経営研究レポート
MJS税経システム研究所・経営システム研究会の顧問・客員研究員による中小・中堅企業の生産性向上、事業活性化など、経営に関する多彩な各種研究リポートを掲載しています。
1284 件の結果のうち、 1 から 10 までを表示
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2025/01/31 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(206)
1.はじめに厚生労働省が先日発表した人口動態統計(速報値)によれば、2024年上半期の出生数は前年比5.7%減の350,074人となり、上半期としては過去最低を更新しました。単純計算としてこの数値を2倍しても、ようやく70万人をわずかに超える値となり、下半期の出生数次第では、年間の出生数が初めて70万人を下回る可能性も出てきています。年間の出生数は2016年に100万人を割って以降、2019年に90万人割れ、2022年が約77万人と初めて80万人を下回り、2023年には約73万人とさらに減少、そして2024年は70万人割れの可能性と減少の加速が止まらない状況にあります。婚姻数の減少や経済的理由による出産意欲の低下が背景にあると見られていますが、その一方で、総人口に占める65歳以上人口の割合を示す高齢化率は29.1%(2024年)となっており、少子高齢化と人口減少の進展は、今後の労働力不足にも深刻な影響を及ぼすことは間違いありません。そうした状況の中、2024年5月に改正された育児・介護休業法が2025年4月から段階的に施行されます。育児・介護休業法はこれまでもたびたび改正が行われていますが、今回の改正は、「子の年齢に応じた柔軟な働き方を実現する措置の拡充」や「次世代育成支援対策の推進・強化」、「介護離職防止のための両立支援制度の強化」などを支援することが趣旨とされています。そこで今回は育児・介護休業法の改正のポイントと、法改正に伴う企業の対応を考えていきます。2.改正のポイント先述の通り、今回の法改正は以下の3つを主な改正趣旨としています。子の年齢に応じた柔軟な働き方を実現するための措置の拡充育児休業の取得状況の公表義務の拡大や次世代育成対策支援の推進・強化介護離職防止のための仕事と介護の両立支援制度の強化等間近に迫った2025年4月改正の内容はどのような内容か見ていきます。図表子の看護休暇制度の見直し現行改正後名称子の看護休暇子の看護等休暇対象となる子の範囲小学校就学の始期に達するまで小学校3年生修了まで取得事由病気・ケガ予防接種・健康診断現行の事由に加えて・感染症に伴う学級閉鎖等・入園式・入学式・卒園式労使協定の締結により除外できる労働者①引き続き雇用された期間が6ヶ月未満②週の所定労働日数が2日以下週の所定労働日数が2日以下※現行の①を撤廃1.子の看護休暇制度の見直し現行の「子の看護休暇」について見直しが行われ、対象となる子の範囲や取得事由などが見直されます。2.所定外労働の制限の対象拡大現行では「3歳に満たない子」を養育する労働者は事業主に請求することで所定外労働の制限(残業免除)を受けることが可能でした。改正後は「小学校就学前の子」を養育する労働者が請求により残業免除を受けることができるものと対象が拡大されます。3.テレワークの推進①現行では、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者には「育児目的休暇」「子供の年齢に応じて、育児休業に関する制度、フレックスタイム制、時差出勤制度等一定の措置のうち必要なもの」を講じること(努力義務)とされています。改正後は「3歳に満たない子を養育する労働者がテレワークを選択できるよう措置を講ずる」(努力義務)が追加されます。②現行では、3歳に満たない子を養育する労働者に対し、短時間勤務制度を講じることとされていますが、短時間勤務措置の対象から除外することが可能な労働者に対しては、以下の措置を講じることとされています(代替措置)。育児休業に関する制度に準ずる措置時差出勤フレックスタイム制保育施設の設置運営その他これに準ずる便宜の供与この代替措置に「テレワーク」が追加されます。4.育児休業等の取得状況の公表義務の拡大「常時雇用者数1,000人以上の企業」に対し、毎年1回以上男性の育児休業等の取得状況を公表することが義務付けられていますが、改正後は「常時雇用者数300人以上の企業」に適用範囲が拡大されます。5.介護離職防止のための措置の義務化仕事と介護の両立支援制度を効果的に周知し、必要な制度を利用しやすい環境を整えることにより介護離職防止を図るものとし、以下の措置が事業主の義務となります。介護に直面した旨の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認介護に直面する前の早い段階(40歳等)での両立支援制度等に関する情報提供仕事と介護の両立支援制度を利用しやすい雇用環境の整備(研修や相談窓口の設置)要介護状態の家族を介護する労働者がテレワークを選択できるよう事業主に努力義務勤続6ヶ月未満の者を労使協定により介護休業対象から除外可能な規定の廃止では、改正に向けて、企業はどのように対応すべきでしょうか。3.法改正に向けての企業の対応は?●就業規則(育児介護規程)・労使協定の見直し今回の改正育児・介護休業法は2025年4月施行部分と同年10月施行部分の2段階で改正が行われることになっています。今回の法改正に伴い、制度を利用可能な労働者の範囲が拡大されているものがあります(残業免除、子の看護等休暇、介護休暇など)。自社の育児介護規程のうち、法改正に該当する部分の規定変更や労使協定の見直しなどは確実に対応しておく必要があります。●業務体制・人員配置の再検討これまで対象外だった従業員の中にも制度利用の可能者が出てきます。これまで通りの業務体制では、いざ時短勤務や残業免除、テレワークなどの利用者が出た時に日々の業務遂行に影響が出ることも考えられます。現行の業務分担や人員配置で対応が可能なのかどうかも検討の必要がありそうです。●法改正内容の周知と理解の促進育児介護休業の諸制度を利用しやすい職場内の空気を醸成することも重要と考えます。経営者層や管理者層の中には、育児介護休業の諸制度を利用することに対し、ネガティブな反応をする方がいまだに存在していることは残念なことです。管理者層、一般従業員を問わず、現行制度からの変更点ほか重要なポイントを周知するための研修などを実施するなど、個々の理解を深めていく対応が求められます。このように企業側が対応すべき点は多岐にわたることになります。今回の法改正への対応をきっかけとして、育児・介護に直面した従業員が安心して事態に対処できるような環境を整備することは、離職率低減・採用力強化にもつながり、ひいては自社の競争力強化に資するものと考えます。提供:税経システム研究所
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2025/01/30 人事労務管理
退職に関わるトラブル回避(第8回) 整理解雇1
【サマリー】前回は、ハラスメントが発生した際の、行為者に対する懲戒処分や解雇に関しての裁判例をご紹介しました。また、行為者のみならず、ハラスメントに対する企業の責任の重さについても解説いたしました。今回は、企業が経営悪化や事業縮小などにより従業員の雇用を維持できなくなり、人員削減を目的として行う解雇、「整理解雇」について解説いたします。1.整理解雇の有効性整理解雇は、企業が経営不振や事業再構築の必要性から、やむを得ず従業員を解雇する措置の一つです。特に日本においては労働者の雇用を保護する観点から、整理解雇に対して厳しい要件を課しています。そのため、整理解雇を行う際には、企業は法的リスクを慎重に検討し、必要な手続きや条件を満たす必要があります。「整理解雇」も事業主から労働契約を解除する以上、労働契約法16条で、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められている「解雇権濫用法理」が適用されます。したがって、事業主がいつでも一方的に実施できるものではありません。それに加え、その整理解雇が有効かどうかは、「整理解雇の4要件」をも満たす必要があります。2.整理解雇の4要件①人員削減の必要性整理解雇を正当化するには、経営上の理由が明確であることが必要です。企業が客観的に高度の経営的危機下にあり、存続し続けるために人員削減がやむを得ない状況にあること。例えば、以下のような状況が該当します。連続した赤字経営による財務状況の悪化事業再編や経営統合による組織縮小業績低迷により倒産の危機が迫っている場合企業がこの必要性を説明するには、具体的な経営データが求められます。損益計算書や資金繰り表などの客観的な資料を基に、裁判所や労働者に「やむを得ない」と認識される必要があります。②解雇回避努力整理解雇を行う前に、可能な限り他の方法で解雇を回避する努力を尽くすことが求められます。裁判所は、企業がどれほど真摯に解雇回避努力を行ったかを厳しく審査します。主な解雇回避措置には以下があります。役員報酬の削減や配当の停止経営陣が最初に痛みを負担する姿勢を示すことが重要です。希望退職者の募集自主的な退職を促し、対象者に割増退職金を提供するなど、従業員の納得を得られる措置を講じることも、解雇回避努力として認められる可能性が高まります。配置転換や出向他部署やグループ会社での雇用維持の可能性を最大限に探ります。賃金や労働時間の調整賃金カット、一時休業、勤務日数の削減などを検討します。その他、経費削減や、新規採用の停止なども解雇回避措置として求められます。➂人選の合理性解雇をする人選に関しては、客観的で合理的な基準かつ公正である必要があります。勤務成績、勤務態度等の評価を基準にする場合、会社への貢献度等を基準にする場合、雇用形態等を基準にする場合など、いずれの場合も公平性が求められます。また、性別、年齢、人種などに基づく基準は違法となりますので、注意が必要です。勤務成績や能力業務の遂行能力や実績に基づく評価が公平に行われているか。勤続年数長期勤続者を優先的に保護することが考慮される場合があります。家計事情や生活影響高齢者や家庭を支える立場の従業員を配慮するケースもあります。職務内容の適合性解雇対象者が不要とされる業務に従事している場合、選定が合理的とされやすいです。④手続きの妥当性上記①~③についての説明、解雇の時期や方法について、従業員に対して十分に説明・協議を行うことが必要となります。仮に①~③の要件が満たされていたとしても「本日をもって解雇とします」のような手順は認められません。労働組合や従業員代表との協議整理解雇を実施する前に、事前に労働組合や従業員代表と協議し、その意見を尊重することが求められます。解雇理由の説明解雇の背景や理由を明確に説明し、従業員が理解できるようにすることが重要です。通知期間の遵守法律に基づく解雇予告期間(通常30日)を確実に守ります。予告手当を支給する場合でも、対象者に丁寧に説明する必要があります。3.整理解雇の注意点整理解雇を行う際には、以下のリスクや影響を十分に検討する必要があります。●法的リスク整理解雇が4要件を満たさない場合、労働者から訴訟が提起される可能性があります。解雇無効の判決が出た場合、以下のような問題が生じます。解雇期間中の賃金支払い義務解雇の撤回および復職命令企業イメージの低下また、裁判例では、解雇の妥当性が厳しく審査される傾向があります。●社内の士気低下解雇により残った従業員のモチベーションが低下する可能性があります。従業員が「次は自分かもしれない」と感じることで生産性が低下し、離職率が上昇するリスクもあります。●社会的信用の損失整理解雇の進め方によっては、企業の評判が損なわれ、顧客や取引先の信頼を失うことがあります。特に説明不足や手続きの不備がある場合、批判を受けやすくなります。4.重要判例整理解雇に関する代表的な裁判例をご紹介します。「外資系金融機関(銀行)事件東京地裁平10・8・17判決」外資系金融機関(銀行)の特定部門の閉鎖に伴う余剰人員の整理解雇は認められるか?人員整理の必要性なく無効との判決<事件の概要>外国銀行東京支店のアシスタント・マネージャーとして勤務していたXは、アジア太平洋地域の輸出入業務を担当していました。しかし、平成9年2月に経営方針の転換により部門の閉鎖が発表され、退職勧奨を受けました。銀行側はXが雇用継続を希望する場合、一般事務職への異動と給与の大幅な減額を提示しましたが、Xは労働条件の変更について争う権利を主張しつつ、異動を受け入れませんでした。銀行は労働組合と団体交渉を行ったものの合意には至らず、同年9月30日にXを整理解雇しました。この解雇をめぐる仮処分事件では、裁判所が解雇を無効と判断し、Xの地位保全および賃金仮払いの仮処分決定を出しました。本件では、その異議審で仮処分決定が認可されています。争点は次の2点です。①就業規則に整理解雇の規定がない場合、解雇が許されるか、②今回の整理解雇に人員削減の必要性があったかどうかです。<判決の概要とポイント>1、銀行は解雇を行使しうるのは本件就業規則に掲げた解雇事由に限られるという趣旨で解雇事由を設けたわけではないと解するのが相当である。従って、就業規則に掲げた解雇事由に該当しない普通解雇も許されるというべきである。