経営研究レポート
MJS税経システム研究所・経営システム研究会の顧問・客員研究員による中小・中堅企業の生産性向上、事業活性化など、経営に関する多彩な各種研究リポートを掲載しています。
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2024/10/10 行政DX
マイナンバーカードを活用した救急業務の迅速化・円滑化
1.はじめに現在、マイナンバーカードの健康保険証としての利用が進み、全国の医療機関等でオンライン資格確認等システムを活用して、患者・医療従事者の利便性を向上させるための環境整備が進んでいる。消防庁でも、当該システムを救急現場で活用して、救急業務に必要な傷病者情報を正確かつ早期に把握することで、迅速・円滑な救急活動が期待できるとして、2022年度から、マイナンバーカードを活用した救急業務(以下マイナ救急)の迅速化・円滑化の検討を救急業務のあり方に関する検討会(注1)内に設置されたWGにおいて行っている。現在の救急活動においては、救急隊が傷病者の搬送先医療機関の選定等に必要な情報を傷病者本人もしくは家族等の関係者から直接聴取しており、関係者がいない場合には症状に苦しむ本人から聴取することとなるが、これは傷病者に対する大きな負担となる。また、複数の基礎疾患を有する高齢者の救急事案では、本人が病歴や受診した医療機関名を思い出せないことや、関係者が傷病者の情報を把握していないことも少なくない。このため、救急現場で傷病者が保有するマイナンバーカードを活用して、救急業務に必要となる情報を正確かつ早期に把握することができれば、より迅速・円滑な救急活動の実施が期待できるとされる。一方で、救急の現場では、医師ではない救急隊員等が、医療に関わる情報を参照することになるため、プライバシーの侵害や、本人の同意をどのように扱うか等の課題も多く存在しており、これら課題をどのように解決するかの検討も必要となる。このため、消防庁は、本年度、マイナ救急に関する実証事業を進めており、マイナ救急の運用方法や効果等の検証を進め、あらゆる関係者にメリットのある仕組みを構築し、導入するための検討を行っている。本稿では、現在想定されているマイナ救急の仕組みを解説し、現在の課題と今後の方向性を見ていきたい。2.マイナンバーカードを活用した救急業務(マイナ救急)消防庁は、令和5年度に開催したマイナンバーカードを活用した救急業務の全国展開に係る検討WGにおいて、「救急隊員が傷病者の医療情報等を閲覧する仕組みの骨子」(注2)を取りまとめた。この中で、救急出動件数、救急搬送人員は、一貫して増加傾向にあり、今後も搬送率が高い高齢者の人口が増加する見込みであることに加え、救急需要が多様化していることから、傷病者本人及び救急隊員の負担を極力抑えながら、医療機関との更なる連携強化を図ることが必要であるとし、このために、救急業務において傷病者の健康保険証利用登録済マイナンバーカード(いわゆる「マイナ保険証」)を活用し、オンライン資格確認等システムから救急隊員が傷病者の医療情報等を閲覧する仕組みを構築することで、傷病者自身の情報伝達にかかる負担を軽減するとともに、救急隊員が正確な傷病者情報を把握して搬送先医療機関の選定を行うことで、救急業務の迅速化・円滑化を目指すとしている。現在の救急現場では、救急隊が傷病者から口頭で「傷病者の病歴、受診歴、服薬している薬」等の情報を聴取しているが、傷病者が会話できない場合や傷病者本人が病歴や受診した病院等を忘れている場合、傷病者が意識の無い場合においても、救急隊がマイナンバーカードを用いて正確な傷病者情報を早期に把握することができれば、情報の聴取時間が短縮され、傷病者に適応する搬送先医療機関の選定迅速化が図られる。また現在は、オンライン資格確認等システムを用いて、患者本人の同意のもとで医療機関等に医療情報の提供を行っているが、厚生労働省は、意識障害等で患者意思を確認できない状況等の「患者の生命、身体の保護のために必要がある場合」に、同意取得が困難な場合でも、医療機関内で医師等が医療情報の閲覧(救急時医療情報閲覧)を可能とするためのシステムを令和6年10月より運用開始するとしている。このため、消防庁では、ここで運用されるオンライン資格確認等システムの救急時医療情報閲覧の仕組みを活用し、救急隊において生命、身体の保護の必要があるとして傷病者の搬送を判断した場合に、傷病者の救急時医療情報等を閲覧する仕組みの検討を進めている。(表1)表1情報閲覧の同意取得に係るフロー(救急では黄色の部分のみを対象とする)図1マイナンバーカードによる救急時医療情報閲覧(参考文献3の図を参考に作成)ここで、救急現場での運用を想定しているマイナンバーカードによる医療情報閲覧(図1)のフローは次のようになる。救急隊員は救急現場に到着後、傷病者に生命・身体の保護の必要性があるかを判断する。救急隊員は、救急隊閲覧用端末にログインし、オンライン資格確認等システムに接続する。病院等への搬送が必要と判断した場合、マイナンバーカードの提示を求める。カードを所持していない場合や情報提供の同意が得られない場合には、通常の聴取等の救急活動を行う。同意が得られた場合及び同意取得が困難な場合には、救急隊員が、カード券面の顔写真を用いて傷病者がカード所有者であることを確認し、マイナンバーカードを情報閲覧端末にかざす。オンライン資格確認等システムは、PINの入力なしにカード所有者の確認を行う公的個人認証サービスの特定利用者証明機能を用いてカード所有者を確認し、カード所有者の救急時医療情報を端末に表示する。また、いつ、どの消防本部が、情報を閲覧したかを履歴として記録する。救急隊員は、表示された情報を用いて、搬送先医療機関を選定する。傷病者は、マイナポータルから、いつ、どの消防本部が、情報を閲覧したかを確認できる。このように想定フローでは、救急車内に置かれた救急隊閲覧用端末を用いて救急隊員が要配慮個人情報である医療情報等を閲覧することになる。通常医療機関では、医療従事者のみが立ち入り可能な医療機関内の管理された区域に置かれた端末を用いて医療情報の参照を行っているため、医師等の認証については、ID/パスワード等の比較的簡便な方法をとっていることが多い。一方、救急車では、救急隊員以外の関係者や傷病者の関係者等が立ち入る可能性があるため、閲覧資格の無い者が医療情報閲覧を不正に行うリスクが高まるとされる。このため、マイナ救急では、確実に救急隊員のみが情報閲覧を行うようにするために、厚生労働省の定める「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」(注4)に従い、閲覧用端末へのログイン時に、ID/パスワードとともに生体認証、USBキー、ICカードのいずれかを併用した二要素認証を行う方針である。また、救急隊員が操作できる状態で端末が放置・盗難されるリスクや気づかないうちにマルウエア等をインストールされてしまう等のリスクがあることから、実運用を想定したセキュリティアセスメントを実施し、その結果を基に、マイナ救急の閲覧端末等におけるセキュリティ対策の策定および消防本部におけるセキュリティガイドラインの作成を本年度行うこととしている。さらに、マイナ救急を実施するにあたっては、日ごろからマイナンバーカード携帯し、マイナ保険証として利用してもらう等、国民の協力が必要不可欠であることから、救急業務において傷病者のマイナ保険証を活用することについて、その必要性や目的を国民に対してわかりやすい形で広報・周知していくとしている。3.マイナ救急の実証事業消防庁は、本年5月より、マイナ救急の実証実験を全国35都道府県・67消防本部・660救急隊において実施している。今回の実証実験は、令和4年に実施した実証実験の結果を踏まえて、様々な課題の解決を目指して実施しているものであるため、まずは、令和4年の実証実験で明らかになった課題から説明したい。令和4年の実証事実験当時のマイナンバーカード保有率は50%程度(注5)であり、マイナ保険証も開始されたばかりでほとんど普及していなかったため、比較的保有率が高い全国6自治体を選択して実証実験を実施したが、傷病者がマイナ保険証として登録されているカードを所有していた割合は救急隊の出動件数のうち3.1%しかなく、本人同意のもとで情報の閲覧に至った割合はわずか2.6%であった(注6)。また、すべての事例について、厳格な本人同意を必須とし、医療機関に設置されている顔認証付きカードリーダーを使用した同意の取得、もしくは書面での同意取得を行ったため、顔認証がスムーズに実施できない場合や傷病者が意識のない場合には対応できなかった。さらに、情報の閲覧を救命救急士に限定したが、救命救急士は通常救急隊に1名のみの配属となるため、救急隊内部での役割の分担がスムーズに行えない等の課題も発生した。このために、令和4年の実証実験では、マイナンバーカードを活用して情報を確認した事案における平均の現場滞在時間が23分25秒となり、令和3年の出動事案(実証実験と同期間に実証実験実施消防本部が出動した事案)の平均滞在時間である16分56秒と比較して6分29秒延伸することとなり、メリットを十分訴求できない結果となっている。このため、今回の実証実験では、119番通報受電時に、通報者に対してマイナンバーカード利用についての事前説明や準備の依頼を行うことで、円滑なマイナ救急を実施する。救命救急士だけでなく、全救急隊員に閲覧アカウントを付与し、救急時医療情報を閲覧可能とすることで、柔軟な運用(役割分担)を可能とする。書面等での同意取得ではなく、口頭での同意取得を可能とすることで、同意取得に必要な時間を短縮する。また、意識不明時等で同意取得が困難な場合は、同意なしでの情報閲覧を実施する。救急隊向けのシステムの閲覧プロセスを最適化し、ログインしてから情報閲覧までの画面遷移数等を、医療機関で用いられるオンライン資格確認等システムと比較して大幅に削減する。これにより、操作時間の短縮を目指す。等の対策を講じることで、救急隊員の負荷を減らし、スムーズなマイナ救急を実施する予定である。また、2024年7月31日現在のマイナンバーカード保有率は74.5%、さらに健康保険証利用登録は、マイナンバーカード保有者数の80.0%(注7)であるため、前回よりも多くの情報閲覧の実施を見込んでいる。一方で、現時点では解決に至っていない以下の課題があり、これらは継続検討となっている。意識不明者のマイナンバーカードの取扱い現在の救急業務では、傷病者が意識不明等で意思疎通が困難かつ家族や知人等の同伴者がいない場合には、警察官が傷病者の所持品検査を行って免許証や健康保険証等を確認し、氏名や年齢、住所等の情報を取得している。マイナ救急の効果を十分発揮するためには、できるだけ早い段階で傷病者のマイナンバーカードを利用して意識不明者の医療情報を参照することが望ましいが、現在の消防法の規定では、傷病者の身元確認のために救急隊が所持品検査を行ってマイナンバーカードを探すことが許容されているとは言えず、必ず警察官の立ち合いが必要となる。この件については、今年度実証事業を行う消防本部の意見を参考に、制度等の整備の必要性を整理することとしている。他の救急業務システムとの連携救急車内では、救急隊員、消防署、医療機関間を連携し、救急活動を効率化する救急業務システム等の多種の情報システムが利用されている。マイナ救急は、医療用に整備された専用のネットワークを利用して救急時医療情報の参照を行う仕組みであるため、インターネット等を利用した他システムとの連携はセキュリティの観点から容易ではなく、例えば、救急隊がマイナ救急を介して入手した傷病者の既往症やアレルギー情報、薬歴等を搬送先医療機関と容易に共有することができない。また、傷病者のこれら情報を通信指令センターとも共有できないため、搬送先病院の選定を救急隊員と通信指令員が連携して行うことが難しい場合もある。このため、今後連携先システムのセキュリティ要件の見直しやセキュリティ機能の追加等を検討し、救急業務全体の効率化に向けた検討を行うこととしている。救急隊員による閲覧拒否の事前意思表明について厚生労働省は、医療機関内から救急医療時に医療情報閲覧を可能とする仕組みの整備を進めており、意識不明時等の場合には、救命行為を行う医師が同意なしに救急時医療情報の参照を可能としている。一方で、マイナ救急での情報閲覧は、主として搬送先病院の決定等を行うために用いられるものであり、直接的な救命行為に結びつかない場合もあることから、救急隊員による情報閲覧を希望しない傷病者がいることが想定されている。このため、消防庁では、意識不明等で意思表示ができない状況に備えて、事前に閲覧拒否の意思表示するための方法を今後検討するとしている。4.終わりに本稿では、消防庁で実施しているマイナンバーカードを活用した救急業務の迅速化・円滑化に向けた検討の現状と課題を解説した。本年度の実証実験は、すでに一部の地域で始まっており、実施した救急隊からは、「外出先での事故で、お薬手帳を所持していなかったが、マイナ救急により正確な薬剤情報を共有できた」、「薬剤情報を閲覧し、抗凝固薬の服用の確認が取れた(血栓等を防止する薬を服用している場合、止血等の処置を慎重に行う必要があるため)」、「外国人の傷病者で、日本語が通じにくい中、医療情報を閲覧できたのは有用であった」等の意見が挙がっていることから、今後更なるマイナ救急の有効性が示されることが期待される。消防庁は、令和7年度に全国の消防本部において、本年度の実証を踏まえて改善を加えたマイナ救急システムの実証を行う検討を進めており、これにより、ほぼすべての国民がマイナ救急の恩恵を受けられるようになると想定される。一方で、マイナ救急の一層の活用を進めるためには、国民が、いつどのような場所でも常にマイナンバーカードを所持することが必要であり、いざという時に備えてマイナンバーカードを常に所持することが有効であることを理解してもらうよう、本取組を国民に広く周知・広報していく必要がある。