公認会計士が伝える!シリーズ

公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術 第2回

「流動比率」「当座比率」の業種別分析②

2025/05/16

著者 :  中島 努

1.はじめに

前回と今回とで、財務安全性の指標の中でも最も基本的な「流動比率」と、流動比率の限界をカバーする「当座比率」を取り上げ、業種別に分析しています。

2.中小企業の流動比率、当座比率を業種別に分析してみよう(その2)

(2)中小企業の流動比率、当座比率の業種別分析(つづき)

前回は、「(1)流動比率、当座比率とは」でそれぞれの指標の概要を説明した上で、さらに「(2)中小企業の流動比率、当座比率の業種別分析」として、中小企業実態基本調査の結果が入手できる直近年度(2022年度)を中心に、①全業種平均、②流動比率、当座比率が高めの業種、③流動比率がやや低めの業種、④当座比率がやや低めの業種、⑤流動比率と当座比率の差が大きい業種、について分析しました。

前回の分析では、直近年度(2022年度)を中心に行いましたが、今回は、前年度(2021年度)やコロナ禍前(2018年度)と比較して大きな変動があるのかを分析していきます。

中小企業における流動比率と当座比率はどの位の水準になるのか、中小企業実態基本調査のデータを活用して業種別に算出した結果は【図表1】のとおりです。以下では、このデータに基づいて分析を進めますが、それは業種に見られる特徴などを探るものであるため、あくまでも業種平均で行っており、個々の企業については状況が異なる点にはご留意ください。

【図表1】中小企業の業種別の流動比率、当座比率(前回と同じ)

⑥2021年度(前年度)と2022年度との比較

2021年度(前年度)と2022年度とを比較すると、全業種平均で流動比率が191%から190%、当座比率が160%から159%となっており、ほぼ横ばいで推移しています。業種別に見ても、流動比率、当座比率とも多くの業種で増減率が±10%程度以内の水準に収まっており、これらの比率は比較的安定した指標と言えるかもしれません。

2021年度と比べてこれらの比率が大きく上昇した業種には「学術研究・専門・技術サービス業」があり、流動比率が175%から223%へと上昇(上昇率27%)し、当座比率が168%から215%へと上昇(上昇率28%)し、短期的な支払能力を十分に確保できています。

一方、流動比率が大きく下落した業種には、「生活関連サービス業・娯楽業」があり、流動比率が208%から162%へと下落(下落率22%)し、当座比率が200%から156%へと下落(下落率22%)しています。同業種は売上高当期純利益率が2021年度0.5%から2022年度△1.4%と赤字に陥り負債・純資産に対する純資産の構成比が低下(38%から35%へ)したこと、流動負債の構成比が上昇(17%から24%へ)したことなどが影響したようです。業界平均値では危険な水準とは言えませんが、流動比率や当座比率が下落すると短期的な支払能力の低下が懸念されるので、特に大きく下落している場合には注意が必要です。なお、この場合の対応策については、後ほど「(3)中小企業の経営に活かすための具体的な対応策」のところで考えてみます。

⑦2018年度(コロナ禍前)と2022年度との比較

2018年度(コロナ禍前)と2022年度とを比較すると、全業種平均で流動比率が168%から190%、当座比率が141%から159%となっており、流動比率、当座比率とも上昇(上昇率10%以上)しています。

業種別に見ても、流動比率、当座比率とも「情報通信業」が微減(下落率4%)した以外は、どの業種もコロナ禍前より上昇しています。これは、企業がコロナ禍という大きな環境変化を経て、「短期的に必要になるかもしれない支払い」への備えを強化しているのではないかと想定されます。また、これらの比率が低水準であった企業がコロナ禍で廃業していることも考えられます。

特に2018年度(コロナ禍前)から2022年度への上昇が顕著な業種を挙げると、【図表3】のとおりです。

【図表3】2018年度(コロナ禍前)から2022年度への上昇が顕著な業種

「宿泊業・飲食サービス業」「生活関連サービス業・娯楽業」「小売業」などでは、2018年度(コロナ禍前)は流動比率が100%から150%の範囲、当座比率が100%から120%の範囲にとどまっていましたが、2022年度ではいずれも、流動比率が150%以上、当座比率が120%以上の水準になっており、大きな改善が認められます。

(3)中小企業の経営に活かすための具体的な対応策

短期的な支払能力の低下が懸念される場合、その対応策にはいくつかのものが考えられます。赤字が続いていれば資金繰りが厳しくなっていきますので、本業で継続して利益を出していくことはもちろん重要です。ただし、本稿ではそれ以外の財務や管理などが関わる部分でどんな対応ができるのかを中心に考えてみることにします。