2、ある部門の人員の削減に経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有すると認められる場合であっても、解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段である解雇ないしその結果としての失職との間に均衡を失しないことを要する。本件は、東京支店の前記部門を閉鎖することに伴い同部門に配属されていたXは余剰人員となってしまい、同人を他の部署のアシスタント・マネージャーとして配転することはできなかったので、銀行はXを解雇したというのであり、そうすると、解雇自体は経営上の必要性があると認められ、また、企業経営上の観点からも合理性を有すると認められる。しかし、銀行は、余剰人員となったXについて人員削減の方法として解雇という方法以外に、他の部署に配属し、その後数年間のうちに東京支店のアシスタント・マネージャーの役職者の自然減を待つことによっていずれXが余剰人員ではなくなることを待ち、数年間が経過した時点でもなおXが余剰人員であった場合にはXを解雇するという方法もとりえたにもかかわらず、そのような方法を選択せずに解雇という方法を選択していることに照らせば、解雇については解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段ないしその結果との間に均衡が失われている。そうすると、本件解雇については、経営上の必要性があり、かつ、経営上の必要性が企業経営上の観点から合理性を有すると認められるものの、解雇によって達成しようとする経営上の目的とこれを達成するための手段である解雇ないしその結果としての失職との間には均衡が失われているというべきであるから、結局のところ、解雇については人員削減の必要性を肯定することができない。従って、解雇は権利濫用として無効である。<まとめ>企業のリストラにおける人員整理には、次の2つの重要な問題が指摘されています。1.就業規則の解雇事由の範囲まずは就業規則に記載されていない理由による解雇(普通解雇)は許されるのかという問題です。通常、整理解雇は就業規則に「事業の縮小」や「業務上やむをえない事由」などの形で定められるか、または包括的な条項でカバーされます。しかし、本件ではそうした規定がなく、解雇事由が例示列挙なのか限定列挙なのかが争点となりました。裁判所は、就業規則の記載内容や他条文の規定から、解雇事由を例示列挙と判断しました。民法の原則に基づき、解雇事由が明確に限定されている場合を除き、例示列挙として解釈すべきとしています。ただし、解雇事由を限定列挙とする学説も有力であり、就業規則の適切な整備が実務上重要です。2.人員削減の必要性前述の通り、整理解雇が解雇権の濫用とならないためには、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④解雇手続の妥当性の4要素が総合的に考慮されます。本件では、裁判所が人員削減の必要性を認めないとして解雇を無効としました。裁判所は、経営上の必要性や合理性が認められるにもかかわらず、解雇以外に剰員の一時的な配置転換や自然減を待つ方法が取れたと指摘し、必要性を否定しました。しかし、これは本来②の解雇回避努力に関する問題であり、さらにこの方法が経営上非現実的であるとの批判もあります。また、配置転換を試みたかどうかの議論は、あくまでも本件のように多くの部署を有する大企業でのことであり、複数部署を持たず、配置転換が物理的に不可能な零細企業が経営悪化を理由とする整理解雇の場合は、役員報酬の削減や経費削減、全従業員の賃金減額等の措置を試みたかどうかなどが議論となります。原決定では、①の必要性を直ちに否定せず、②~④の不足を理由に解雇を無効としました。いずれにしても、正社員の整理解雇には4要素が厳格に求められ、経営悪化ではなく組織再編による整理解雇は依然として厳しく制限されています。次回は、コロナ禍の整理解雇やその他の重要判例について解説します。提供:税経システム研究所
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2025/01/29 マイナンバー関連
運転免許証とマイナンバーカードとの一体化 -マイナ免許証の導入-
1.はじめに政府は、昨年10月29日に運転免許証とマイナンバーカードを一体化した、いわゆる「マイナ免許証」の2025年3月24日からの導入を閣議決定した。マイナンバーカードと運転免許証一体化については、2021年12月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画(注1)」の中で、マイナンバーカードの普及及び利用の推進ための施策の一つとして、「令和6年度(2024年度)末にマイナンバーカードとの一体化を開始する」と明記された。警察庁は、これを受けて策定した「デジタル社会の実現に向けた重点計画に基づく警察庁中長期計画(注2)」において、「運転免許証は国民に広く普及しており、運転免許関係手続については、より一層国民の利便性向上や負担軽減が求められているところ、例えば、住所変更等の際、市区町村の窓口で手続を行った後、警察署等に別途届け出る必要がある等、国民に一定の負担が生じていた。このため、令和6年度(2024年度)末までに、各都道府県警察が個別に整備しているシステムを、警察庁が整備する共通基盤上に集約するとともに、所要の改修を行うことにより、マイナンバーカードとの一体化を実現する。そして、これにより、住所変更手続のワンストップ化、居住地外での迅速な運転免許証の更新及び優良運転者のオンラインによる更新時講習受講を可能とする」として、マイナンバーカードに運転免許証を搭載する仕組みやその運用方法についての検討を進めてきたが、閣議決定の報道で正式な運用開始日の発表が行われたことで、改めて注目を集めることとなった。本稿では、まず、マイナ免許証の具体的な仕組みを見ていくとともに、マイナ免許証のメリット、デメリットを解説する。2.運転免許証とマイナンバーカードの一体化運転免許証保有者が転居した場合には、一度市区町村の窓口で転入手続を行った後、住民票等の新住所を確認できる書類を持って、警察署等に別途届け出る必要があり、国民に手続面で負担が生じているとされる。また、運転免許統計(注3)によると、令和5年度に住所変更により運転免許証の記載事項を変更した件数は164万件(運転免許証保有者数8186万人)であり、新規に免許証を取得する人数とほぼ同程度となっていることから、運転免許センターや警察署等にも大きな事務負担が発生している。現在の運転免許証は、券面に免許保有者の住所が印刷されるとともに、ICチップの中に住所の電子データが記録されている。住所変更時には、免許証裏面の備考欄に変更後の住所が追記されるだけでなく、ICチップ内のデータを書き換え、警察庁が保有する免許データベース内の住所が変更されることとなるが、この処理は、免許センターや警察署内でのみでしか行うことができないため、住所変更手続きの際には、免許証を持って警察署等に出向く必要がある。警察署等での手続きを省略するためには、免許証への現住所の記載やICチップへの記録を行わないようにすることが考えられるが、その場合でも、制度上は何らかの方法で免許保有者は転居先住所を警察に届ける必要があり、また、運転免許証は身分証明書として利用されることも多いことから、住所記載の廃止については、現在まで検討されてこなかった。これに対して、マイナンバーカードには、最新の住所が記載・記録されており、転居等の際にも自治体窓口での転入手続きの際に券面記載事項やICチップ内に記録される住所等が変更されるため、この際に警察庁と連携することができれば、警察署等での手続きなしに、運転免許証に紐づく現住所の変更を実施することが可能になる。このため、警察庁は、運転免許証とマイナンバーカードの一体化に伴う必要な規定を整備するために、道路交通法の一部を改正する法律案を国会に提出し、2022年4月27日に成立・公布された。その後関係制度の整備、システム開発が行われ、2025年3月24日から希望者が運転免許証の情報をマイナンバーカードに記録(マイナ免許証の発行)することができることとなった。マイナンバーカードへの運転免許証情報の記録については、マイナンバーカードのICチップ内に、警察庁が開発した運転免許証アプリケーションを追加し、このアプリケーション内に、免許証の番号、免許の年月日・有効期間、免許の種類、免許の条件等、顔写真が記録されることとなるが、氏名や住所の情報、本籍地は記録されない(図1)。ここで、マイナンバーカードへの運転免許証アプリケーションの搭載については、自治体窓口で行うことはできないため、マイナ免許証登録は、運転免許センターや警察署等の窓口で行うことになる。また、免許証に紐づく住所の変更は、公的個人認証サービス(JPKI)を利用した最新の利用者情報(4情報)提供サービスが利用されるため、マイナ免許証を登録する際に、転居時等に警察庁に対して最新の住所を提供することに同意する旨の申請を行うあらかじめ行っておく必要がある(図2)。JPKIの電子署名用電子証明書には、4情報(氏名、住所、生年月日、性別)が記載されており、免許保有者が転居先自治体で移入手続きを行うと、証明書が失効するため、警察庁は、電子証明書の失効情報を検知すると、免許保有者が新住所提供に同意している旨をJ-LISに通知し、転居後の住所を入手することができる。このため、免許保有者は、自治体で移入手続きを行えば、警察庁が保有する免許データベース内の住所を変更することができ、また、マイナ免許証自体には、住所情報は記録されていないため、運転免許センターや警察署等での手続きを行う必要も無い。結婚等で氏名が変更された場合も同様に自治体窓口での手続きで完了するほか、本籍地の変更についても、マイナポータル上で手続きを行うことができるようになる。図1マイナンバーカードのICチップに対する運転免許証アプリケーションの追加ここで、マイナ免許証については、マイナ保険証とは異なり、現在の運転免許証をマイナ免許証に切り替えなければならないわけではない。このため、運転免許証を新たに取得したり、有効期限が来て免許証を更新したりする際には、①マイナ免許証のみを使用して従来の運転免許証を破棄・返納する、②マイナ免許証と従来の運転免許証を併用する、③従来の運転免許証のみを使用する、のいずれかを選択することができる。警察署等での手続きが不要なのは、①のマイナ免許書のみを保有する場合のみであり、②、③の場合においては、従来同様に警察署等での手続きが必要となる点に注意いただきたい。図2公的個人認証サービス(JPKI)を利用した転居時の住所情報の更新2.マイナ免許証のメリット・デメリットマイナ免許証導入のメリットとしては、先に述べた、住所変更手続きが簡単になる点のほかに、運転免許の手数料が安くなること、更新講習をオンラインで受講できるようになることが挙げられる。まず手数料だが、現在の、運転免許更新手数料2500円に対して、マイナ免許証導入後は、マイナ免許証のみの場合には400円値下げされ2100円に、従来と同じ免許証の場合には350円値上げされて2850円になる。ただし、マイナ免許証と従来の免許証を併用する場合は、更新手数料は2950円となるため、従来の免許証のみを持つ場合よりも100円手数料が高くなる(表1)。また、更新のタイミングの前に、マイナ免許証に切り替えたいという場合は、講習や適性検査を受ける必要はないが、切り替えのための1500円の手数料がかかることとなる。表1来年3月以降の運転免許証取得更新手数料(カッコ内は現在との比較)新規取得免許更新マイナ免許証1550円(-500円)2100円(-400円)従来の免許証2350円(+300円)2850円(+350円)両方保有する場合2450円(+400円)2950円(+450円)もうひとつのメリットが、免許更新の際の講習のオンライン化である。免許証の更新手続では、更新申請の際に運転免許センターや警察署等で、優良運転者は30分、一般運転者講習は1時間の講習を受ける必要があるが、マイナ免許証を取得すればパソコンやスマートフォンを用いて24時間オンラインで講習を受けることが可能となる。優良運転者の免許(ゴールド免許)更新時の講習をオンラインに置き換えるモデル事業は、すでに2022年2月1日からマイナンバーカードを持つゴールド免許を保持する70歳未満の運転者を対象に、北海道・千葉県・京都府・山口県の4道府県で実施されている。このモデル事業は、スマートフォンやパソコン等から専用サイトにアクセスして、講習を受講するもので、受講の際には、専用サイトにアクセス後、マイナンバーカードをかざして暗証番号を入力することで本人確認を行い、運転免許証番号を入力した上で、自宅等で動画講習やミニテストを受講する。また、動画視聴中は計3回、顔画像の撮影を行うことで、途中で受講者が入れ替わることを防止している。来年3月以降導入されるオンライン講習については、現在のモデル事業の仕組みがベースとなると想定されているが、対象者がマイナ免許証保有者に限定され、優良運転者だけでなく一般運転者(5年間で軽微な違反が1回の方)も受講可能となる。また、通常、対面での講習手数料は、優良運転者が500円、一般運転者が800円かかるが、オンライン講習を受講する場合はいずれの手数料も200円と安価に設定されている。このため、先に、マイナ免許証と従来の免許証を併用する場合は、更新手数料は、従来の免許証単体よりも100円高くなると記載したが、講習手数料を考慮すると、費用面でのメリットがあることがわかる。