また、現在のシステムで閲覧可能な救急時医療情報は、オンライン資格確認等システムをベースとしており、そこで扱われる情報は、レセプト(医療機関が保険者に対して請求する医療費の明細書)から抽出したものであるため、閲覧可能な薬剤等の情報は、おおよそ2か月程度前の情報となる。これに対して、厚生労働省は電子カルテ情報共有サービスの構築を進めており、そこでは、電子処方箋情報等との連携により、ほぼリアルタイムに薬剤等の情報や検査情報の共有が可能となる。今年度の実証実験での意見にもあったように、薬剤については、今何を服用しているかの情報が非常に重要であり、マイナ救急においてもオンライン資格確認等システムだけでなく電子カルテ情報共有サービスの情報を取り込み閲覧することが望まれる。本年12月からのマイナ保険証への本格移行は、現時点で賛否がほぼ拮抗している状況(注8)ではあるが、反対意見を持つ人の多くは、マイナ保険証のメリットを知らない、イメージがつかないことも明らかになってきている。マイナ救急は、いざという時のために用意されるものであり、普段はその恩恵にあずかれるものではないが、当事者にとっては自らの命を救ってくれる有用な仕組みとなることは明らかである。今後、政府には、マイナ保険証を利用することによる有用性を広く周知し、マイナンバーカード、マイナ保険証の社会受容性を高めるため活動の実施を期待したい。<注釈>令和6年度救急業務のあり方に関する検討会(消防庁),https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/post-151.html「令和5年度救急業務のあり方に関する検討会報告書」の公表(消防庁),https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/240325_kyuuki_01.pdfマイナンバーカードを活用した救急業務(マイナ救急)の全国展開に係る検討(消防庁),https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-151/01/shiryou1.pdf医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第6.0版(令和5年5月)(厚生労働省),https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.htmlマイナンバーカードの市区町村別交付枚数等について(令和4年10月末時点)(総務省),https://www.soumu.go.jp/main_content/000844027.pdf令和4年度救急業務のあり方に関する検討会報告書(消防庁),https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-118/04/houkoku.pdfマイナンバーカードの普及に関するダッシュボード(デジタル庁),https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/mynumber_penetration_rate#dataマイナ保険証に関する調査概要と調査結果(三菱総合研究所),https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/hd2tof000000h87a-att/mer20231215.pdf提供:税経システム研究所
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2024/10/07 企業経営
事例で学ぶ~資本調達に成功する資本政策の読み方・作り方
【サマリー】2024年6月に東京証券取引所グロース市場に上場した株式会社ライスカレーの資本政策を、公表されている有価証券届出書等により分析して研究する。ライスカレーは創業直後の2016年から2022年まで、計6回の第三者割当増資で合わせて8億2千万円を調達。GMOグループほかVCが資本参加。上場前にグループ会社を株式交換で完全子会社化して、新株を交付。最後の第三者割当増資の株価2,127円(株式分割考慮後)に対して、上場時の公募価格は1,420円で、いわゆるダウンラウンド上場となった。1はじめに今回は、2024年3月に東証グロースに上場した株式会社ライスカレーの資本政策の研究です。ライスカレーは、CCXcloudと称するSNSやECから収集されるマーケティングデータをクラウド上に保有し、その分析データをB2B(エンタープライズ領域)で提供するデジタルマーケティングのプラットフォームの運営事業を行っています。またそのプラットフォームをブランディング等のマーケティング戦略に活用して自らECそのものを事業(コンシューマー領域)として行っています。(出典:有価証券届出書)CCXcloudでは、SNSをはじめとしたコミュニティから取得できるユーザーのインサイトやECの購買データなど多様なデータ(コミュニティデータ)の蓄積・分析が可能です。ライスカレーがネット上で自社運営しているコミュニティ(自社コミュニティ)と同社グループが支援する顧客のコミュニティに『CCXcloud』が導入されています。ライスカレーは、2016年4月の設立。2016年7月に大久保遼氏がオーナーとして経営参画した上で、株式会社GMOベンチャー通信スタートアップ支援ほかエンジェル等がシード期の投資をしています。その後、2018年から2022年にかけてCVCあるいは上場会社としてはGMOグループを中心に電通及び丸井グループが資本参加、VCとしてはみずほキャピタル、SMBCキャピタルなどが投資を行い、総額825百万円の資本調達を行っています。2019年3月に行われた増資後の時価総額(ポストバリュー)は約10億円。調達額は1億円で10%の希薄化でした。ポストバリューはその後、2020年3月に15億円(調達額50百万円)、2021年6月には26億円(調達額1億円)、2022年5月には55億円(調達額570百万円)と増加しています。2023年3月にはグループ会社でコミュニティEコマースのRiLiを株式交換により完全子会社化。RiLiの株主に新株式を交付しています。株式交換後の時価総額は58億円(株式分割後の1株あたり株価は2,127円)となりました。ところがブックビルディングで決まった公募売出価格は1,410円と大幅なダウンとなりました。公募増資2億3千万円を含む上場時の時価総額は42億円となっています。2第三者割当増資の状況以下は、ライスカレーの有価証券届出書第二部【企業情報】、第4【提出会社の状況】1【株式等の状況】(3)資本金の推移の表です。上記「発行済株式総数及び資本金等の推移」の注1~注6では、普通株式による第三者割当増資に、それぞれに示されている割当先が参加していることが示されています。添付の資本政策表においては、この表だけでは把握できない部分を、有価証券届出書の第四部【株式公開情報】第3【株主の状況】の情報によってとプレスリリース情報によって推計しました。この中で、みずほ成長支援第3号投資事業有限責任組合(以下「みずほ3号組合」)が参加した2019年2月と2021年6月の第三者割当増資及び、丸井グループが資本参加した2022年5月の第三者割当増資を例として見てみましょう。2019年2月の増資における発行価格は1株あたり4,584円。4,500株が発行されており、そのすべてを、みずほ3号組合に割当てています。2021年6月の増資の発行価格は1株あたり11,084円、発行総数9,472株のうち、4,511株をみずほ3号組合が引き受けていると考えられます。みずほ3号組合の取得した株数は合計で9,011株、その取得金額は合計で70,627千円となります。平均取得価格は7,838円です。なお2021年6月の増資後の発行済株式総数は235,026株で、みずほ3号組合の保有シェアは3.83%。この時点の時価総額は、235,026株×11,084円=26億円と計算されます。一方、2022年5月の増資における発行価格は1株あたり21,275円。丸井グループに9,400株、高橋理志氏に470株の合計9,870株が発行されています。増資後の発行済株式総数261,816株に発行価格を乗じた時価総額は55億7千万円です。丸井グループの取得シェは3.59%。取得価額は9,400株×21,275円=199,985千円でした。3M&Aによる事業拡大とグループ会社の組織再編ライスカレーでは、創業時より子会社を事業ごとに設立するグループ会社経営を行ってきましたが、上場までに間にグループ戦略を見直してきた経緯があります。同社は2016年4月に株式会社ライスカレー製作所として設立後、インフルエンサープロデュースブランドの立ち上げ、運用を支援するマークドバイ株式会社を子会社として設立しています。その後、ライスカレー製作所は2019年4月に社名を株式会社SUIRINHOLDINGSに変更し、新設分割により100%子会社として同名の株式会社ライスカレー製作所を設立しました。SUIRINHODINGSの傘下に事業ごとに子会社を設立あるいはM&Aをしていく方針であったと思われますが、経営効率の観点から方針を見直し、2020年9月には株式会社SUIRINHOLDINGSに株式会社ライスカレー製作所及びマークドバイ株式会社を吸収合併し、社名を株式会社ライスカレーへ変更しています。さらに2022年4月にはコミュニティデータマネジントツールの開発を担う株式会社パスチャーを100%子会社化後に吸収合併。さらに、2022年7月に株式交換により株式会社RiLiの全株式を取得して完全子会社化しています。上場審査においては、子会社の株式の一部を特別利害関係者が保有している等の場合においては、原則として合併または100%子会社化が求められています。ライスカレーにおいてもグループ会社の合併及び100%子会社化が進められたと考えられます。このうち、「発行済株式総数及び資本金等の推移」の注7に示すとおり、株式交換によって100%子会社化されています。RiLiの株主であった同社の役員等に対してライスカレーの新株式が交付されています。この株式交換による増加資本はすべて資本準備金として、その金額は257,287千円と示されています。新たに発行された株式数は12,093株であることから、1株あたりの発行価格は21,275円であったことがわかります。これは直近の第三者割当増資の発行価格と同額です。「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)では、共通支配下の取引(親会社が子会社を完全子会社化する株式交換や合併等の取引)か、非支配株主との取引(子会社ではない会社の株式交換や合併等の取引)によって異なる会計処理が必要とされています。前者においては、内部取引として適正な帳簿価額を基礎に取引にかかる会計処理を行いますが、後者では時価により取得したものとした会計処理が求められます。RiLiの株式交換取引においては、時価による適正な交換比率によって株式交換が行われたと考えられ、資本準備金の増加額が時価を基礎として算定されていることから、非支配株主との取引であったと考えられます。株式交換によって交付された株式のうち、RiLiの代表取締役、岩片麻翔氏には7,524株が交付されています。時価評価では、岩片氏のライスカレー株式の取得価額は7,524株×21,275円=160,073千円と計算されます。すなわち保有していたRiLi株式も160,073千円で評価されたということになります。仮にRiLiの完全子会社化を株式交換ではなく現金取引で行ったとすると、ライスカレーから総額で257,287千円の資金が流出し、岩片氏にはそのうち160,073千円が支払われることになります。株式交換による取得を選択した理由としては、資金の流出を避けることができることに加え、岩片氏を含むグループ会社の役員に対して親会社の株式を保有することによるインセンティブを与えることができるメリットがあったと考えられます。役員個人に対する税務上の取扱いが気になるところですが、ライスカレーの1株あたり純資産は2022年3月末時点で117円。岩片氏の例では純資産評価による取得価額は880千円に過ぎません。個人に対する課税は、RiLiの株式譲渡に伴う譲渡益ですが、最大でも取得価額を控除した後、分離課税で20%となりますから、ほとんど負担はありません。一方、現金で譲渡した場合には、最大で32百万円の課税が発生する可能性があったことになります。この点においても、このケースでは株式交換が優れていたと言えましょう。4上場時の公募売出上場日の直前には公募売出が行われて、一般投資家が株主として参加します。証券取引所では、流動性を確保することを目的に上場基準として、株主数や流通株式総数、流通株式比率の最低ラインを定めています。ライスカレーの有価証券届出書の【証券情報】に示された上場時の公募株式数は229,500株、売出株式数は581,900株(オーバーアロットメントによる売出105,900株を含む)とされています。想定売出価格によってまず仮計算による売出の想定金額が示されており、その後、ブックビルディングによって売出価格が決定された際には、改めて「訂正有価証券届出書」が提出されます。想定売出価格は1,420円とされて計算されています。その後、仮条件の下限1,240円〜上限1,420円とするブックビルディングが行われ、その結果、売出価格は想定売出価格と同額の1,420円に決定しました。ライスカレーの上場時には、創業メンバーに加えて第三者割当増資に応じたCVC、VC等の一部が売出を行っています。先に例示したみずほ3号組合は、保有していた90,110株のうち18,110株を売出により放出しました。