2)Aが甲建物の使用中に水漏れを起こして甲建物の一部が損傷してしまった場合、AはB・Cに対して何らかの責任を負う必要があるでしょうか。改正前民法には、共有者の合意を得ずに共有者の一人だけが共有物を使用している場合に、その共有者は他の共有者に対してどのような義務を負うのかについて規定を置いていませんでした。改正法は、各共有者は共有物の全部についてその持分に応じた使用をすることができるとする原則(民法249条1項)を維持しつつ、共有物を使用する共有者は、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負うとしました(同条2項)。もっとも、共有者間で無償とする等の別段の合意をしたときはその合意にしたがいます。そのため、〔ケース1〕(1)ではABCはAだけが甲建物を使用することについて別段の合意をしていないということですから、B・CはAに対して使用料を請求することができるでしょう。また共有者は、善良な管理者の注意をもって、共有物の使用をしなければなりません(民法249条3項)。共有物を使用している者は、他の共有者の持分との関係においては、他人の物を管理していると考えられるためです(注3)。〔ケース1〕(2)ではAが甲建物の使用中に水漏れを起こしてしまったというのですから、AはB・Cに対して善管注意義務を負います。そして、Aがこの義務に違反して甲建物を損傷させたことになりますから、B・CはAに対してこの義務の違反(債務不履行)や共有持分の侵害による不法行為に基づき損害賠償を請求することができます(注4)。4.共有物の変更〔ケース2〕ABCはそれぞれ3分の1の持分割合で甲建物を共有しています。甲建物は、建物の外壁を塗装する修繕工事を行うことが求められています。この工事に相応の費用がかかることから、Cはこの工事に反対しています。この工事が必要だと考えるA・Bは工事を実行することはできるでしょうか。2で述べたように、改正前民法では、共有物に軽微な変更を加える場合であっても、変更行為として共有者全員の同意が必要とされていましたので、Cの同意が得られない〔ケース2〕では共有物の変更を行うことができませんでした。そこで、改正法は、①共有物に変更を加える場合には、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができないという原則を維持しつつ(民法251条1項)、ただし、②共有物に変更を加える行為であっても、その形状又は効用の著しい変更を伴わないもの(同条1項かっこ書き)の変更(軽微変更)は除外されることとしました。②の場合、持分の価格の過半数で決定できます(同法252条1項)。「効用の変更」とは、その機能や用途を変更することをいいます(注5)。例えば、砂利道のアスファルト舗装や、建物の外壁・屋上防水等の大規模修繕工事は、基本的に共有物の形状又は効用の著しい変更を伴わないものに当たると考えられます。改正法により、〔ケース2〕についてはA・Bはこの工事が必要だと考えており、持分の価格の過半数の同意がありますので、工事を実行することができるでしょう。5.共有物の管理〔ケース3〕ABCはそれぞれ3分の1の持分割合で甲建物を共有しています。Aだけが甲建物を使用しています。(1)ABは、甲建物を管理する管理者として、共通の知人であるDを選任したいと考えています。これにCが反対していますが、ABによるDの選任は認められるでしょうか。(2)Aは、BCの同意を得て、甲建物を事務所として使用して生計を立てています。これに対し、Bは甲建物を個人の住居として使用するために、Cの同意を得て甲建物をB個人の住居として使用すると決議することを考えています。この決議をするに当たり、Bは、Aにどのような対応をするべきでしょうか。(1)共有物の管理について4で述べたように共有物に変更を加える場合には、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができません(民法251条1項)。これに対し、共有物の管理に関する事項は、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決します(民法252条1項前段)(注6)。管理とは、共有物の利用方法を定める場合のように、物の性質を変えることなく物を利用・改良する行為のことをいいます(民法103条2号参照)。〔ケース3〕(1)ではA・Bの賛成により管理に関する事項を決定できます。このルールは、共有物を使用する共有者がいる場合でも適用されますので(民法252条1項後段)、Aが甲建物を現に使用している場合であっても、ABCの過半数の同意で決定でき、Aはそれに従わなければなりません。もっとも、〔ケース3〕(2)のように甲建物をAの事務所として使用することを共有者間で決定していた場合、甲建物を使用するAに特別の影響を及ぼすことになります。この場合には、共有物の管理の変更に当たりますのでAの承諾を得る必要があります(民法252条3項)。(2)共有物の管理者について(1)で述べたルールにしたがい、共有物の管理に関する事項は各共有者の持分の価格の過半数で決しますが、多数の共有者がいる場合には特定の者に管理を委ねる方が効率がよい場合があります。これについて、改正前民法には特に規定が置かれていませんでしたが、改正法は、「共有物の管理者」の選任・解任を、各共有者の持分の価格の過半数で決定することができると定めました(民法252条1項かっこ書き)。〔ケース3〕(1)で選任される者がこれに当たります。共有物の管理者については、法律上特段の資格要件は設けられていないため、自然人でも法人でも、共有者でない者も管理者となることができ、複数の管理者を選任することも妨げられないと解されます(注7)。