但し、受講後は現在と同様、運転免許センターや警察署での更新手続きを行う必要があるため、免許の更新はオンラインだけでは完結しない。運転免許センターでは、申請書等とマイナ免許証を提示し、職員が端末で受講を確認(顔画像による本人確認を含む)し、適性検査を実施した後に、マイナ免許証の更新が行われる(従来の免許証併用の際は新運転免許証も受け取り)。また、「違反運転者」や初回の更新はオンライン講習を受けることはできない。それでは、次に、マイナ免許証のデメリットを見ていこう。まず一つ目は、マイナ免許証は、マイナンバーカード内の免許証アプリ内のデータであり、マイナンバーカード券面には免許証の情報が一切記載されないことである。このため、マイナンバーカードだけを見ても、運転免許の資格を有しているかは確認できず、何らかの電子的手段で免許情報の確認を行う必要がある。現在予定されている確認方法は、①スマートフォンやパソコンに、警察庁が用意する「マイナ免許証読み取りアプリ」をインストールして確認する、②マイナポータルを経由して確認する、③運転免許センターや警察署等に設置している申請自動受付機で確認する、の3つであるが、①、②については、事前に設定した4桁のPIN入力が必須となる。このため、4桁PINを忘れていると免許情報の確認が行えず、例えばレンタカーを借りることができない等の問題が発生する可能性がある(PINを忘れた場合でも、警察官等はPINの入力なしにマイナ免許証の情報を読み取れる専用端末を保有するため、免許不携帯に問われることは無い)。2つ目のデメリットは、運転免許の更新時期とマイナンバーカード・JPKIの更新時期のずれにより発生する手間と費用の問題である。現在のマイナンバーカードの有効期間は10年間、JPKIの証明書については5年間となっている一方で、運転免許証については、免許取得年数や違反回数、年齢によって3から5年間のいずれかとなっている。マイナンバーカードを更新すれば自動的にマイナ免許証が更新されるわけではなく、それぞれで更新の手続きが必要になる。このため、多くの場合、免許証の有効期間の間で、JPKI電子証明書との紐づけ手続きやマイナンバーカードの更新手続きが発生することが想定され、このために、従来よりも多く警察署での手続きや手数料等が発生する可能性がある。例えば図3に示すように、マイナンバーカードを発行して2年後に5年間有効のマイナ免許証を搭載した場合、カード発行5年後(免許証搭載2年後)に、JPKI証明書の更新が発生するため、免許証と証明書の紐づけ更新のために警察署での手続きが必要となる。また、マイナンバーカードの更新時には、マイナ免許証の情報自体は有効であるが、更新後の新たなカードへのマイナ免許証設定が必要となるため、再度警察署等へ行き、運転免許証アプリケーションの搭載手続きを行う必要が生じることになり、従来よりも免許保有者に負担がかかるることになる。図3マイナンバーカードと免許証の更新時期のずれによる新たな負担3つ目が、海外旅行等で国外でクルマを運転する場合には、従来の運転免許証が必要となる点である。わが国で発行されている国際運転免許証は、あくまでも日本国内で所持している免許証の翻訳版という位置づけであり、海外でクルマに乗る場合は原本の所持が必要になる。マイナ免許証は、マイナンバーカード内の電子データであり、海外ではその内容を確認することができないため、免許証原本としての効力を有しない。このため、国際運転免許証の発行を予定している場合には、マイナ免許証と従来の免許証の2枚持ちが必須となる。そして、4つ目のデメリットは、マイナンバーカードを紛失した際の再発行に時間がかかる点である。現在の運転免許証の再発行は、運転免許センターで手続きをした場合は即日交付される。しかし、マイナンバーカードを紛失すると、再発行に約1ヶ月半程度かかるため、マイナ免許証のみを保持する場合には、その間は運転ができないこととなる。もちろん、従来の運転免許証の再発行手続きを行うことで、即日で受け取ることも可能であるし、マイナンバーカードの特急発行も開始されているが、警察ではマイナンバーカードの発行は行っていないので、再度マイナ免許証を希望する場合は、自治体でマイナンバーカードを再発行し、警察署等でマイナ免許証の再交付を受ける必要がある。4.終わりに本稿では、来年3月から始まるマイナンバーカードと運転免許証の一体化について見てきた。新しい制度では、マイナンバーカードさえ持っていれば別途運転免許証を持ち歩く必要がない、オンライン講習を受講できるなど、マイナンバーカードを所持することのメリット拡大につながる反面、従来の免許証の所持をやめてマイナ免許証に一本化するには、まだ多くの課題があるといえる。また、レンタカー業界や運輸業界等、運転免許証を業務で利用している企業は、免許証情報を読み取るためのICカードリーダーやシステムの導入が不可欠となるため、新たな負担が発生することも想定される。来年の春には、iPhoneにマイナンバーカード機能の搭載が始まり、将来的には、免許証情報についてもスマートフォンへの登録が始まると想定される中で、マイナ免許証が自分にとってどのようなメリットがあるかを慎重に考えて、マイナ免許証へ切り替えるのか、従来の免許証と併用するのか、切り替えずに今のままで行くのか、いずれかの方法を選択していただきたい。<注釈>「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2021年12月24日閣議決定)(内閣官房),https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/digital/20211224_policies_priority_package.pdfデジタル社会の実現に向けた重点計画に基づく警察庁中長期計画(警察庁),https://www.npa.go.jp/policies/policy/digital/honbun_npa.pdf運転免許統計令和5年度版(警察庁交通局運転免許課),https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/menkyo/r05/r05_main.pdf提供:税経システム研究所
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2025/01/29 企業経営
会計事務所が指導するDPOによる最短1ヵ月、最大9,900万円の資金調達
【サマリー】DPO(DirectPublicOffering=自己募集)は、金融商品取引業者(証券会社)を通さずに、新規発行有価証券を直接「募集」して、資金を調達する方法50人以上の不特定多数へ投資勧誘する「募集」には「有価証券届出書」の提出及び開示が義務付けられているが、「1億円未満の募集」の場合は免除されている会社法に定める「株主の共同事業」たる「株式会社」の原点に立ち帰り、金融リターンが目的の投資家ではなく、事業を応援する「株主」を募るのがポイント上場を準備するスタートアップだけでなく、中小企業が新事業を別法人化して資金調達する場合等にも適する種類株式の設計や新株予約権の活用で、経営権は維持したまま調達する1はじめにさて、2011年から13年間、委員としてお世話になってきたMJS税経システム研究所経営システム研究会ですが、筆者は本年度をもって退任させていただくこととなりました。本レポートの読者の皆様には長年に渡り私のレポートをお読みいただき、誠にありがとうございました。私の経営研究レポート執筆も今回と次回の2回で最後となります。そこで、これまでの総括といたしまして、私の専門分野である「中小企業の資本調達」をテーマとした最新情報をご紹介いたします。昨年12月12日に筆者が講師を務めて開催した「最短1ヵ月、最大9,900万円、DPOによる資金調達」セミナー。中小企業経営者等、150名が参加され、高い関心を集めました。そこで、本稿においては、「前編」「後編」の2回に分けて、このDPOを解説いたします。DPO(DirectPublicOffering=自己募集)は、株式会社が、金融商品取引業者(証券会社等)を通さずに、新たに発行有価証券を直接、勧誘して出資者を募り、資金を調達する方法です。50人以上の不特定多数に投資勧誘する行為については、法的に「禁止されている」と思っている方が多いようですが、実はこれは誤解です。金融商品取引法では、50人以上への申込勧誘行為を「募集」と定義。49人までは「私募」と定義されています。株式等の「募集」については、原則として「有価証券届出書」の提出及び開示が義務付けられています。有価証券届出書に含まれる2年分の財務諸表又は連結財務諸表には公認会計士又は監査法人の監査証明書の添付が必要であることから、確かに非上場の中小企業にはハードルが高いものです。しかし禁止されているのではなく、「有価証券届出書」を提出及び開示すれば募集を行うことができるのです。さらに、「1億円未満の募集」については、この「有価証券届出書」の提出及び開示が免除されており、「有価証券通知書」を管轄財務局に提出すれば良いこととなっています。「有価証券届出書」は開示書類ですが、「有価証券通知書」は当局が「1億円以上の募集」に該当しないことを確認することを目的とした2頁のみの簡単な書面です。つまり「募集」であっても、それが1億円未満の資金調達を目的としている場合は、普通の中小企業であっても「有価証券通知書」さえ提出しておけば、全く問題なく可能なのです。ところがこのような制度について、ほとんど知られていないのが実情です。今回、本稿の前編においては、DPOによる資金調達の法制度の解説に加え、筆者が代表を務める㈱CFスタートアップパートナーズ(以下「CFSP」といいます。)が行っているDPOサポートの概要について紹介いたします。また後編では、直近で1千万円を調達した医療系スタートアップの事例と、8千万円の調達に成功した飲食店の事例をご紹介いたします。是非、ご参考としてください。2DPO資金調達の法制度DPO(DirectPublicOffering)は株式会社が新規発行の有価証券を募集(一般公募)する資金調達手法です。有価証券の発行を規制する法律は「会社法」と「金融商品取引法」です。会社法では、株式会社が発行する有価証券として、株式、新株予約権及び社債が示されていますが、本稿では当社が主にサポートしている株式と新株予約権の発行による資金調達について解説します。会社法における「募集株式の発行」及び「募集新株予約権の発行」については、それぞれ第199条~第206条の2、及び第238条~第248条に規定されています。いずれも株主総会において、募集事項を決定しそれを通知した上で、申込みを受け付けることとなっています。募集事項として株式においては、株式の種類と株式数、発行価額、払込期日などを定めます。新株予約権では新株予約権の内容(条件)を定めます。なお募集事項については、その一部の決定を取締役会又は取締役に委任できることになっています。会社は申込者よりの申込を書面又は電磁的方法により受け付け、払込期日の前日までに再び株主総会を開催して、割当先及び割当株式を決定し、割当を行うこととされています。申込者は割当された株数に対応する払込みを行い、増資による資金調達が完了します。会社法ではこのように株主総会や取締役会等の必要な機関決定により、所定の手続きに従って、自由に株式や新株予約権を発行して資金調達ができる規定となっています。これを規制しているのが金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)です。金商法は株式や新株予約権等の有価証券の取引の安全を図ることを目的に、「業規制」「行為規制」「取引規制」「開示規制」の4種類の規制を定めている法律です。業規制と行為規制は、証券会社等の金融商品取引業者を規制する内容で、取引規制はインサイダー取引等の不公正取引を排除する内容が規定されています。発行会社が有価証券を発行するに際しての規制は、「開示規制」として規定されています。「はじめに」で触れたとおり、金商法では「新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘」にあたり、原則として50名以上の者を対象に行う勧誘を「募集」、49名以下を対象とする勧誘を「私募」と定義しています(金商法第2条第3項、金融商品取引法施行令第1条の5)。注意いただきたいのは、会社法の「募集株式」の「募集」と金商法で定義する「募集」とは意味が異なることです。会社法では、新たに発行する新株式のことを「募集株式」と呼んでおり、申込勧誘の人数とは関係ありません。新株式の割当先が一人であったとしても「募集株式」となります。一方、金商法で「募集」とは50名(適格機関投資家を除く)以上を相手方として新規発行有価証券の取得勧誘する行為を指します。金商法の「開示規制」は、「募集」をする場合に適用される規制です。株式会社が株式等を発行するに際して50名以上に取得申込勧誘をする場合には、原則として以下の書類を財務局に提出し、開示しなければなりません。発行時開示有価証券届出書(金商法第5条第1項)継続開示(毎事業年度における開示)有価証券報告書(金商法第24条第1項)半期報告書(金商法第24条第5項)これらの書類には財務諸表又は連結財務諸表(半期報告書は中間財務諸表又は中間連結財務諸表)が含まれます。財務諸表又は連結財務諸表には、公認会計士又は監査法人の監査証明を受けなければならないこととされています(金商法第193条の2)。