売却収入は18,110×1,420円=25,716千円で、取得価額18,110×784円(分割考慮後)=14,198千円を控除した売却益は11,518千円。残った保有株式の含み益は、72,000株×(1,420円-784円)=45,792千円と計算されます。一方、最後の増資にて資本参加した丸井グループは、売出を一切行っていません。ダウンラウンド上場となったことから保有株式に含み損が発生しました。その額は、94,000株×(2,127円-1,420円)=66,458千円と計算されます。なお、創業者の大久保氏は売出でオーバーアロットメントを含めて240,900株を放出しており、その売却収入は342,078千円であったと計算されます。売出後の保有株式数は1,126,830株、保有シェアは38%となっています。5おわりにライスカレーの上場初日の初値は1,560円と公募売出価格の1,420円に対して9.9%の上昇となりました。しかし、その後の株価は低迷しており、2024年8月19日の終値では916円と上場来最安値となりました。公募売出価格からの下落率は35.4%となっています。ライスカレーの事業は、冒頭で述べたように、デジタルマーケティングのプラットフォームの提供にあります。一方で、ECとして各種ブランドを構築しており、その成果が業績に直結するほか、提供するプラットフォームの評価にもつながります。好循環になれば、相乗作用が期待できますが、逆循環となるリスクも孕んでいると言えましょう。ライスカレーが運営する口腔美容のブランドMiiSのコミュニティECサイト以下は、ライスカレー過去5年間の業績の推移(2023年3月期以降は連結)をグラフ化にしたものです。上場直前期(N-1期)までは創業来、赤字が継続。上場申請期の2024年3月期に初めて黒字化しています。公募売出価格によるPERは38倍と高めではありますが、成長性を考慮すれば妥当ではないとは言えません。ただ、その後の株価推移を見る限り、公募売出価格が割高であったというのが市場の評価であると言わざるを得ません。以下のグラフでは、2025年3月期の業績予想も示しています。当期純利益は2024年3月期の109百万円に対して、2025年3月期の予想では269百万円と2.4倍の水準。予想通りの業績が上げられた場合、仮に同じPERの38倍で計算すれば、公募売出価格は3,473円、時価総額は103億円となります。つまり1年待って上場すればダウンラウンドとなることを避けることができた可能性があったわけです。業績の推移(単位:百万円)(有価証券届出書より筆者が作成)少なくとも時価総額で50億円を超えている最後の第三者割当増資が行われた2022年5月時点における資本政策では、100億円以上の時価総額での上場を想定していたと思われます。このタイミングでの上場になったのには、様々な背景があることとは思いますが、できれば、十分な業績を上げたうえで、堂々とした上場をしていただきたかったところです。提供:税経システム研究所
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2024/09/30 人事労務管理
退職に関わるトラブル回避(第6回) ハラスメントに関する解雇1
【サマリー】前回は、休職中の年次有給休暇や産休・育休、副業の可否、休職を巡る裁判例等について解説いたしました。今回は、職場でハラスメントが発生した場合、それが法律に抵触する場合、法律には抵触しないが就業規則に規定されている禁止事項に抵触した場合等は、直ちに懲戒処分や解雇が認められるのか?など、ハラスメントの加害者とされた従業員の処分について、ハラスメントのレベルにも触れながら解説いたします。1.職場におけるハラスメント令和5年度の厚生労働省の調査※1によると、過去3年間に各ハラスメントの相談があったと回答した企業の割合は、パワハラが64.2%と最も多く、セクハラ(39.5%)、顧客からの著しい迷惑行為(カスハラ)(27.9%)、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント(10.2%)、介護休業等ハラスメント(3.9%)、就活等セクハラ(0.7%)となっています(図表1参照)。図表1:過去3年間のハラスメントの相談有無(ハラスメントの種類別)※1:厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」令和3年にパワハラ防止法が制定されてからも、職場におけるパワハラが減少している印象はなく、まだまだ意識が低い経営者や幹部社員が多く、無意識のうちにハラスメントが起きている場合もあります。労働施策総合推進法30条の2第1項に、パワハラとは、①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲をこえたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③までの要素を全て満たすものと定義されています。①の「優越的な関係」というのは、上司と部下の関係に限らず、先輩と後輩、成績優秀者とそれ以外の者、正社員と契約社員、営業社員と事務社員など、職場におけるあらゆる人間同士の言動等も対象になります。②の「業務上必要かつ相当な範囲をこえたもの」というのは、図表2の通り、具体的に6類型に分類されています。図表2:パワハラの6類型また、「仕事を強制すると、パワハラになるのでは?」とか「相手がパワハラと感じればパワハラなのでは?」と思われている方が多く見受けられますが、それは間違いです。「業務上必要でかつ相当な範囲」をこえない指示、注意、指導等は、たとえ相手が不満を開示したとしても、直ちにパワハラとはなりません。③の「就業環境が害されるもの」とは、労働者が能力を発揮するのに重大な悪影響を及ぼすような看過できない程度の支障のことを指します。この状況に該当するかどうかは、たとえば精神的苦痛を与えられた労働者本人がどう感じているかではなく、「平均的な労働者の感じ方」として就業する上で看過できない程度の支障が生じるかどうかが基準となります。パワハラが疑われた場合、実務上では、その行為がどの類型に該当するのか、その行為を理由として就業環境がどの程度害されているのか、慎重に判断することになります。2.ハラスメントのレベル職場におけるハラスメントの中でも、相談件数が圧倒的に多いパワハラとセクハラについては、その悪質性などに応じて、次の4レベル(段階)に分けることができます。刑法上の違法行為(犯罪)ハラスメントの中でも極めて悪質な行為で、逮捕・起訴されて刑事罰を受ける可能性が高い行為となります。もはやハラスメントの域を超えて、暴行罪(刑法208条)、傷害罪(刑法204条)、名誉棄損罪(刑法230条)、強制わいせつ罪(刑法176条)、不同意性交罪(刑法177条)などに該当する違法行為です。民法上の不法行為(権利侵害)違法行為とは言えなくても、故意または過失によって他人の権利を侵害し、損害を与えた場合は不法行為に該当します(民法709条)。指導の範疇を超えた言動等により精神的なダメージを与えたり、度重なる恫喝やセクハラによって、PTSDに陥らせたりするような行為も、不法行為に該当します。このような場合は、加害者のみならず、企業にも安全配慮義務違反(労働契約法5条)や使用者責任(民法715条1項)に基づき、被害者に対する損害賠償責任を負う可能性があります。行政法上定義される行為前述のパワハラ(労働施策総合推進法30条の2第1項)の他、セクハラ(男女雇用機会均等法11条第1項、同条の3第1項)、マタハラ・パタハラ(育児・介護休業法25条第1項)など、各ハラスメントの定義を明確化しているとともに、企業に対して、ハラスメントの防止・対応のために必要な措置を講ずるように義務付けています。上記①、②に該当するか否かにかかわらず、企業は適切な措置を講じなければならず、義務を怠った場合、行政処分(指導、是正勧告、企業名公表等)の対象となります。企業秩序違反行為社内規程等で独自のハラスメント基準などを定めた場合は、企業はその基準に従ってハラスメントに該当するか否かを判断することになります。どのようなハラスメントが懲戒処分の対象になるのかなどを細かく規定しておく必要があります。なお、実際には上位レベルのハラスメントに該当する場合は、下位レベルのハラスメントも該当することになります。また、マタハラ・パタハラは、その性質上①および②のレベルは想定されていません。3.ハラスメントを理由とした懲戒、解雇ハラスメントが発生した場合、加害者(行為者)と認定された従業員の扱いは、就業規則等に規定されているいずれかの懲戒処分となるのが一般的ですが、場合によっては普通解雇や懲戒解雇の可能性もあります。ハラスメントのレベルが①の場合は、そもそも犯罪なので、懲戒解雇は社会通念上当然の処分といえます。レベル②の場合は、犯罪とまではいえなくとも、被害者からすれば身体的・精神的苦痛を強いられていた場合が多いので、加害者および会社に対して慰謝料や損害賠償請求はもとより、会社と和解する条件として加害者の解雇を要求される可能性も高いでしょう。ただし、実際にはレベル①②が職場内で発生するのはごく稀で、職場内でのハラスメントのほとんどはレベル③④に該当する場合です。これらの場合、懲戒処分、または普通解雇や懲戒解雇という重い処分とするためには、労働契約法15条の「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」、および労働契約法16条「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」という原則となるルールに照らして、慎重に処分を検討しなければなりません。実務上では、加害者とされた従業員・被害を訴える従業員双方から事情聴取、必要に応じて他の従業員からも意見を聴いたうえで事実確認、ハラスメントと認定された場合、加害者の弁明の機会を与え、懲罰委員会等で懲戒処分を検討し指導・教育を経て、それでも改善されなければ解雇という流れになります。とはいえ、ハラスメント行為の再発が危惧され、被害者の保護が必要であったり、他の従業員に悪影響を与える恐れが強い場合、さらに職場の規律を維持するために、加害者に辞めてもらうのが最善の道ということもあります。そのような場合は、退職勧奨を行い、合意退職に持ち込むことも検討すべきです。退職勧奨を行う際、特にセクハラは加害者と被害者2人の場面で行われることが多いため、事実認定が困難になるので、確固たる証拠を収集したうえでより一層慎重に行うべきです。4.適正な処分基準では、実際に職場内でパワハラやセクハラが起きてしまった場合、裁判等になった場合、不当処分や不当解雇とならないようにするには、具体的にはハラスメントの加害者に対する懲戒処分をどのように選択すればよいのでしょうか?処分を決定する際に、考慮しなければならない重要なポイントは次の5つです。ハラスメントの加害者の処分を決定する場合、以上のさまざまな要素を検討する必要がありケースバイケースの対応となるので、一律の基準を示すことは困難ですが、上記①~⑤に照らしてつぎの通りおよその目安を示します。※前提条件:就業規則にハラスメントが確認された場合は懲戒処分または悪質な場合解雇等が規定されていること。(懲戒処分は、「戒告」→「減給」→「降格」・「出勤停止」→「諭旨解雇」→「懲戒解雇」という順に重い処分。A:ハラスメント行為が行われたが、その後、加害者が十分に反省して被害者に謝罪し、被害者も謝罪を受け入れて、表面上は和解できているようなケース。処分内容:再犯の恐れが低ければ「戒告」として始末書・誓約書を書かせる、あるいは重くても「減給」程度。B:ハラスメントの被害者が多数あり、それが原因で休職者や退職者が発生していて、しかも加害者が反省していないようなケース。処分内容:職場環境を著しく悪化させているので、「降格」、一時的に「出勤停止」。このようなケースでも、加害者が過去にハラスメントで注意や懲戒処分を受けたことがない場合は、「懲戒解雇」は重すぎると判断される可能性が高いです。解雇が難しい場合、退職勧奨して退職してもらうことも検討すべきでしょう。C:過去にもハラスメントについて懲戒処分歴がある従業員で、さらにハラスメントを繰り返したケース処分内容:「諭旨解雇」あるいは「懲戒解雇」を検討する必要があります。会社が初犯の時から厳格に対応していれば、加害者に改善の余地がないとして、「懲戒解雇」が認められる可能性が高いです。以上が目安ですが、前述の通り、一律の基準を示すことは困難です。ハラスメントの加害者に対して懲戒処分をする際は、あらゆる状況を加味して慎重にする必要があることをおさえておきましょう。また、使用者(会社)の対応によっては、加害者のみならず使用者も損害賠償請求される可能性も高いので、ハラスメントの申し立てがあった場合は、速やかに、申し立てた従業員、加害者とされた従業員、必要であればその周囲の従業員から事情聴取を行い、ハラスメントに該当する行為があったのか否か、今後も継続するおそれがあるか否かを判断し、その判断に基づいて、速やかに必要な措置を取らなければなりません。次回は実際の裁判例をいくつかご紹介いたします。提供:税経システム研究所
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2024/09/30 企業経営
中小企業のM&Aと企業価値評価(第13回)
