経営研究レポート
MJS税経システム研究所・経営システム研究会の顧問・客員研究員による中小・中堅企業の生産性向上、事業活性化など、経営に関する多彩な各種研究リポートを掲載しています。
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2025/06/30 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(211)
1.はじめに近年、「大人の発達障害」に関する記事をマスコミやメディアで見聞きすることが多くなってきました。曰く、「職場において、他の従業員とは一風変わった言動がみられる、空気が読めない、周りと協力することができない、何度指導しても頑固に自分のやり方を変えない」などなど…。厚生労働省が5年に1度実施する障害者雇用実態調査(令和5年度調査)によれば、従業員5人以上の事業所に雇用されている障害者数約110万7000人のうち発達障害者は約9万1000人となっています。前回調査(平成30年)では約3万9000人という結果でしたので、雇用者数で言えば2倍超の増加ということになります。また、2022年12月に厚生労働省から発表された「生活のしづらさなどに関する調査」(令和4年)によると、医師から発達障害と診断された者の数(推定値)は87万2000人となっています。先述のような言動があるとしても、安易にレッテルを貼ることは慎まなければなりません。国立大学法人山梨大学事件(甲府地判.R2.2.25)では、発達障害とのレッテルを貼ったような人事課長の発言が違法であると断じられています。一方で、日本では約10人に1人の割合で発達障害の傾向のある人がいると推定されていることを踏まえると、職場に発達障害の傾向をもつ従業員がいることは特別なことではないと考えることもできます。今回は、こうした傾向をもつ従業員に対し、どのように接していけばいいのかについて考えていきます。2.発達障害とはそもそも、発達障害とはどのようなものなのでしょうか。発達障害は生まれつきの脳機能の障害の一種であり、法令(発達障害者支援法)においては以下のように定義されています。自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの一言で「発達障害」と言ってもいくつかの種類があり、それぞれに異なった特性を持っています。①自閉症スペクトラム障害(ASD)過去には「自閉症」「広汎性発達障害」「アスペルガー症候群」などとされていた障害を統合した障害。対人関係の構築や他者とのコミュニケーションが不得手、特定の物に強いこだわりを持つなどの特性を持つ。②注意欠陥多動性障害(ADHD)不注意や多動性、衝動性などの特性を持つ。単純なミスが多い、頻繁に物を失くしたり忘れ物をしたりする、順番や約束を守るのが不得手などの行動がみられる。③学習障害(LD)知的な遅れがないにもかかわらず、読み書きや計算、話す、聞くなどのうち、特定の行為が著しく苦手で、学習が困難な状態である障害。文章がスムーズに読めない、誤字脱字が多い、図形やグラフを理解できないなどの特性がみられる。定義では「低年齢において発現する」とされていますが、発達障害の症状の有無は外見からは判別困難で、日常生活でも特に支障なく生活できることも少なくありません。そのため、本人や周囲も発達障害に気づかず医師の診断も受けないまま社会人になり、職場でのコミュケーションや業務遂行上のトラブルなどで「自分は発達障害かもしれない…」と気になり受診した結果、大人になってから診断されるケースが多くなっています。また、受診をしても「傾向はあるものの診断基準を満たさない」として正式に発達障害と診断されない「発達障害グレーゾーン」の方々も存在しています。では、これらの方々が職場で直面する問題の典型例はどのようなものなのでしょうか。3.発達障害を持つ従業員にまつわる職場でのあれこれ各障害の特性にもよりますが、職場で直面する問題には、対人関係や業務の進め方に関するものが多くみられます。①あいまいな表現や抽象的な指示を理解しにくいASDの場合、「適当にやっといて」のような曖昧な指示を受けても、具体的に何を求められているのか十分に理解や推測ができないため、期待と異なる成果物を出してしまうことがあります。②優先順位付けが難しい、ケアレスミスが多いADHDの場合、業務の優先順位付けが苦手で、重要業務を後回しにしてしまう、期限を守れないなどがみられることがあります。また、不注意や細かい確認作業が苦手な結果、データ入力ミスや書類の記入漏れなどを多発させてしまうことがあります。③対人関係のトラブルASDの場合、対人関係の構築が苦手であり、また、表情や声色などの非言語的な相手のメッセージを察することが難しい場合が多いことから、上司・同僚などとコミュニケーション上の行き違いにより対人関係のトラブルにつながることがあります。これらの光景、どこかで見た…という方も多いかもしれません。では、様々な障害の特性を踏まえ、会社側はどのように接していくべきなのでしょうか。4.会社側の対応は?-ひと工夫と合理的配慮発達障害をもつ従業員(グレーゾーンを含む)が働きやすい職場とするためには、各障害の特性に即した形で、業務遂行のためのひと工夫が欠かせません。具体的には以下のような対処が考えられます。【コミュニケーション面】指示を明確かつ具体的に「適当に」「なるべく早く」といった曖昧な指示ではなく、業務内容やそのゴール地点、期限などを明確に指示する。その際、メールやグループウェアなどを用いて指示の記録を文字に残すことも効果的。丁寧なフィードバック進捗状況や、指示を出した側が意図しない方向に進んでいないかなどは定期的に確認する。【職場環境面】長時間じっとしていられないなど集中力が散漫になりやすい場合、業務を短い時間に区切る、短いタスクに区切るなどにより達成感を感じやすくする。感覚過敏なケースもあるため、周囲の音(電話の着信音や話し声など)や職場の明るさなどに対して、遮音目的のヘッドホンの使用を認める、照明の明るさを抑えるなどの配慮を行う。そもそも、企業は障害のある従業員がその特性を理由に不利益を被ることがないよう、環境整備や業務内容の調整など「合理的配慮」の提供が義務づけられています(障害者差別解消法第5条)。発達障害を持つ従業員の場合、苦手な部分を周囲がサポートすることにより、こだわりの強い分野の業務などで高い能力を発揮することがあります。細かな配慮は一見すると面倒な、後ろ向きの対処に思えるかもしれませんが、彼らだけではなく、すべての従業員にとっても働きやすい環境を作ることにつながります。本稿は法令等に準じた形で「障害」の表記にしています。提供:税経システム研究所
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2025/06/27 企業経営
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか
【サマリー】経済産業省、中小企業庁、厚生労働省、外郭団体、自治体等が出している多くの補助金・助成金の受給ニーズが高まっています。今回は補助金・助成金の基本的なところから、主に補助金についてご紹介していきます。税金社保料をはじめ様々なコストが上昇する傾向が続いています。2030年代半ばまでに最低賃金を1,500円とする政府方針を受けて政策やメディアは給料(人件費)をあげる必要を説いていますが、売上成長の見通しが明るいわけではない情勢でこのようにコスト圧力が急激にかかる環境変化は、地域企業にとって由々しき事態となっています。私がお受けする相談で目立って増えているのは「法人税の節約」「運用」に加えて、「補助金・助成金」です。今回は「補助金・助成金」についてご紹介していきます。(1)補助金・助成金の基本基本的に補助金は経産省や中企庁、助成金は主に(他外郭なども助成金という名称を使用します)厚労省が管轄しています。補助金と助成金の違いは、管轄官庁が違うということだけではありません。厚労省が出している助成金の予算原資は私たちが支払う社会保険料の雇用保険部分から拠出されています。税金ではないのかと驚かれる方も多いです。社会保険料がどんどん上がっていき(雇用保険も労災保険も上がってきています)、今や所得税よりも負担が重くなってきている情勢です。このように厚労省の助成金は私たちが納めている社会保険料の一部が原資であるため、全事業者がまんべんなく受給できる配慮がされていると言われています。つまり納めた社会保険料の一部が助成金で戻されるという構造です。つまり、「比較的受給しやすい」のです。対して「補助金」の予算原資は主に税金です。「比較的受給しにくく、受給後の進捗報告などの義務があります。また、助成金は人事労務関連の制度で、比較的申請負担が少なく、金額が少額の場合が一般的です。補助金は事業存続と成長に関連する制度で、申請時の事務負担がかなり大きく、上限数億円にのぼるような大きな制度もあります。事務の煩雑さと負担の重さで足踏みする企業も多いでしょう。(2)補助金の誤解補助金受給を希望する事業者の多くは、当初の段階で大きな誤解があることが多いです。「国からお金がもらえる」という認識です。それには条件があるのです。何かを買った一部を補助するのが補助金なので何か買わないといけない。購買物の価格の一部を補助するのが原則。つまり自腹を切ることがつきまとう。補助金は買ってから後に支給されるので先に資金が必要。補助金は損益計算書に「雑収入」として計上され、税金がかかる。受給後は、当初提出した申請資料に記載された事業や改善が計画通りに進んでいるか報告義務が発生する。申請事務が煩雑で負担が重いのは、不正受給を抑止するためです。ただし、それが理由で事務負担が重くなりすぎてしまうことが、一般の事業者が補助金を活用しづらい要因になっています。(3)補助金申請の段取り2020年から補助金は電子申請することになりました。これまでは書類申請だったわけです。電子申請をするためには、申請1か月前くらいにID取得の手続きをしておく必要があります。電子申請システムの名称は「Jグランツ」と言います。当初は経産省の補助金制度のみの対応となっていましたが、現在はその他の省庁や自治体等の補助金制度についても順次対応が進められています。補助金申請で必要になるのは「法人代表自身」または「個人事業主自身」が取得することができる「GビズIDプライム」というアカウントです。オンライン申請と書類郵送申請があり、発行期間はオンラインなら最短即日、郵送なら原則2週間以内とされています。申請したい補助金の申請期限を鑑みて、余裕をもって早めに取得することをおすすめします。(4)申請数が多いとされる(使い勝手の良い)補助金小規模事業者持続化補助金【一般型】本補助金事業は、小規模事業者自らが作成した持続的な経営に向けた経営計画に基づく、地道な販路開拓等の取組(例:新たな市場への参入に向けた売り方の工夫や新たな顧客層の獲得に向けた商品の改良・開発等)や、地道な販路開拓等と併せて行う業務効率化(生産性向上)の取組を支援するため、それに要する経費の一部を補助するものです。(出典:公式HPhttps://r6.jizokukahojokin.info/index.php)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(もの補助)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金は、中小企業・小規模事業者等が今後複数年にわたり相次いで直面する制度変更(働き方改革や被用者保険の適用拡大、賃上げ、インボイス導入等)等に対応するため、中小企業・小規模事業者等が取り組む革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等を支援するものです。(出典:公式HPhttps://portal.monodukuri-hojo.jp/)IT導入補助金IT導入補助金は、中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上を目的として、業務効率化やDX等に向けたITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入を支援する補助金です。対象となるITツール(ソフトウェア、サービス等)は事前に事務局の審査を受け、補助金HPに公開(登録)されているものとなります。また、相談対応等のサポート費用やクラウドサービス利用料等も補助対象に含まれます。(出典:公式HPhttps://it-shien.smrj.go.jp/)(5)補助金・助成金の申請を外注する場合の注意点補助金・助成金の申請を外注で請け負う事業者があります。もともと、厚労省の助成金は社労士が、経産省・中企庁の補助金は中小企業診断士や行政書士などが外注を受けるのが一般的でした。不適切な受給が明らかになった場合は、申請主体の事業者のみならず申請を代行した請負事業者までが責任を負わねばならなくなります。たとえば、コロナ禍の雇用調整助成金の不正受給の頻発を経て、社労士事務所の中には助成金の申請の請負に慎重になっているところもあります。その一方で、申請外注を受けている社労士事務所への依頼が集中しています。そこで近年、申請代行業者が増えています。一般的な申請代行業者は事務効率をよくし、採択率の高い制度に絞って請け負っています。つまり依頼する事業者の現状に応じた補助金・助成金にオーダーメードで対応してくれるわけではありません。費用は、着手金と成功報酬です。低額で請け負ってくれる業者に実際に依頼したところ、採択されやすいように申請内容を事実と全く異なる内容(異なる事業)で申請されていました。十分なヒアリングをしないで申請書類を作成しているようでした。申請事前事後報告もなく、補助金事務局から問い合わせが来たことで申請を知るという状況。補助金事務局からの質問や確認の電話は申請事業者の代表者に入るので、大混乱になります。