①適正な在庫管理

棚卸資産(在庫)は流動資産を構成していますが、短期的に負債を返済するという場面では、すぐに支払いに回せる資金とは言えません。卸売業であれば商品、製造業であれば製品のように、販売過程にあるものもありますし、製造前の原材料、製造途中の仕掛品のように、まだ販売過程にないものもあります。さらに、商品や製品の中にも、すぐに売れるものもあれば、なかなか売れないものもあります。中には陳腐化してしまっている滞留在庫も含まれるかもしれません。B/S上の棚卸資産の合計だけ見ていてもなかなか在庫に関わる問題は見えてきません。商品や製品の内訳明細にブレイクダウンした管理が必要になります。

その際には次のような視点を持つことが大切です。

(例)

✓在庫の定期的なチェック

定期的に在庫をチェックし、滞留在庫や陳腐化した在庫を洗い出します。例えば、仕入や製造から一定期間経過したものをシステムで抽出するとか、一定期間に出荷が一定割合以下にとどまるものをシステムで抽出するなどした上で、抽出された在庫の販売可否などを検討するといった対応が考えられます。これにより、不要な在庫を早期に処分し、資金の流れを早めることができます。

✓過剰在庫の排除

過去の販売データや市場動向を踏まえて必要な分だけ在庫を購入あるいは製造することが大事ですが、それ以外にも過剰在庫につながるケースがあります。例えば、在庫の整理整頓が適切になされていないために、実際には在庫があるにもかかわらず、在庫がないものと思って発注してしまうことが考えられます。また、購入単価を割安にするために必要以上にまとめ買いをしてしまうことも考えられます。過剰在庫は滞留・陳腐化につながる予備軍ともなるので、上述のような過剰在庫の発生につながるような状況を排除していくといった対応が考えられます。過剰在庫の発生を排除することで、資金繰りを改善することができます。

✓在庫回転率の向上

通常の価格でも売れるうちはそのまま販売を続けることが一般的かもしれませんが、その価格で全部売り切ることができるとは限りません。在庫のまま保有している期間が長くならないよう、適当なタイミングで販売促進活動を強化するなどの対応をとることで、在庫の回転率を向上し、資金繰りを改善することができます。

②売上債権の早期回収

売上債権も現金預金も流動資産かつ当座資産であるため、売上債権を早期に回収しても流動比率や当座比率には影響がないようにも思われますが、売上債権の早期回収は、資金繰りを改善するための重要な手段です。以下のような対応策が考えられます。

(例)

✓回収までのフォローアップ

売上を上げることに注意が集中してしまい、販売代金の回収への注意がおろそかになることは少なからずあります。例えば、次のようなケースでは未回収の売上債権が増加しやすくなり、資金繰り悪化につながりやすくなります。

  • 販売代金の請求をしないまま放置している。
  • 回収予定日が到来していても未入金の場合に販売先に代金支払いを督促していない。
  • 回収予定日があいまいなまま販売している。

これらの点を踏まえて、代金回収までのフォローアップをすることで、資金繰りを改善することができます。特に、大口の得意先や、大口の契約などについては重点を置いて回収のフォローアップをするようにしましょう。

✓顧客の信用管理

顧客の信用状況を定期的に評価し、リスクの高い顧客には厳格な支払い条件を設定します。例えば、信用状況が十分に確認できない相手先への販売については、掛け売りではなく現金売りにするなどの対応が考えられます。これにより、売上債権の滞留リスクや貸倒れリスクの発生を抑え、資金繰りを改善します。

➂遊休資産の売却

使用されていない設備や不動産を売却することも考えられます。一度取得した固定資産は遊休化していても保有し続けてしまうことがあります。特に売却できる価格が下落している場合にはその傾向が強くなるかもしれません。しかし、遊休資産を売却することにより現金化し、財務状況を改善することができます。

④長期に使える資金の充実

資本増強は、企業の財務基盤を強化し、安定した経営を実現するための重要な手段です。以下のような対応策が考えられます。

(例)

✓内部留保の積み立て

利益の一部を内部留保として積み立て、自己資本を増強します。これにより、将来的な投資や経営の安定化に備えることができます。

✓外部資金の調達

銀行借入や社債発行など、外部からの資金調達を行い、長期に使える資金を増強します。

✓増資の実施

新株発行や第三者割当増資を行い、自己資本を増強します。これにより、財務基盤を強化し、信用力を向上させることができます。

3.おわりに

本稿では、中小企業の財務安全性を測る重要な指標である「流動比率」と「当座比率」について、業種別に分析しました。これらの指標は、企業の短期的な支払能力を評価する上で非常に有用であり、経営判断の一助となります。

特に、流動比率と当座比率の差異や業種ごとの特徴を理解することで、企業の財務状況をより正確に把握することができます。例えば、流動比率が高くても、棚卸資産の割合が大きい場合には、実際の支払能力が低い可能性があるため、当座比率も併せて確認することが重要です。

また、コロナ禍を経て多くの企業が財務状況を強化していることが見受けられました。このことからも、経営指標を活用しながら問題点の有無を把握するとともに、2(3)で説明した「中小企業の経営に活かすための具体的な対応策」なども参考に、健全な財務運営を目指していくことが望まれます。

次回以降も引き続き経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。

提供:税経システム研究所

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