【サマリー】引き続き我が国の中小企業におけるM&Aと企業価値評価の実務について解説します。前回の第12回目は実際に筆者が実施した株式価値評価プロセスの事例について説明しました。本稿ではマーケット・アプローチによる株式価値評価について事例を用いて説明します。本稿では、マーケット・アプローチに基づく株式価値評価のうち、株価倍率法(マルチプル法)の事例について紹介します。株価倍率法とは、評価対象企業と類似する上場企業の株式時価総額または事業価値を、純資産額や利益などの財務数値で割って株価倍率を算定して、当該株価倍率を対象企業の財務数値に乗じて評価対象企業の株式価値または事業価値を算定する方法です。株価倍率法は公表されている上場企業の財務数値や市場価格などの指標がベースとなるために客観性が高いというメリットがある一方で、評価対象企業と規模や業種が類似している上場企業の選定に恣意性が入るおそれがあるというデメリットも指摘されることは以前に説明しました。株価倍率法のイメージは以下のとおりです。【図表1株価倍率法のイメージ】上記イメージのように、上場企業の株式時価総額が間接的に評価対象企業の株式価値に影響を与えていることが理解できると思われますが、前回のDCF法でも同様、類似する上場企業をどのように選択するかで評価額も変わってくるためにより高度な判断が求められます。それでは株価倍率法を実際どのように行うかについて事例を用いて説明します。まず、本事例では評価対象企業の類似企業を5社(J社・K社・L社・M社およびN社)選定しました。選定にあたっては、評価対象企業との業種、売上高や利益の財務的規模、収益性や成長性などを勘案することになりますが、評価対象企業が非上場で一般的に財務数値も小規模であることに対して類似企業は上場企業となるために、仮に業務が類似していてもあまりにもかけ離れた企業を選択するとかえって評価を誤るリスクが高まるためになるべく財務的規模を意識して選択する必要があります。以下の図表は類似企業5社の株式時価総額及び事業価値、各社の予想財務数値、株価倍率を表したものです。【図表2類似企業の株価倍率】類似企業5社の株式時価総額はインターネット等で容易に検索可能です。また、事業価値については直近の決算書(有価証券報告書や決算短信等)から以下の算定方法に従って求めることになります。なお、5社の決算期はそれぞれ異なりますが、評価対象企業の評価基準日に近いタイミングで算定すればよいと思われます。(事業価値)=(株式時価総額)+(非支配株主持分)+(有利子負債(借入金など)-(現金預金)-(非事業用資産(有価証券や貸付金など))各社の予想財務数値ですが、決算短信や「四季報」という書籍に掲載されている業績予想数値を用いるのが良いと考えます。簿価純資産については直近の決算書に記載された純資産価額に予想当期純利益を加減すれば算定できます。EBIT(イービット)については予想営業利益、EBITDA(イービットディーエー)については予想営業利益に直近の損益計算書に記載された減価償却費を加算するのが簡便的な方法といえます。当期純利益については予測値をそのまま使用します。なお、予想数値ではなく直近の決算書から実績値を用いることも可能ですが、株価は投資家が投資対象企業の将来利益やキャッシュ・フローを予測して投資した結果が反映されていると考えられるために、予想数値を用いるのがより理論的と考えます。株価倍率ですが、簿価純資産と当期純利益については株式時価総額、EBITとEBITDAについては事業価値が対応します。この理由ですが、まず簿価純資産は会計上の株主の持分を表す数値、当期純利益は有利子負債に対する支払利息を控除した後の金額であり株主にとっての利益を表す数値であるためにそれぞれ株式時価総額に対応することによります。また、EBIT及びEBITDAは受取利息や配当金、支払利息の金額が計上される前の利益であり、有利子負債や非事業用資産の影響を除いた純粋な事業から作り出されたものですので事業価値が対応します。図表2には類似企業5社について4種類の株価倍率が示されておりますが、M社のEBIT倍率及び当期純利益倍率は他の株価倍率と比較して明らかに異常値であると考えられます。このような場合には当該倍率は計算の対象外とするのが一般的です。図表3は5社のそれぞれの株価倍率の平均値または中央値を計算した表になりますが、上記M社の2つの倍率は除外して計算されております。【図表3株価倍率の平均値・中央値】株価倍率が算定できましたので、いよいよ評価対象企業の株式価値算定のフェーズに移ります。ここで平均値と中央値のどちらを選択すべきかですが、どちらを選択しても構いません。本事例では平均値を採用することとしました。評価対象企業のそれぞれの指標の実績値に株価倍率を乗じますが、簿価純資産と当期純利益については株価倍率を乗じた結果は株式価値となります。一方でEBITとEBITDAについては事業価値となりますので、現金や非事業用資産を加えて有利子負債を差し引くことで株式価値が算定されます。図表4では4種の株価倍率を用いた株式価値が示されております。【図表4株価倍率法による株式価値算定結果】上記の結果から最終的に評価対象企業の株式価値をどのように考えるべきかですが、本事例ではEBIT倍率による結果(5,037百万円)を上限、EBITDA倍率による結果(3,397百万円)を下限としたレンジと結論付けました。DCF法による株式価値評価の算定でも説明しましたが、株式価値評価結果は一定のレンジを示すことが多いために今回もそのような結論としました。マーケット・アプローチに基づく株式価値算定はDCF法による方法と比較すると採用頻度は少ないですが、実務で使用されるケースもあるために本稿で紹介しました。提供:税経システム研究所
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2024/09/27 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(202)
1.はじめに去る7月3日に、5年に1度実施される公的年金の財政検証の結果が発表されました。この財政検証は、公的年金の財政状況をチェックし、将来の給付水準の見通しを示すものです。今回の検証の結果によると、過去30年間と同じ程度の経済状況が続いた場合、給付は目減りするものの、現役世代の平均収入の50%以上は維持できるとしています。年金制度の先行きについては、世間ではあまり明るい見通しが語られることは多くはないのが実情ですが、少なくとも今回の検証結果を信じるならば、当面の給付水準は大きく変わらないものと考えてよさそうです。そうした状況の中で、10月からは社会保険の適用拡大が最終局面を迎えることになります。どのような内容に変わるのか、新たに適用となる従業員にはどのように説明したらいいのかなど、多くの中小企業に影響を与える今回の制度改正について考えてみたいと思います。2.社会保険の適用拡大とは「社会保険」という言葉は、よく耳にしたり、口にしたりしているのではないかと思います。なんとなくイメージで「労働者を対象に国が運営している保険」くらいに考えている方が多いように思いますが、そもそも「社会保険」とはどのような制度なのでしょうか。社会保険は、病気やケガ、災害、失業などに見舞われた際に、国が労働者に対して経済的な補償や生活支援をするための制度です。一般的には「労災保険」「雇用保険」「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」を総じて広義の「社会保険」と称しますが、その中でも「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」の3つが狭義の「社会保険」として区分され各種手続きも連動しており、「労災保険」と「雇用保険」は「労働保険」の区分で切り分けされています。今回の適用拡大は「健康保険」「厚生年金保険」「介護保険」の各保険の適用外であった従業員にも適用対象を広げる制度改定です。社会保険の適用拡大は、企業の従業員規模によって2016年から順次行われてきました。当初は「従業員500人超」から始まり、2022年に「従業員100人超」と基準が引き下げられて、2024年10月からは「従業員51名以上」の企業まで対象が拡大されます。従業員51名以上の企業で働く従業員のうち、これまで適用対象となっていなかった短時間労働者(パート・アルバイト等)が新たに社会保険の適用対象となります。では、雇用しているパート・アルバイト従業員全てに対し社会保険を適用しなければならないのでしょうか。3.新たに社会保険が適用となる従業員とは今回対象となるのは、以下の条件を全て満たした短時間労働者とされています。1.週の所定労働時間が20時間以上であること雇用契約上1週間の所定労働時間が20時間以上の場合です。この「20時間」には残業や休日勤務など臨時に発生した労働時間は含まれませんが、週の所定労働時間が20時間に満たない場合でも、実労働時間(残業等を含んだ労働時間)が2ヶ月連続で週20時間以上となり、翌月以降も引き続き20時間以上の実労働時間となることが見込まれる場合は、3ヶ月目から適用対象となります。2.所定内賃金が月額88,000円以上であること所定内賃金には、時間外・休日深夜や通勤・家族・皆勤などの各手当を含みません。3.雇用期間が2ヶ月を超える見込みであること4.学生でないことただし、夜間学生や休学中の学生は対象です。4.加入することのメリットは?上記の条件全てに該当するパート・アルバイト等の従業員は、本年10月1日以降、原則として社会保険に強制加入となります。当然のことながら加入すれば保険料負担が発生することになりますが、これまで負担していなかった保険料が賃金から控除される従業員からは、戸惑いや反発が出ても不思議なことではありません。保険料を負担するからには、強制加入とはいえ、それなりのメリットがないとなかなか納得が得られないでしょう。パート・アルバイト等従業員が新たに社会保険に加入した場合のメリットはどのような点にあるのでしょうか。メリット1:傷病手当金・出産手当金業務外の病気やケガで就労できなかった場合や出産のために休業した場合、傷病手当金は休業4日目から最大1年6ヶ月の期間、出産手当金は産前42日、産後56日の期間、給与の2/3相当の金額を受け取ることができます。(健康保険より支給)パート・アルバイト等の従業員は、賃金体系が時給ベースで決められていることが多いため、病気やケガ、出産での欠勤はダイレクトに賃金にはね返ってしまいます。これらの手当てにより、万一長期に渡り就労不能となってしまった場合でも、当面の生活に及ぼす影響が少なくなるものと考えます。メリット2:年金額の増加が見込めるこれまでは国民年金の被保険者(第1号または3号)として自身で保険料を支払っていたのですが、社会保険加入後は、厚生年金保険の被保険者として、賃金から保険料が控除されます。国民年金のみの加入ですと、老後の年金は老齢基礎年金のみとなり、20歳から60歳までの40年間分の保険料を全て支払った場合、年金額は816,000円(令和6年度)となりますが、厚生年金に加入すると、老齢基礎年金に加えて老齢厚生年金も支給されますので、一般的には国民年金の加入期間だけよりも将来の年金額の増加が見込まれることになります。また、万一、本人が亡くなってしまった場合、遺族に遺族厚生年金が支給されますし、心身に障害が残り、就労が困難になってしまった場合には障害厚生年金の支給対象となる場合もあります。保険料負担により、目先の手取りが減少してしまうことを理由に、従業員から相談を受けたり反発が出たりといった場合には、上記のメリットを丁寧に説明し納得感を高めるようにしたいものです。5.企業側の対応は―助成金の活用も一方で、企業側にもさまざまな準備や対応が必要となります。最も大きい影響として、新たな加入者の社会保険料負担が発生することによるコスト増が挙げられます。特に飲食、スーパーなどはパート・アルバイト等が従業員の多くを占めていることもあり、大幅に社会保険料負担が増加してしまうことがあるかもしれません。コスト増を避けるために、先述の条件に該当しないような従業員に切り替えることも考えられますが、労働力不足が顕在化している昨今にあって、新たな採用や採用後の教育のことを考えると、あまり現実的な方策ではないように思えます。企業としては、まずは新たな加入対象者を把握し、それによりどれだけ会社負担の保険料が増加するのか、増加したコストをどのように吸収していくのかなどについて検討し、自社の対応方針を決定していきましょう。行政側でも、今回の適用拡大を受けて、新たに労働者を社会保険に加入させるとともに、収入増加の取組をおこなった企業に対し助成金を支給することにより支援する姿勢を見せています。このような制度も活用しながら、自社の人材活用について考えていきましょう。【参考】将来の公的年金の財政見通し(財政検証)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/index.htmlパート・アルバイトの方向け社会保険加入のメリット(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/001189599.pdfキャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース・賃金規定等改定コース)https://www.mhlw.go.jp/content/001295075.pdf提供:税経システム研究所
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2024/09/13 行政DX
診療報酬改定から見る我が国の医療DX