以上が原則ではありますが、金商法には有価証券届出書等の開示が免除されているいくつかの例外規定も併せて定められています。その一つが「発行価額の総額が1億円未満の募集」です(金商法第4条第1項第5号)。当社では、この定めにより、総額1億円未満の株式等の募集による資金調達をDPOとして指導しています。なお1億円未満の募集を行う場合には「有価証券通知書」を管轄財務局に提出することとなっています(金商法第4条第6項、企業内容等の開示に関する内閣府令(以下「開示府令」といいます)第4条第1項)。また、1千万円以下の募集については、有価証券通知書の提出も不要とされています(開示府令第4条第5項)。概要は以下の東海財務局のWEBサイトの説明をご参照ください。(出典)https://lfb.mof.go.jp/tokai/kigyou/tsuchisyo/gaiyou.htm3DPOと株式投資型クラウドファンディングの違いDPOは発行会社自らが株式等の投資勧誘を行うものです。これに対して株式投資型クラウドファンディング(以下「ECF」といいます。)は、金融商品取引業者(以下「金商業者」といいます。)が発行会社に代わり、WEBサイト上で投資家顧客に対して投資勧誘を行って新規発行有価証券の取得申込を仲介します。新規発行有価証券の取得を仲介する行為は「募集取扱」として金融商品取引業に該当します(金商法第2条第8項第9号)。金融商品取引業を行うには、先に述べた「業規制」として、金融商品取引業者として登録が義務付けられています。DPOにおいてCFSPが行っているのは自己募集の手続きに関するコンサルティング業務で、投資勧誘すなわち有価証券の取得申込の仲介行為は行いません。業務委託契約においてもCFSPは金融商品取引業に該当する業務は一切行わないことが明示されているところです。ECFでは金商業者が発行会社とはこれまで関わりのなかった投資家から資金調達をしますが、DPOでは発行会社が周囲から資金調達する仕組みです。DPO指導を行うCFSPは外部の投資家から資金を集めることはしないので注意が必要です。なおECFでは、投資者一人あたりの投資金額の上限は原則として1社につき50万円に制限されています。また金融商品取引業者に対する「行為規制」として、発行会社に対する審査や投資家に対する契約締結前交付書面における説明義務など様々な規制下で行われるものです。金商法の規制は既述の通り投資者保護を目的としたものです。金融商品取引業者が関わるECFはDPOと比較すると投資者に対する保護が手厚いと言えましょう。なおECFとDPOの違いについては後編のDPOのメリットとデメリットでも説明いたします。4CFSPが指導するDPOの概要CFSPでは、1億円未満の株式等の募集をDPOとして指導しています。株式発行による資金調達というと、一般には財務リターンを目的として投資をする「投資家」から資金調達をすると考えがちです。しかし投資家にとっては、証券取引所の上場銘柄だけでも4,000銘柄。投資信託、外貨預金、投資用不動産など、期待収益、安全性、流動性の観点から多数の魅力ある投資商品の選択肢がある中で、特定の非上場の中小企業の株式を投資対象に選んでいただける可能性は必ずしも高くはありません。そこで考えるべきは株式会社の原点です。会社法あるいは旧商法の定める株式会社の本質は「株主の共同事業」。本来の株主の目的は、配当等の金融リターンではなく、定款に書かれている会社の目的そのもの。DPOでは株式会社の原点として、金融商品としての株式投資に関心をもつ人よりも、知人・友人・取引先等、創業者や会社、事業に関心を持つ層に向けて、株主(あるいは潜在株主)となることに関心があるかどうかを問う需要調査を行います。需要調査で関心ありと回答した方に、正式な申込書類をお送りして申込みいただき、株主になっていただくことを通じて資金を調達する方法です。米国ではこのような身近な方からの調達はFriendsandFamilyFinanceとも呼ばれています。かつて日本では渋沢栄一が同様の指導を行っていました。CFSPの行うDPO指導では、有価証券の中でも特に、優先株式、J-KISS型新株予約権、CB等のスキームによる一連の手続き支援を行っています。資本政策として調達後の議決権比率の策定を行うとともに、資本政策を具現化する種類株式や新株予約権の内容と発行価額等の条件設計、財務局に提出する有価証券通知書とその添付書類は勿論のこと、需要調査の手法の指導と発行要項の作成、取得申込勧誘資料となる目論見書(新株式発行概要書)の作成、株主総会議事録及び取締役会議事録(または取締役決定書)のほか、需要調査レター案や回答フォーム、株式申込証の電子フォーム、など、DPO資金調達に必要なツール及びドキュメントを全てサポートしています。4DPOの手続きと日程以下はDPOの標準的な手続き日程を図示したものです。準備開始から最短1ヵ月で最大1億円弱の資金調達が可能です。第1週では、財務内容を把握した上、今後の事業計画をヒアリング。資本政策の策定を中心に、株式として募集する場合には株式の種類及びその内容と条件、J-KISS型新株予約権で行う場合にはその内容の設計を行います。ここで株主等を募集するために、会社や事業の特徴とその未来への可能性に魅力を感じられるビジネスプランが用意されていれることが早期に準備を開始できる条件です。ビジネスプランは数値計画よりも事業成長のシナリオが重要です。具体性あるシナリオで事業としての魅力と共感度が高いほど周囲の方から関心を寄せていただけます。ビジネスプランの魅力が不十分な場合は、まずはそのブラッシュアップから始める必要があります。続いて重要となるのが、需要調査先のリストアップです。需要調査においては、50万円~2,000万円の選択肢で株主として出資することへの関心及び出資可能金額をヒアリングします。筆者の過去25年、100件超の経験則では、DPO需要調査におけるポジティブな反応率は平均3%。回答金額の平均値は100万円となります。需要調査先が100名程度以下の場合、ほとんど調達はできませんが、調査先が1,000名程度に広がれば、平均30名から関心ありの回答が得られ、投資可能額の合計は3千万円程度となります。ただ実際にはその半分程度が出資しないことも経験則上明らかで、1,000名に対する需要調査を行うDPOでの資金調達額の平均値は1,500万円となります。そこでCFSPでは、需要調査先を1,000名程度以上リストアップいただけることを前提として、DPO指導を行っています。需要調査先が不足している場合には、準備に先立って需要調査先を増やす指導を行います。これはすなわち会社や創業者の「ファン」を増やすアプローチです。そのためにはSNSでの積極的な発信や、経営者交流会等への参加による名刺交換などで、需要調査を行う対象者を増やす努力をしていただきます。この需要調査は確率論であり、母集団を増やせば、それと比例してポジティブな回答数も増加します。ビジネスプランと調査先リストについて、問題ないと判断された場合には、いよいよ第2週は株式の発行手続きです。財務局に提出する有価証券通知書とその添付書類の準備をします。DPOでは需要調査そのものが募集行為であると考え、需要調査の開始日の前日までに財務局に到着するよう有価証券通知書を宅配便等で送付します。有価証券通知書には募集事項などを記載するとともに、添付書類として定款及び株式等の発行決議の株主総会又は取締役会等の議事録、そして目論見書として使用する「新株式発行概要書」を作成します。株主が親族だけの場合には、株主総会は書面のみで簡単にできますが、外部株主がいる場合には招集通知を発送して実際に株主総会を開催する必要があります。これらの前提として株式の種類や発行条件を設計します。CFSPでは発行する株式について残余財産分配優先権付の優先株式を標準としていますが、会社の環境と株主還元策によっては剰余金配当優先権付の優先株式の発行も検討します。上場を準備するスタートアップ向けには、次回のラウンドの株価に連動した転換価格で株式を取得できる権利を有償新株予約権(J-KISS型新株予約権)として募集することもあります。新たな種類株式を設計する場合は、定款の変更が必要です。株主総会の議案として、募集株式の発行議案の前に定款の変更議案を加えます。以下は、残余財産分配優先権及び剰余金配当優先権を付した優先株式の発行に際して、新株式発行概要書の第一部【証券情報】の【募集要項】における1【新規発行株式】の記載事例です。第3週の需要調査については、e-mailやSNSを活用して幅広く知人・友人等にメッセージを送ります。メッセージにはパワーポイントで10ページ程度の要約版のビジネスプランを添付することをお勧めしています。メール本文には需要調査回答フォームをリンクします。CFSPで標準の需要調査回答フォームを用意してあります。メッセージは需要調査の初日と最終日の前々日の2回、お送りしていただいています。2回目の送付では、需要調査を2日後に締め切る旨を記載します。第4週では、需要調査で「関心あり」と出資可能金額を指定した上で回答いただいた方を対象に正式な株式申込書類をメール添付で送付します。申込書類とは以下の書類です。申込手続きの概要新株式発行概要書(「定款」を添付)株式の種類と内容(種類株式である場合)株主間合意書メール本文には、株式申込証の電子フォームのリンクを張り、電磁的な申込を受け付けます。最低申込単位は50万円として申込を受け付けます。以下は発行価額を9,900万円とした場合の新株式発行概要書の募集要項の2【株式募集の方法及び条件】(2)【募集の条件】の記載事例です。第5週は、正式申込後の事後手続きです。申込期日と払込期日は中1日以上の間隔を空けます。払込期日の前日までに割当決議と割当通知を行わなければならないからです。また割当決議については、取締役会設置会社は取締役会、非設置会社は株主総会で決議することと会社法に定められています。ただし定款で定めておけば、取締役会非設置会社であっても取締役決定により割当先及び割当株式数の決定が可能(会社法第204条第2項)です。上記の【募集の条件】に記載の通り、申込株式数が発行決議における発行株式数に達しない場合、申込株式数をもって発行株式数とします。申込株式数が発行株式数を上回った場合には、発行会社が割当先及び割当株式数を決定します。後者の場合、具体的には申込みいただいた方と個別に協議して調整いただくことのほか、予め先着順や抽選の方法を定めておくこともできます。最後の払込については、法的には払込期日までに払込みをしていただければ有効ですが、DPOにおいては、払込金額と同額の申込証拠金を添えて申込みをいただく手続きを標準としています。申込期日において着金している申込みを有効な申込みとして取り扱います。申込株式数が発行株式数を上回る等で割当を行わない方には、返金を行うこととなります。以上、本稿前編では、DPOの概要と手続きについて解説して参りました。後編では、DPOで調達を行った具体的事例のご紹介をするとともに、DPOによる資金調達のメリットとデメリット等について検討して参ります。(つづく)提供:税経システム研究所
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2025/01/28 企業経営
中小企業のM&Aと企業価値評価(第15回)
【サマリー】引き続き我が国の中小企業におけるM&Aと企業価値評価の実務について解説します。前回までは売り手サイドと買い手サイドとの「交渉」について説明しました。本稿では売り手サイドと買い手サイドとの交渉後に実施する「基本合意の締結」について説明します。本稿では下記図表1の8.について説明します。【図表1M&Aの基本的な流れ】1.基本合意書の必要性前稿で説明した売り手サイドと買い手サイドがM&Aの条件を「交渉」した結果、譲渡価格やその他の主要条件などについて合意した場合、その内容を文書化した「基本合意書」を締結することになります。基本合意書は一般的には法的拘束力がないものと解されていますが、以下の理由から基本合意書を締結することが有用といえます。①重要な条件の合意形成当事者双方が譲渡価格など重要な条件を先に合意しておくことで、今後のM&Aに関する手続を円滑に進められることが期待できます。また合意内容を文書化することによって認識の相違を防止することにもなります。②クロージングに向けての心理的な抑止力効果クロージングに向かう交渉プロセスの終盤に至って、当事者(売り手もしくは買い手)の相手方が安易に当該取引交渉からの離脱を防ぐという心理的な抑止力効果も期待できます。買い手サイドとしては、他の買い手希望者との競合を防止するという意味において独占交渉権の付与を強く要求することになります。一方、売り手サイドとしては独占交渉権の付与と引き換えに譲渡価額を引き上げることも選択肢として考えられます。その後買い手サイドで実施されるデュー・デリジェンスにおいて、売り手サイドは譲渡価額の引き下げを要求される可能性があるために、ここである程度の譲渡価額の引き上げを要求することは交渉戦術として有効と考えます。2.基本合意書へ織り込むべき事項基本合意書は当事者間同士で合意すれば、どのような内容を織り込むのかは自由です。しかし法的拘束力がないとはいえ、M&Aの前半戦を総括する意味もありますので、以下の事項については文書化しておくべきでしょう。①買収スキームと買収価額買収スキームは株式譲渡の他、事業譲渡や会社分割などがありますが、本稿では株式譲渡を前提とします。