1.はじめに
P/LやB/Sなどの決算書を分析する上で、決算書に実際に載っている数値自体を分析(前期の数値と比較するなど)することはもちろん重要ですが、それだけでは課題に気付きにくいことがあります。そんなとき、「経営指標」を使えば、課題なども浮き彫りになりやすくなります。そこで、本稿「公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術」では、いろいろな経営指標を取り上げながら、その活用について考えていこうと思います。
今回と次回とで、企業が借金(借入金や社債)を返済するのに必要な年数を示す経営指標である「債務償還年数」を取り上げ、業種別に分析してみます。
2.中小企業の債務償還年数を業種別に分析してみよう
(1)債務償還年数とは
本稿ではこれまで、財務的な安全性を測る経営指標として、流動比率、当座比率、固定比率、固定長期適合率を取り上げて説明してきました。これらの指標はいずれもB/Sだけで算出できるものであり、企業のストック面だけに着目して財務的な安全性を測っています。つまり、企業のフロー面が考慮されていないのです。
企業が事業を行っていく上で必要な資産を借入金や社債といった「借金」をして調達することがありますが、その借金は、保有する資産を処分して返済する方法もありますが、本来であれば事業を行って稼ぎ出すお金で返済していくものです。事業を行って稼ぎ出すお金が多ければ、借金もすぐ返せますが、稼ぎ出すお金が少なければなかなか借金を返すことができません。“事業を行って稼ぎ出すお金”の計算の仕方にはいくつかの方法があります。シンプルにP/Lの「当期純利益」をそのまま使うことも考えられますし、それ以外にもいくつかの計算方法があります。そうしたものの中で、中小企業庁による中小企業実態基本調査の結果からも算出でき、当期純利益をそのまま使うよりも精度が増すことなども考慮し、今回は「当期純利益+減価償却費」で計算する方法を使うことにします。減価償却費は費用として計上されますが、実際にはお金が出ていくわけではないため、純利益に足し戻します。
1年ごとにこれだけのお金が残っていくとすれば、今の借金をこの金額で割ることによって、企業が借金を返済するのに必要な年数をザックリと計算することができます。これが「債務償還年数」という経営指標です。債務償還年数の計算式を示すと以下のとおりです。

債務償還年数が短いほど、借金の返済能力が高いことを示します。例えば、借入金が1,000万円、当期純利益が180万円、減価償却費が20万円の場合、債務償還年数は以下のように計算されます。
債務償還年数 = 1,000万円 ÷ (180万円 + 20万円) = 5年
債務償還年数で借金の返済能力を評価する場合、業種や各企業の状況によっても違いますが、一つの目安として、10年以内に収まっているかという観点でチェックしてみることが考えられます。10年以内に収まっていれば概ね借金の返済能力に問題がない状況であり、10年を超えてくると注意が必要な状況となり、さらに15年を超えてくると要改善の状況といった具合に捉えておくことが考えられます。なお、債務償還年数がマイナスとなってしまう場合は、分母の「当期純利益+減価償却費」がマイナスになっているということですので、要改善の状況と言えます。
(2)債務償還年数の活用に際しての留意点
債務償還年数の計算には当期純利益が使われますが、当期純利益は年度によって大きく変動する可能性があるため、債務償還年数の計算に大きな影響を与えることがあります。簡単な設例で確認してみましょう。
×1期 | ×2期 | ×3期 | |
---|---|---|---|
借入金残高① | 1,000万円 | 1,000万円 | 1,000万円 |
当期純利益② | 125万円 | 50万円 | 250万円 |
債務償還年数①÷② | 8年 | 20年 | 4年 |
この設例から分かるように、借入金残高には変動がなくても、当期純利益が年度によって大きく変動すると債務償還年数も大きく変動します。債務償還年数に着目した場合、×1期の8年は概ね良好と評価できる水準に収まっているのに対して、×2期は債務償還に20年も要するということであり、返済能力が懸念される水準といった評価になりそうです。一方、×3期は4年で債務を償還できる水準になっており、良好な水準と評価できそうです。
当期純利益の変動によって、債務償還年数が過度に影響を受けてしまうことに対する対応としては、次のようなことが考えられます。
① 一時的な要因を除外する