1.はじめに診療報酬とは、保険医療機関が行う診療行為等に対する評価として公的医療保険から支払われる報酬のことで、公的医療保険の適用となる診療行為の範囲については、厚生労働省告示「診療報酬の算定方法」(注1)で定められている。また、実際の診療報酬の額については、上記告示の別表である「診療報酬点数表」(注2)に医用行為ごとに点数(1点の単価は10円)として定められており、患者が公的医療保険を利用して医療機関を受診した場合には、患者が1~3割の一部負担金を医療機関の窓口で支払い、残りは医療機関が審査支払機関を通じて保険者に請求し、受け取る仕組みとなっている。この診療報酬点数表は、薬価については1年に1回、その他の報酬や価格については2年に1回改訂されており、2024年は、物価高騰や賃金上昇、人材確保の必要性への対応、ポスト2025年の医療・介護に向けた医療DX等を考慮した大幅な改定が行われた。特に医療DXについては、政府から2023年6月に示された「医療DXの推進に関する工程表(以下工程表)」(注3)に記載のある、オンライン資格確認等システムをベースにした全国医療情報プラットフォームの整備を促進するための施策を着実に実行するための加算項目等が盛り込まれた。本稿では、この改定内容から、今後の我が国の医療の目指す方向性を見ていきたい。2.2024年診療報酬改定の概要2025年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となるため、医療・介護サービスの利用者が大幅に増加する一方で、生産年齢人口の減少により、これらのサービスを支える担い手が不足しつつあるため、医療従事者の安定した確保が難しくなり、需要と供給のバランスが崩れると危惧されてきた。このため、従来の診療報酬改定においても、医療機能の分化や連携、医療と介護の役割分担や連携等を着実に進めるための改定が行われてきている。特に、政府は、2014年6月に「医療介護総合確保推進法」を成立させ、将来人口推計をもとに2025年に必要となる病床数を医療機能ごとに推計することで病床の機能分化と連携を進めており、効率的な医療提供体制を実現する取り組みを推進するための診療報酬点数が追加されてきた。一方今回の改定は、団塊ジュニア世代が高齢化し、65歳以上の人口が全人口の約35%になると予想される2040年を意識した内容へと変化している。2040年は、高齢者人口は依然増加し、医療・介護需要の更なる増大が見込まれる一方で、生産年齢人口は現在より約1000万人減少すると予想されており、このままでは、現行の社会保障制度を維持することが困難になると言われている。このため、「令和6年度診療報酬改定の基本方針(以下基本方針)」(注4)では、医療と介護の役割分担と切れ目のない連携を着実に進め、医療・介護の複合ニーズを有する者が、必要なときに「治し、支える」医療や個別ニーズに寄り添った介護を地域で完結して受けられるようにする社会を目指すことが重要であるとして、ポスト2025年のあるべき医療・介護の提供体制を見据えつつ、DX等の社会経済の新たな流れも取り込んだ上で、効果的・効率的で質の高い医療サービスの実現に向けた取組を進める必要があるとしている。3.医療DX推進のための改定項目今回の基本方針では、「治す医療」から、「治し、支える医療」への転換をより明確に打ち出しており、医療・介護を提供する主体の連携により、必要なときに治し、支える医療や個別ニーズに寄り添った柔軟かつ多様な介護が地域で完結して受けられること地域に健康・医療・介護等に関して必要なときに相談できる専門職やその連携が確保され、さらにそれを自ら選ぶことができること健康・医療・介護情報に関する安全・安心の情報基盤が整備されることにより、自らの情報を基に、適切な医療・介護を効果的・効率的に受けることができることの3つの柱を同時に実現することを目指している。そして、①、②に挙げるポスト2025を見据えた地域包括ケアシステムの深化・推進を実現には、③で示す健康・医療・介護情報に関する情報基盤の整備・活用、つまりは、これまでバラバラに管理されていた患者情報を連携させて、より良い医療・介護を提供する仕組みを作ることが必要としている。この情報基盤の整備・活用については、工程表で示されるように、オンライン資格確認等システムをベースとした全国医療情報プラットフォームを創設し、電子処方箋管理サービスの普及、電子カルテ情報共有サービスの構築と運用に取り組み、日本の医療分野のDXを進めることが必要としている。次に、医療DXに関する診療報酬改定のポイントについて見ていきたい。表1オンライン資格確認等システムの導入状況(2024年4月末時点での運用機関の割合)病院医科診療所薬局98.1%89.4%95.3%(参考文献5をもとに作成)1)医療情報取得加算・医療DX推進体制整備加算の新設現在は、オンライン資格確認等システムの導入が実質義務化され、多くの保険医療機関等で医療情報システムの基盤整備が進んできている状況にある(表1)。図1施設別マイナ保険証の利用率の推移(参考文献6より転載)しかしながら、ニュース等でも報道されているように、オンライン資格確認等システムを用いたマイナンバーカードの保険証利用(以下マイナ保険証)の利用率が低迷しており(図1)、本年12月に予定されているプラスチックカードや紙の保険証の廃止がスムーズに進まないことを危惧する声もある。このため、すでに政府は、利用率アップを促進するため、本年5月~7月を「マイナ保険証利用促進集中取組月間」として、昨年10月のマイナ保険証利用人数からの増加人数に応じて、最大10万円(病院は20万円)の定額給付を実施し、医療機関から患者に利用の呼びかけを行う取り組みを実施している。このような状況のもと、今回の診療報酬改定では、マイナ保険証に対応するシステムを普及させる段階から、その先のマイナ保険証を利用して診療情報や薬剤情報の取得し、それを活用する段階への移行という視点での見直しが行われている。つまりは、患者に医療機関にマイナ保険証を持参してもらうという評価から、医療従事者がマイナ保険証を活用して過去の医療情報を取得し、それを診療に利用することを評価するという方向にシフトしていると言える。このため、従来の、オンライン資格確認等システムの体制整備を評価する加算である「医療情報・システム基盤整備体制充実加算」が廃止され、新たに、初診時等の診療情報・薬剤情報の取得・活用を評価する加算である、「医療情報取得加算」及び「医療DX推進体制整備加算」が新設された(注7)。(表2)医療情報取得加算については、従来の医療情報・システム基盤整備体制充実加算が、オンライン資格確認等を実施するためのシステムが導入されている医療機関に対する加算であったのに対して、患者に対する十分な情報を取得して診察を行うことが加算要件となっている。また、マイナ保険証を利用した場合の加算点数が抑えられており、マイナ保険証を利用する患者は、オンライン資格確認等システムを活用して過去の診療情報・薬剤情報を取得することで、より質の高い効果的・効率的な医療を受けられるようになるとともに、加算点数が低くなるため、医療費の自己負担も少なくなるというメリットがあることが分かる。表2医療情報・システム基盤整備体制充実加算の見直し一方で、医療DX推進体制整備加算は、医療機関等が医療DXのための体制整備を行っていることを評価するものであり、オンライン資格確認等を実施するためのシステムの導入に加えて、取得した診療情報・薬剤情報を実際に診療に活用可能な体制を整備するとともに、電子処方箋及び電子カルテ情報共有サービスを導入し、質の高い医療を提供している医療機関に対する加算となっている。厚生労働省は、薬の処方・調剤情報を全国の保険医療機関・保険薬局で確認可能とし、薬の重複や、注意を要する飲み合わせのチェックを容易に行えるようにする等、患者に最適な薬物療法を提供することに加え、患者自らが服薬等の医療情報を電子的に管理し、健康増進へ活用するための、電子処方箋管理サービスを昨年1月より運用開始している。しかし、本年2月の段階での運用開始率は、病院で0.4%、医科診療所1.0%、薬局19.6%と低迷しており、工程表で示す2024年度末に概ねすべての医療機関・薬局で導入されている状態にするためには、大きなテコ入れが必要となっている。また、来年度からの導入を目指している電子カルテ情報共有サービスは、オンライン資格確認等システムで入手できるレセプトに基づく患者情報に加え、ほぼリアルタイムに患者の傷病名や検査情報、処方情報を医療機関間や医療機関と薬局との間で共有することを可能とするとともに、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報等も記録・参照できるようになるものであるが、医療機関においては、電子カルテの導入がほぼ必須となる等、システム導入のための経費負担が増加すると予想されている。この加算項目については、これら厚生労働省が進める医療DX施策に対応するものであり、医師が取得した診療情報を診察室や手術室等において閲覧又は活用できる体制を有していること、電子処方箋を発行する体制を有していること、電子カルテ情報共有サービスを活用できる体制を有していること、マイナ保険証利用について一定程度の実績を有していること等が加算要件になっているために、ハードルが高いものであるが、これら要件を満たした場合には、マイナ保険証の利用の有無に関係なく、来院するすべての患者に対して、初診時に8点(80円)の加算が可能となるため、電子処方箋管理サービスや電子カルテ情報共有サービスの普及促進に効果があるものと期待されている。2)救急時医療情報閲覧機能の施設基準への導入本年10月より、厚生労働省は、患者の生命、身体の保護のために必要な場合、マイナンバーカード又は4情報(氏名、住所、生年月日、性別)による検索で本人確認を行うことによって、患者の同意取得が困難な場合でも、オンライン資格確認等システムを用いて医療情報等の閲覧を可能とする「救急時医療情報閲覧機能」の導入を計画している。医療機関は、この機能を用いることで、救急搬送された意識障害等により同意取得が困難な患者に対しても、レセプト情報に基づく薬剤情報や手術情報等の情報を閲覧し、迅速かつ適切な検査・治療等が行えるようになる。このため、この機能を有効に利用し、過去の患者情報に基づいて適切な治療を行うことを推進するために、総合入院体制加算、急性期充実体制加算、救命救急入院料を請求可能な医療機関の施設基準として、「救急時医療情報閲覧機能を有していること」を新たな要件に追加している。3)在宅診療、在宅看護の推進厚生労働省は、自身の住み慣れた環境で家族と一緒に、普段の生活に近い形で暮らしながら療養することでQOL向上が図られるとして、在宅医療を推進している。すでに述べたように、医療機関内の診療においては、オンライン資格確認等システムを用いて保険資格の確認や患者情報の取得による質の高い医療の提供を目指しているところであるが、本年4月より、在宅診療やオンライン診療においてもオンライン資格確認が可能な、居宅同意取得型のオンライン資格確認等システムの運用が開始され、在宅診療等においても患者の過去の診療情報や薬剤情報を参照することが可能となった。このため、今回の改定では、居宅同意取得型のオンライン資格確認等システムと電子処方箋、電子カルテ情報共有サービスを用いて取得した患者の診療情報や薬剤情報を活用して、質の高い在宅診療、訪問看護を提供した場合においては、在宅医療DX情報活用加算(1か月に1回、10点)、訪問看護医療DX情報活用加算(1か月に1回、5点)を加算できるとされた。4)オンライン診療、遠隔医療の拡大地方やへき地等では、専門的な医師が不在であったり、そもそも医師自体が不足している状況にあることを踏まえて、情報通信機器を用いて行う診療の適用範囲が拡大された。オンライン診療は、得られる情報が対面診療に比べて少ない、オンライン診療特有の技術が必要となる、高齢患者は情報通信機器に不慣れな人が多い等の課題があるため、看護師と一緒にいる患者を、オンラインで遠方の医師から診療する、いわゆるDtoPwithN形式でのオンライン診療が期待されている。このため、今回の改定では、医師不足が喫緊の課題であるへき地医療において、へき地診療所に看護師と一緒にいる患者を、拠点病院等の医師がオンラインで診療を行う場合の評価として看護師等遠隔診療補助加算(50点)が新設された。また、専門的な医師の不足に対応するため、患者が医師といる場合に専門医等が遠隔から診療を行う形式(DtoPwithD)による遠隔連携診療料(3か月に1回、750点)の適用患者に指定難病患者が追加された。さらに、昨年「情報通信機器を用いた精神療法にかかる指針」(注8)が策定されたことを受け、心療内科や精神科を受診する患者に対して、オンラインで診療を行う場合の通院精神療法(診療時間により357点か274点)や、小児科や心療内科の医師が発達障害等の精神疾患を持つ小児に対してオンライン診療する際の小児特定疾患カウンセリング料(条件により696点、522点、435点、348点のいずれか)を算定できるものとされた。5)サイバーセキュリティ対策の推進近年、医療機関に対するサイバー攻撃が急増しており、長期間診療を停止せざるを得ない状況も発生していることから、厚生労働省は2023年5月に改訂した医療情報システムの安全管理ガイドライン第6.0版の中で、医療機関がサイバー攻撃対策として取るべき安全管理措置が明確化する等、医療機関に対して、非常時に備えた対策の整備を求めてきた。今回の改定では、BCP(事業継続計画)の策定・訓練等、高度なセキュリティ対策をとっている医療機関に対する診療録管理体制加算を100点から140点にする一方で、医療情報システム安全管理責任者の設置を求める医療機関の規模を、400床以上から200床以上の医療機関に拡大しており、従来よりも小規模の病院においてもできるだけ高度なサイバー攻撃対策をとることを促すものとなっている。4.終わりに今回の診療報酬改定では、オンライン資格確認等システムを用いて患者情報を取得し、それを診療に生かす点を評価する項目が多く盛り込まれている。今後、超高齢社会が到来すると、介護や医療の需要が高まる一方で、労働力人口は減少傾向となるため、病院数や医師数が必要数に足らず、今のままでは需要と供給のバランスが崩れてしまう可能性が高い。