共有物の管理者は、共有物の管理に関する行為(軽微変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないもの)を含みます)をすることができますが、ただし、共有者の全員の同意を得なければ、共有物に変更を加えることはできません(民法252条の2第1項)。共有者の中に所在等不明共有者((3)で後述)がいる場合には、裁判所は、共有物の管理者の請求により、当該共有者以外の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判をすることができます(同条2項)。共有物の管理者は、共有者が共有物の管理に関する事項を決した場合には、これに従ってその職務を行わなければなりません(同条3項)。これに違反して行った共有物の管理者の行為は、共有者に対してその効力を生じませんが、共有者は、これをもって善意の第三者に対抗することはできません(同条4項)。(3)所在等不明共有者について〔ケース4〕相続が何度か続いた結果、ABCDは乙建物を4分の1の持分割合で共有しています。ABCは、Dの所在はわかりません。ABCはどのような対応をとることができるでしょうか。〔ケース4〕のように、相続によって、共有者(ABCEFG)は、Dが存在することもわからずDを特定できない場合やDの存在は知っていますがDの所在を知ることができない場合が起こりえます。このような共有者を知ることや所在を知ることができない共有者を、所在等不明共有者といいます。①所在等不明共有者(D)がいる場合には、その者の同意を得ることができないため、全員の同意が必要な共有物の変更はできません。また、②乙建物の管理に関する事項は持分価格の過半数によって決定できますが、ABが賛成しCが反対しているときは過半数に至らないという不都合があります。そこで改正民法は、共有者(A)の請求により、裁判所は、①他の共有者(D)以外の他の共有者(ABC)の全員の同意を得て共有物に変更を加えることができる旨の裁判や、②他の共有者(D)以外の共有者(ABC)の持分の価格に従い、その過半数で共有物の管理に関する事項を決することができる旨の裁判をすることができるとしています(民法251条2項、252条2項1号)。この裁判による決定がえられれば、①の場合、Dを除外してABCの合意で乙建物に変更を加えることができます。また、②の場合、Dを除外したABCの持分価格の過半数で乙建物の管理に関する決定を行うことができますから、ABの賛成で過半数に達することになります(注8)。共有物の所在地の地方裁判所が管轄裁判所となって手続が行われます(非訟事件手続法85条以下)。(4)賛否を明らかにしない共有者がいる場合の管理〔ケース5〕ABCDは丙建物を4分の1の持分割合で共有しています。ABCは友人同士ですが、Dは遠隔地に住んでおり、丙建物の管理について無関心です。ABCは丙建物の管理に関してDに連絡をしても賛否を明らかにしてくれません。ABCはどのような対応をとることができるでしょうか。社会経済活動の広域化、国際化等の社会経済情勢の変化に伴い、共有者が共有物から遠く離れて居住・活動しており、共有者間の人的関係が希薄化しているため、共有物の管理に関心を持たず、連絡をとっても明確な返答をしない共有者もいます。前記(3)②と類似する手続が用意されています(なお、〔ケース3〕の①の変更に関する手続は定められていません)。〔ケース5〕では、共有者(A)が他の共有者(D)に対し相当の期間を定めて共有物の管理に関する事項を決することについて賛否を明らかにすべき旨を催告した場合において、他の共有者Lがその期間内に賛否を明らかにしないときには、裁判所は、D以外の共有者(ABC)の持分の価格に従い、その過半数で共有物の管理に関する事項を決することができる旨の裁判をすることができます。これについても、共有物の所在地の地方裁判所が管轄裁判所となって手続が行われます(非訟事件手続法85条以下)。<注釈>令和3年民法改正は、所有者不明土地の解消を目的としています。所有者不明土地とは、相続登記がされないこと等の理由により、不動産登記簿を確認しても所有者が直ちに判明しない土地、または、所有者が判明しても、その所在が不明で連絡がつかない土地のことをいいます。大都市圏に人口が集中し、高齢化が進んだため、特に地方では土地を所有しているという意識が薄くなり、それを有効利用しようとせずに放置したままにしていることが多くなっています。このような状況で所有者不明土地が増え続けると、これに隣接する土地の利用にも悪影響を与えます。また、災害の多いわが国では、公共事業が円滑に行われなくなり、土地の利活用が阻害されてしまうという問題も起こります。村松秀樹=大谷太編著『Q&A令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』(きんざい、2022年)50~51頁。潮見佳男ほか編『Before/After民法・不動産登記法改正』(弘文堂、2023年)27頁〔藤巻梓〕。村松=大谷著・前掲(注2)57頁。村松=大谷著・前掲(注2)59頁。改正法は、短期賃借権等の設定について規律を整備しています。すなわち、共有者は、共有物に、一定の期間を超えない短期の賃借権等を設定する場合は、持分の過半数で決定することができます(民法252条4項。短期賃借権(民法602条)と同様)。①樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃借権等については、10年、②①に掲げる賃借権等以外の土地の賃借権等については、5年、建物の賃借権等については、3年、④動産の賃借権等については、6か月です。村松=大谷著・前掲(注2)97頁。石田剛ほか『民法Ⅱ物権(第4版)』(有斐閣、2022年)164頁。提供:税経システム研究所
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