当期純利益が主として一時的な損益(例えば、固定資産売却損益や災害等による特別損失など)の影響で大きく変動することがあります。こうした一時的な要因を除外して、通常の活動から得られる利益を使って評価することが考えられます。
② 複数年度の純利益の平均値を使用する
当期純利益が大きく変動する場合、単年度の当期純利益だけで債務償還年数を算出・評価するのではなく、複数年度の当期純利益の平均値を使用することで、より安定した評価をすることができ、年度ごとの当期純利益の変動による、債務償還年数の変動を緩和できます。
(3)中小企業の債務償還年数の業種別分析
それでは、中小企業における債務償還年数はどの位の水準になるのか、中小企業実態基本調査のデータを活用して業種別に算出してみましょう。なお、2025年3月28日に中小企業実態基本調査の新しい年度(2023年度決算実績)の速報データが公表されたため、直近年度を2023年度(速報)として分析を進めていきます。
まずは、【図表1】に業種別の債務償還年数の算出結果を示します。
以下の分析では、直近年度(2023年度)を中心に行いますが、前年度(2022年度)やコロナ禍前(2018年度)と比較して大きな変動があるのかも分かるよう、必要に応じてこれらの年度との比較分析も交えて行うことにします(注)。
(注)今回は、直近年度(2023年度)の分析を中心に行い、前年度(2022年度)やコロナ禍前(2018年度)との比較は次回行う予定です。
なお、以下の分析は、業種に見られる特徴などを探るものであるため、あくまでも業種平均で行っており、個々の企業については状況が異なる点にはご留意ください。

① 全業種平均
まずは【図表1】の2023年度の部分に着目してみましょう。全業種平均の債務償還年数は、6.4年となっています。2022年度は7.2年なので、債務償還年数が短くなり、借金の返済能力が高まったことを示しています。債務償還年数が6.4年ということは、現状の利益水準が続くのであれば、毎期残っていくお金で7年以内に今の借金を返済できる状況であり、返済能力に問題がない水準と評価できるでしょう。ただし、業種別に見ると違いがあるため、それについては後述します。
② 債務償還年数が短めの業種
2023年度における債務償還年数が短め、つまり借金を返済するのに必要な年数が短めで借金の返済能力が高めと考えられる業種としては「情報通信業」(2.8年)、「学術研究・専門・技術サービス業」(4.3年)、「建設業」(4.7年)が挙げられます。これらの業種は、当期純利益に対する借金の割合が低く、借金の返済能力が高いと評価されます。
以下、これらの業種について、債務償還年数が短めとなっている背景を分析します。
A)情報通信業、並びに学術研究・専門・技術サービス業
「情報通信業」(2.8年)や「学術研究・専門・技術サービス業」(4.3年)は債務償還年数が短めです。
収益性について2023年度の売上高当期純利益率を算出してみると、全業種平均(2.9%)に対して、「情報通信業」(3.9%)や「学術研究・専門・技術サービス業」(7.5%)は高くなっていました。また、有形固定資産の重要度について2023年度の有形固定資産の構成比(対資産合計。以下、資産項目の構成比について同様)を算出してみると、全業種平均(30%)に対して、「情報通信業」(13%)や「学術研究・専門・技術サービス業」(13%)は低くなっていました。そして、借金の構成比(対負債・純資産合計。以下、負債や純資産項目の構成比について同様)を算出してみると、全業種平均(33%)に対して、「情報通信業」(17%)や「学術研究・専門・技術サービス業」(22%)は低くなっていました。
これらの業種で債務償還年数が短めとなっている背景として、収益性が高めであること、並びに、設備投資が少なく借金が少ないことが影響していると考えられます。
B)建設業
「建設業」(4.7年)は債務償還年数が短めになっています。
収益性について2023年度の売上高当期純利益率を算出してみると、全業種平均(2.9%)と「建設業」(3.1%)は概ね同水準となっていました。また、有形固定資産の構成比を算出してみると、全業種平均(30%)に対して、「建設業」(20%)は低くなっており、一方で現金預金の構成比は、全業種平均(23%)に対して、「建設業」(35%)と高くなっていました。そして、借金の構成比を算出してみると、全業種平均(33%)に対して、「建設業」(24%)は低くなっていました。
建設業で債務償還年数が短めとなっている背景として、売上代金の一部を契約時や工事の進行に応じて回収するなど、他の業種と比較して現金預金が比較的多く、借金が少ないことが影響していると考えられます。
➂ 債務償還年数が長めの業種