このため、2040年問題が生じる前に現在の医療提供体制を進化させ、ICTを利用して少ない医療従事者でも信頼できる医療を提供できる体制の整備が間違いなく必要になる。例えば、今回、在宅診療でも保険資格確認や患者情報の入手・活用が可能となったが、後期高齢者医療保険の保険証は年1回夏が更新時期となっており、今までは保険証の情報を更新するために、更新された保険証をスマホ等で撮影し、その情報をカルテに取り込む等、医師や看護師等に多大な負担がかかっているとされる。これに対して、今回の改定は、このような医療従事者に余計な負担を強いている状況の改善を診療報酬という面から支援するものと考えることもできる。コロナ禍を契機に、在宅診療や遠隔診療等が広く認められるようになる等、日本の医療の姿も大きく変わりつつある。医療は、国民にとって非常に身近なものであるため、医療DXの進展による状況の変化に戸惑うことも多いと思うが、自身の健康だけでなく、子や孫世代の日本の医療のために必要な変革であると考えて、今後も診療報酬改定の話題が出た際には、日本の未来の医療の姿について改めて考えていただければと思う。<注釈>診療報酬の算定方法(厚生労働省),https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=84aa9729&dataType=0&pageNo=1医科診療報酬点数表,診療報酬の算定方法別表第一(厚生労働省),https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001251499.pdf医療DXの推進に関する工程表(内閣官房),https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_kouteihyou.pdf令和6年度診療報酬改定の基本方針(社会保障審議会医療保険部会、医療部会),https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001200476.pdfオンライン資格確認の都道府県別導入状況について(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001257851.xlsxマイナ保険証の利用促進等について(厚生労働省保険局)https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001243199.pdf医療DX推進体制整備加算・医療情報取得加算の見直しについて(厚生労働省保険局医療課)https://www.mhlw.go.jp/content/10200000/001277499.pdf情報通信機器を用いた精神療法にかかる指針(厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業)https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001113657.pdf提供:税経システム研究所
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2024/08/30 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(201)
1.はじめに一部の従業員の問題行動により職場内の雰囲気や規律が乱されることが原因で、社内が混乱したり、職場規律の乱れが原因となる事故や不正行為等が発生して困っているケースが散見されます。以前であれば「常識」としていちいち口で説明する必要がなかった事柄だったかもしれません。しかしながら、昨今では価値観の多様化とともに、常識やモラルを信じて職場規律を適切に保つことが難しくなってきています。人手不足でなかなか新たな採用も難しい中で、社員が「安心して働ける」「この会社で長く働きたい」と思える職場にするためには、職場規律をどう維持、管理していけばいいかを考えてみたいと思います。2.こんなことが起きていませんか―規律の乱れ・緩みの実態遅刻や欠勤をしたり、直前になって休暇を申し出る従業員が増えてきた業務時間中に私用でスマホを操作している姿が目立つ社内外で挨拶をしない従業員や身だしなみが気になる従業員が目立つようになってきたお客様から従業員の態度や言葉遣いに対する苦言をよく耳にする職場のルールや決まりごとが守られなくなってきたこれ以外にも職場規律の緩みを起因とした行動は様々なものが考えられますが、上記に列挙したのは規律が乱れた職場でよく指摘される行動です。本来、こうした行為を上司が認めたときは、「それはいけない行動である」として適切に注意指導を行うべきなのですが、ちょっと強く注意をすると「パワハラだ!」と騒ぎが起きがちな令和の時代、上司も躊躇してしまい、なかなか注意ができないという面があるのかもしれません。しかしながら、このような事態を放置したり、うやむやな対応でお茶を濁したりしていると真面目にルールを守っている従業員はもとより企業活動そのものにも影響が出る懸念が高まります。具体的には、職場や他の従業員への影響としてルール軽視の職場風土ができ、自分勝手な振る舞いをするようになる腰が引けた対応をする上司に従業員が頼りなさを感じるようになり、組織内での上司のコントロールが効かなくなる真面目にやっている社員が「嫌気」や「ばかばかしさ」を感じてモチベーションがダウンし、やがて退職してしまうまた、企業活動への影響としては業務の生産性やクオリティが低下する優秀な人材が流出して従業員全体の質が低下し、採用しても定着しなくなる顧客や取引先の印象が悪化し、取引にも悪影響を及ぼす社内で共有すべき情報が隠ぺい・歪曲され、しかるべき部署やポストに届かなくなるなど、負のスパイラルに陥ることになります。規律の乱れのひとつひとつを見れば、ちょっとしたことなのかもしれません。しかし、それが複数積み重なったり、長期間に渡ることによって、大きな事故や不正行為などが起こりやすい企業風土を醸成する要素の一つとなります。いざ企業経営にダメージを与える事態が起こるに至って、経営者が初めて規律が緩んでいたことを認識する、というのではあまりにも遅すぎますし、管理者はそれまで職責を果たしていなかったと責められても反論の余地はありません。3.どうして職場規律が乱れてしまうのか?なぜ、分別のある大人が集まっているはずの「職場」という場所で、こうして規律が緩んでいってしまうのでしょうか。【従業員側の原因】単なるわがまま・自分勝手な社内ルールの解釈職場のルールやビジネスマナーを理解していない自らの行動に問題があると認識していない自らの問題とは認識していても許容範囲内だと思っている同僚も同じようなことをしているので構わないと思っている【会社側の原因】上司が問題行動を注意していない、萎縮して注意できない上司がどのように注意指導すればいいかわかっていない上司の注意指導に対し、会社のフォローがない服務規律は「常識」であり、わざわざ指導すべきものではないと考えている従業員が守るべきルールを会社が示していない問題行動に対し会社としても懲戒などの強い処分をしていない、放置しているこうして見てみると、基本的には従業員側の原因が大きいようにも思えますが、会社側の対応にも問題があることがわかるのではないかと思います。本来、職場規律を正し、維持していくのは企業(上司)の役割であるという意識を強く持たないと、一度生じてしまった規律の乱れはなかなか改善できません。服務規律のように、就業規則等に明文化されている事項であれば、それに反した言動は服務規律違反として注意指導や何らかの懲戒処分も可能ですが、挨拶や身だしなみといった「常識」「マナー」に基づいた規律が乱れている場合、「こんなことを注意するのは上司の役目ではない」「まぁそのうちできるようになるだろう」といったおざなりな対応になりがちです。また、従業員側から「この行動の何が悪いのか」「どういった決まりに基づいて注意しているのか」と反論されると、それ以上の指導ができなくなってしまうといったこともあるようです。4.乱れた規律どう改善するかどこの職場にも存在している職場のルールですが、規律が乱れている職場においては、指導する上司とルールを守るべき従業員がそれぞれ、ルールを自分に都合のいいように解釈して行動し、それが際限なく広がっているのではないでしょうか。双方の認識にギャップが存在しているわけですから、根本からこのギャップを解消する取り組みをしなければ、乱れてしまった職場規律が改善されることはないといっても過言ではないと考えます。服務規律に含まれないような職場のルールの乱れを改善していくためには、まずは、ルールの存在と内容を明確にするため、明文化して役職者全員のルールに対する認識を統一することから始めてみてはどうでしょうか。「職場のルールブック」のようなものに、従業員として日頃から遵守してもらいたいこと、知っていて欲しいことをまとめ、全員で共有して、やっていいこと悪いことの基準が統一できれば、上司も注意・指導がしやすいのではないかと思います。このルールブックをまとめる際にも、会社側が一方的に作成してしまうのではなく、各部門の管理者や若手社員などが参加するプロジェクトチームを立ち上げ「自分たちでまとめたルール」という意識を醸成すれば、納得感も高く、活用しやすいのではないでしょうか。それと同時にルール違反を許さない社内の雰囲気を醸成することも必要です。「決められたことを守り、徹底する」という姿勢を見せるためにも、企業(上司)は小さなルール違反を見逃さず、ハンドブックに基づいて「何がいけないのか。いけない理由は何なのか」について注意・指導を行っていくことが規範意識の高い職場をつくり、このことが安全で生産性の高い職場の実現につながっていきます。「ヒヤリハット」という言葉をご存知の方も多いかと思います。大きな事故や不祥事の影には、小さな規律の乱れの積み重ねがそもそもの発端となっているかもしれません。提供:税経システム研究所
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2024/08/29 医療経営
戦略的医療機関経営 その160
【サマリー】我が国は少子高齢化により、高齢者が増加し患者が増え、税金を納める人口が減少し税収が減っている。その対応策のひとつとして、診療報酬改定などの国民医療費を抑え込もうとする政策がとられている。医療機関は公的な価格である診療報酬点数の世界で、経営努力をしているが、コロナの影響もまだ続いており非常に苦しい経営状況にある。患者数や患者単価を上げる努力を様々な医療機関が行っているが、赤字の医療機関は多いままである。今回から医療機関の増収の対策として「施設基準」の見直しについて取り上げる。その理由は、「施設基準は患者単位ではなく、医療機関全体に及ぼすこと。」しかし施設基準は基本的に届出制であり届出を行わないと診療報酬点数を算定(請求)できない。その理由は非常に内容が複雑で、医療機関従事者でも知らないことが多いためである。1.今後の執筆予定施設基準とは(構造、主な要件、用語)基本診療料(主な施設基準、入院基本料、)重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率特掲診療料施設基準の届出適時調査入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費2.施設基準とは保健医療機関では、「医師法」や「医療法」など様々な規定の遵守が求められています。「施設基準」の根拠法は健康保険法です。保険医療機関は健康保険法第65条に基づいて厚生労働大臣に申請し、保険診療を行ってよい「保険医療機関」に指定されます。指定された保険医療機関では、健康保険法第64条で厚生労働大臣に登録を受けた「保険医」でなければいけないと定められています。健康保険法第70条では、保険医療機関の責務として「厚生労働省令で定められた療養の給付」が義務付けられています。(療養担当規則)「療養担当規則」は、保険医療機関や保険医が守らなければならない基本的なルールです。療養の給付の担当範囲、健康保険事業の健全な運営の確保、受給資格の確認、領収書の交付などについて保険医の診療方針等として診療の方針、指導、診療録の記載、適正な費用の請求の確保などが示されています。診療報酬の算定(請求)の基本となる医科診療報酬点数表(ほかに歯科医療と調剤報酬があります)は「基本診療料」と「特掲診療料」のふたつに区分されます。基本診療料:初診時や再診時または入院時に行われる基本的な診療行為を評価したもの特掲診療料:医学管理、検査、手術など付加的な診療行為を評価したもの診療報酬点数表の項目には、算定できる保健医療機関として「施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関」や「別に厚生労働大臣が定める施設基準を満たす保険医療機関」と規定されている項目があります。例)基本診療料初・再診料保険医療機関において初診を行った場合に算定する。ただし、別に厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関において、情報通信機器を用いた初診を行った場合には、251点を算定する初診料の288点に加えて251点、合計536点の算定点数となります。このような事例でもお分かりいただけると思いますが、医療機関の収益を上げるためには、患者の単価や患者数をあげることに加えて、施設基準の見直しが非常に効果的な収益アップ手法となります。注意としては施設基準は医療機関自らが申請を行い届出しないと算定ができないということと、施設基準の内容、解釈などが非常に複雑でこの施設基準に特化した職種(施設基準管理士)の絶対人数がまだ少ないことが挙げられます。