公認会計士が伝える!シリーズ

公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術 第3回

「固定比率」「固定長期適合率」の業種別分析①

2025/06/20

著者 :  中島 努

1.はじめに

P/LやB/Sなどの決算書を分析する上で、決算書に実際に載っている数値自体を分析(前期の数値と比較するなど)することはもちろん重要ですが、それだけでは課題に気付きにくいことがあります。そんなとき、「経営指標」を使えば、課題なども浮き彫りになりやすくなります。そこで、本稿「公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術」では、いろいろな経営指標を取り上げながら、その活用について考えていこうと思います。

今回と次回とで、固定資産の調達に関わる長期的な財務基盤の安定性を測る経営指標である「固定比率」と「固定長期適合率」を取り上げ、業種別に分析してみます。

2.中小企業の固定比率、固定長期適合率を業種別に分析してみよう

(1)固定比率、固定長期適合率とは

① 固定比率

固定資産の調達に関わる長期的な財務基盤の安定性を測る経営指標の一つに「固定比率」があります。これは、企業が長期にわたって使用する固定資産を、返済の必要がない自己資本(純資産)でどれだけカバーできているかを示す指標であり、次の計算式で算出できます。

固定比率が低いほど、企業の財務基盤が安定していると評価されます。例えば、固定資産が1,000万円、純資産が2,000万円の場合、固定比率は50%となります。固定比率が100%以下の水準に収まっていれば、返済不要な自己資本(純資産)で固定資産の調達をまかなえている状態なので、長期的な財務基盤の安定性が十分高いと言えます。なお、前々回前回で取り上げた流動比率や当座比率の場合は高いほど短期的な支払能力が高いと捉えられたのとは逆方向なのでご注意ください。

固定比率はB/Sだけあれば算出できる指標であり、とても簡単に計算できます。

② 固定長期適合率

上述したように、固定比率が100%以下の水準に収まっていれば長期的な財務基盤の安定性が十分高いと言えますが、多額の固定資産を保有して事業を営む場合には自己資本(純資産)だけで固定資産の調達をカバーすることは難しく、長期の借入によってカバーすることもあります。そこで、固定長期適合率も併せて分析してみることが有用になります。固定長期適合率は、企業が長期にわたって使用する固定資産を、長期にわたって使用できる資金(純資産+固定負債)でどれだけカバーできているかを示す指標であり、次の計算式で算出できます。

固定長期適合率が低いほど、企業の財務基盤が安定していると評価されます。例えば、固定資産が1,000万円、純資産・固定負債の合計が3,000万円の場合、固定長期適合率は33.3%となります。

固定比率は純資産でカバーできているかに着目していますが、たとえ固定資産の調達を返済の必要がない純資産だけではカバーできていないとしても、長期的に安定した資金でカバーできているのであれば、大きな問題はないと言えます。そこで固定長期適合率は、純資産に加えて固定負債も含めた長期資本(つまり長期的に安定した資金)で固定資産の調達をカバーできているかに着目しています。したがって、固定長期適合率を見る場合、100%以下の水準に十分収まっているかを目安にします。100%を超えていたり、100%に近い水準になっている場合は注意が必要です。

(2)中小企業の固定比率、固定長期適合率の業種別分析

それでは、中小企業における固定比率と固定長期適合率はどの位の水準になるのか、中小企業実態基本調査のデータを活用し固定比率と固定長期適合率の算出結果を示します。

以下の分析では、直近年度(2022年度)を中心に行いますが、前年度(2021年度)やコロナ禍前(2018年度)と比較して大きな変動があるのかも分かるよう、必要に応じてこれらの年度との比較分析も交えて行うことにします。

なお、以下の分析は、業種に見られる特徴などを探るものであるため、あくまでも業種平均で行っており、個々の企業については状況が異なる点にはご留意ください。

【図表1】中小企業の業種別の固定比率、固定長期適合率

① 全業種平均

まずは【図表1】の2022年度の部分に着目してみましょう。全業種平均では、固定比率が109%、固定長期適合率が64%となっています。2021年度もほぼ同水準となっており、比較的安定していることが分かります。

固定長期適合率は分母に固定負債も含まれる分、固定比率よりも低くなりますが、固定比率と固定長期適合率の差(固定比率-固定長期適合率)はいずれの年度も45~50%程度であり、両者の差は安定していることが分かります。ただし、業種別に見ると違いがあるため、それについては後述します。

② 固定比率、固定長期適合率が低めの業種

2022年度における固定比率が低め、つまり財務基盤が安定している業種としては「情報通信業」(59%)、「建設業」(65%)、「卸売業」(70%)が挙げられます。また、固定長期適合率が低めの業種としては「情報通信業」(44%)、「建設業」(44%)、「卸売業」(49%)が挙げられ、固定比率で挙がった業種と一致しています。これらの業種は、固定資産に対する純資産や長期資本(純資産+固定負債)の割合が高く、財務基盤の安定性が高いと評価されます。