虚偽申請は不正受給なので、重いペナルティを覚悟しなければなりません。経産省・中企庁の補助金は記載内容が「経営計画」「事業計画」であるため、事業の詳細情報を理解しなければ申請資料作成ができません。そのため、外注できる業者は限られると考えるべきです。信用できる外注業者は、業務内容からみて、低価格では到底請け負えません。採択率を上げる申請書類作成の自動化を可能にした、専門のAIシステムの開発をした会社があります。自社で申請する申請書類作成作業を大幅に効率化するため社内でエンジニアが手弁当で開発したそうです。彼らは一般事業会社で、クライアントの要請に応じてAIシステムを貸出し、営業成績が大きくアップしたと聞いています。この企業のように、自社申請する方向でその効率化を進めることができるのが理想的と考えます。(6)まとめコスト高に追い込まれる経営環境での、補助金・助成金の活用は良い対策に間違いありません。さらに活用している企業も格段に増えました。ただ、最初にして最大の悩みは、自社が受給できる補助金・助成金を全部ピックアップすることです。これがとてつもない時間を食います。さらに自社に適合するかどうかの判断のために補助金・助成金個々の細かい資料を読み込まねばなりません。その結果、自社は申請資格がないことが発覚したりすると、長い原稿のデータが一気に飛んだ時のような感覚になります。自前申請をするにあたって私が試した中で、これに落ち着いているという方法をご紹介します。「補助金・助成金そのものを調べる」と前述のような罠にはまります。そこで、「○○の課題解決制度」などでネット検索してみてください。検索結果に中央官庁、地方自治体問わず、補助金・助成金の情報がヒットします。地方自治体も補助制度を多数出しています。自治体の制度は予告なく自治体HPに掲載されて始まり、予算が満了すると静かにHPから消えて終わります。人気の制度では、「省エネ設備導入補助」などがあります。新型のエアコンに入れ替える際に活用されています。私の取っているリサーチ方法で面倒なのは、補助金・助成金の過年度のHPも混在してヒットすることです。同じ名前の助成金補助金制度でも、毎年、一部が変更になっていますので、当然進行期の情報にアクセスしなければなりません。また、法人のみならず個人が受給する制度も混在してヒットしてきますので、選別に労力と集中力が必要となります。まず1つ納得のいく補助金・助成金をみつけて、申請実務をやってみてください。そうすると「百聞は一見に如かず」です。1つ実行するとコツがわかって、調べ方も改善され、申請事務の効率化も図られていきます。提供:税経システム研究所
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2025/06/26 医療経営
戦略的医療機関経営 その166
【サマリー】施設基準の見直しによる増収も今回で最後です。最後は食事や生活に関する費用と保険外併用療養費です。とくに増収を考えるうえで、保険外併用療養費の対策がちょっとしたアイデアや知恵が増収に結びつきます。それぞれの医療機関の特徴や強み合わせて料金設定などを考えてみてください。1.今後の執筆予定施設基準とは(構造、主な要件、用語)基本診療料(主な施設基準、入院基本料、)重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率特掲診療料施設基準の届出適時調査入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費2.入院時食事療養費について入院患者に限らず、医療において、「食事」の位置づけは、以下のようなことが考えられます。疾病の予防高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などの生活習慣病は、適切な食事管理によって予防可能です。さらに健康的な食事は、がんや認知症などの発症リスクも低減させます。治療糖尿病では「食事療法」が治療の基本柱の一つです。慢性腎臓病ではタンパク質や塩分の制限が不可欠です。胃潰瘍や消化器疾患でも、刺激物の制限などで症状が改善することが知られています。参考)治療食エネルギーコントロール食(糖尿病、肥満症、脂肪肝、脂質異常症、心臓疾患、妊娠中毒症、高血圧)たんぱく質・ナトリウムコントロール食(急性腎炎、慢性腎炎、ネフローゼ症候群、急性腎不全、慢性腎不全、腎盂腎炎、透析、糖尿病性腎症、妊娠高血圧症候群、慢性肝炎、肝硬変)脂質コントロール食糖尿病食腎臓病食肝臓病食胃潰瘍食貧血食膵臓病食脂質異常症食痛風食回復の促進や合併症の予防、入院患者では、十分な栄養をとることが回復を早め、褥瘡や感染症の予防につながります。特に手術後やがん治療中は、エネルギー・タンパク質の需要が高まり、食事管理が回復に直結します。生活の質(QOL)の向上そもそも食べることを嫌いな人は基本的にはいないでしょうが、好きな食事を楽しめることは、患者の精神的満足や意欲に良い影響を与えます。摂食・嚥下機能が落ちた患者には、安全で美味しい食事の工夫が重要。(とろみ、きざみ、ミキサー等)チーム医療管理栄養士が医師・看護師・薬剤師と連携し、栄養状態を評価し、個別の食事計画を立てます。また近年では栄養サポートチーム(NST)として、重症患者への栄養介入を行うケースに診療報酬で評価する傾向にあります。入院時食事療養費は、上記のような理由で医療の一環として、患者の病状等に応じて必要な栄養量の食事を提供するものです。入院中の1食の提供に係る費用のうち、標準負担額を患者自身が負担し、残りを保険者が負担します。ちなみにどんな大食漢でも入院時食事療養費の算定は1日3食に限られています。入院時食事療養費は、(Ⅰ)(Ⅱ)に分かれています。食事療養費Ⅰは、対象が特別な栄養管理が必要な患者(例:糖尿病、腎臓病などで特別な食事管理が必要な場合)で、内容は管理栄養士が個別に作成した治療食になります。特別な献立や調理など手間暇がかかるので、費用は一般的に高めです。(医療保険の適用があるが、通常の食事よりコストがかかる)対して、食事療養費Ⅱの対象は特別な食事制限のない一般の入院患者です。内容は普通の病院食(標準的な栄養バランスの食事)「常食」と言います。費用は定額での自己負担(現在は1食あたり510円が基本)です。さらに患者に事前にメニューから選択させて食事を提供した場合は、別途追加料金を取ることができます。このように細かな配慮をすることによって、患者満足度を上げること、(嫌いなものは残すので)食材のロスの低減、収入のアップにもつながります。近年の食材の高騰によって、入院患者の食事を提供する委託業者の値上げラッシュが続いています。医療機関側もその金額で契約せざるを得ない状況です。場合によっては食事に関する費用が収入を上回ってしまうこともあります。少しでも安い食材を使った献立や食材の入手ルートの模索などが現場では行われています。3.入院時生活療養費について入院時生活療養費とは、介護保険との均衡の観点から、医療療養病床に入院する65歳以上の者の生活療養(食事療養並びに温度、照明及び給水に関する適切な療養環境の形成である療養をいう。)に要した費用について、保険給付として入院時生活療養費を支給されるものです。入院時生活療養費の額は、生活療養に要する平均的な費用の額を勘案して算定した額から、平均的な家計における食費及び光熱水費の状況等を勘案して厚生労働大臣が定める生活療養標準負担額、病状の程度、治療の内容その他の状況をしん酌して厚生労働省令で定める者については、別に軽減して定める額を控除した額となっています。出典:全国健康保険協会4.保険外併用療養費について保険外併用療養費とは、文字通り医療保険が認められていないものです。通常であれば、1つの疾患の治療行為の中で、保険が認められているものと認められていないものを一緒に行ってはいけないルールになっています(混合診療)もし実施してしまったら、保険が認められているものの3割負担だったものが、治療の開始時に遡って100%自己負担となります。しかし、保険が認められるまでに非常に長い時間がかかるのも事実なので、そのタイムラグの救済のために、保険外併用療養費という部分的な混合診療の制度ができました。保険で、点数が決められていませんので、医療業界では珍しく医療機関自身が価格を決められます。保険外併用療養費制度には大きく3つに分類されます。選定療養、評価療養、患者申し出療養です。「選定療養」は、基本的に将来の保険導入を前提にしていません。患者の自由な選択によって実施することができます。患者から徴収する金額は医療機関側が自由に決められますが、事前に地方厚生(支)局へ届出る必要があります。代表的な選定療養費は「差額ベッド代」です。個室の場合の差額ベッド代は1日当たりの平均費用は8,437円(2023年7月1日現在、厚労省・中央社会保険医療協議会)です。2~4人部屋だと1日当たり平均2,724~3,137円となっています。ただ、差額ベッド代は病院によって差が大きく、平均値では実態がつかみにくいです。最低額はわずか50円。最高額は福岡県北九州市の小倉記念病院の特別室で、1日当たり38万5,000円(2023年)、1泊2日だと77万円にもなります。差額ベッド代が高い医療金の傾向としては、大学病院、(芸能人など著名人が出産する)産婦人科病院などが高い金額が設定されていることが多いです次に「評価療養」ですが、将来的に公的保険給付の対象とするべきかどうか評価を行う療養の事です。先進医療(※1)や治験(※2)など厚生労働省が定める高度な療養で、現在は公的保険の対象ではないが、将来的な保険導入のための評価を行うものとして認められた療養のことです。先進医療先進医療とは、日本の医療制度において、厚生労働大臣が認めた高度で最先端の医療技術のことです。まだ保険適用にはなっていないけれど、有効性や安全性について一定の評価がされており、保険診療と組み合わせて受けることができるのが特徴です。例を挙げると、がんの治療の重粒子線治療や、眼科の多焦点眼内レンズを使った手術などがあります。治験治験とは、新しい薬や治療法が本当に安全で効果があるかを確認するために、人に協力してもらって行う試験のことです。正式には「臨床試験」と呼ばれます。流れとしては動物実験などで安全性を確認し、健康な人で安全性を確認(第Ⅰ相)し、患者さんで効果や副作用を確認(第Ⅱ相)し、より多くの患者さんで最終確認(第Ⅲ相)します。大きくはこの3つにフェーズが分かれています。そして、最後に国に申請→承認されると一般に使えるようになります(薬価がつくということ)。最後に患者申し出療養ですが、最終的に実施する医療の内容は先進医療となりますが、患者が申し出の起点であることがポイントです。さらに実施する医療機関は安全性を鑑みて、臨床研究中核病院で行われます。収入を少しでも上げるための保険外併用療養費を考えるとき、患者申し出療養や評価療養の「先進医療」の取り組みは非常に高額な料金設定が可能です(弊社クライアント病院で重粒子線知慮意を行っていますが、患者負担は数百万円です)が、実施するための医師、設備などを準備することも困難です。そのような取り組みの素地などがあるなど以外は取り組まないほうが無難です。すぐにできる保険外併用療養費対策としては、差額ベッド代です。具体的には高額な差額ベッド代が徴収できるような豪華な個室にするとか、複数人の入院患者の部屋をパーテーションで区切り、準個室として差額ベッド代を徴収する取り組みが考えられます。提供:税経システム研究所
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2025/06/18 企業経営
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第19回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>首都圏で、ピアノ教室を親の代から営んでおります。一人娘である私も音楽大学を卒業し、親と私で二か所の教室を経営しております。教室のある土地も建物も、親の名義で、交通の便も良い立地にあります。教室のある地域は、少子化の流れの中ですが、子供の数は横ばいと恵まれています。しかし、最近、近隣に新しい音楽教室が複数できているので、競争が生じています。今のところ、当社教室にはたくさんの子供が通ってくれていますが、今後の経営について不安があります。どのように手を打っていくべきでしょうか。■市場の状況ご相談の通り、図1に示されていますが、15歳未満の子供の人口比率は今や10%近くであり、年々、減少しています。御社の教室の立地する地域は子供が横ばいということですから、首都圏の中でも好立地にあるということができます。図1年代別人口割合推移(令和6年総務省統計)一方、好立地であるから競合の教室も新設されるのでしょう。今は、多くの生徒さんが集まっているからよいのでしょうが、これからどのようにしていくべきか。明確な経営戦略を打ち出すべき時期と言えるでしょう。■強みと課題を考えよう御社の強みは、親御さんから二代にわたり、地域でピアノ教室を運営し続けてきたことにあると言えるでしょう。生徒の親御さんとのつながりがあり、昔の生徒さんが今度は子供を持つ親になるといった部分で、紹介により生徒が集まる機会を多く持っています。また、不動産を親御さんがお持ちですから、新しく地域に参入するライバルより、家賃等の固定費が低く抑えられています。音楽教室を開くには、不動産のコストに加えて、防音工事、高額な楽器代等の初期コストがかかります。すでに投資を回収している先行業者が有利と言えるでしょう。その意味では、地域におけるコストリーダーシップを持っていますので、いざとなれば低価格戦略を採用する余地も残されています。一方、市場の変化に対応した戦略を採用せずとも、これまではうまくいっていました。そのために、時流を読み先手を打つような経営がなされてこなかったことが課題と言えるでしょう。ここで、親御さんの若いころと今との経営環境の違いを考えましょう。出生数の減少を除くと、共働き家庭の増加が大きな違いです。