診療報酬点数は、基本診療と特掲診療料に区分されることはすでに記述しましたが、施設基準も同様に分かれます。基本的な要件を示す「告示」と要件の詳細な内容を規定する「通知」です。告示:厚生労働大臣が発出通知:厚生労働省主幹部局長(保険局長、保健局医療課長等)が発出表1:基本診療料と特掲診療料、告示と通知告示について基本診療料の施設基準に係る「告示」は、大きく「第一届出の通則」から「第十一経過措置」に分かれています。「第一届出の通則」には、届出に関する内容と異なる事情が生じたとき場合は、速やかに届出の内容変更を行わなければならない等届出に関して記載されています。「第二施設基準の通則」には、療養担当規則違反や診療内容または診療報酬の請求に際し不正がないことなど、届出を行う保険医療機関に関する条件が定められています。「第三から第十の二」は、各区分の個々の項目の施設基準要件が記載されています。「第十一経過措置」には、診療報酬改定で追加、または変更された施設基準について、一定の期間までに満たせばよいとされた項目などが記載されています。該当項目は、経過措置期間中は引き続き算定できますが、措置の期限までに改定後の施設基準への対応した届出が求められます。表2:特掲診療料の施設基準に係る告示通知について施設基準の「通知」には、告示で示された事項の詳細な要件が記載されています。ここでは、基本診療料の構成につて記述します。(特掲診療料も公正は同様です)基本診療料の施設基準に係る「通知」は「第一基本診療料の施設基準等」「第二届出に関する手続き」「第三届け出受理後の措置」「第四経過措置等」で構成されています。「第一基本診療料の施設基準等」は、各項目に区分されています。「別添1」は初・再診料、「別添2」は入院基本料、「別添3」は入院基本料等加算、「別添4」は特定入院料の施設基準、「別添5」は短期間滞在手術等基本料について記載されています。別添6と7は省略例)基本診療の施設基準等における常勤換算について「産前産後休業」「育児・介護休業法」「育児休業」「介護休業」または「育児休業に準じる休業」を取得中の期間において、当該施設基準等において求められる要件を有する複数の非常勤従事者の常勤換算後の人員数を原則として含める正職員として勤務する者については、育児・介護休業法第23条第1項もしくは第3項または第24条の規定による短時間正規職員は、週30時間以上の勤務で常勤扱いとする3.施設基準の主な要件と用語「施設基準」は、厚生労働大臣が定めており、それぞれの「要件」を満たす医療機関が届出を行い、診療報酬点数を算定することができます。この要件については、体制、職種、資格、配置、設備、実績などがあります。体制について「体制」とは、施設基準の要件に定められている診療が、適切に実施されている医療機関の組織体系などを指します。告示には、「十分な」とは「必要な」という抽象的な表現が頻出しますが、「通知」には、その詳細ない内容が記載されています。例えば「栄養サポートチーム加算」における「栄養管理に係る診療を行うにつき十分な体制」とありますが、「十分な体制」とは、組織上に明確に位置づけられた栄養サポートチームの設置のことになります。委員会について多職種による院内の「委員会」「会議」が要件の施設基準があります。なかには「講習」の開催が義務付けられている項目もあります。配置について「配置」とは、当該保険医療機関や部署を担当する職員として配置される人や状態などのことを意味します。例えば、病棟薬剤業務実施加算1には、当該保険医療機関に常勤の薬剤師が2名以上配置しなければならない。配置の条件の中には「常時配置」が条件になっている基準もあります。経験と資格について経験・資格について医師、看護師などには一定の条件がある場合が多く、特に「経験」が求められます。例としては、医療安全対策地域連携加算1での配置する医師の条件として、「十分な経験または研修修了」という要件がついています。十分な経験とは「医療安全対策に3年以上の経験」と規定されています。資格について施設基準の要件の中に「資格」の有無が求められることがあります。「医療有資格者」とは、主に国家資格のことを指します。例としては、地域包括診療加算1の施設基準に、担当医は介護支援専門員の資格を有していることと記載されています。研修について職員全体もしくは各職種に研修を求める要件があります。基準が院内研修の場合は、年間計画をたて、必ず実施しなければなりません。研修の対象者および参加・不参加の一覧表も報告書に添えて保管しなければ、適時調査にも対応できます。機器と設備について設備について設備には治療に必要とされる設備のほかにスタッフステーション、空調設備、洗浄設備、更衣設備、家事用設備、各種日常生活作用設備、調理設備などがあります。例としては、妊産婦緊急搬送入院加算の施設基準に、妊産婦である患者の受診時に、緊急に必要な分娩設備等を有して、緊急の分娩にも対応できる十分な設備を有していることとあります装置について「装置」とは、何らかの目的に対して備え付けた機器などを指します。救急蘇生装置(人工呼吸器など)ポータブルエックス線撮影装置、などです。例としては、人工腎臓(透析)慢性維持透析を行った場合の施設基準の中に、透析用監視装置の台数が26台未満であることとあります。場所や構造について施設基準では、滅菌水の供給場所や窓口、食堂や専用の治療室、病床の面積や廊下幅など施設の場所や構造に対する基準があります。例としては回復期リハビリテーション病棟入院料の施設基準に、病室の床面積は、内法による測定で、患者一人につき6.4㎡以上あることや、浴室、トイレの設置義務、病室に隣接する廊下幅は内法1.8メートル以上であることなどが記載されています。実績について施設基準では、医療のエビデンス(医学的な根拠)として年間の受け入れ患者数などの実績を求められることがあります。例としては、連携強化診療情報提供料では、年間の緊急入院患者数が200名以上の実績を有することが求められています。院内掲示について院内に掲示しなければならない書類は多くあります。厚生老大臣が定める掲示事項については、必ず掲示しなければなりません。また最新の情報が反映されていることも重要です。また、ホームページと院内掲示物の情報に齟齬のないようにしておくことにも注意しましょう。例としては、機能強化加算に関する施設基準に、また、当該対応を行っていることについて、当該保険医療機関の見やすい場所及びホームページ等に掲示していることとあります。用語について実人数と延べ人数実人数は実際にそこにいて動いた人の数で、延べ人数は、物事を成し遂げるときに動員した人数の合計と事です。入院患者10人(実人数)が、それぞれ100日入院すると、延べ人数は10人×100日で1,000人となります。専従、専任、専らについて専従とは、当該業務を行っている時間帯で、当該業務だけに従事すること専任とは、当該業務を責任をもって担当することで、ほかの業務と兼任できる専らとは、勤務時間の大部分を当該業務に従事していることです次回レポートは医業収益の大部分を占める基本診療料について記述します。提供:税経システム研究所
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2024/08/28 企業経営
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか(第1回)
【サマリー】スタグフレーション環境下で地域企業はどう生き残りを図るかの序論。現状と見通しの認識を提示し、大枠の対策方針をご紹介します。税金、社会保険料等の経営を取り巻くコストが高まっています。外国人材の活用緩和の動き、賃上げの圧力、円安、銀行金利アップの雰囲気など、地域企業経営にとっては近年にない大きな具体的環境変化が来ていると感じています。企業は環境適応を前提にした自助努力を行う団体です。環境変化の規模からみていくと、「国際情勢」「国際経済情勢」「国内経済情勢」「法改正、規制緩和情勢」「属している業界情勢」「市場情勢」「取引構造情勢」「シェア率情勢」「雇用情勢」等ではないでしょうか?まず最初は経営問題に直結している「国内経済情勢」からご一緒に考えてきたいと思います。(1)日本の経済成長は停滞もはや有名となっていることですがOECD先進国38か国で日本だけが際立って経済成長が停滞しているという状況です。1980年の各国のGDPを1.0とした場合の、成長率を見ていきますと、この40年ほどで、カナダや米国は約7倍、イタリアが約8倍、フランスが約5倍で、低成長のドイツでも4倍近くGDPが増大しています。中国や韓国成長率は目立って高い値となっています。ただ、日本だけは1990年ごろから停滞が続いています。経済成長とは、経済全体の国内総生産(GDP)が上昇することです。GDPとは、1年間に経済全体でおこなった経済活動の合計額のことです。GDPは生産した製品や提供したサービスが生み出した付加価値を合計します。日本のGDPの成長が停滞しているということは乱暴に言えば企業の売上は横ばい(二極分化が激しくなる)ということを意味します。経済成長できなければ国民の収入は上がりません。収入が上がらなければ、製品やサービスを購入する支出が増えません。この流れが数年前まで問題視されていた「デフレ」を生んできたのです。日本の経済を成長軌道に戻すことが最も重要な課題なのです。では現在の日本は成長軌道に戻りつつあると言えるのでしょうか?経済成長の停滞状況をそのままにしている状況で、物価高、エネルギーコスト高、税金の増加、社保料の増加などは吸収余地があるはずがありません。少し前までは日本は高度経済成長期でした。いつから日本は経済成長が停滞したのでしょうか?第2次世界大戦によって一時的にGDPは大きく下落しますが、その後は高度経済成長期となり、日本の経済は10%前後という非常に高い率で成長します。しかし、1973年のオイル・ショック(石油価格の急激な値上がり)により、原材料価格が高騰し、日本経済の成長率は低下します。1980年代にバブル経済と呼ばれる好景気があり、1990年ごろまでほかの先進国以上に成長しましたが、1991年のバブル経済崩壊以降、経済成長率はゼロに近い数字が続いています。(出典:朝日新聞SDGsACTION!経済成長とは?日本が経済成長しない理由と今後の影響を解説大阪大学社会経済学研究所教授/堀井亮)(出典:朝日新聞)実に33年間経済成長が停滞しているということになります。このような状況をそのままにしていることそのものが政府の政策の問題だということを意味しています。しかし、企業経営では、感情的になる意味がないことを認識し、冷静にその環境を前提にした戦略戦術をとるべきだということです。社歴の長い企業では行動経済成長期の順風経済環境を経験し、逆風環境の経営転換への遅れが尾を引いてきました。この根本問題を前にして、各論枝葉の施策がなかなか機能しない感覚は多くの企業で聞かれる声です。(2)長いデフレからインフレになっているのか?報道では、物価があがってインフレになった、円安だ!大変だ!的な風潮を感じますが、現在の日本経済はインフレなのでしょうか?一部の識者と同様、筆者はスタグフレーションにあると認識しています。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査部長は、「日本経済はスタグフレーション的と言える」とし、「成長はあまりしていないのに、物価は高水準で上がっている」と指摘。景気の弱さの最大の要因である消費停滞の背景として、家計の実質所得が減少し、貯蓄率も低下していることを挙げた。もともと長くデフレ経済の病にあった日本では、インフレターゲットが2%となる目標を掲げて国家運営をしてきましたが、もともと激しい長期デフレから2%あがるかあがらないかのうちに「インフレだ!大変だ!」と始まりまして、インフレ前提に対策を打ったら大事故が起こると危惧しています。現実はスタグフレーションだからです。現状がインフレなら金利は上げる必要があります。現状は金利を上げよう運動が盛んになっています。そんなことをしたら企業や国民はどうなるかと想像すると背筋が凍る思いになります。金利が低いと通貨流通量が増え、景気を持ちあげます。金利を上げるべきという空気感に乗って金利をあげると、通貨流通量は絞られて景気が悪化します。それによって物価が安定するという理屈ですが、現状はそうなるでしょうか?インフレが景気過熱で進行しているのなら冷や水をかける対処だとわかりますが、現状は好景気で加熱して物価が上昇しているわけではありません。相変わらず経済成長しない国家経済に冷や水を浴びせるなどとは、筆者には自爆行為にしか見えません。しかしスタグフレーションの対応は高度で難解なものとなります。オイルショック時の日銀は利上げを断行してまずは物価高騰を抑える対策を打ちました。ただ、その拝見は高度経済成長期が長く続いていた前提でした。何から手を付けるのか金融政策側では明確な結論が見えないのではないでしょうか?現状はスタグフレーションだと思います。スタグフレーションとは、景気が後退していく中でインフレーション(インフレ、物価上昇)が同時進行する現象のことをいいます。この名称は、景気停滞を意味する「スタグネーション(Stagnation)」と「インフレーション(Inflation)」を組み合わせた合成語です。通常、景気の停滞は、需要が落ち込むことからデフレ(物価下落)要因となりますが、原油価格の高騰等、(近年は円安による輸入原料輸入産品の高騰なども)原材料や素材関連の価格上昇等によって不景気の中でも物価が上昇することがあります。これが、スタグフレーションです。景気後退で賃金が上がらないにもかかわらず物価が上昇する状況は、生活者にとって極めて厳しい経済状況といえます。わが国では、1970年代のオイルショック後にこの状態となっていました。(出典:SMBC日興証券用語集)スタグフレーションは、需要は伸びていない(もしくは収縮している)状況で、需要とは別の要員で価格が上がっていくという状態です。