株式譲渡の場合、買い手サイドは100%取得を目指す場合が多いと思われますが、ターゲット企業に少数株主が存在する場合には譲渡に応じない場合も想定されますので、「売り手サイドはターゲット企業の他の株主(少数株主)の同意を取り付ける」などの記載を行う場合もあります。また譲渡価額については一番重要な合意事項となりますが、前述したとおり買い手サイドのデュー・デリジェンスなどによる譲渡価額の変更(減額)交渉も考えられるために、「株式価値に重大な影響を及ぼし得る重要な事実が発見された場合には、双方別途協議を行うものとする」という記載を入れるのが一般的です。②役員の進退、従業員の引継ぎと雇用条件売り手サイドのオーナーが当該株式の売却をもって引退することが想定される場合、オーナーの退職金をいくらにするかという論点が発生します。また、売り手サイドのオーナーや他の役員の存在がターゲット企業の将来の業績や職員の士気に重要な影響を与えている場合には、M&A成立後の当該オーナーや他の役員の処遇もこの段階である程度合意しておく必要があります。ターゲット企業の従業員の引継ぎや雇用条件も譲渡価額に匹敵する重要な論点となります。一般的には買い手サイドでは一定期間は職員全員の雇用で現状の売り手サイドの雇用条件を引き継ぐことが多いと思われます。しかし、買い手サイドとしてはターゲット企業の不採算部門などの整理をM&A成立前に実施してもらいたいというのが本音と思われますので、このあたりの妥協点をどう見出すかは基本合意前の交渉によるものと考えます。➂クロージングの前提条件買い手サイドにとってM&A成立に必要な前提条件として、例えば重要な許認可や重要な契約の更新、不採算部門のリストラ、その他買い手サイドがM&Aを成功裏に成就させるために必要な前提条件を満たされない場合には、本合意書を解除できる旨の記載を織り込むことができれば良いでしょう。④予定クロージング日基本合意書が締結されてから実際の株式譲渡が実施されるクロージング日まで、実務上は3~4か月、遅くとも6か月以内が多いものと思われます。今後の状況によっては前後する可能性はありますが、努力目標として予定クロージング日を記載するのが一般的です。➄デュー・デリジェンスに関する事項基本合意書の締結後、買い手サイドはデュー・デリジェンス(買収監査)を実施することになります(デュー・デリジェンスの詳細については次回説明予定です)。ここでの記載は、売り手サイドが買い手サイドのデュー・デリジェンスに対して誠実に協力するという内容になります。売り手サイドでは実務上の負担が多くなりますが、合理的な範囲での協力は必要となります。⑥独占交渉権に関する事項前述の通り、買い手サイドは、他の買い手希望者との競合を防止するという意味において独占交渉権の付与を強く要求することになるため、買い手サイドとしては基本合意書に独占交渉権に関する事項を記載することが必要となります。具体的には、本合意書の有効期間中に売り手サイドが保有するターゲット企業の株式を他の第三者に譲渡すること、または譲渡に関する交渉を禁止する、ターゲット企業の第三者割当増資などの資本政策を禁止する、などが記載されます。➆秘密保持に関する事項売り手サイドと買い手サイドとの間では、M&A交渉フェーズの前に「秘密保持契約」を締結するのが一般的ですが、ここではデュー・デリジェンスを実施する専門家(弁護士・公認会計士等)以外の第三者への情報開示を禁止するなど、秘密保持の対象範囲を再定義することが主目的となります。⑧その他の義務買い手サイドがM&Aの手続の期間で一番恐れることは、ターゲット企業の企業価値が損なわれることです。例えば、重要な資産の売却や処分、減資、重要な顧客との取引条件の変更、既存株主(すなわち売り手サイド)への多額の配当実施などが考えられます。仮に売り手サイドやターゲット企業がこれらを実行しようとした場合には、買い手サイドの承認を得るなどを合意書に織り込んでおけば、買い手サイドにとって一定のけん制効果となります。提供:税経システム研究所
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2024/12/26 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(205)
1.はじめに採用市場においては長らく売り手市場が続いています。2025年3月卒業予定の大学生・大学院生の就職内定率(2024年10月中旬時点)は90.5%(前年同時期比で4.5ポイント増)となっており、中堅・中小企業においては、新卒の採用予定数が充足できていない企業も数多く出ています。(株式会社マイナビ調べ)新卒、中途を問わず、採用活動における選考プロセスとして、ほぼ全ての企業が「面接」を行っているものと思います。採用面接の主な目的は、応募者が自社の求める人物像にマッチしているか、入社後に活躍できる人材かを評価し見極めることです。業務に必要な能力やスキルを備えているか、入社意欲はどうか、応募者が持つ価値観が自社の価値観や社内文化と大きく乖離していないかなど、応募書類だけでは判断できないことを、限られた時間の中で質問を通じてつかんでいくものであると同時に、応募者側も自分がイメージしていた職務内容や職場の雰囲気などをリアルにつかむ場でもあります。その意味では、企業側、志望者側ともに非常に重要なプロセスなのですが、実は「聞いてはいけない質問」を面接担当がなにげなく問いかけてしまっているケースが見られます。そこで今回は面接において聞いてはいけない不適切な質問や行ってはいけない不適切な行為について考えてみたいと思います。2.公正な採用選考を行うために採用選考を行う際の大前提として、就職差別につながる恐れがある事項により選考を行ってはならないことは、多くの方が認識しているものと思います。厚生労働省では、公正な採用選考の基本として「応募者に広く門戸を開くこと」「応募者の適性・能力に基づいた採用基準とすること」を基本的事項として企業に求めています。そんなこと国に言われなくてもわかっているよ……と感じる方が大半かと思うのですが、面接の場で、不適切質問であることを自覚せずに質問してしまうことや、応募者の緊張をほぐす意味で、軽い調子で不適切質問をしてしまうケースもあるようです。では、どのような質問が不適切とされるのでしょうか。1.応募者自身に責任のない事項例えば、本人や家族の出自、現在の住環境(持ち家か賃貸かなど)、家庭環境(兄弟の有無など)や家族の健康状態といった事項は、応募者本人ではどうにもできない内容であるとともに、主観や偏見に基づいて差別につながる恐れがあるものとされます。2.応募者本人の自由であるべき事項信仰や宗教に関することや、支持している政党、購読している新聞雑誌、愛読書に関することは内心の自由として憲法で保障されています。また、尊敬する人物に関する質問は、以前は質問項目として頻出でしたが、現在では、応募者の思想を探ることにつながるため不適切とされます。3.男女雇用機会均等法に抵触する可能性がある事項結婚・出産に関する事項や交際中の異性の有無などを質問することは不適切とされています。また容姿(体型・髪型・メイクなど)に関する質問、雇用機会均等法だけではなく、セクハラの観点からも不適切とされます。また、面接時の質問内容だけでなく、選考過程で企業が応募者に求める次のような行為も公正な採用選考の面では不適切とされています。身元調査の実施最寄駅から自宅までの略図・見取図を求める戸籍謄本・住民票(写し)の提出適性を判断する以外の目的での健康診断受診時に、就業規則に住民票(写し)の提出を求める旨を規定しているケースが散見されますが、住民票(写し)には個人の生育歴や本籍が記載されているためこの取得は避け、従業員の住所・氏名・生年月日、また事案によって扶養家族の確認などする必要がある場合には、これら項目の中から必要事項のみについて市町村長の発行する「住民票記載事項証明書」の本人からの提出により確認する流れの規定化など適切に対応してください。こうした扱いの必要性は採用後においても同様となります。では、仮に採用面接で上記のような質問をした場合、企業にはどのような影響が発生するのでしょうか。3.不適切とされる質問をしてしまった場合の企業への影響は?一昔前であれば、不適切な質問や不快な質問を受けても、よほどのことがない限り応募者側は、自身の採用への悪影響を考えて事を荒立てなかったかもしれません。しかし、昨今の採用市場は、新卒・中途ともにいわゆる売り手市場が続いており、採用側の企業と応募者側を比べると、現状は応募者側に有利な状況にあると言えます。さらに、就職活動においてはネットやSNSの利用が不可欠の時代です。このような環境でどのようなことが起こるのか考えてみましょう。1.職業安定法に抵触する恐れ職業安定法において「求職者等の個人情報を収集・保管・使用するにあたっては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で行わなければならない」(要旨)(職業安定法第5条の5)と定められています。不適切な質問を受けたことを、応募者がハローワークや労働局に申告した場合、厚生労働大臣から改善命令を受けたり、悪質な場合は罰則を課せられたりする可能性があります。2.就活サイト・転職サイトで情報が拡散される恐れ応募者の大半が就活サイトや転職サイトを利用しているご時世です。企業の良い情報も悪い情報もそのようなサイトで利用者間に共有されていると考えるのが自然なことでしょう。ネットの情報は拡散力が非常に大きいので、コンプライアンス意識が希薄な企業、ハラスメント気質がある企業と利用者間でひとたび認識されてしまえば、応募者の母数だけでなく、応募者候補を集めるための母集団形成にも多大な悪影響が出ることは必至です。採用への応募動機は事業内容への興味共感はもちろんですが、企業イメージも応募動機において重要な要素であるものと考えます。採用という入口の段階で大きなイメージダウンになるようなことは避けたいものですが、そのためには面接する企業側はどのような対応をすべきなのでしょうか。4.面接担当のスキルアップも面接担当者の役割は、応募者と質疑応答するだけでなく、先述の通り、応募者の回答や面接時の立ち居振る舞いなどを総合的に観察して自社に相応しい人材かどうかを見極めることにあります。したがって、自身が持つ先入観などはできる限り排除して採否の評価に影響を与えないようにすることが求められるわけですが、不適切な質問や行為は偏見や差別による不公正な採用選考の下地となり、客観的な判断をしていれば、自社で採用となり活躍してくれるはずだった人材を見過ごしてしまうことにもつながります。その意味では、通り一遍の質問をし、その回答に対する印象だけで判断するのではなく、面接担当者も自社の採用基準に忠実かつ客観的な判断で、応募者の採否を判断するスキルを高めていくことが求められます。応募者とのコミュニケーションスキルはもとより、面接の際の自身の態度(特に話を聞く局面でのうなずきやアイコンタクトなど)、相手に敬意や尊重を示す言葉遣いなどの基本的な対人スキルも高めていくように努めていきましょう。提供:税経システム研究所
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2024/12/25 企業経営
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか(第3回)
【サマリー】企業は急速に四方八方コスト高に見舞われています。これに適応して存続を確保していくためには、企業のぜい肉をそぎ落とし一層の筋肉質化を図ることが必要です。その方法についてご紹介します。解散総選挙を経て、政権の不安定化も相まって益々混沌とし、先行きが不透明になっている感があります。トレンドとして変わらないのは、「国民負担公的コストの増大」「経済成長見通しの暗さ」です。経済対策としての財政出動(国債の発行)を実施しないため当面経済成長は見込めないと考えられます。つまり売上が上がらないのに公的コスト(金利含め)、人件費コスト、材料コスト等コストは上がっていくということで、もう一段階レベルアップした支出縮小が必要だということです。議論の余地なく上昇するコストに対しては、企業側でコントロール可能なコストをさげることで対処する以外に方法はありません。前稿では、石油原材料・電気料金について述べましたが、今回は総合的な発想の転換について事例を通して述べたいと思います。(1)存続確保に絞った施策を打ち出す企業は「存続」を確保しながら「成長」を目指しますが、多くの企業では、直面する経営課題とは直接関係なく「売上を伸ばす」施策を打っています。売上を伸ばそうとするとそれに関連する費用がアップしますが、「その費用に見合った売上の伸びを得られない」と言うのが不景気ということです。たとえ売上が下がったとしても、それより存続能力を強化することがスタグフレーションに突入している昨今の環境適応方針ではないでしょうか。それでは「存続能力を強化する」施策とはどんなものでしょうか?企業が破綻するのは自然人の死亡と違って直接原因は単純です。「支払資金がなくなった」時に企業破綻が起こります。赤字でも、売り上げが下がっていても、支払資金がなくならない限り企業は存続します。企業が自社の「存続能力」を把握し強化するための具体的方法をご紹介していきます。(2)損益ではなく事業利回りに注目する「利回り」という言葉は一般の経営現場ではなぜか全く聞かれません。「投資(金融商品や不動産など)」の現場では頻繁に出てきます。