税金と社会保障費を合計した国民負担率が上昇しているため、共働き家庭が増え、どの家庭も、子供の教育に関して社会で活躍する母親の発言力が強くなっています。また、教育ビジネスとしては、学習塾や通信教育といった学力を伸ばす習い事があり、そこに人気のある水泳・英語・ピアノが学ぶ候補に加わり、家庭によってはサッカーや野球のチームに参加させる場合もあります。つまり、地域の教育市場においては、「一定の所得水準があり教育熱心な共働き家庭」が重要顧客であり、その顧客が様々な習い事に優先順位をつけて子供に投資していくのです。その意味では、「ピアノに一番力を入れる家庭」から「色々な習い事を並行させる家庭」まで多彩であり、各層に対して満足度を向上させていくような指導メソッドが求められています。旧来型の音楽教室は、この部分への対応が遅れていることがあります。御社の場合は、地域の既存の人脈から生徒が集まるようですが、他地域から転居してきたご夫婦はインターネットで検索して習い事の教室を選ぶことが多いです。その意味では、スマホ対応のWEBページ作成、SNS活用については、対応が急がれると考えられます。■顧客ニーズにどう対応すべきか表1顧客ニーズの階層layer1音楽の専門家を目指すlayer2音楽の優先度が高いlayer3受験を優先するが音楽もlayer4色々な習い事を並行子供でピアノを習う子供のご家庭は、大きく表1に示される4つの層(layer)に分かれます。習うのはお子さんですが、お金の出し手はご両親や祖父母ということになります。高度な芸事を身に着けようと思うと、専門的な指導が必要となります。表1のlayerの上位層になるほど、合理的かつ厳格な指導の必要性が高くなります。これは、スポーツの場合でも、サッカーや野球でプロを目指すような層と、楽しく遊べばよいとする層では、必要となる反復練習の質と量が異なることと一緒です。趣味で音楽をやる人は、それなりの曲を10分弾くことができれば、精神的な満足が得られます。一方、プロになるということは、2時間のコンサートの曲を完璧に演奏し聴衆を満足させなければならず、そのレパートリーを複数持っていないとなりません。コンクールで入賞するには、バッハの対位法の曲、古典のソナタ、ロマン派や現代音楽の名曲といった課題曲を一通り弾かねばならないのです。以前、日本で一番権威があるとされる国内コンクールの優勝者を30年間分見たことがあるのですが、国際的にご活躍されている方はごく一部です。コンクールに挑む人は上手な人ばかりなのですが、国内の一流コンクールに入賞するのはごく一部で、そのごく一部が国際的に活躍しているのが実態です。上位層の生徒の指導については、国内外の水準を知っている教師による教育メソッドと過去の指導実績が問われます。教室とご両親の連携により、教え子のコンクールへの挑戦、音大の受験といった実績を積み重ねていくことで、資質ある生徒が集まるようになります。一方、市場における顧客の数で行くとlayer3、layer4の習い事を掛け持ちする家庭のウェートが大きくなります。子供の能力を色々な方向で伸ばしていきたいとする教育熱心な家庭は、負担できる教育費の範囲で音楽を習わせようとします。この層は、受験が近づくと習い事をやめていくことが多いので、幼稚園の年長から小学校4年ぐらいまでのお子さんが生徒の主流となります。この層を対象にする場合に、layer1、layer2の生徒たちのように基礎の反復練習をしっかりやっていくと、時間的な制約もあって何も身につかないことがあります。この層の親御さんは、自宅に来客が来た時に、子供が「難易度は低いが聴き映えのする曲」を弾いて褒められれば大満足という場合もあります。ゲーム音楽でもアニメの主題曲でも、もちろんクラシックでもよいのですが、聴き映えの良い曲群を「~年頑張ればこれが弾ける」という学習モデルを作っていくことが顧客満足につながります。■今後の経営戦略のあり方経営戦略の体系を要約すると表2の通りに示されます。基本戦略は、まずは地域内の競争優位をいかに確保するか(戦略1)となります。地域内の競合に勝っていくには、表1における各layerを満足させて行くメソッドを確立することが重要となります。特定のlayerに強みを持つような方向もありますが、必要に応じて外部人材の力を借りて指導コンテンツを充実させていくことも必要です。メソッドがあると、著書を出版し、教育者向けのセミナーを開催するといった事業も展開可能です。layer毎にコースを設けて、料金体系を多様化するという方法もあります。表2経営戦略の体系1.各layerに対応したメソッドを確立して地域内の競争優位を確保2.経営資源の有効活用、外部人材の登用、付帯収入を確保3.増えつつあるシニア層の市場の確保地域内の競争優位性を確保した上で、経営資源について考えていく(戦略2)ことが次に考えられます。設備としては、よい立地にピアノと防音室を複数お持ちなので、生徒さんが空き時間に借りて練習できるようにすることで付帯収入が得られます。近年はマンション住まいの比率が高く、生徒は電子ピアノしか弾くことのできない環境にいる場合が多いです。よいアコースティック楽器で練習する機会が都市部では不足しています。また、家族だけで教室を運営していると、多数の生徒を捌ききれません。外部人材を登用することで、教室の稼働率を増やすことが可能となります。専門性の高い上位層については、外部のプロとの連携を行うことも有益です。さらには最適な楽譜や楽器の紹介による手数料の確保も考えられます。layer3、layer4の顧客には、知的財産権に注意しつつ、曲のアレンジを行い、作業を外部人材と連携するなどして手数料収入を得ることも可能です。WEB、SNSの活用による集客・収益化も、家族の協力や外部人材との連携により可能となります。YouTuberの中には、音楽で100万登録するツワモノもいますが、言語を超えたコンテンツだからでしょう。日本国内の人のみが視聴するコンテンツでも万単位の登録にこぎつけている方もいて、そこまでいけば教室の宣伝と収益化に寄与することになります。御社の最も取りこぼしているのが、図1にも示されている通り、人口が増え続けているシニアの市場です。大手の楽器メーカー系音楽教室も近年ここに力を入れています。解散した金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(総世帯)」(令和5年)によると、年代別の貯蓄額は表3の通りとなっています。小学生の親は30歳代が多いと思われますが、貯蓄額でみると50歳代、60歳代は、その倍以上の資産をお持ちです。60歳代になるとさらに時間の余裕もあります。まさに時間とお金に余裕がある層向けのマーケティングは、少子化の流れの中で重要となります。動体視力や反射神経が落ちる中でも、音楽は老化防止に有益と言われています。この世代は、仕事の一線から退いた後、あるいは子育てが一段落した後、学びと人間的なつながりを求めています。音楽を学びつつ、仲間を持ち、教養を高めるような場への参加は、長続きする傾向があるようです。表3年代別の金融資産保有額(令和5年金融広報中央委員会)小学生のように受験で辞めるということもありません。一方、シニアの場合、若いころに弾いた経験のあった人と全くの初心者では、指導方法もまるで異なります。プライドの高い人もおり、その意味では子供を教える以上に多様性への対応が必要です。いずれにせよ、layer1-layer4の各層への対応、経営資源の活用、シニア市場の確保といった戦略の中からできる部分を徐々に行っていくことが成長の原動力となります。成長などせず「うちはそこそこでよい」と考えた時点で、新規参入する若手がこれらの戦略を採用してくると市場を根こそぎ奪われてしまいます。少子化とは、多くのサービス業において、そうしたリスクがあるということです。自分の市場を守るためにも、成長するという前提で、可能なところから試行錯誤していくことが必要です。過去に、映像系のベンチャーの経営が行き詰った事例を見たことがありますが、よい映画作品を創る能力と、それを収益につなげる能力は別物なようです。それと同様に、よい音楽を演奏し、よい音楽家を育てる能力があっても、経営能力を磨いていくことは音楽教室の経営者にとり重要です。経営的なものの考え方を徐々に強化していかれるよう祈念申し上げます。提供:税経システム研究所
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2025/05/29 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(210)
1.はじめに少子高齢化の進展に伴う労働人口の減少により、企業の人材不足が深刻化しています。我が国の生産年齢人口(15歳から64歳)は1995年(平成7年)には8,716万人、総人口に占める割合は69.3%であったのですが、この年をピークとして減少に転じ、2023年(令和5年)には7,395万人、総人口に占める割合は59.5%となっています。特に、飲食や宿泊などの業界では、コロナ禍からの旅行需要の回復やインバウンド需要の高まりもあり、人手不足が顕著となっています。また、スーパーやコンビニといった店舗型の小売業では、低賃金や長時間労働、休日の取得しにくさなどが人手不足の原因となっているようです。今後も労働人口の減少が避けられない状況の中で、国は「働き方改革」の柱のひとつとして、シニア人材と言われる65歳以上の高齢者を働き手として積極的に雇用していくことを推奨しています。2021年には改正高齢者雇用安定法の中で、定年制度の廃止や定年の70歳まで引き上げなどの措置により70歳までの就労機会を確保することを努力義務として定めています。シニア人材の中には、豊富な経験や知識を持ち、これまで培ってきた技術やノウハウ、人脈などを活かし即戦力として活躍する可能性のある人々が多く存在しています。こうした企業側のメリットだけでなく、生涯現役として生きがいや意欲が高まる、健康な生活を送る一助となるなど、シニア人材側にも多くのメリットが生まれるものと考えられます。今回は人手不足解消の手段としてのシニア層活用について、メリットや注意点などを考えていきたいと思います。2.シニア人材採用の背景とメリット先述の通り、労働力人口の減少に伴う人手不足を補う手段として、シニア人材の活用は不可欠とも言えるものですが、労働意欲が高い高齢者が多いこともシニア人材の活用の追い風となっています。高齢社会白書(令和6年版)によれば、60代後半就業率は男性で6割以上、女性4割以上と65歳を過ぎても多くの人が就業している実態があります。また、現在収入のある仕事をしている60歳以上の者のうち「働けるうちはいつまでも働きたい」との回答が約4割にのぼり、「70歳くらいまで」と合わせると約9割が高齢期にも高い就業意欲を持っていることが明らかになっています。こうした高い意欲を持ち、豊富な経験や知識、ノウハウや人脈をもつシニア人材を即戦力として活用できることは、企業にとって大きなメリットと言えます。さらにこれまで培った技術やノウハウを若手の従業員に継承してもらうことによるシニア人材の役割は非常に大きいものとも言え、競争力の向上につながることが期待できます。一方で、労働意欲が高いとはいえ、現役世代のように週40時間のフルタイム勤務は体力面で厳しいという声も少なくありません。これに対応するために、時短勤務やフレックスタイム、時差出勤などいわゆる「柔軟な働き方」を整備していくことが考えられます。整備の過程で仕事の進め方の見直し、業務効率化を図るツールの導入などの取り組みは、シニア人材だけでなく全社的な労働環境の改善につながる可能性がある点もメリットとして考えて良いでしょう。こうしたメリットの反面で、シニア人材を活用していく上での課題といったものも存在しています。どのような点に注意し、改善を図っていく必要があるのでしょうか。3.シニア人材活用における課題体力面・健康面への配慮シニア人材の活用を考える上で、最も重要かつ優先される課題はやはり健康面ではないでしょうか。働く意欲も高く、元気な方が多いとはいえ、体力、記憶力、判断力などはどうしても現役世代には劣ってしまいます。また、持病や慢性痛(肩腰膝などの関節痛)などの様々な健康面のリスクを抱えていることも多いため、業務負荷が過重とならないよう企業側が配慮することが求められます。IT・デジタルへの対応力どのような業界・業務であっても、今やIT・デジタル機器なしで完結する仕事はほとんどないといっても過言ではありません。現在のシニア層は、パソコンが一般化した「Window95」が登場した頃には30代から40代であり、いわばバリバリの現役世代でしたので、以前の高齢世代と比べればITやデジタルへの対応は容易とはいえ、日進月歩のIT・デジタルツールへの対応となると、時間がかかってしまう面があるのはやむをえないとも言えます。こうした点をフォローする仕組みを整備することも企業側が配慮すべき点のひとつと言えるでしょう。若手世代との摩擦人は歳をとると頑固になりがちです。豊富な経験や知識を持つシニア人材ですが、昔のやり方にこだわってしまったり、新しい考え方を受け入れなかったりすることで、若手社員との摩擦を起こしてしまうことがあります。逆に、若手世代・現役世代の中にはシニア人材を「昔の人」として軽んじた扱いをしてしまい、シニア人材のモチベーションを下げてしまうケースもあります。企業として、シニア人材に期待する役割を明確にするとともに、シニア人材に対して最新の業界動向やビジネスモデルを学ぶ機会を提供して新しい考え方を取り入れやすい環境を整えることが必要です。モチベーションやコミュニケーションの問題働く意欲が高いとされるシニア人材ですが、中にモチベーションが低く、仕事に対する姿勢が受け身がちというケースも散見します。積極的に業務に関与せず指示を受けたことだけしかやらないという姿勢を目にした若手社員が不満を募らせて、組織全体の雰囲気や生産性に悪影響を及ぼしてしまう恐れもあります。また、他者とのコミュニケーションの際の距離感の取り方が近く、昨今の若手社員に対し、必要以上にプライベートに踏み込んだコミュニケーションをとってしまい、鬱陶しがられる例も存在します。価値観の違いと言ってしまえばそれまでなのですが、こうしたことでコミュニケーションが不足してしまっては本末転倒です。若手社員とシニア人材が緩い雰囲気で率直な意見交換をできる場を設けるなどの配慮が必要となるでしょう。多くの配慮や環境整備が必要とはいえ、人材不足を補うだけでなく、若手社員のモチベーションアップや組織の活性化につながるなどシニア人材がうまく活用できた際には、配慮や環境整備の労力を上回るメリットがあります。能力を十分に発揮してもらえるような仕組みづくりが大切です。提供:税経システム研究所