想像してみると、ぞっとします。なぜならさらに値上げによって需要が収縮すると感じるからです。病気をこじらせた状況ではないでしょうか?これは企業は死活問題です。原材料原価などが情け容赦なく上がっていき、それを販売価格に転嫁して値上げを実施すると、さらに販売数量が落ち込む予測ができるからです。この状態で従業員の賃金を上げたり待遇を改善することができるとは思えません。これまで蓄積した資金余力によって忍耐を続け、コスト緊縮を猛烈に進めるしかないとなります。30年続いた経済成長停滞や感染症パンデミックによる社会活動の制約などから日本企業の多くに資金余力はありません。まじめな日本企業は成長停滞の30年間でコスト緊縮を徹底的に行ってきました。定石としての対応策が見えず立ち往生せざるを得ないというのが企業の本音のように思います。(3)地域企業を取り巻く経済環境見通しと地域企業の取るべき対策ここまで見てきましたように、社会風潮を形成しているメディアや政府から伝わってくる経済現状認識は実際と違うと感じています。ズレた政策を推し進められるとすれば今後地域企業を取り巻く環境は悪化することを前提に対応策を準備しておくべきだと考えます。「地域企業が全体としておくべき経営環境情勢」不景気の悪化原材料、エネルギーコスト等がさらに値上がり人手不足、人件費高騰税金社保料等の負担増金利の上昇資金調達の難易度が上がる最も恐れるものは世界同時バブル崩壊ですが、これが発生してしまうと私達にはなすすべはないように思いますので、ここでは前提環境条件から除外します。上記の変化は経営にとって八方塞がりです。しかも経済成長は望めない(対策を打っていない)ので、経営に求められる要求能力は格段に高くなり、かじ取りの精度を一気にあげなければ生き残っていけないという状況にあると言えます。詳しくは次稿以降に送りますが、まず着手すべきと考えられる方向性を述べます。順番としてまずは守備固めからです。1)資金調達余力をアップさせる多くの企業で見られる傾向は、自社の資金調達余力にあまり意識がないと言うことです。資金不足、資金ニーズが発生した時に取引銀行に融資申請するという習慣となっているようです。自社の資金調達余力、経営者役員の資金調達余力を把握してください。いざというときにどこまで兵糧攻めに耐えられるか知っておく必要があります。次に資金調達余力をアップさせる施策を打ってください。2)金利よりもCF最大化の視点で経営を見る金利が上がるとして、金利アップと戦っても勝ち目はありません。貸し側の銀行の方が強いのです。嫌なら貸せませんとなると実際に困るのは企業側です。金利は決算で損金になりますので、むしろ厄介なのは損金にならないが固定費的支払いとなる「元本」です。金利が上がっても手元CFを潤沢にするためには、融資期間を少しでも長くする交渉です。今のうちに融資本数をまとめて1本化して期間の長期化を図り、月次の元利返済の総額を削減するなど、また融資を当座貸越に変更し、ある時に返済することができる形にするなど準備が必要と思われます。3)不景気対応自社が顧客価値提供している商品やサービスの顧客価値を厳しく見つめなおし、根本的な改良や改善を図ること、認知度やブランディングなどの視点で留意してください。これまでのようにさらに頑張って売る社内プッシュは経営環境の問題深刻化には対策として有効ではありません。販売が鈍化するということは購買者の判断基準があがっているということですので、それをクリアする顧客価値を実現して、そのことを理解できるように工夫しなければ売れなくなります。4)上がるコスト下げられるコストを洗い出して対処してください。機械化ロボット化DX化は相応の設備投資がかかります。本当に有効(短期間に回収が見込める)かどうか注意して検討してください。機械化すれば人が減らせるというわけにはいきません。そんな理由で従業員を解雇することはできないためです。5)販売価格値上げ値上げをすると仕事がなくなる、顧客が減ると思う気持ちはわかりますし当然の危機感と思います。自社が顧客にとってどれくらいなくてはならないかによって値上げの売上ダメージは変わります。自社がなくとも顧客が特に困らないのであれば、そこが一番解決しなければならないポイントとなります。その段階では確かに値上げは命取りになりかねません。1つ事例をご紹介します。値上げに慎重でコスト高をもろにかぶって経営ひっ迫に陥っていた関連会社に、親会社経営者が「私が責任を持つので適正価格で値上げの相談をして回りなさい」と背中を押したところ、どちらの顧客も取引を取りやめるなどの問題は発生せず、みるみる関連会社は黒字基調に戻りました。6)人手不足これは不景気対応の3番と性質が同じです。売り手市場なので、求職者はより良い条件の企業を探します。ただ、既存従業員の待遇との兼ね合いで、地域企業では安易に求人募集の待遇を上げることができません。もちろん財政的にも制約があります。待遇で人を集める手は最も簡単な戦術で、値引き販売と同質の施策です。この方向の先には資金体力が十分な企業が最終的に勝つという結論が見えているパワープレイです。自社のビジョンや理念や顧客価値を背景にしたやりがいが高いと感じられる仕事としての募集をすることです。事例を紹介します。大阪地区では看護師採用が困難でした。終末期介護施設が増えない一因は看護師の採用ができないからというものです。しかしある施設では看護師の応募が殺到します。特に好待遇ではなくむしろ少し待遇は劣るくらいです。それで採用に困らないモデルを組み立てることはできますし、それは競合に対する明確な優位性となります。(4)まとめこのように、現在から今後の地域企業をとりまく経営環境は明るいものではありません。政府は何をやっているんだと思いますが、それは地域企業の存続に今は関係ないと思うのです。地域企業には自由が与えられています。その権利を行使して、適切な方針と施策を適宜打ち出していくことができなら、その企業にとって逆風はむしろチャンスに変えられるかもしれません。次稿から具体的な施策や事例についてご紹介していきます。提供:税経システム研究所
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2024/08/27 企業経営
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第14回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>首都圏周辺部の精密金属加工を営む売上高10億円前後の中小企業です。得意とするのは、金属の切削加工、複合加工です。父親の早逝により、大企業に勤務していた42歳の私が2年前に後継者となりました。現在の顧客は、自動車部品20%、農業機械部品30%、電子部品製造機械30%、その他20%という構成比となっています。当社の幹部は生産、生産技術、管理の50-60歳代の3名で、父が亡くなった後も、会社を支えてくれています。営業は、父が生前は主にやっていましたが、私が以前勤めていた企業でも営業経験があるということで担当しています。幹部や中堅社員は、全員男性で、年齢層も高めです。今後、女性を採用するなど、人員構成を修正していきたいと思っていますが、どのように進めていけばよいでしょうか。■女性労働力の動向厚生労働省の統計によれば、令和4年の女性の労働力人口は3,096万人と前年に比べ16万人増加。男性は3,805万人と22万人減少しています。労働力人口総数は前年より5万人減少し6,902万人となっています。労働力人口総数に占める女性の割合は44.9%までアップしています。このデータの通り、労働市場においては、女性が増え、男性が減少していることは明らかです。男性社員に偏って依存する企業は、今後の少子高齢化社会において、労働力不足に陥る可能性が高いといえるでしょう。図‐1に示されている通り、この流れはつい最近生じたものではなく、昭和の頃から同様の傾向が継続して見られるのです。この30数年、日本の国民負担率は30%台から50%近くまで上昇し、その流れと合わせて、女性の労働力市場への参画が進展したと言えるでしょう。近年では、2013年から金融緩和政策がスタートし、デフレ状況からの脱却により、女性の雇用状況が良くなりました。一方、このように女性労働力への依存度が徐々にアップしていく状況となるのは昭和の頃から予測できたことなのです。先進的な企業は、とっくに女性の採用や登用に力を入れてきたのです。女性活躍に向けて着実に進んでいるのは、大企業ばかりではなく、中小企業においても先見性ある事例は見られます。御社としては、「今頃から努力をはじめても遅い」と考えるのではなく、「今からできることを着実にやっていこう」と前進していくしかありません。生産年齢人口の減少と、女性労働力への依存度アップは、ずいぶん前からわかってきたことなのですが、「何とかなるだろう」と甘く考えていた企業は多いと思われます。図‐1女性の労働力市場への参画■製造業の女性活躍図‐2に示される通り、製造業は女性の活躍が進んでいる業種ではありません。図‐2業種別の女性の労働力医療福祉系の職場の方が女性の社会進出が顕著です。製造業の場合、重たい製品を持ち上げるなど、力の強い男性に有利な職場とのイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし、御社が得意とする精密な切削加工であれば、男女の力の差による不利は小さいでしょう。製造業で女性を多数雇用することに成功している企業の場合、「最初の一人」が職場で孤立して辞めてしまうのを回避するのが重要となります。製造現場に女性を一人だけ入れると、その人に注目が集まり、何かあると居づらくなってしまいます。ある先進企業では、最初から複数名の女性を採用し、数年かけて女性の先輩後輩の流れが職場にできるようにして、定着率を高めているとのこと。女性社員が定着すると、「あなたの友人を紹介してください」とお願いし、仲の良い人を紹介してもらうような採用方法も可能となります。御社の場合、営業はトップセールスを中心としていますので、管理部門の事務職、生産部門の技能職、生産技術部門の技術職を、どのように採用するかということになります。事務職は、ハローワークにおいても人気のある職種なので、現状でもさほど大きな問題はなく、採用が可能と思います。一方、製造現場の技能職を「工業高校卒」といった学歴を見て採用活動をすることは難しいかもしれません。今や進学率の高い工業高校卒、しかも女性はその中でも少数派です。筆者の知る中小企業では、普通高校卒であってもやる気さえあれば工作機械の取り扱いができるようになるという考え方で女性採用に成功しているようです。今や切削加工の製造業の現場では、高度なNC工作機械が揃っていることが多いです。NC(数値制御)のコンピュータを使いこなせるなら、複雑な加工を行うことができます。まさに、力の弱い人にもハンディはない職場です。必要とあらば、自治体の厚労省系職業訓練策を活用し、NC工作機械やマシニングセンタの操作をOFF-JTで学ぶといった教育訓練方法も考えられます。そこにOJTを加えて女性の先輩が現場で女性の後輩を教える雰囲気をつくっていくことが有益です。技術職については、大企業も採用に苦労しています。CAD(コンピュータ支援設計)のスキルを持つような人材であれば職業訓練系の短大から採用することが出来ます。機械工学系のエース人材はどこの企業も欲しがっており、一定期間、手間をかけて採用活動を継続する必要があります。技術職の採用については、その企業の実力や状況次第だと思います。■女性活躍が死語となる時代へ女性に働きやすい職場にするために、様々な努力を行っている企業は増えています。一方、「女性が働きやすい企業」としてのブランドを確立することで、女性の入社希望者が常に一定数ある。こうした企業こそが、お手本とすべき事例となります。色々な女性のための施策を打つことも大切ですが、トータルでブランドが確立されていることの方が効果は大きいです。女性活躍企業のブランドが確立されると、自治体に表彰され、新聞や雑誌に取材され、働いている女性たちも職場に誇りを感ずるようになります。そのうち、女性が活躍することは当たり前になるのでしょうが、製造業は20世紀には男社会の職場であったので、先進的な少数の事例がいまだに目立つ状況にあります。私が情報交換をしている企業人のうち、30-40代の女性はバリバリ働いている事例が近年非常に増えています。一方、50代後半から60代の活躍している女性の層は薄いです。恐らく、あと10年後には、現在40代の女性たちが幹部となり、企業経営を支えることになりますので、「女性活躍」という語句も死語となっていくように思います。一方、今後も変わらないのは、子供を産むという選択をする場合の精神的肉体的な負担が女性にあることです。先日訪問した企業では、シングルマザー社員の比率が高いという状況でした。社内に保育所があり、その保育所の経営方針も先進的でした。子供を産んだ後、何らかの理由でシングルマザーとして働いている女性が、安心して仕事に集中できる環境をつくるのも一つの発想であると感じました。一口に「女性に働きやすい職場」といっても、様々なパターンがあります。御社の場合は、まずは技能職の女性比率を高め、その人達の技能士としての資格所得を進めるところから努力をはじめるというのが、オーソドックスなアプローチではないでしょうか。10年後に、女性活躍が死語になったころに、「丁寧な精密加工ができるプロが揃った中小企業」というブランドとなっている。現在の幹部は、そこまでに世代交代の時期に入りますので、若々しく活力ある体制を構築していく。こうした将来像に向け、手を打つにはちょうど良いタイミングであると思われます。提供:税経システム研究所
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