会社の決算を大きな視点で見てみますと「事業は経費を支払って利益を得ている」ことがわかります。無駄な経費が多いと利益率は落ちたり赤字化したりします。つまり、「事業は、一定期間の経費を投資して利回りを稼いでいる」と言えます。その経費には「非現金科目(減価償却費など)」も含まれているので、それを除外し、「支出しているのに経費に乗らない費目(借入返済元本など)」を加えて、「実質の投資額」を算出します。また実際の「手取り」としての「儲け」を計算して、投資額に対する実質利回りの割合を計算することで事業利回りを知ることができます。事業をしていて事業利回りに関心が薄いということはにわかに理解できません。利回りがマイナスでも損益計算書では利益が出て税金を払っていると言うことも普通に発生します。損益計算書で利益が出ていると「自社は儲かっている=利回りプラス」と早合点して通常運転で売上を伸ばす施策に没頭します。そうやって真面目に仕事をしているのにどんどん借入が増えて、返済が比例して増加し、資金繰りを圧迫していくのです。資金繰りが苦しいのは「ビジネスモデルが元々運転資本ニーズが多いもの」である以外に、このような理由が原因になっている場合が多いです。経営者が決算会計を見ているだけでよかった時代が長く、昨今のような経済成長しない(=売上が上がらない)時代ではなかったことでこのような習慣ができました。損益を見て、会計利益が出ていれば「儲かっている」「利益率=利回り」というように混同されて、それが当たり前のようになってきたのです。これがいかに危険なことかは私が言うまでもありません。事業は投資と違って流動的です。昨今は経営環境変化が早く変化が激しいことが特徴と言われてきました。そこで利回りを月次でモニターしますと、あることにすぐに気づきます。毎月モニターして12ヶ月全て利回りがプラスですと、企業の破綻確率はゼロだということです。つまり、資金繰りが無理なく回ることを意味しています。ただし、1年で計算すると十分な利回りを上げている企業でも、ほとんどの場合「6か月(=50%)」は月次利回りがマイナスなのです。1年でおしなべると利回り十分でも内容は薄氷と感じるわけです。6か月のプラス合計に対して同期間6か月のマイナス合計が下回っているだけなので、逆転すればたちまち年間利回りがマイナスになります。この「利回りマイナス」は資金繰り上どう影響するのでしょうか?1)現預金を加えて支払いを行う2)何らかの資産を現金化して支払いを行う3)外部から借り入れなどの資金調達をして支払いを行うということを意味します。そして利回りマイナスの規模を上記3施策で吸収できなければ支払いが履行できずに、事業は破綻するということになるわけです。(3)事業利回りをプラス安定させる施策まずは、準備です。自社の利回りを計算しましょう。12ヶ月の月次利回りを計算しましょう。→自社が存続能力においてどのようなポジションにいるかが明確になります。次に、まず第一に「固定費」の規模縮小に取り組みましょう。「これまで十分やってきた」という自負は横において感情を交えずゼロベースから考えを進めてみてください。【事例】売上規模50億企業従業員30名商社現在進行形の企業事例をご紹介します。当該企業は元々運転資本ニーズが多額に発生するビジネスモデルでした。このところあらゆるコストがアップし利回りが通年でマイナスに転じました。決算書は十分に正常な判定を受ける内容でしたが、資金繰りに支障が出始めたことで相談がありました。抜本的に順序だてて考えを進めていきましたところ、売上のほとんどすべてが東京本社の特定の営業担当者(社長、役員)の活動であがっているといういびつな状態が浮かびあがりました。事務間接部門も肥大化し、仕事の質量ともに十分とは言えませんでした。私の計算では「人員規模3分の1でも売上は変わらない」という結論でした。海外営業拠点、国内地方営業拠点と所属従業員は事業生産性に直接関係しない間接部門と同じ状況にありました。つまり海外営業拠点と国内地方営業拠点を廃止しても売上は変わらないことが明らかでした。ここで、海外営業拠点と国内地方営業拠点の営業生産性を高めるように「テコ入れ」をするという方針選択肢もあるでしょう。しかし現在の経済環境では「廃止」する選択肢が常識的です。この企業はなぜこんな無駄なことをしていたのだろうかと思われるかもしれませんが、「売上至上主義」が主流の企業社会では珍しい事ではありません。売上をもっと上げていくために営業拠点を出すわけですし、そこに発破をかけてテコ入れを継続的に行うわけです。このような性質の問題は多くの企業に内在しています。当該企業では、撤退方針はすぐに決まったものの、実施を推進できる人がおらず、迷走しています。経営者は簡単に人を切るわけにはいかないと考えており(素晴らしいことです)、実際の計画書がなかなかまとまりません。ともすれば撤退ではなく規模縮小に傾いていきます。ここは、経営者がまず「撤退する」と決めて、そのための最善策を考えなければなりません。これが進めば次に事務間接部門の人員の適正化となります。このように固定費に照準を当てて筋肉質に再構築します。固定費規模を縮小する影響は実質的に大きく、損益分岐点が下がる作用は直接的な支出規模の縮小に加えて経営努力を楽にします。支出項目全体を見る視点では、規模の大きなものから無駄を排除していきます。企業の支出項目は3から4項目のみ規模が大きく、その他多数はさほど規模が大きくない支出項目になります。大きなものは「仕入れ」「人件費」「借入返済(元本)」と業種によって「賃借料」「荷造運賃」が続きます。まずはこれらに手を入れます。それぞれ手の入れ方を雑にしますと経営の基盤が揺るぎますので、丁寧で理にかなった方法を考えて実行する必要があります。(4)施策の打ち方最初に考えることは「やめられないか」です。今日の経済状況では、なるべく多くの物事についてやめる決断をする必要があります。やめられない場合「代替」となります。代替えはITや機械化と外注という方法があります。1)「仕入れ」変動費の代表格の支出項目です。棚卸をして不良在庫を処分するマンパワーがあれば結構ですが、そんな企業は限られています。企業の倉庫には感覚よりもよほど多い不良在庫がたまっていて空間を占有しています。不良在庫を処分したら小規模な倉庫に移転できたという例は枚挙にいとまがありません。財務会計的には在庫処分をすることで在庫金額が減ると赤字化圧力がかかりますが、今は損益優先ではなく存続能力強化優先です。仕入発注のルールにテコ入れをします。購買部門は担当者の属人能力依存が目に余る職種です。それゆえに業者との癒着等の問題が多発すると言うことです。一般的な購買担当者の発注は、倉庫の在庫数量によって決まります。在庫が減ってきたら発注するということです。この状態を許していると、仕入は変動費ではなくなります。つまり売上の上下動と関係なく、在庫の状況によって発注が発生するということです。売上が下降しつつある企業では、このような伝統的な発注方法では瞬く間に資金繰りがひっ迫します。つまり売上の上下動に比例した仕入予算の調整管理体制を敷いて発注をコントロールしなければなりません。固定費規模が下がって、大型変動費を売上の上下動に比例させてコントロールできればそう簡単に資金繰りはひっ迫しません。2)「人件費」私がよく使う方法は3つあります。①人員数を適正化する②社会保険料をさげて従業員の手取りを増やす③選択制確定供出年金制度を導入する。人員数の適正化人員数の削減は、社歴の長い企業では慎重になる必要があります。つまり退職者が一時期に集中すると退職金支払い資金が足りなくなるためです。そのために借入を起こすことはしたくありません。返済原資をどうやって捻出するかの根拠がないためです。ある段階で社内規定の全体見直し行って、退職金規定も見直しを行う準備が整ってからの実施になります。大規模企業では、「早期退職の募集」といった手を使われているのをよく耳にしますが、それは私は用いません。なぜなら「継続して勤務して欲しい人」から先に辞めるためです。彼らは行き先の選択に困りません。残ってくれる人はいうなれば他に行き先がないかもしれない不安を抱えている人です。このような人員数の適正化は、事業・業務のクオリティが急落するリスクがあるため採用しません。一番平和的なのは拠点の撤退による人員削減です。これですと会社都合退職となるため失業保険を翌月から受給できます。社会保険料の適正化社会保険料がどんどんアップされています。半額負担の企業だけでなく、従業員の手取りがどんどん削られています。そこで社会保険料の算定テーブルに従業員各位の給与を当てはめますと、金額範囲の下限近くに位置する人が半数程度あきらかになります。例えば給与を月次100円下げることで、社会保険料の等級が下がって手取りが1200円増えるといった事例が発生します。それを全社で丹念に行うことで、給与が減額され、社会保険料の会社負担も従業員と同額軽減され、従業員から喜んでもらえます。給与制度を改定する際には社会保険料の課金に沿うように合理的な設定をするように修正します。選択制確定拠出年金制度の導入元々の厚生年金制度は「確定給付年金」というものです。その限界が見えていることから行政は「確定拠出年金制度」を作りました。個人では、IDECOと呼ばれるものです。残念ながら確定拠出年金は使い勝手が悪く企業にも個人にもメリットがわかりにくいためさほど浸透している状況ではありません。確定拠出年金は「個人型」「企業型」の2つがありますとされていますが、「選択制確定拠出年金」という第三の制度があります。とても使いやすく企業側に金銭的メリットがはっきりしています。年金制度をこれに切り替えることで企業側は人件費の負担軽減を図ることができます。3)借入返済の元本借入返済の元本金額規模を削減する方法としては、「リスケ=返済猶予」が多く用いられます。私は「リスケ」は用いません。デメリットが大きいためです。最も大きなデメリットは、「リスケ」を実施した後、「新しい借入はできなくなる」ということです。それはどちらの金融機関に行ってもリスケをしていると融資取引を断られます。返済を正常に戻しても半年から1年程度は正常な融資取引に戻ることができません。つまりリスケ機関とその後のみそぎ期間は自己勘定で資金繰りをすることになります。そうであればリスケする前に資金構造を改革してリスケを不要にすべきだと私は考えるのです。「リスケ」以外の借入返済の元本を軽減する方法をお薦めします。■「借入をする際に、融資期間を長く取る交渉をする。」借入の際に多くの経営者は金利交渉をされます。ただ、金利は損金計上できます。固定費と同じように支払っているのに損金に落とせない「元本」は黒字企業の場合返済元本は益金とみなされて課税されているということに気づいて欲しいのです。資金調達コストは金利だけではなく隠れた大規模なコストは法人税だということです。そこで融資期間5年を10年にできれば、返済元本は半額にできるということです。融資期間が長ければ長いほど金融機関の金利収入は増えるのですが、長い融資期間で融資するというのは金融機関から見たとき、その企業が存続能力が高いという判断をしているかどうかにかかります。また、返済中の融資も、新しい融資で「借り換え」することができます。その際に融資期間を延ばす交渉を強力に進めます。複数の返済期間中の融資を「一本化」して金利の軽減交渉と返済期間を延ばす交渉をします。この施策は企業経営がかなり悪化してからでは使えません。早いうちに来たるべき状況を想定して手を打つということです。最近、貸出金利が一律0.15%上がりました。金利が安い条件で借入れている融資を金利があがっても長期に借り換えするのかどうかは迷うものですが、存続能力強化策としては損益分岐点を下げる固定費支出である元本の金額規模縮小策を遂行することをおすすめしています。(5)まとめ経営環境が逆風の時期は、企業の存続能力を高めることに注力する時期です。その時に筋肉質にしておくことで、順風期に旧倍の成長を実現できると言うことになります。バブル崩壊期以降、失われた30年と言われています。その間小幅の順風はありましたが、概ねコスト削減疲れの風潮があり、「もうできる限りのことを実施したので、あとは売上をどう上げて行くかだ」と、順風環境で取るべき方針にはまり込んでしまう企業が目立ちます。逆風で売上規模拡大方針を掲げるのはいかにも合理的とは言えません。これまで表面上の支出規模縮小(節約活動)に取り組んでこられた企業は、構造的で論理的な手順を踏んで、筋肉質企業改革に取り組まれる良い機会と思っています。提供:税経システム研究所
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2024/12/24 企業経営
事例で学ぶ~資本調達に成功する資本政策の読み方・作り方