2023年度における債務償還年数が長め、つまり借金を返済するのに必要な年数が長めで借金の返済能力に留意が必要と考えられる業種としては「宿泊業・飲食サービス業」(11.6年)、「小売業」(9.3年)、「不動産業・物品賃貸業」(9.1年)が挙げられます。
以下、これらの業種について、債務償還年数が長めとなっている背景を分析します。
A)宿泊業・飲食サービス業
「宿泊業・飲食サービス業」(11.6年)の債務償還年数が長めです。
収益性について2023年度の売上高当期純利益率を算出してみると、全業種平均(2.9%)に対して、「宿泊業・飲食サービス業」(2.0%)は低くなっていました。また、有形固定資産の重要度について2023年度の有形固定資産の構成比を算出してみると、全業種平均(30%)に対して、「宿泊業・飲食サービス業」(50%)は非常に高くなっていました。「宿泊業・飲食サービス業」で必要となる設備投資としては、宿泊施設やレストランなどの建物や建物附属設備(電気設備、ガス設備、給排水設備、衛生設備、冷暖房設備、空調設備など)が想定されます。
そして、借金の構成比を算出してみると、全業種平均(33%)に対して、「宿泊業・飲食サービス業」(66%)は非常に高くなっていました。上記のような設備投資のために借金をすることが多いと想定されます。
「宿泊業・飲食サービス業」で債務償還年数が長めとなっている背景として、収益性が低めであること、並びに設備投資が必要なために借金が多いことが影響していると考えられます。
B)小売業
「小売業」(9.3年)は債務償還年数が長めです。
収益性について2023年度の売上高当期純利益率を算出してみると、全業種平均(2.9%)に対して、「小売業」(1.5%)と低くなっていました。また、有形固定資産の重要度について2023年度の有形固定資産の構成比を算出してみると、全業種平均(30%)に対して、「小売業」(31%)と同水準になっており、設備投資資金で借金が他の業種より膨らんでいるということはないようです。そして、借金の構成比を算出してみると、全業種平均(33%)に対して、「小売業」(40%)は高くなっていました。純資産の構成比を算出して見たところ、全業種平均(44%)に対して、「小売業」(36%)は低めとなっていました。
「小売業」で債務償還年数が長めとなっている背景として、収益性が低めであること、並びに純資産の蓄積が少なめで借金が多いことが影響していると考えられます。
C)不動産業・物品賃貸業
「不動産業・物品賃貸業」(9.1年)も債務償還年数が長めです。
収益性について2023年度の売上高当期純利益率を算出してみると、全業種平均(2.9%)に対して、「不動産業・物品賃貸業」(11.6%)は高くなっていました。また、有形固定資産の重要度について2023年度の有形固定資産の構成比を算出してみると、全業種平均(30%)に対して、「不動産業・物品賃貸業」(50%)と非常に高くなっていました。「不動産業・物品賃貸業」のうち賃貸業については賃貸用の資産が必要となるため設備投資が大きくなっていることが想定されます。
そして、借金の構成比を算出してみると、全業種平均(33%)に対して、「不動産業・物品賃貸業」(48%)は高くなっていました。
「不動産業・物品賃貸業」で債務償還年数が長めとなっている背景として、収益性が高めであるものの、多額の設備投資が必要なために借金が多いことが影響していると考えられます。
3.おわりに
本稿では、中小企業の「債務償還年数」について取り上げ、この指標から分かることなどを説明するとともに、業種別の状況を分析しました。債務償還年数を用いることで、企業の財務状況、特に借金の返済能力を客観的に評価し、経営判断の一助とすることができます。
債務償還年数の算出に当期純利益を用いていることから、異常な変動が生じている場合などは、上記2(2)で説明した「債務償還年数の活用に際しての留意点」なども参考に、より安定した評価をすることが考えられます。
いずれにせよ、債務償還年数が長い場合には財務リスクが高まるため、早期に対策を講じることが重要です。債務償還年数を定期的にモニタリングすることで財務リスクを管理しやすくなります。
なお、2021年度(前年度)と2022年度との比較、2018年度(コロナ禍前)と2022年度との比較や、経営に活かすための具体的な対応策については、次回取り上げる予定です。次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用しながら、経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。