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2025/05/27 企業経営
中小企業のM&Aと企業価値評価(第17回)
【サマリー】引き続き我が国の中小企業におけるM&Aと企業価値評価の実務について解説します。前回はデュー・デリジェンスの目的と種類について説明しました。本稿ではデュー・デリジェンスの実施で明らかとなった検出事項への対応について説明します。本稿では引き続き下記図表1の9.について説明します。【図表1M&Aの基本的な流れ】1.デュー・デリジェンスにおける検出事項デュー・デリジェンス(以下、DD)を実施した結果、当初想定されていなかった様々な問題点が検出されます(これを検出事項と呼びます)。前回ご紹介したDDによって、例えば以下のような検出事項が考えられます。《財務DDによる検出事項》棚卸資産や固定資産に多額の含み損が存在していること本来営業費用として処理すべき勘定科目が営業外損益や特別損益項目に含まれていることによる正常収益力分析の修正訴訟による賠償責任などの負債が会計帳簿に記載されていないこと財務制限条項(金融機関から借り入れを行う際に金融機関から遵守を要請されている事項)に抵触している、または抵触する可能性があること役員や親族へ金銭を多額に貸し付けていること業績不振の子会社株式を保有していること他社または親族が経営している会社へ債務保証していること《人事DDまたは法務DDによる検出事項》従業員に対して適切な残業代を支払っていないことここ数年の間、離職率が高水準で推移していること第三者より訴訟を提起されている事実保有する土地や建物に有害物質(PCB、アスベストなど)が使われていること規程類が十分に整備されていないこと2.検出事項に対する対応策上記のような検出事項が発見された場合、買い手サイドはどのように対応すればよいでしょうか。筆者は様々な対応策を見てきましたが、主なものを説明します。①検出事項をそのまま受け入れる検出事項が軽微かつ限定的であり、ディールの実行に大きな影響を与えないと判断されたリスクについては、契約変更や金額変更もせずにそのまま受け入れることが考えられます。但し、判断の見極めが非常に難しいために明らかに軽微なものを除き、そのまま受け入れることには慎重さが求められます。②買収価格の調整多額の含み損を抱える資産の存在、業績不振の子会社株式などの検出事項については、当該潜在的損失額を買収価格から減額させることで買い手サイドのリスクを減殺することができます。また、正常収益力分析に変更がある場合には、DCF法で算定された株式価値を変更する必要があります。➂買収スキームの変更会計帳簿に計上されていない債務が発見された場合、買い手サイドが株式を取得した後に当該債務を負担することになります。このような状況では、株式取得に変えて事業譲受けなどのスキームに変更することで予期せぬ債務の引き継ぎを避けることができます。また、役員や親族へ金銭を多額に貸し付けている場合や業績不振の子会社株式を保有している場合には、売り手サイドに引き取ってもらうことも考えられます。④最終契約書への反映DDで発見された検出事項におけるリスクの程度や発生可能性の評価が難しい場合、最終契約書に以下の事項を織り込むことでリスクを売り手に移転させることが可能となります。(ア)クロージングの前提条件への反映検出事項が発見されても、クロージング日までに当該リスクが解消されていれば買い手サイドの立場からは問題ありません。そのため、クロージングの前提条件として、最終契約書の中で当該リスクをクロージング日までに解消することを約束させる方法があります。例えば、事業を継続する上で重要な役割を果たしている従業員がクロージングの後に在籍するかどうかが不透明な場合、売り手サイドが当該従業員に対して継続して在籍することの同意を入手することを約束させることは有用と思われます。(イ)表明保証DDは時間的及び予算的制約の下で実施されるために、ターゲット企業のリスク要因をすべて洗い出すことは実務上困難といえます。そのため、調査により明らかとなったもの以外の偶発債務や簿外債務がないことを売り手サイドが表明して保証することを最終契約書に織り込むことが一般的です。これを表明保証と呼びます。表明保証があるにもかかわらず、予期せぬ簿外債務等が発見された場合には売り手サイドに賠償責任が生じるために買い手サイドとしては一定の安心感を持つことができます。また表明保証には、賠償請求の他に違反した場合に買い手サイドがディールをキャンセルできる権利を付すこともあります。違反がある場合には買い手サイドがキャンセルできるために買い手サイドには有利な条件ではありますが、売り手サイドでは重要性に乏しい違反事実があったとしてもキャンセルの可能性があるために、実務上は「売主による表明及び保証が重要な点において真実かつ正確であること」などの文言を入れることが多いといえます。➄譲渡代金の一部後払いクロージングに当たっては、通常は譲渡代金の全額を支払うことが一般的ですが、表明保証違反がないことを一定期間確認する意味で譲渡代金の一部後払いを選択することも考えられます。⑥買収自体の断念DDによる検出事項が買収後の事業に与える影響が大きい、または不確実性が高いと買い手サイドが判断した場合には買収自体を断念することになるでしょう。特に訴訟に関する損害賠償請求額が多額となる可能性が高い、簿外債務がないことが確信できない場合(有害物質の影響も含む)などは、断念を検討する必要性が高まるものと思われます。提供:税経システム研究所
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2025/05/22 医療経営
戦略的医療機関経営 その165
【サマリー】保険医療機関は、行政によるさまざまな調査、指導を受ける義務がある。申請した施設基準に条件が適しているのか、また適正な手順で保険申請(レセプト請求)されているかなどを中心に調査され、もし誤った手順や施設基準の申請を行っていたら、軽い場合で指導、悪質な場合や重責なケースの場合などは、遡って返還処置を命令されることもある。経営的なダメージはもちろん、イメージダウンになり、患者数の減少にもつながる。医療機関としては絶対にこのようにことにならないように取り組まなくてはならない。1.今後の執筆予定施設基準とは(構造、主な要件、用語)基本診療料(主な施設基準、入院基本料、)重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率特掲診療料施設基準の届出適時調査入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費2.適時調査は行政指導の一環保険医療機関に対する行政指導は、「保険診療の取り扱い、診療報酬の請求などに関する事項について周知徹底させること」を目的として行われます。保健医療機関は健康保険法第73条により、厚生労働大臣の指導(行政指導)を受ける義務があります。その行政指導には、地方自治体が行う「医療法第25条第1項に基づく立ち入り検査」および厚生労働省が行う「個別指導」「共同指導」「適時調査」「監査」があります。□適時調査と医療監視の違い適時調査医療監視医療監視原則年1回原則年1回調査対象施設基準の届出に基づいた正しい運営がされているか安全管理体制や感染対策などが適切にできているか調査機関地方厚生(支)局保健所適時調査は、地方厚生(支)局が主に病院を対象に行い、施設基準の届出に則った正しい運営や保険請求が行われているかを確認します。原則1年に1回実施するよう決まっていますが、実際には数年に1度のペースで行われるケースもあります。一方、医療監視は保健所などが実施する立ち入り検査です。安全管理体制や感染対策が適切にできているかをチェックします。いずれも外部の人間が医療機関に確認するために来ますが、確認する内容が異なります。返金など金額的なデメリットに繋がりやすいのは、「適時調査」のほうです。□医療法に基づく立ち入り検査の概要(出典:厚生労働省)□立ち入り検査の結果(特定機能病院)(出典:厚生労働省)□行政指導の種類適時調査個別指導実施主体:地方厚生局対象:施設基準の届出を行なった保健医療機関頻度:原則年1回実施指導内容:施設基準届出項目の実施状況(人事管理、業務規程、運用管理など)実施主体:厚生労働省、地方厚生局、都道府県概要:診療報酬請求等に関する情報提供があった場合、個別指導を実施したが改善が見られない場合、集団的個別指導を受けた保険医療機関等のうち、翌年度の実績においても、なお高点数保険医療機関等に該当する場合等に保険医療機関等を一定の場所に集める等して個別面談方式により行う指導集団指導集団的個別指導実施主体:地方厚生局と都道府県の共同など対象:新規指定の場合(開院1年以内)、臨床研修指定病院等形式:指導対象となる保険医療機関、保険医等を一定の場所に集めて講習等の方式で実施実施主体:地方厚生局と都道府県の共同など概要:保険医療機関等の機能、診療科等を基準とする類型区分に応じて、診療(調剤)報酬明細書(レセプト)の1件当たりの平均点数が高い保険医療機関等を一定に場所に集めて講義形式で行う指導共同指導監査実施主体:厚生労働省、地方厚生局、都道府県の共同対象:特定範囲の保険医療機関(臨床研修指定病院など)指導内容:適時調査+個別指導実施主体:厚生労働省、地方厚生局、都道府県対象:適時調査や個別指導において保険医療機関等の診療内容または診療報酬の請求について、不正または不当が疑われる保険医療機関や保険薬局指導内容:書面審査および必要と認められる場合には患者等に対する実施調査、指導後の措置は「注意」「戒告」「取消」となる。日常の保険診療が適切に行われていれば、医療法に基づく立ち入り調査と施設基準の適時調査で済みます。しかし、その調査で指摘事項があった場合や、地方厚生(支)局等に患者の通報や院内の内部告発等があった場合は、「個別指導」や「監査」の対象になります。具体的な事前の指摘事項があるわけですから、当然追及も厳しくなります。そして、指導後も不備が続く場合は、適時調査や個別指導では過去1~5年分の請求について自主返還が求められ、監査では該当項目の過去5年分の請求に40%を上乗せした額(140%)の返還が求められます。3.適時調査適時調査は地方厚生(支)局が、届出を受理した保健医療機関に出向き、届出内容の調査・確認を行うとともに施設基準などの周知徹底と適正化を図ることが目的です。具体的には、関係書類の確認と院内視察が行われます。この適時調査で届け出内容に不備が見つかった場合は、届出の変更や届出の取り下げの指示があります。返還金が発生した場合には、その金額を保険者や患者に変換することになります。改善指導後も改善されない場合は、届出の受理が取り消されたり、6か月間届出ができなくなったりします。□適時調査実施要項等(厚生労働省ホームページ)厚生労働省のホームページに適時調査実施要項等がアップされています。この実施要項に沿って適時調査は行われますので、事前に確認して準備を行います。また、適時調査の当日に地方厚生(支)局職員が持参しチェックする調査表も公表されていますので、併せて確認準備を行います。□適時調査対象医療機関原則「医科」の病院が対象です。ただし、共同指導、特定共同指導は「歯科」も含まれます。さらに対象の病院のなかでも、新たな施設基準の届出を行った病院、新規指定の病院、新規届出の病院が優先的に適時調査の対象病院となります。□実施頻度適時調査は、原則1年に1回行われます。しかし、実際は2~3年に1回の頻度で行われているようです。コロナが蔓延していた時期は、まったく行われていませんでしたので、コロナが終息してきた現在、再び適時調査が実施されるようになってきました。□調査項目重点施設基準と呼ばれる項目がありますので、その項目はほぼ確実に確認されます。また診療報酬改定後で新設点数があった場合、その施設基準も確認されます。今回の改定で言うと、職員の処遇改善が実施されたかどうかを確認しています。重点施設基準項目□実施通知適時調査の約1か月前に、地方厚生(支)局より、所定の様式で通知が送付されます。通知には適時調査の根拠、目的、調査の日時と場所、事前提出書類、当日準備書類が記載されています。事前提出書類は、調査当日の10日前までに地方厚生(支)局に提出します。□適時調査当日の流れあいさつ、調査目的、担当者紹介(基本は3名)グループごと調査説明入院基本料(5基準)等の基本診療料および入院時食事療養費関係一般的な事項及び掲示特掲診療料施設基準関係の書類確認院内ラウンド調査のとりまとめ、結果の打ち合わせ(調査担当者のみで)講評(調査結果を病院側に口頭で伝達、改善が必要な指摘事項がある場合は、後日文書で通知)あいさつ。お見送り□適時調査の件数と変換金額施設基準の増加や複雑化によって、届出の不備や届け出た内容と実際の運用が異なるケースが多発しています。令和5年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況(出典:厚生労働省)返還金額は、保険医療機関等から返還を求めた額が、約46億2千万円(対前年度比約26億5千万円増)(内訳)指導による返還分:約13億5千万円(対前年度比約3億3千万円増)適時調査による返還分:約32億0千万円(対前年度比約24億0千万円増)監査による返還分:約7千万円(対前年度比約8千万円減)提供:税経システム研究所