【サマリー】2024年7月に東京証券取引所グロース市場に上場した株式会社タイミーの資本政策を、公表されている有価証券届出書等により分析して研究する。タイミーは、シードラウンドからシリーズCまでの普通株式及び優先株式による第三者割当増資で上場までに合わせて70億円を調達。シリーズCの時価総額は300億円。上場時は1,500億円を超えるユニコーン上場。上場時には、募集は実施せず、売出のみを実施。1はじめに今回は、2024年7月に東証グロースに上場した株式会社タイミーの資本政策の研究です。タイミーの主力事業は、企業と働き手(ワーカー)をマッチングするパート・アルバイトの人材マッチングアプリ「タイミー」の提供です。ワーカーは、好きな時間、好きな場所、好きな職種で最短1時間から働くことができ、勤務条件の自由度が高いのが「タイミー」の特徴です。ワーカーは自分の空いた時間(スキマ時間)を活用して働く機会を得ることができるとともに、企業は様々なスキルをもつワーカーのスキマ時間の雇用により人材不足を補うことができます。ワーカーに対する支払いはタイミーが立替払いをしており、勤務に応じた報酬の支払をいつでも受けることができるのが、ワーカーにとっては大きな利点となっています。このように企業とワーカーの双方にとっての利点が支持され、登録ワーカー数は8百万人、登録事業所数は25万拠点にのぼっています。タイミーは、創業社長の小川嶺氏が2017年8月に設立。1年後の2018年8月には、特許技術である時間のマッチングシステムを利用したスキマ時間のマッチングサービス「タイミー」の提供を開始しています。2018年12月には、所謂シードラウンドとしてエン・ジャパン及びサイバーエージェント等を引受先として普通株式による第三者割当増資で3億円を調達。2019年10月には、A種優先株式を発行する第三者割当増資を実施して20億円を調達しています。さらに2020年9月にはB種優先株式の発行で6億7千万円、2021年9月にはC種優先株式で40億円の調達を行っており、資本調達は総額で約70億円にのぼっています。A種優先株式を引き受けたのは、ジャフコを中心とするVCと、MIXIなど事業会社。B種優先株式にはMIXIが追加の引受に応じたほか、C種優先株式には海外機関投資家のKeyrockCapitalほか多くのVCが参加しています。増資後のポストバリューによる企業価値は、シードラウンドで17億円、A種優先株式発行後(シリーズA)で76億円と日本のスタートアップとしては、極めて高い株価水準での調達が行われています。バリュエーションはB種優先株式発行後(シリーズB)では110億円、C種優先株式発行後(シリーズC)で300億円に上昇。順調にクライアントとワーカー数を拡大していく実績を背景に、さらなる成長への期待により、所謂ユニコーン上場を前提とした企業価値でファイナンスが行われました。2024年の上場時の時価総額は売出価格ベースで1,580億円となり、期待通りの結果となっています。2第三者割当増資の状況以下は、タイミーの有価証券届出書第二部【企業情報】、第4【提出会社の状況】1【株式等の状況】(3)資本金の推移の表です。上記のようにタイミーでは、以前ご紹介したカウリスと同様、優先株式による増資を行っています。残余財産の分配にあたり優先分配権をもつ優先株式で、普通株主に優先して、投資金額と同額の分配を受けることができることが定款に定められています。日本の証券取引所では、新規上場に際して原則として種類株式の上場を認めていないことから、優先株式を1:1で普通株式へ転換する条件(取得請求権及び取得条項)が付されています。具体的には優先株主はいつでも普通株式を対価として取得請求ができるほか、取締役会で上場申請が決議されることを条件に全ての普通株式を対価として強制的に取得する条項が付されています。実際に上記の注12に示されている通り、上場の5カ月前の2024年2月に、取得条項に基づいて優先株式は全て普通株式に転換されています。なお、残余財産について優先分配権のある優先株式については、会社法上、分配条件が異なるごとに別の種類の株式と位置付けられます。タイミーでは、1株あたり255,000円で発行したA種優先株式(残余財産の分配も1株あたり255,000円)、1株当たり365,000円で発行したB種優先株式(残余財産の分配も1株あたり365,000円)、1株あたり832,000円で発行したC種優先株式(残余財産の分配も1株あたり832,000円)について、それぞれ別の種類の種類株式として定款に定められています。なお、以前のカリウスのケースでも説明しましたが、A種、B種・・・の名称は、米国で企業価値の変化に応じてシリーズA、シリーズB・・・などとVCが参加するエクイティファイナンスのステージを命名していることを日本でも踏襲するようになり、そのステージの名称に合わせてわかりやすく名称を付したものに過ぎません。A種、B種・・・に代え、甲種、乙種・・・などと名称を付しても何ら問題ありません。タイミーの収益は、企業とワーカーとのマッチングにより支払われた報酬の30%を手数料として獲得する仕組みとなっています。登録企業数とワーカー数の拡大で収益は安定的に積みあがっていく仕組みで、高い収益力が評価されます。一方、ワーカーにとって大きなメリットとなっている勤務に応じた給与の前払については、タイミーが立替払いをしている性格上、事業拡大に応じて先行資金が必要となるビジネスモデルであることが課題です。その資金をタイミーではシード期からシリーズCまでのエクイティファイナンスで補ってきました。しかも、最適なバリュエーションによって既存株主の希薄化を抑えながら巨額の調達を行っているのが特徴です。普通株式を発行したシードラウンドでは3億円を調達。この時のポストバリューは17億円ですから、増資を引き受けた新株主のシェアは18%ほど。シリーズAでは20億円の調達をしていますがポストバリューは76億円ですので新株主のシェアは26%です。同じくシリーズBでは7億円の調達に対してポストバリュー110億円、シリーズCは40億円の調達に対してポストバリュー300億円と、それぞれ6%、13%に留まっています。この結果、創業者の小川氏のシェアは、財産保全会社を含めてシード期前の60%からシリーズC後には30%に低下しているとはいえ、総額で70億円の調達を行っていることを考えると、優れた資本政策であると言えましょう。3上場時の公募売出一般に日本の証券取引所への上場(TOKYOPROMarketを除く)では、上場日の直前には公募売出が行われて、一般投資家が株主として参加します。スタートアップへのリスクマネーの供給を目的として設置された東証のグロース市場(旧:マザーズ)では、原則として最低でも500単位(50,000株)以上の公募(募集)を行う必要があります。ただし、上場時の時価総額が250億円以上と見込まれる会社では募集を行わなくても良いこととされています。タイミーの上場時の時価総額は1,500億円を超えており、募集は行わず、売出のみが行われました。なお、証券取引所では、流動性を確保することを目的にこのほかの上場基準として、株主数や流通株式総数、流通株式比率の最低ラインを定めています。タイミーの有価証券届出書の【証券情報】に示された上場時の売出株式数は14,832,900株(オーバーアロットメントによる売出4,836,800株を含む)とされています。想定売出価格によってまず仮計算による売出の想定金額が示されており、その後、ブックビルディングによって売出価格が決定された際には、改めて「訂正有価証券届出書」が提出されます。想定売出価格は1,330円とされて計算されています。その後、ブックビルディングで売出価格は1,450円に決定しました。この結果、売出総額(国内)は215億円となっています。なお、【証券情報】には、【募集又は売出しに関する特別記載事項】として、海外売出が行われる旨が記載されています。米国及び欧州を中心とする海外市場で22,249,300株を目処として売出しを行う予定と示されています。国内海外を合わせた売出総数は37,082,200株、売出総額は537億円であったと考えられます。タイミーの上場時には、創業者に加えて第三者割当増資に応じたCVC、VCの一部が売出を行っています。例えばシリーズAに参加したジャフコSV6投資事業有限責任組合は、保有株式のうち4,704,000株のうち2,200,000株を売却し、32億円の売却収入をあげています。売却分の取得原価は1億87百万円であったと計算されることから、売却益は30億円と想定されます。売出後において保有する2,504,000株の保有時価は36億円。含み益は約34億円と計算されます。海外売出の内訳が開示されていないことから、実際にVC及び事業会社のうちどの程度が株式を売却されているかは、2024年10月期の有価証券報告書が開示される2025年1月を待つ必要がありますが、シリーズCの株価と比較しても売出価格で5.2倍となったことから、一部を売却し残りを保有する方針とした株主が多いと考えられます。タイミーの資本政策の全容については、添付ファイルをご参照ください。なお、上場時の売出については海外売出の内訳が把握できないことから国内売出分のみを反映しています。また計算については一部、筆者の推定による部分が含まれていますので、利用にあたっては十分にご注意ください。4おわりにタイミーの上場初日の初値は1,850円と公募売出価格の1,450円に対して27.6%の上昇となり、時価総額は2,000億円を超えました。上場申請期の予想純利益26億円に対するPERは売出価格に対して70倍と割高感もあり、上場後は、9月3日に最高値の2,235円を付けた後は下落に転じ、11月15日の終値では973円と売出価格を33%下回る水準となっています。時価総額も1千億円を下回りました。以下は、タイミーの過去5年間の業績の推移をグラフ化にしたものです。(有価証券届出書及びタイミーのその他の開示資料より筆者が作成)11月15日の株価をベースとする予想PERは47倍とまだ同業種の平均的な水準と比較すると高めではありますが、タイミーの事業はワーカーに支払われる報酬の30%が収益となる分かりやすいビジネスモデルです。登録企業数とワーカー数の拡大に比例して、今後も持続的な収益の拡大が見込まれます。事業が急拡大する際には、報酬の立替払いによる先行支出がキャッシュフローを圧迫するリスクはありますが、債権は給与支給日には回収される短期債権。しかも労働債権として安全性の高い債権です。過度な急成長を避ければ、先行資金は高い利益率で生まれるキャッシュフローで補うことが十分可能です。2024年4月には非正規社員から正規社員への登用の紹介事業も開始。関連事業へと収益機会を広げることで、さらなる発展も期待されるところです。提供:税経システム研究所
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2024/12/23 企業経営
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第16回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>機械部品を板金加工している55歳の中小企業経営者です。先代である父が設備投資を積極的に行い、事業拡大し4-5億円の売上高があります。「抜き⇒曲げ⇒溶接⇒子部品取り付け」の流れを社内で短納期対応出来るところが当社の特徴となっています。塗装設備も社内にあります。しかし、最近は顧客製造業の事業リストラや海外移転があり、売上高は横ばいから減少傾向にあり、先行きが心配です。今後の事業戦略をどのように考えていけばよいでしょうか。■まずは現状の顧客の分析を板金加工業は製造業の中でも「サービス業的」な業態です。数少ない製品を職人技により小回りを利かせて、顧客ニーズに合わせ生産していく業態だからです。また、板金加工は、金属を削るのではなく、抜いたり曲げたりする「塑性加工」に分類されます。塑性加工において、大量生産の場合は「プレス加工」の方が板金加工より優れています。プレス加工は、プレス金型を製作し、高速連続生産するものです。生産量が多い場合は、金型代を数量で割ると産出物一つ当たりの金型コストは軽微なものとなります。一般に、プレス加工の方が、コストや生産速度の面で優れており、品質も金型で確保できます。生産量の多い自動車産業や電機産業においては、コストが重視され、板金加工ではなくプレス加工が通常は用いられます。一方、生産量が少ない場合、金型を製作すると採算が取れない場合も出てきます。つまり、生産量により、Ⅰ.プレス加工が採用される領域、Ⅱ.板金加工が採用される領域、さらには、Ⅲ.それらの境界線上の領域、に分類されるのです。御社の場合、Ⅱの領域でこれまで事業展開されてきました。筆者が過去に訪問したX社は、Ⅲの領域で売り上げを伸ばしています。つまり、顧客が「プレス金型を作ると赤字となるリスクがある」と思う生産数量の場合に、板金加工を提案するのです。ただし、高度な加工を実現するための設備投資や生産ノウハウも必要となります。Ⅲの領域の注文を取ることで、営業上、Ⅱの領域の注文もついでに取ることもできます。保守用の部品の金型が耐用年数を超えてしまったような場合も、再度金型を製作したくないということでⅢの領域に入ることがあります。板金加工において生産量の次に考慮に入れるのは、仕事の反復性です。一度もらった注文であれば、生産機械のプログラムもそのまま使用できます。一回の生産量は少なくとも、断続的な生産活動が可能であるなら生産性を高めることが可能となります。一回限りの「個別受注生産」の場合、生産性を徐々に高めることはできませんが、顧客との交渉力があれば収益確保することが出来ます。生産量と反復性について、改めて分析する必要があります。<顧客層毎に考えよう>図1顧客に関するパレート図御社の今後の経営戦略を考える際に重要なのは、現在の顧客の状況です。図1に御社の顧客に関するパレート図を示しています。パレート(VilfredoFedericoDamasoPareto)は、パレート最適という資源の有効活用状況の概念を示したことで知られる経済学者です。彼による「パレートの法則」とは、社会の20%の人たちに80%の富が所有されているという考え方です。