以下、これらの業種について、固定比率と固定長期適合率が低くなっている背景を分析します。

A)情報通信業など

「情報通信業」は固定比率(59%)、固定長期適合率(44%)と低めの水準となっており、財務基盤が安定していると言えます。この業種は、設備投資が少なく、固定資産の保有が少ないことが影響していると考えられます。ちなみに、資産合計に占める固定資産の構成比を調べてみると、情報通信業は32%と全業種平均の46%と比べて固定資産の構成比が低くなっています。

B)建設業

固定比率(65%)、固定長期適合率(44%)と低めになっています。「建設業」は売上代金の一部を契約時や工事の進行に応じて回収するなど、他の業種と比較して現金預金が比較的多くなっており、固定資産に比して流動資産の割合が高めの業種です。ちなみに、資産合計に占める固定資産の構成比を調べてみると、建設業は31%と全業種平均の46%と比べて固定資産の構成比が低くなっています。

C)卸売業

固定比率(70%)、固定長期適合率(49%)と低めの水準となっています。「卸売業」は、売上債権が多い一方、固定資産の保有が少ないことが影響していると考えられます。ちなみに、資産合計に占める固定資産の構成比を調べてみると、卸売業は30%と全業種平均の46%と比べて固定資産の構成比が低くなっています。

➂ 固定比率、固定長期適合率が高めの業種

2022年度における固定比率が100%以上と高めで、純資産だけでは固定資産の調達をカバーしきれていない業種としては「宿泊業・飲食サービス業」(396%)、「不動産・物品賃貸業」(180%)、「生活関連サービス業・娯楽業」(175%)、「運輸業・郵便業」(165%)、「小売業」(122%)が挙げられます。「宿泊業・飲食サービス業」について、負債・純資産合計に占める純資産の構成比を調べてみると、16%と全業種平均の42%と比べてかなり低くなっており、その影響で固定比率が非常に高くなってしまっています。財務基盤の安定性の面では課題がありそうです。

また、固定長期適合率が高めの業種としては「宿泊業・飲食サービス業」(83%)、「不動産・物品賃貸業」(82%)、「生活関連サービス業・娯楽業」(80%)、「運輸業・郵便業」(75%)、「小売業」(65%)が挙げられ、固定比率で挙がった業種と一致しています。ただし、いずれもの業種も固定長期適合率は100%以下、つまり、純資産と固定負債を合わせれば、固定資産の調達をカバーできていることから、業界平均値の水準であれば直ちに財務基盤の安定性が懸念される状況ではなさそうです。

④ 固定比率と固定長期適合率の差が大きい業種

固定比率と固定長期適合率の差が大きい業種に着目してみると、【図表2】のとおりとなっています。

【図表2】固定比率と固定長期適合率の差が大きい業種(2022年度)

これらの業種は固定資産の割合が高い業種が多く、純資産だけでは固定資産の調達をまかないきれないために固定比率については100%を大きく上回る水準になっていると想定されます。しかし、純資産ではまかないきれない分は長期借入金などの固定負債でまかなうことができていれば、固定長期適合率は100%を下回る水準に収まります。したがって、固定比率が高いことだけで長期的な財務基盤の安定性に問題があると評価するのではなく、固定長期適合率が100%を十分に下回る水準に収まっているかも確認したほうが良いでしょう。固定比率は計算がとても簡単ですが、固定比率だけ見ていると判断を誤ることがあります。特に図表2にあるような業種では固定長期適合率も見た上で長期的な財務基盤の安定性を判断したほうが良いでしょう。

3.おわりに

本稿では、中小企業の「固定比率」と「固定長期適合率」について取り上げ、この指標から分かることなどを説明するとともに、業種別の状況を分析しました。これらの指標は、企業の長期的な財務基盤の安定性を評価する上で非常に有用であり、経営判断の一助となります。

特に、固定比率と固定長期適合率の業種ごとの特徴などを理解することで、企業の財務状況をより正確に把握することができます。例えば、固定比率、固定長期適合率がともに低い場合には、通常、長期的な財務基盤が安定していることを示しています。ただし、固定比率が高くても、固定長期適合率が低い場合には、長期的な財務基盤の安定性が懸念される状況ではないとも言えるので、固定長期適合率についても確認するようにしましょう。

なお、2021年度(前年度)と2022年度との比較、2018年度(コロナ禍前)と2022年度との比較や、経営に活かすための具体的な対応策については、次回取り上げる予定です。次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用しながら、経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。

提供:税経システム研究所

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