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2025/05/12 行政DX
法人のための共通認証システム -GビズID-
1.はじめにGビズIDは、法人(個人事業主も含む)のための「共通認証システム」のことであり、GビズIDアカウントを用いることで、複数の行政サービスをオンラインで利用することができるとされる。始まりは、2019年12月20日に閣議決定されたデジタル・ガバメント実行計画(注1)に、「法人等に係る行政手続等の利便性向上のための法人デジタルプラットフォーム整備」が盛り込まれたことに起因するとされているが、それに先立つ2018年から経済産業省は、行政手続等のデジタル化を効果的に進め、かつデータを十分に活用できる環境を構築するための開発を進めており、法人版マイナンバーである法人番号を活用し、一つのID/パスワードで複数の行政サービスにアクセスできる認証システムであるGビズIDを2019年2月にリリースしている。現在は、ものづくり補助金やIT導入補助金等の申請や社会保険の手続き等がインターネットからできるようになっているが、これらを実施する際に必要となるものが、GビズIDであり、これからの企業経営に不可欠となる各種電子申請には欠かせないものであるといえる。本稿では、まず、GビズIDの詳細を見ていくとともに、GビズIDの取得や利用の方法を解説する。2.GビズID(法人共通認証基盤)とは経済産業省は、第4次産業革命において、様々なモノがつながるコネクテッド・インダストリーズへと産業が変革していく中、行政もデジタルファーストの考えの下で「デジタル・ガバメント」への変革が必要であり、事業者の意思決定の迅速化、生産性向上、新たな価値創造を図ることで、産業競争力の強化の実現を図るとして、2017年頃より、法人が利用可能なデジタルプラットフォーム(図1)の構築を順次進めてきた。図1法人デジタルプラットフォームの全体像(注2)この法人デジタルプラットフォームでは、法人申請者の実在性をオンラインで認証し、各種電子申請の受付やデータへのアクセス管理を実現する仕組みの整備や、APIを通じた行政システム・データの連携・活用が進められており、これらを政府全体に展開・活用することで、デジタル・ガバメントの進展を支える基盤とすることを目指している。この取り組みの中で構築された法人申請者の実在性をオンラインで認証する仕組みが「GビズID」であり、従来は、手続き毎に登記簿等を用いて個別に法人等の実在を確認して発行された個別のID、パスワードを用いて手続きを行う必要があったものを、1つのアカウントで様々な事業者向け行政手続システムにログインできるようにした(図2)。2020年4月からは、資本金1億円を超える法人等の特定法人を対象に、社会保険・労働保険・雇用保険に関する一部の電子申請が義務化されているため、その際の法人申請者の確認に用いられているほか、2020年4月から開始されたマイナポータル経由での電子申請サービスへの対応や、2020年11月からのe-Gov(電子政府の総合窓口)への対応も進められており、現在は、国が提供する56件の行政サービス、自治体が提供する130件の行政サービスで利用されている。2025年3月末でGビズIDを取得している法人数は、613,805(全法人の22.8%)、また、個人事業主アカウントの発行累計数283,889となっており、現在までにこれら法人、個人事業者がGビズID経由で手続きを行った回数は約2,600万回を超えるなど、GビズIDの活用が進んでいる(注3)。図2GビズIDによる複数手続きへの一括ログインここで、GビズIDを取得する具体的なメリットには、以下のような事項がある。申請手続きにかかる時間やコストを抑えられる原則として24時間365日、自宅や職場等から場所を問わず行政サービスが利用できるようになるため、申請手続き等で役所に行く時間や手続きにかかる時間を大幅に短縮できる。また、交通費や郵送料も不要であり、GビズIDの取得にも手数料はかからないため、手続きにかかるコストを抑えることが可能となる。アカウントの管理が容易になるGビズIDを用いることで、ひとつのID・パスワードで複数の行政サービスを利用することが可能となるため、従来のように行政サービスごとにID・パスワードを取得する必要が無くなり、アカウント管理が容易になる。また、GビズIDのアカウントには有効期限がないため、一度取得すれば更新の手続き等も不要である。電子申請書類への電子署名が不要になる電子申請に移行することで書面での申請で必要であった押印が不要になることはもちろんだが、GビズIDによりログインすることで、申請や手続きを行う者の確認を実施することとなるため、電子文章への電子署名も不要となる。このため、従来、電子書類に電子署名を実施するために必要であった有料の電子証明書の取得も不要となり、①と合わせて必要コストを削減することができる。3.GビズID取得・利用GビズIDには多くのメリットがある反面、GビズIDには、「GビズIDエントリー」「GビズIDプライム」「GビズIDメンバー」の3種類のアカウントが存在するため何を取得すればよいかがわからない、いろいろ準備が必要そうで取得が面倒との意見も多い。「GビズIDエントリー」は、もっとも簡便に作成できるアカウントであり、事業を行っている者であれば、デジタル庁のGビズIDエントリー作成サイト(注4)より、メールアドレスのみでアカウントを作成することができるが、利用できる行政サービスに制限がある。一方で、「GビズIDプライム」は、法人の代表者や個人事業主に限って作成可能なアカウントであり、その作成に当たっては厳格な確認を行う必要があるが、すべての電子申請、行政手続きに対応できる。「GビズIDメンバー」は、GビズIDプライムの子アカウントであり、組織の従業員用のアカウントとして、GビズIDプライム利用者が作成、許可したサービスのみ利用できるアカウントとなる(表1)。表1GビズIDのアカウント種別また、GビズIDエントリーについては、GビズIDエントリー作成サイト(注4)にて、ログインIDとして用いるメールアドレスのほかに、自身で作成したパスワード、法人番号、法人名、法人所在地、代表者名等を入力し登録することで、即時アカウントが発行される一方で、GビズIDプライムのアカウント発行には、申請者の実在性等を審査する必要があるため、書類申請の場合、アカウント発行に最大1週間の時間を要する。また、ログインのセキュリティ強化のために、スマートフォン/携帯電話を用いた二要素認証が必須となるため、スマートフォン/携帯電話が必要となる。GビズIDプライムは当初、書類郵送によるアカウント申請のみの対応であったため、GビズIDプライム作成サイト(注5)にて必要事項(GビズIDエントリーと同様の内容に加え、携帯電話の番号)を入力して申請書を作成し、法人は、法務局が発行する代表者印の印鑑証明書を、個人事業主は、本人の実印の印鑑登録証明書を入手するとともにし、証明書に登録された登録印で申請書に押印し、すべての書類をGビズID運用センターに郵送する必要があった(表2)。また、運用センターでの審査終了後に、GビズIDプライムが作成され申請者に通知されるため、当初は利用可能となるまでに2-3週間程度を要しており、GビズIDプライムの入手に時間がかかり、助成金等の申請締め切りに間に合わない等の課題があった。表2GビズIDのアカウント登録に必要となる情報・書類等このような状況を受け、GビズIDの運用を引き継いだデジタル庁は、2023年8月に個人事業主、2024年3月に法人代表者からの、スマホアプリとマイナンバーカード(JPKI)を利用したオンライン申請受付を開始した(注6)。オンライン申請であれば、即時ではないが、通常当日中にはアカウントを取得することが可能となる。但し、オンライン申請時には、法人代表者のマイナンバーカード(JPKI)を用いて電子署名を行うため代表者本人が申請を行う必要があること、JPKI電子証明書に記載された法人代表者情報と法務省の管理する登記情報DB(登記事項証明書データ)が一致した場合のみ申請が受理されること、申請には、メールアドレス、パソコン、マイナンバーカード以外に、マイナンバーカードの読み取りが可能なスマートフォンが必要であること、オンライン申請できる法人は、株式会社、有限会社、合同会社等であり、現時点では、医療法人、社会福祉法人や財団法人等には未対応であることに注意が必要である。また、GビズIDメンバーについては、GビズIDプライムの利用者が、アカウント付与者のメールアドレスのみで随時作成することが可能となるが、他のGビズIDメンバーを追加できる管理権限を持つGビズIDメンバー追加に関しては、利用者の厳格な本人確認を実施するために、アカウント作成後にマイナンバーカード(JPKI)を用いた承諾書への電子署名が必要となる。次に、GビズIDの利用方法を見ていこう(注7)。図3に示すように、GビズIDエントリーは、登録時に入力したメールアドレス及びパスワードのみを用いてログインできるが、利用できるサービスに制限があり、ログインする者の実在性等の確認ができていないことから電子申請の際の電子署名を不要にすることができない。このように、GビズIDエントリーについては、GビズIDのメリットを十分享受できないため、原則GビズIDプライムの取得を検討すべきである。GビズIDプライム及びGビズIDメンバーについては、ログイン時に行政手続きを行う法人等の厳密な確認を実施するためメールアドレス/パスワードに加え、スマートフォン・携帯電話を用いた二要素認証が必須となる。このため、スマートフォンにインストールされたGビズIDアプリを用いる場合には、PCでのログイン後にあらかじめ登録されたGビズIDアプリに通知が送られ、アプリ側で承認したのちにログインとなる。また、SMS認証を用いる場合には、登録された携帯番号にワンタイムパスワードが送付され、それをPCで入力することでログインとなる。但し、SMS認証については、なりすましやSIMスワップ詐欺等の攻撃が増加していることから2025年12月を目途に廃止が予定されており、今後はGビズIDアプリを用いた二要素認証に統一される予定である。このため、法人でGビズIDプライム及びGビズIDメンバーの運用を行う場合には、GビズIDアプリを利用するスマートフォンとして、個人所有、法人契約のスマートフォンのどちらを利用するか等についての社内規定を整備しておく必要がある。図3GビズIDを用いたログイン4.終わりに本稿では、電子申請や行政サービスの利用に役立つアカウントであるGビズIDについて見てきた。2024年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、各府省庁における事業者向け行政手続・補助金申請等のデジタル化をより一層進めることを求めており、2025年度以降、補助金申請については電子申請対応を原則とするとしている。一方で、日本年金機構の令和6年度の業務実施状況(注8)を見ると、GビズIDによる電子申請に対応する資格取得・喪失届や異動届等の主要7届書の電子申請割合が70%まで上昇している⼀⽅で、電⼦申請利用事業所数は32%程度に留まっており、その原因は、全国250万事業所のうち95%程度を占める被保険者50人以下の事業所(常時5人以上の従業員を雇用している個人事業所を含む)の電子申請割合が29.8%と非常に低調なことにある。これは、特に中小企業へのGビズIDの普及が進んでいないことを示唆しているが、電子申請が原則となりつつことから、今後はGビズIDが無いと困るという状況が多くなってくると考えられる。先に述べたように、GビズIDの取得は無料であり、有効期限もないため、必要になった際に慌てることの無いよう、事前取得の検討をお勧めしたい。<注釈>「デジタル・ガバメント実行計画」(2019年12月20日閣議決定)(内閣官房),https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/densei_jikkoukeikaku_20191220.pdf経済産業省による事業者手続のデジタル化について(経済産業省),https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/digital/20200219/200219digital02.pdfGビズIDの利用状況に関するダッシュボード(デジタル庁),https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/gbiz-idGビズIDエントリー(メールアドレス)登録(デジタル庁),https://gbiz-id.go.jp/app/baa/reg/mailaddr/inputGビズIDプライム書類郵送申請(デジタル庁),https://gbiz-id.go.jp/top/apply/prime_document_02.htmlGビズIDプライムオンライン申請(デジタル庁),https://gbiz-id.go.jp/top/apply/create_prime.htmlGビズIDご利用ガイド(デジタル庁),https://gbiz-id.go.jp/top/manual/manual.html日本年金機構の令和6年度の取組状況について令和6年12月(日本年金機構),https://www.mhlw.go.jp/content/12508000/001403968.pdf提供:税経システム研究所
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2025/04/30 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(209)