この法則は、モノづくりの現場では、「少数の要因で、状況のほとんどが説明できる」とする管理思考に転じて使用されています。品質管理においては、QC7つ道具の一つにパレート図は含まれており、左から多い要因を並べ、累積線を付記する図1のフォーマットで作成されます。この図表は、P-Q分析(Product-Quantityanalysis)という製品の量による在庫管理等に用いられる方法と共通の価値観に基づいています。ABC管理と呼ばれる重要度による管理の考え方とも似ています。図1では、御社の主要顧客である顧客1-4からの注文数が多く、それ以外の顧客からの注文数が限られていることが示されています。主要顧客からの注文が合計90%を占めているところから、今売上高の減少傾向が見られるのは、この主要顧客の動向で説明出来ることがわかります。実は、御社のような4-5億円規模の売上高の板金加工業は、筆者の知る限り中小企業としては今後の戦略が問われてくる規模感なのです。規模の大きな板金加工業の場合、例えば法人向け制御盤を一定量生産しているような場合、大型の板金加工設備に加えて塗装ラインも稼働し続けるような工場となります。この場合、数10億円規模の売上高となります。御社の場合、小ロットの色々な注文を断続的に主力顧客からもらっています。この業態としては4-5億円というのは、これまで結構頑張ってきた数字と言えます。御社の顧客であるインフラ系、サービス系の設備企業は安定した業績ですが、製品ラインナップの統廃合、海外移転といった理由で国内中小板金加工業への発注が減少するリスクがあります。今の状況を守ろうとすると先行き不透明なので、不安や閉塞感を感じられるのは当然のことです。守ろうとするより、攻めていく戦略が大切です。■どのように攻めていくべきか基本的に国内の大企業は成長を求めて海外市場に打って出ますので、板金部品も海外調達が増えていく可能性が高いと思われます。国内の板金加工業の市場は、横ばいからマイナス基調となることが予測されます。海外生産に御社も打って出るという選択肢はあるのでしょうが、今と同様の生産設備を海外に投資すると財務的に負荷が高いと思われます。社内に海外事業を任せられる人材がいて、財務的に許容される場合に、「①海外投資」も検討すればよいと思います。標準的には、国内市場でどのように生き残っていくかを考えていくことになります。図1に示されている通り、御社の財産として、既存の顧客群との長年の取引関係があります。それら顧客との「②既存取引関係の深化」が選択肢としては考えられます。まずは「②-1水平的な受注拡大」が挙げられます。つまり板金加工以外の注文も積極的に引き受けて、外注を活用しながら生産管理していくのです。他の基盤技術型製造業を複数ネットワークしていくことで受注が可能となります。この路線を歩む商社型製造企業は今筆者の知る限り増えています。顧客からすると取引相手を少なくすることが出来るメリットがあります。次に「②―2垂直的な受注拡大」が挙げられます。これは、顧客の設計業務などの上流の業務プロセスに食い込み受注基盤を強化する方法です。この方法を採用する場合、技術部門等を強化していく必要があります。強い中小企業は、顧客企業に“シロアリ”のように食い込み、付加価値を得ていくことが出来ます。顧客企業と仲が良ければ、顧客企業の「②―3撤退事業の引き受け」という方法も検討することが可能です。大企業では利益が出にくい事業も、中小企業が取り込めば収益化可能な場合があります。この方法で成功している事例も拝見したことがあります。もちろん「③顧客企業の拡大」も検討すべき選択肢です。国内市場が縮小化していく場合、顧客基盤をある程度拡大して、やっと売上高が維持されるという経営環境となることが予測されます。営業努力をして「③-1新規顧客を獲得」する場合もあれば、「③-2廃業企業の仕事の引き受け」をするという場合もあります。後継者がいないために廃業する企業の仕事を引き受けることで顧客拡大するのは、今後重要な事業機会となります。それ以外に「④注文数が少ない顧客を重視」するという方法があります。反復が少ない注文、個別受注生産については、高い見積価格が通る可能性があります。そうした注文に絞り、顧客数を拡大していくと売り上げは少ないが利益率の高い事業となる可能性があります。既存の大口顧客を確保した上で、個別受注生産の事業を高収益化してポートフォリオを構築していく。あるいは、既存の顧客からの売り上げは減っても、個別受注重視型企業にシフトしていくという方法もあります。ICTを用いた受注力の強化等が求められます。良い事業アイデアがあれば、「⑤新規事業の創出」に取り組むのも一つの選択肢です。ただ、市場と技術を共に熟知していない新規事業に進出した中小企業は長期間苦労し、資本投入する事例も多いです。事業構想をブラッシュアップし、連携パートナーを見出して、公的機関の支援を活用するなどしてリスクを小さくする工夫が不可欠です。表1経営戦略の体系■戦略ミックスは?表1に示される通りに御社の経営戦略の体系は示されます。成長と利益のどちらを優先するかでどのような選択をするかは決まってきます。不連続な意思決定である①海外進出と⑤新規事業の創出を選択する場合、社内に基礎があり、経営資源的に充分であるかどうかです。これら二つの選択肢を除く場合、②―④のどこに焦点を絞るかです。マイナス成長が予想される市場環境では、これらの戦略ミックスを考えることが必要です。筆者と交流のある製造企業群は、これらに力を入れている事例ばかりです。今後の日本の中小製造業で生き残るのは、後継者がいて、そこそこの財務内容で、これらの戦略ミックスを考えている企業となるでしょう。御社は、後継者もいらっしゃるようですし、財務も悪くありません。ここで示した戦略体系のどこの優先順位を高くして投資していくかという時期と思われます。例えば、御社が技術に自信がある場合は、垂直的な受注拡大に向かい、技術部門強化に投資していけば良いのです。筆者の知る限り、優良中小製造業の多くは、この表1の複数の項目に投資しています。御社としても、選択肢は決まっているのですから、具体的にどこに投資して努力していくかを事業承継前に明確化していくべき良い時期なのではないでしょうか。ご発展を祈念申し上げます。提供:税経システム研究所
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2024/11/29 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(204)
1.はじめに最近、全国各地において、管轄の労働基準監督署から是正勧告を受けている病院が相次いでいる模様です。折しも今年4月から「医師の働き方改革」が始まり、医師に対しても36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)の締結や労働時間管理、本来業務に専念できる環境の整備など適切な労務管理により労働時間を短縮して医師の負担を軽減し、今後も質の高い医療提供体制を維持していく取り組みが始まっています。そのような中、各地の病院が受けた是正勧告では、36協定を超える休日労働や時間外労働などを指摘されており、働き方改革への対応の遅れが目立っている現状が浮きぼりとなっています。皆様の事業所でも、労働基準監督署の調査を受けたことがある方もいらっしゃるかもしれません。ある日突然、管轄の労働基準監督署から書面で来所日時が通告されたり、監督官が来訪したりといった形で調査が実施されることが多いのですが、まさに「突然」に調査が行われるため、会社としても十分な準備ができないまま調査に臨んでしまうこともあるようです。今回は労働基準監督署の調査の目的やその内容、調査の流れなどについて解説していきます。2.労働基準監督署の権限とは労働基準監督署(以下「監督署」)とはどのような役所で、どのような権限を持っているのでしょうか。監督署の役割は労働関係法令(労働基準法や労働安全衛生法など)を企業が遵守しているかを監督するほか、労働保険(主に労災保険)の保険料や給付事務などを担当する役所です。労働基準法などに基づいて一定の権限を与えられており、この権限に基づいて各事業所に調査を実施しています。厚生労働省が毎年発行している「労働基準監督年報」の令和4年版によれば、監督実施件数(調査を行った件数)は171,528件となっています。令和2年~3年は実施件数がやや減少(15万件程度)したものの、それ以前の年次では概ね17万件前後を推移しており、コロナ禍の終焉とともに調査件数も正常化されたものと見られます。調査は一定の調査計画に基づいて行われる「定期監督」が142,611件、労働者からの法令違反の申告に基づき実施される「申告監督」が16,639件、過去に是正を指示された事業所に是正状況を確認する「再監督」が12,278件となっており、大半が管轄の事業所の中からランダムに選ばれた事業所への定期監督となっています。また、定期監督を行った事業所約14万件のうち約10万件の事業所で何らかの法令違反が指摘されており、労働時間に関するものが22,305件、労働条件の明示に関するものが13,853件、賃金不払いに関するものが5,925件と上位を占めています。労働安全関係法令や、労働基準法に付随する施行規則などに基づく帳簿等(有給休暇の管理簿他)の不備といったかなり細かいところまで調査及び指摘が行われていることも見逃せません。実際に調査を担当するのは「労働基準監督官」となりますが、法令違反を調査するため、事業所に立ち入りする権限だけでなく、司法警察員として逮捕・送検の権限も与えられています。法令違反が悪質なうえ、改善の姿勢も希薄な場合などは事業所の責任者が最悪の場合書類送検、社名公表といったことも可能なわけです。3.調査で何が調べられる?調査の後はどうなる?書面にせよ事業所への来訪にせよ、調査の実施が通知された場合、原則的に拒否することはできません。ただし、通知された日程では都合が悪い場合や、準備に時間がかかるなどの場合は、理由を説明すれば日程は調整してもらうことができます。では、この調査で何が調べられるのでしょうか。先述の通り、労働関係法令、安全衛生法令に関して全般的に調査を行うこととされていますが、具体的には以下の事項について調査が行われることが一般的です。事業内容・従業員数(パート等や派遣労働者数)・外国人労働者の有無労働条件・労働時間・36協定や変形労働時間協定の締結状況賃金の支払状況(未払い賃金の有無)年次有給休暇に関すること(実施状況や休暇の管理について)定期健康診断の実施状況・医師の面談指導・ストレスチェックの状況これ以外にも、業種によっては機械設備の安全管理の状況や工場などの作業環境の状況などが調査の対象となる場合もあります。これらの事項について、就業規則・36協定他の各種協定書・タイムカードや賃金台帳、有給休暇管理簿、健康診断結果の控えなどの帳簿の確認および事業主や実務担当者へのヒアリングにより調査が進められます。調査の結果、法令違反や違反とは言えないまでも改善が必要と判断された場合は「指導票」により改善指導がなされることとなります。是正勧告書等により是正・改善が指示された事項は、勧告書等に記載された期限までに対処を行い、どのように対処を行なったのかについて「是正報告書」などにより担当の監督官に報告を行わなければなりません。対処に時間を要するために期限までに違反状態を改善できない場合は、是正報告書で対処方針や途中経過、対処完了の時期見込みなどを報告し、対処完了まで定期的に報告を行なっていくことになります。是正勧告等が行われたにもかかわらず何の対処もしない、または是正報告書を期日までに提出しないなどの場合は再調査が行われ、違反状態が悪質な場合は書類送検などの強行的な処分が行われることもありますので注意が必要です。4.突然の調査に慌てないためには先述の通り、監督署の調査はランダムに抽出した事業所に実施する「定期監督」が大半となっているため、例えば「5年に1度」といったように実施時期を予想するのは難しいことです。社歴が長いにもかかわらず、10年以上調査を受けたことがない企業もある一方で、前回の調査から1年~3年程度でまた調査を受ける企業もあり、そこは様々です。それだけに、通知を受けると慌ててしまうのは無理もないところではあるのですが、調査で確認される帳簿等はほとんどが法令で定められたいわゆる「法定帳簿」となっています。タイムカードや賃金台帳、労働者名簿、労働条件通知書などの法定帳簿は日頃から十分に整理をしておくことがまずは一番の対策と言えるでしょう。また、労働基準監督年報のデータにもあるとおり、是正を指摘される事項で最も多いのが「労働時間」に関するものです。具体的には36協定届や1年単位の変形労働時間制の協定届の未提出を指摘されているケースが多いようです。これらの協定届等は毎年提出することが原則ですが、これを失念して未提出となっていることも多いので注意するようにしましょう。監督署の調査やそれに伴う是正勧告・改善指導への対処を面倒に感じることは無理もないことかもしれません。しかしながら労働関係法令は、遵守していると思っていても、勘違いや不注意などで実は違法状態となっていたというケースが珍しくありません。調査をきっかけにそうした勘違いや不注意が判明し、適正な状態に改善する良い機会になることすらあり得るわけです。監督署の調査を「労働安全についての会社の定期診断」のようなものととらえ、誠実に対応していきたいものです。提供:税経システム研究所
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