1.はじめに4月から新入社員を迎えた会社も多いのではないかと思います。1日も早く職場や仕事に慣れてもらい、戦力として一人前になってもらうべく、熱い気持ちで指導する上司や先輩社員もいらっしゃると思います。特に営業系の部署などでは、新人であっても早い時期からそれなりに成果を出すことが求められることがあるのではないでしょうか。なかなか成果が上がらない新人に対して、一昔前のように、他の従業員の面前で、人格を否定するごとき言葉を次々に浴びせて吊し上げる……といった典型的なパワハラ指導が横行している企業は、この令和の世の中にあっては少ないでしょうが、そのような部下に対し、いくらか厳しめの言動で指導や叱咤激励して成果が出るように導くことは、上司の職務として必要な対処と言えます。企業におけるハラスメント防止のための規制は徐々に厳しくなっています。特にパワハラについては労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)において法的に定義が定められるとともに、パワハラ防止は事業主の義務と定められています。パワハラが原因で、従業員が心身の健康を害するようなことがあれば、損害賠償を求められることもありますし、その事実が公になれば会社として社会的信頼の損失にもつながることになります。一方で、昨今では、従業員側が自分の意に沿わない言動や指導を受けると、パワハラの定義に該当していないにも関わらず「パワハラだ!」と騒ぎ出すようなケースも珍しいことではありません。このようなことが続いてしまうと、指導する側も萎縮してしまい、部下に気を遣いすぎて十分な指導ができないといった悩みを聞くことも多くなっています。パワハラの定義は法令で定められていても、現場において、どこまでが「指導」でどこからが「パワハラ」なのか、明確に線引きをすることは簡単ではないというのが実情です。今回はグレーゾーンとも言える「パワハラ」と「指導」の境目と企業の対応について考えてみたいと思います。2.パワハラの定義とは?先述のとおり、パワハラ防止法においてその定義が定められています。パワーハラスメントとは優越的な関係を背景とした言動であって業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり労働者の就業環境が害されるもの(身体的・精神的な苦痛を与えること)(労働施策総合推進法第30条の2第1項)また、厚生労働省ではパワハラに該当する具体的な例として「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」など6つの類型を提示しています。(※)パワーハラスメントの定義について(H30.10.17厚生労働省雇用環境・均等局)https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdfしたがって、上記の定義が全て満たされなければ法的にはパワハラではないということになるのですが、定義や6つの類型に当てはめてみたときに、判断に迷うような微妙なケースも実際の職場では多く存在します。部下への配慮と思って発した一言やちょっとした行動が、部下にはハラスメントと認識されてしまう恐れもあることを、まずは認識しなければなりません。では、具体的にどのような言動が、いわゆる「グレーゾーン」として注意しなければならないものなのでしょうか。3.これってパワハラ?グレーゾーンの事例例えば、度重なる遅刻や勤務に相応しくない服装などを繰り返し注意しても改まらない部下に対し、一歩進んでやや強めの態度で注意するような場合は、先述の定義②③には該当せず、法律上のパワハラとは言えないと考えられます。では、以下のような場合はどうでしょうか。■ケース1仕事でミスをしてしまい、落ち込んでいる部下に対して激励の目的で「しっかりしろ!」と語気を強めて言ったり、背中や肩を叩いたりした。■ケース2部署の任意の飲み会にあまり乗り気ではなく、出席しても毎回つまらなそうにしている部下に対し、「あまり誘うのも悪いかな」と、上司が気を遣ってその部下を飲み会に誘わなくなった。■ケース3育成を目的として、部下が現在担当している業務とは別に、横断的な業務や関連する事務作業を新たに担当させた。どのケースも、上司の立場で見れば、「これのどこがパワハラ?」と首を傾げたくなるようなケースでしょう。しかし、部下の受け止め方によってはどのケースもパワハラと認定される恐れがあるのです。ケース1:背中や肩を叩いたことを部下が「暴力を振るわれた」と感じたり、「しっかりしろ!」と固い表情で語気強く言葉を発したりした場合に「精神的な苦痛」を感じたとしたら、パワハラに該当する可能性あり。ケース2:上司は良かれと思って飲み会に誘わなかったのに、部下の方は「自分だけ外された」と疎外感を覚えた場合、「人間関係からの切り離し」でパワハラに該当する可能性あり。ケース3:育成目的は理解できるものの、部下のスキルからすると負担の方が大きく、結果的に労働時間が長くなってしまった場合などは「過大な要求」でパワハラに該当する可能性あり。全てのケースに共通しているのは、上司の思いや言動の目的と部下の受け止め方がすれ違ってしまっていることです。上司からすれば「これがパワハラにされたら立つ瀬がないな」となってしまうでしょうが、今や部下とのコミュニケーションや指導の場ではここまでの注意が求められることを心に留めておかなければなりません。ではこうしたグレーゾーンと言える対処の際に、上司はどのような注意が必要なのでしょうか。4.ありがちな一言に気をつけよう法令で示された定義に該当するかどうか微妙なケースでパワハラの指摘を受けないためには、部下の心情や受け止め方に十分な配慮が必要です。「以心伝心」「空気を読む」というのは我が国の文化なのですが、これに頼りっぱなしだと、先述の「すれ違い」が起こることになります。受け手が「パワハラだ」と感じてしまえば限りなくパワハラ認定に近づいてしまいます。自分では思ってもいなかった受け止め方をされてしまうことを防ぐため、自分の言動の目的や、その言動がどのように受け止められるのかを、いま一度よく考えて部下に接するとともに、その目的も含めてはっきり言葉にして部下に伝えることが大切です。上司が指導のつもりで何気なく発した一言、冗談とも本気ともつかない一言を、部下は苦痛に感じてしまうこともあります。上司にとっては厳しい時代と言ってもいいのかもしれませんが、常に部下の立場で考える習慣をつけ、適切な指導で成長に導いていきたいものです。提供:税経システム研究所
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2025/04/28 企業経営
会計事務所が指導するDPOによる最短1ヵ月、最大9,900万円の資金調達
【サマリー】DPO(DirectPublicOffering=自己募集)を通じて1,000万円~8,000万円の資金調達に成功した3社の事例紹介。本稿執筆時点において、CFSPの指導により並行して6社がDPOを準備中。続々と案件が広がっている。DPOは約1ヶ月でほぼ確実に返済不要の資金が調達できる上、株主からの有形無形の応援を得られるなどメリットが多い。DPO指導は会計事務所の新たな収益となる。別会社を設立するケースが多く顧問先の拡大にもつながる。会計事務所にはDPO指導業務の担い手の役割が期待される。5DPOによる資金調達事例最大99百万円を最短1ヵ月で調達できるDPO(DirectPublicOffering)ですが、実際に調達に成功している事例が続々と生まれています。ここではいくつかの事例を紹介して参りましょう。(1)新会社設立後1ヵ月で8千万円を資金調達した飲食店Y社Y社は、農家向けサポート事業を行っているM社の創業経営者K氏が飲食店を立ち上げるために2025年10月に設立した新会社です。Y社では地域の農家直送野菜を特徴とするイートインデリのスタイルのカフェレストランを全国展開する計画です。Y社はK氏が9割を出資して資本金100万円で設立。第1号店の店舗設備及び初期運転資金の調達を目的にDPOを実施することにしました。発行する株式は、残余財産分配優先権及び剰余金配当優先権のある優先株式。税引後利益の30%を総額として優先配当する株式です。Y社では、募集上限を8千万円に設定。財務局に有価証券通知書を提出し、K氏の知人・友人・ファンを含むメルマガ配信先6,000名を対象に一斉同報メール送信で需要調査(出資意向調査)を実施しました。その結果、株主として出資をすることに関心があるとの有効回答は106名。出資意向の総額は1億2,800万円となりました。有効回答率は配信数に対して1.8%と平均値の3%よりも低い数値ではありますが、Y社では想定を上回る出資意向が集まったことで、通常3回配信するメールを1回のみで打ち切っています。通常は調査締切3日前のリマインドと、締切前日の配信の計3回の配信を行っていますので、Y社においても3回の配信を行えば3%前後になったと想定されます。需要調査終了後、ただちに有効回答者に対して、新株式発行概要書(目論見書)等の書類をメールで送付。株式申込証フォームにて正式な株式申込を受け付けました。正式申込を行ったのは、76名(申込率71.7%)、申込総額8,400万円(申込率65.6%)となりました。申込率は過去の平均値の50%と比較して高い値です。一人当たりの投資金額は平均110万円で、これはほぼ平均値です。なお、Y社では募集上限を8,000万円として有価証券通知書を提出していることから、増資額は8,000万円で打ち切り。超過額の400万円は返金しています。資本金100万円でスタートしたY社ですが、8,000万円の資本調達をして気になるのは議決権構成です。A種優先株式は剰余金の配当優先権と残余財産の優先分配権を持つ性格上、普通株式と比較して1株あたりの発行価格が高く設定されているのが特徴です。その結果、A種優先株主の議決権は全て合わせて15%。普通株主である創業経営者グループが増資後も議決権の85%を維持しています。(2)9,900万円の調達を実現した創業支援コンサルティング会社E社E社は起業家育成及び創業支援に力を入れるコンサルティング会社です。地域の自治体との連携により創業支援イベントの企画運営を進めるとともに補助金等のサポートを行っています。E社では将来の上場を念頭にすでに有償新株予約権の発行による資本調達を行っているとともに、優先株式により、合わせて5,000万円の資本参加の意向を数社からいただいたところですが、これを機会にDPOでの募集を組み合わせることにしました。DPOのご案内先は、T社長の名刺交換4,000名ほど。これに加えて、2,500名のフォロワー数のあるNoteでの発信も行っています。DPOでの需要調査フォームは、CFSPにて標準化。以下の形式によって、優先株式への関心に加えて、出資可能金額について選択肢で回答していただいています。選択肢は50万円程度、100万円程度、200万円~300万円。500万円程度、1,000万円程度、2,000万円以上の6つ。50万円という回答が比較的多くなりますが、調査対象の母集団によっては、高額の選択が多いケースもあります。E社の場合、需要調査の有効回答数は40件と多くはありませんでしたが、意向総額は66百万円と高い水準となりました。正式申込件数は28件、4,900万円。これに募集前から意向のあった50百万円を加えて99百万円の増資となりました。E社の場合、28件の正式申込の平均投資単価は175万円と通常の2倍近く。需要調査において「2,000万円以上」と回答された1名が実際に2,000万円の申込をされていることが平均単価を押し上げました。「1,000万円程度」や「2,000万円以上」を選択される方は、50件に1件くらいのイメージですが、それでも選択肢を置くことで、時にはこのような大口の出資を得ることができる場合もあります。(3)800人の需要調査で1,100万円を調達。医療系スタートアップA社。調達金額の大きな2社の事例を紹介しましたが、多くのDPOではむしろもう少し小粒な調達が行われています。再生医療に必要な細胞の選別装置(セルソーター)を開発するA社。VC3社からの1億円の資金調達に加えて、株式投資型クラウドファンディングで5千万円を調達。これに続いて行ったのがDPOです。DPOでは、追加の運転資金を調達すべく1千万円程度を目標として約500名の医師その他メディカル系のネットワークと既存の株主及び新株予約権者300名ほどを対象に需要調査を行っています。A社では既にVCに対してA種優先株式とB種優先株式を発行していることから、今回設計したのはC種優先株式。前の2社とは異なり研究開発型スタートアップで開発が先行して当面、利益の計上が見込めないこともあり、剰余金の優先配当はなく、残余財産の優先分配権のみを有する株式としてC種優先株式を設計しています。需要調査の結果は、有効回答数44名(5.5%)と平均値を大幅に上回る水準でした。ただ意向総額は3,050万円。一人当たりの平均意向額は69万円と平均水準を下回りました。正式申込件数は19名(申込率43%)、申込金額は1,050万円と目標は上回ったものの、一人当たりの申込金額は平均55万円で、平均値の100万円と比較すると低い水準でした。A社では既存株主と既存新株予約権者300名を需要調査対象としていますす。その大半が株式投資型クラウドファンディングの投資家です。ご紹介した2社とは異なり、EXITによる金銭的リターンを目的とする投資家も多いこと、分散投資でより多くの案件に投資をしたいと思っている投資家も多いことが、このような結果につながったと思われます。有効回答率が高いのは、母数の中で株式投資の経験者が多いこと、スタートアップへの理解が深いことが要因と考えられます。以上、3つの事例を紹介してきましたが、本稿の執筆を行っている2025年3月8日現在、4社が平行してDPOの準備を進めています。このうち環境関連スタートアップのC社は、SNSのフォロワー約5,000人を中心に需要調査を実施。有効回答数は90件で意向総額は1億円を超えました。このほか小売店向けマーケティング支援、食品製造業、DX関連スタートアップの3社が需要調査の準備に入っています。続いて、資本政策の打ち合わせを行っている会社がDXサポートを事業とする中小企業が2社あります。この2社は、まず自らがDPOを実行した後に、当社CFSPのパートナーとして、DPOをそれぞれの得意先に広げることを検討しています。1社は介護施設向けにDXサポートを行う会社で。もう1社は大企業及び中堅企業向けにSAPなどERPの導入コンサルを行う会社です。それぞれのイメージは自社の製品やサービスのファイナンス付販売です。返済不要の暖かい資金であるDPOは本来、中堅中小企業向けです。従来の融資やリースと同様、製品サービスの販売に組み合わせることで、飛躍的に利用者は増えることでしょう。6DPOのメリット・デメリット(1)DPOのメリット中小企業にとってこれまで縁遠かった資本調達(エクイティファイナンス)を身近なものとしたDPOですが、そのメリットを整理すると次の通りです。顔の分かった知り合いだけの投資参加による安心感株式を発行して資金調達をするイメージは、VCやCVCなどの専門投資家や証券会社の周囲の個人投資家、あるいは資本提携先となる企業など、ハードルが高く感じられるのが通常でした。また見ず知らずの投資家が株主として参加することへの不安も感じられました。DPOでは、需要調査対象は、知人、友人、お客様、お取引先など、会社や経営者の身近の人たちです。株主として参加されるのはそのうち事業に共感、賛同するいわばファン。需要調査のご案内をお送りしない人からが株主になることはないことから、安心感があります。返済不要の安定資金の確保借入と異なり株式発行による資金調達(資本調達)は返済不要。借入の場合は、返済原資を利益から生み出してこなければならないことから、むしろ月々の資金繰りは厳しくなるのが実際です。これに対して資本調達の場合は、調達後の資金繰りに不安を感じることなく、設備投資や開発投資など、長期的な視点で会社の未来を見据えた先行投資をすることが可能です。投資後の株主からのサポート身近なファンからの投資は、金銭的リターンよりも経営者及び事業への共感や支援の目的意識が強いのが特徴です。小売店や飲食店などBtoCの事業では、株主自らが顧客として応援いただけるほか、顧客紹介などで売上増に貢献いただけます。株主にとってもサポートを通じて会社の業績が上がれば、配当や企業価値向上につながるまさにWIN=WINの関係です。需要調査によるプロモーション効果需要調査でのポジティブな回答率は平均3%と説明しましたが、残り97%の方は、需要調査でどのように感じているのでしょう?調査シートには最後に「ご意見、ご質問」の項目があり、自由にコメントを記載いただけるようになっています。実は、投資にポジティブな反応をいただけなかった人も多くがコメントをしていただいています。株主になっていただけなかった理由は様々です。最低単位の50万円の資金拠出が厳しいと感じられる方、株式投資はそもそも行わない方針の方、株式についてよくわからないと思っている方など。共通するのは投資ができなかったことを「申し訳ない」と感じていることです。それは投資とは別の形で応援したいという気持ちの裏返しとも言えます。需要調査では、事業概要や事業計画の要約などを添付してお送りします。図らずも自然な形で身近な多くの方へ事業内容が伝わります。DPOの後で売上が増加する会社が多いのは、株主からの支援だけでなく、需要調査対象となった遍く多くの皆さんが事業への理解を深め、応援の輪が広がっている証と言えましょう。安定的な経営権の維持事例でご紹介した3つのケースではいずれも優先株式を発行しています。剰余金の配当や残余財産の分配の優先権がある一方で、議決権シェアを低く設定しているのが特徴です。Y社のケースでは、設立時の資本金は100万円。全て普通株式で発行価格は10円。100,000株を発行しています。これに対してDPOで発行した優先株式は1株あたり50,000円で合わせて1,600株を発行し、8,000万円を調達しています。優先株主は、剰余金の範囲内で、当期純利益の3割を総額に普通株主に優先して配当を受けることができる上に、会社解散時には残余財産から投資額と同額の1株あたり50,000円の優先分配を受ける権利を持ちます。1株当たりの議決権は、普通株式も優先株式も同じであることから、増資後も創業株主は86.2%の議決権比率を維持していることになります。将来の上場を計画するシード期のスタートアップでは、優先株式に代えて株価を定めずに次回の増資の株価に株価を連動させる有償新株予約権(J-KISS型新株予約権)等、CFSPでは、その会社の状況に応じて最適なエクイティファイナンスを提案しています。最短1ヵ月で確実な資金調達VCやCVCからの資本調達では、相手の組織的な意思決定に時間を要することから、資金調達が実現するのは最短でも3ヶ月先。長いケースでは6ヶ月待たされることもあり、それも投資意思決定に至らないことも少なくありません。資金調達する側としては、その間、不安な精神状態で待ち続けなければなりません。これに対してDPOは、調達資金の額に多寡はあるとはいえ、最短1ヵ月でほぼ確実に資金調達ができるのが特徴です。それは対象が個人であり、50万円からの投資ができるので、その日のうちにYES、NOの意思決定ができるからです。前編の標準スケジュール表で示したとおり、最初の2週間で準備をして3週目で需要調査。4週目を正式な申込期間として設定すれば、1ヵ月後には着金されます。株主に束縛されないことVCやCVCからの調達では、、投資契約又は株主間契約を結ばされるのが一般的です。会社法では株主を保護する目的で、株主の権利と経営者の責任を明確にしていますが、投資契約や株主間契約では、特定の株主に対する経営者の責任を重くしているのが特徴です。例えば、会社法では経営意思決定は株主総会で定めるべきことを除き、取締役又は取締役会が決定できることとされていますが、株主間契約書で一定の事項については事前にVC等の特定の株主の承認を必要とする旨を定めたりします。VC等はファンドの投資家に対してパフォーマンスを確保する責任を負っていることから、投資先を厳しく監視し指導することが求められていますので、経営者はそれを覚悟で経営に臨む必要があります。勿論VC等による経営監視と指導が原動力となって会社が成長し、上場に至るケースもありますが、実際にはVC等の年間投資件数1,500件に対し、上場するのは年間100社のみ。事業計画通りに進まない場合、多くのケースでは経営者にとって精神的につらい立場が続きます。これに対して、DPOの場合は、優先株主に株主間合意書に合意を求めるものの、VCとの株主間契約書とは異なり、株主が万が一、反社に該当した場合などの強制買取条項など、経営者にとって有利な条項が示されています。経営者の株主に対する責任は当然ありますが、それは会社法が定める忠実義務の範囲です。株主からの暖かい支援をいただきながら、それに甘えることなく、事業目的の遂行のために誠実に経営を行うこと。すなわち会社法が期待する株式会社の本来の姿を実現するのがDPOなのです。(2)DPOのデメリットと留意点DPOの最大のデメリットとして指摘されているのは株主の増加です。非上場会社においては上場会社と異なり、株主名簿管理や株主総会の開催についての知見や人的リソースが不足していることが多く、コスト増が懸念されるところです。ただ、近年においては会社法の改正によって電磁的な方法による株主間コミュニケーションが進んでおり、以前ほどコストや手間を意識しなくても良くなっています。具体的には、株主総会の招集通知の発送、委任状による議決権代理行使について、郵送ではなく電子メールで行えるようになりました。取締役会設置会社においては、招集通知は原則として郵送で送らなければなりませんが、株主の承諾を前提に電子メールにより発送することができます。CFSPが指導するDPOにおいては、株式申込の際に合意いただく株主間合意書に電磁的方法による招集通知の送付への承諾の条項が含まれています。なお、取締役会非設置会社については、招集通知はどのような方法で送付しても良いことから、電子メールで送付することに制約はありません。議決権の代理行使については、会社が承諾すれば、委任状を電磁的な方法により送付することが可能です。そもそも電磁的な方法での議決権代理行使の方法を用意するのであれば承諾しているということになります。また委任状はメールに添付して送る方式のほか、Googleフォームや他のフォームアプリを使った委任状フォームに入力する方法も電磁的方法として認められます。招集通知をメールでお送りした上で、委任状フォームに誘導する形でスムーズな運用が可能です。なお、株主総会の開催については、一定の条件のもとで上場会社が行う場合を除き、完全なオンライン開催は認められていません。リアルの会場は用意しなければなりませんが、ハイブリッドによる開催は可能です。ただしオンライン参加の株主はオンライン上での議決権行使は認められません。上記の委任状を電磁的に提出することで議決権の代理行使をしていただくことなります。株主名簿管理については、CFSPのサポートメニューとして株主名簿の作成及び管理を代行しています。定款で定める株主名簿管理人ではなく、あくまで会社の行う名簿管理業務のサポートとして行っています。実質的には株式の異動はほとんどありません。CFSPの提携する会計事務所の行う会計税務業務と連動して、会社法が求める計算書類等の作成を行うとともに、招集通知として株主名簿に登録されている株主を対象として、会社にメール送信をいただく指導をしております。株主が増加することについてもう一つデメリットとして指摘されているのは、反社会的勢力またはその関係者(以下「反社」といいます。)が株主に含まれてしまうリスクが高まることです。上場準備をしている会社は上場審査に大きな影響が及ぶとともに、VC等がそれを懸念して資金調達が難しくなる場合もあります。ただしDPOの場合は、経営者の知り合いで構成される需要調査先のみが株主として参加しており、株主が多くなるといっても、経営者自身が反社関係者でなければ、周囲に反社がいる可能性は極めて低いと言えましょう。また、株主が増加するといってもその数は、多くても100名程度。何千人もの株主が増えるわけではありません。さらに、先に紹介した株主間合意書には、万が一、DPOで参加した株主が反社と関係があることが判明した場合における、強制買取条項が含まれています。しかも契約行為代理権を経営株主に付与する条項も含まれており、強制的かつ自動的に買取ができる強力な合意書となっています。したがって、反社が株主に含まれて問題となるリスクは、ほぼゼロといってよいでしょう。このほか、留意点としては、図らずも金融商品取引法に違反してしまうリスクです。特に、私募の人数通算規定、募集の金額通算規定が極めて複雑な規定となっていることから注意が必要です。例えばDPOで8千万円の調達を行った後、3ヶ月以内に私募で2千万円以上の調達を行い、合計で1億円以上となってしまった場合です。私募で参加する株主が1名であったとしても、過去3ヶ月以内に行った増資と通算して勧誘人数が50人以上となると募集となり、その金額の合計が1億円以上となると有価証券届出書が必要な募集に該当してしまいます。また1年以内に募集を何度か行って、その金額が1億円以上となった場合には、やはり有価証券届出書が必要な募集に該当します。気を付けなければならないのは、通算される有価証券の種類です。私募の人数通算と募集の金額通算では、通算される有価証券種類の範囲が異なっています。私募通算では、配当条件の異なる種類株式は別の種類とされて通算されませんが、募集通算では、配当条件は関係なく、すべての株式及び新株予約権は同じ種類として通算されます。一度、金融商品取引法違反をすると、その後のファイナンスに大きな影響が及ぶので、専門家のサポートを受けながら慎重に行う必要があります。金融商品取引法違反で別の観点で注意が必要なのは、金融商品取引業者としての無登録勧誘に該当するリスクです。次項では、会計事務所がCFSPのパートナーとしてDPOサポートをする場合における留意点として、会計事務所のリスクを説明していますが、同様に、発行会社が他のコンサルティング会社やマーケティング指導会社に自ら行うべき投資勧誘を委託したり、顧問など役員や社員でない者がその者の周囲に勧誘を行ってしまうと金融商品取引法違反となる可能性があるので十分に注意する必要があります。7会計事務所の行う顧問先DPOサポート筆者が代表を務めるCFSPでは、DPOの指導ノウハウの標準化を進めています。DPOでは、優先株式などのエクイティスキームの設計やそれを含む資本政策の策定、金融商品取引法の規制に則った書類の作成と提出、需要調査の手続きと回答フォームの書式およびその集計、目論見書および株式申込み手続きのドキュメントなど、一連の専門知識とノウハウが必要です。個々の企業の実情に応じた最適な資本調達を指導する責任があります。CFSPでは、これらの専門知識とノウハウを専門家に提供し、事業を拡大いただくパートナー制度を運営しています。その中心を担うのが会計事務所です。CFSPとパートナー契約を締結し、その指導に従ってDPOサポート業務を行っていただいています。日本では株式を発行して資金を調達しているのは主に4,000社の上場会社と将来の上場を考える10,000社ほど。一般の中小企業では外部株主が増資を引き受ける形で資金調達する慣行はこれまでありませんでした。それは株式を金融商品として投資する対象と考える投資家からの資金調達のみを考えてきたからです。会社法の原点に立ち返り、株主の共同事業としての株式会社が、本来の株主を募るのであれば、その対象は、会計事務所の顧問先である200万社の中小企業に広げることができるのです。ただ、歴史のある中小企業にとっては、外部の株主が参画そのものに抵抗があることも少なくありません。そこで、会計事務所が中小企業の顧問先のDPOをサポートする際に、特にCFSPがお勧めしているのが、別会社を新設する方法です。例えば、工場の生産性を高めるためにロボットの導入を検討している中小企業を考えてみましょう。銀行借入を受けられれば問題ありませんが、すでに売上高と比較して高い水準の借入残高となっている場合や、キャッシュフローから返済原資が生まれないと判断される場合等、融資が受けられないとロボットの導入も進められません。このようなケースでCFSPがお勧めしているのは、ロボットを保有することを目的とする子会社の設立です。子会社がDPOで資金調達を行い、ロボットを購入。そのロボットを親会社に賃貸するスキームです。DPOに投資参加した優先株主には、親会社から受領するロボット賃貸収益を原資に子会社から優先配当をすることができます。この方法では、親会社となる会社は株式会社でなくても問題ありません。社団法人、社会福祉法人、医療法人、あるいは個人事業主であっても可能です。DPOを行うのは子会社でなくても、事例で紹介したY社のように、経営者個人が発起人となって出資する会社でも問題ありません。CFSPでは、現在、パートナーとなる会計事務所の行うDPOサポートを支援するアプリケーションとして、「DPO-AIアシスタンス」を開発中です。AIを活用して、DPO指導業務の一部を自動化するアプリです。この夏のリリースを予定しています。DPO指導業務における会計事務所の手数料は、CFSPの受取手数料の最大30%相当額。顧問先をCFSPにつなぐだけでも、10%のフィーが得られます。CFSPの報酬は調達金額の10%なので、5,000万円の資本調達をサポートした場合、最大150万円の手数料を獲得できることになります。しかも、別会社を設立するケースが多いと想定されることから、DPOを指導するたび新たな顧問先が増加することも見逃せません。ただ一つ、パートナーとなる会計事務所に是非ご注意いただきたいことがあります。それは、金融商品取引法に抵触することがないようコンプライアンスを徹底いただくことです。顧問先がDPO(自己募集)として株式を周囲にご案内しているのであれば問題ありませんが、気を利かせ過ぎて会計事務所が他の顧問先などに声をかけてしまうと、金融商品を無登録で投資勧誘したみなされ、金融商品取引法違反で罰せられる恐れがあります。CFSPの指導に従って、会計事務所としては、手続の指導とドキュメント作成指導に徹することが極めて重要です。8DPOに関するQ&A最後にDPOに関するよくある質問について整理してみました。それぞれの回答をご参考としてください。(Q1)当社は資本金100万円ですが、3,000万円の増資を行って経営権に問題が出ませんでしょうか?(A1)時価発行や種類株式によって増資後の経営者の議決権割合は9割程度を確保する設計をおこなっています。無議決権株式やJ-KISS型新株予約権で外部株主が全く議決権を保有しない設計を行う設計も可能ですが、経営の参加意識を持っていただくことで応援いただきやすくなるプラスの効果もあります。様々な状況を考慮して最適な議決権となるように自由に設計が可能ですので、改めてご相談ください。(Q2)49名以上への増資はできないと聞いていましたが、法律上問題ないのでしょうか?(A2)多くの方が誤解していますが、日本の法律(金融商品取引法)では、50名以上への投資勧誘(募集)はできないのではなく、募集をするために「開示規制」と呼ばれる規制に従う必要があります。特に1億円以上の募集については、公認会計士(又は監査法人)の監査証明付された財務諸表を伴う「有価証券届出書」という50頁にも及ぶ書類を提出し、EDINETという金融庁の公開WEBサイトで一般に開示することが求められています。有価証券届出書を提出した会社はその後、継続して上場会社と同様の「有価証券報告書」を毎年決算期から3ヶ月以内に提出し、開示しなければなりません。有価証券報告書に含まれる財務諸表には公認会計士の監査が必要です。したがって監査を受けていない企業は1億円以上の募集を行うことはできません。一方、1億円未満に募集については「有価証券届出書」の提出は免除されており、2頁のみの簡易な「有価証券通知書」を財務局に提出すれば足りることとなっています。「有価証券通知書」は一般に開示されるものではありません。CFSPのDPOサポートは、1億円未満の募集(50人以上の不特定多数への勧誘)を、金融商品取引法に従って「有価証券通知書」を提出して行うものです。(Q3)上場前に株主が増えると上場できなくなると言う人がいますが、どうなんでしょうか?(A3)証券取引所や上場引受主幹事は上場審査にあたって反社会的勢力が関わっていないことを確認する必要があります。そのために全ての株主について反社チェックを行っています。株主が多いとその確認の手間が増えることがあるのと、株主が多くなることでその中に反社が含まれるリスクが高まるとの考えから、上場審査への影響に言及する人がいます。しかしながら、反社チェックの結果、問題がなければ株主が多いこと自体が上場審査にマイナスとなることはありません。むしろ流動性確保の観点から上場審査においては一定の株主数が必要とされており、上場審査上は、株主が多いことはむしろプラスとなります。会社として会社を応援する株主が多いことで、株主からの有形無形のサポートを得られ、会社の発展にはプラスとなることが多いと考えられます。(Q4)増資後に株主から買戻しを求められた場合には、どうしたら良いのでしょう?(A4)金銭を対価とする取得請求権付の種類株式を発行する場合を除き、株主から会社が買い取る義務はありません。ただ、経営者等と売買契約を締結の上、任意で買い取ることは可能です。(Q5)当社としては、特に親しくしている20名ほどに限定して増資を行いたいのですが、どうでしょうか?(A5)20名に対する投資勧誘は「私募」となりDPOではありません。DPOが多くの人を対象に需要調査を行うのは確率論からであり、誰が会社や事業にどの程度関心を持っているかや、株式に対する投資をそもそも行うか否か、金銭的な余裕などが、わからないことがあります。あらかじめ、身近な20名の投資意向が明らかなのであれば、敢えてDPOとして募集を行う必要もありません。ただし私募で行う場合には、記載したDPOのメリットは得られませんのでご注意ください。(Q6)DPOの後、ただちにVCに向けて1億円の第三者割当増資を行うことは可能でしょうか?(A6)金融商品取引法では有価証券の私募の通算規定があり、過去3ヶ月以内に行われた「同一種類の有価証券の投資勧誘を通算して人数が50名以上となり、金額が1億円以上となる場合には、有価証券届出書が必要な募集」に該当するとされています。ここで「同一種類」というのは配当条件が同一ということなので、配当条件が異なる株式であれば可能です。また3か月後であれば同一種類の株式であっても問題ありません。(Q7)DPOの資金調達について調達時及び調達後のコストはどのくらい必要でしょう?(A7)CFSPでは完全成功報酬型のサポートでは調達金額の15%、CFO代行サービスを行う場合には、月額10万円+成功報酬10%のコストとなります。当方としては、その後の継続的なサポートも含めて行うCFO代行サービス付きをお勧めています。なお会計税務顧問を希望される場合はこのコストに含まれます。CFSPに対するコストのほか、増資の登記費用(増加資本金額の7/1000と司法書士報酬(5万円~10万円程度))が必要となります。株主総会の招集及び運営については、オンラインで行う場合にはほとんどコストはかかりません。(Q8)DPOにおいてCFSPは投資家を集めてくれるのでしょうか?(A8)DPOは創業経営者等の周囲から自ら募集する仕組みであってCFSPが外部の投資家から資金を調達するものではありません。非上場会社が外部の投資家から資金を集める方法としては「株式投資型クラウドファンディング」があります。第一種金融商品取引業又は第一種少額電子募集取扱業のライセンスがあれば可能ですが、法律により投資者一人当たりの投資金額の上限が50万円となっています(特定投資家は除く)。CFSPは株式投資型クラウドファンディング事業を2024年5月に売却しており、現在は行っていません。9おわりに筆者が1997年に創業して2010年まで代表を務めていたディー・ブレイン証券。当時、日本で唯一のIPO専業証券会社として、日本証券業協会が運営するグリーンシート市場の募集取扱主幹事業務で9割を超えるシェア、福岡証券取引所と札幌証券取引所の新規上場引受主幹事業務では6割とシェアと極めて高い存在感で中小企業の資金調達をサポートしていました。証券取引所における新規上場引受主幹事業務にかかるディー・ブレイン証券のビジネスモデルはいわば製販分離。投資家への販売はその100%をネット証券や中堅証券会社に委託し、ディー・ブレイン証券は引受主幹事としての指導、審査及び引受に特化するユニークなビジネスモデルを構築していました。一方、グリーンシート市場では直接、投資家に販売していましたが、対象の投資家は主に「拡大縁故募集」と称して、発行会社の周囲の知人・友人・取引先等でした。そのコンセプトは本稿で紹介したDPOと同じです。会社法が期待する株主の共同事業としての株式会社。その真の株主を募集していた唯一の証券会社がディー・ブレイン証券でした。ディー・ブレイン証券では1999年から2010年までの約10年間に、グリーンシートの募集取扱業務を通じて、140社の中小企業に対して、合わせて110億円の資本調達を仲介してきました。グリーンシートにはPTS(私設証券売買システム)による流通市場が整備され、換金の場も用意されていました。いま再び、非上場株式のための売買市場をつくろうとする動きが活発ですが、グリーンシートでは、当時、すでに非上場株式のための最先端の取引市場が機能していたのです。そのグリーンシートは2011年の金融審議会で廃止が決定。非上場会社の資本調達を金融商品取引業者が仲介する制度は、株式投資型クラウドファンディング(ECF)と株主コミュニティ制度に受け継がれました。筆者は2015年にCFSPの前身となるDANベンチャーキャピタルを設立。2017年にECF専業の金融商品取引業者のライセンスを金融庁から取得し、ECF業務を開始しました。ECFにより20社に対して4億円の資本調達をサポートしたものの昨年には、ブラットフォームであるCFAngelsを含むECF事業を東証プライム上場のジャパンインベストメントアドバイザーに売却。筆者の経営するCFSPでは、現在、上場会社270社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)担当者が参加する「CVC投資戦略研究会」の運営を通じたスタートアップとCVCのマッチング、並びに本稿で紹介したDPOによって、非上場会社の資本調達をサポートしています。中小企業のための完成度の高いインフラであったグリーンシート市場と、その後継制度のECF制度。いずれも事業として継続を断念せざるを得なかった最大の要因は、金融商品取引業者としての規制の壁を乗り越えられなかったことにあります。金融商品取引法の趣旨は投資家保護を目的に金融商品取引の安全を図ること。例えそれが、金銭的リターンを目的としない非上場会社の株式への投資であったとしても、金融商品取引業者が仲介するのであれば、上場株式と同じ土俵で、金融商品とし発行会社には開示規制、金融商品取引業者には行為規制と呼ばれる様々な制約が課されます。その規制は発行会社と金融商品取引業者のコストアップを招き、資本調達の中小企業に広げる障害となるだけでなく、制度そのものの破綻に繋がってしまいます。その点、金融商品取引業者の仲介を必要とせず、開示規制も少額要件により対象外であるDPOは、中小企業に大きく資本調達を広げることができる可能性を秘めています。その最も有力な担い手となり得るのが会計事務所であると筆者は考えています。しかし、気をつけなければならないのは、このような制度を悪用して投資家から不当に資金を詐取するような事件が起きる可能性もあることです。1社1億円未満の範囲であれば、新会社を設立して優先株式による高い配当を謳い、高齢者など不特定多数から資金を集めるようなことができてしまいます。次々と新会社を作って資金を集めるような詐欺的な募集が横行すると、金融庁としても規制強化や新たな規制を考えざるを得なくなり、DPOも衰退してしまう恐れがあります。筆者としては、DPOが健全に発展できるよう、これをサポートする専門家の守るべき規範を整備するとともに、DPO指導手続のさらなる標準化と一部自動化を進めるAI-DPOアシスタンスの開発で、全国の会計事務所等の専門家を通じた普及を図る所存です。ディー・ブレイン証券が生まれるきっかけとなったのは、筆者が1996年にリリースした「インターネットベンチャー投資マート」でした。会社を応援する株主を募ることを目的としたこのシステムは、今日の株式型クラウドファンディングの世界の草分けとも言えますが、その法的な性格は、発行会社の自己募集の支援システムでした。ディー・ブレイン証券の前身の株式会社ディー・ブレインが運営しているブラットフォーム「インターネットベンチャー投資マート」。株式の仲介をしているとの誤解も生む仕組みが問題と指摘され、証券会社化することになり、それが金融商品取引の規制に翻弄される結果を招きました。30年の月日を経て、筆者としては金融商品取引法を徹底して遵守して、誰が見ても透明性が高く、悪用もされない中小企業の資本調達のインフラとしてDPOを確立、発展させていく覚悟です。前編の冒頭で紹介したように、今回が筆者の本研究レポートの執筆の最終回となりました。ディー・ブレイン証券の代表を辞任した翌年の2011年にミロク情報サービスの是枝会長にお声がけいただいてから14年。読者の皆様には、長年にわたり拙稿をお読みいただき、心より感謝申し上げます。またどこかで、お目にかかれますことを楽しみにしています。提供:税経システム研究所
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