1.はじめに
本稿「公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術」では、いろいろな経営指標を取り上げながら、その活用について考えています。
前々回から、財務安全性に関連する経営指標である「流動比率」「当座比率」「固定比率」「固定長期適合率」「債務償還年数」「インタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)」「自己資本比率」を取り上げ、前々回では全業種平均での売上高階級別の分析をしました。そして前回と今回は、主要な業種にブレイクダウンして、業種別・売上高階級別の分析を進めています。
2.中小企業の財務安全性関連の経営指標を業種別・売上高階級別に分析してみよう(続き)
業種別の分析は、「母集団企業数」「従業者数」「売上高」の重要性等を勘案し、「建設業」「製造業」「卸売業」「小売業」「不動産業・物品賃貸業」の主要5業種に絞って行うこととしました。前回は「建設業」と「製造業」について分析しましたので、今回は「卸売業」と「小売業」について分析し、「不動産業・物品賃貸業」については次回分析します。
(6)「卸売業」における売上高階級別の財務安全性関連指標の分析

①全業種平均との比較分析
【図表5】の卸売業(法人)平均と全業種(法人)平均を比較すると、流動比率・当座比率は全業種平均よりも若干悪い数値となっています。一方、それ以外の5つの指標については、全業種平均と同程度以上の良好な水準となっています。
②売上高階級別の分析
■ 財務安全性に懸念のある階級、良好な階級
注意が必要な基準に該当する指標数を確認すると、これまで見てきた「建設業」「製造業」と比べて全体的に少ないのが特徴の1つと言えるかもしれません。
最も売上高水準の低い「500万円以下」の階級では、7つの指標のうち5つが注意基準に該当しており、財務安全性に大きな懸念があります。さらに「1千万円超~3千万円」の階級ではそれを上回る6つの指標が該当しており、注意が必要な階級と言えるかもしれません。
上記の2つの階級の間に位置する「500万円超~1千万円」は2つの指標が該当するにとどまり、「建設業」「製造業」で見られたような“売上高階級が低いほど財務安全性関連指標が悪化する傾向”は当てはまっていません。「卸売業」の場合、「建設業」「製造業」と比べると少人数で運営可能なことも多く、固定費が抑えられるため、売上規模が小さくても黒字を確保しやすい面があるのではないかというのが私の想定です。自己資本比率に着目すると、この階級はすべての階級の中で最も高い69%となっており、これまでの利益の蓄積があることが伺われます。
ただし、2023年度では債務償還年数・ICRがマイナス値となっており、直近では赤字に陥っているようです。
さらに売上高が高い階級を見ていくと、「3千万円超~5千万円」「5千万円超~1億円」では2つの指標が注意基準に該当しており、該当する指標数は少ないものの、なお注意が必要な水準です。
一方、「1億円超~5億円」「5億円超~10億円」「10億円超」の3つの階級では、注意基準に該当する指標はなく、財務安全性は良好な水準にあると言えます。
■ 小規模事業者における財務状況
「500万円以下」の階級では、流動比率は117%にとどまるものの、当座比率は100%を超えています。「建設業」「製造業」の同じ階級では流動比率・当座比率が30%前後と非常に低い水準にあるのと比べると、深刻度は薄れるかもしれません。
ただし、自己資本比率は△55%と債務超過の状態であり、債務償還年数やICRもマイナス値であることから、利益が出ていない状況と考えられるので、収益性の改善と自己資本の充実が課題と考えられます。
「500万円以下」と「1千万円超~3千万円」の階級は債務超過となっており、これが固定比率がマイナス値になってしまっている要因と考えられます。ただし、固定長期適合率は100%以下の水準にあることから、固定負債を含めた長期資金(純資産+固定負債)の範囲では固定資産をまかなえている状況にあります。
3千万円以下の各階級とも債務償還年数がマイナス値、1億円以下の各階級ともICRがマイナス値となっており、これらの階級では利益(当期純利益や営業利益)が十分出ていないと想定されます。
■ 売上高の増加に伴う財務指標の改善傾向と、「10億円超」の階級に見られる特徴
売上高水準が高くなるほど財務安全性の各指標は良好な水準になる傾向はみられるものの、売上高水準が最も高い「10億円超」の階級が最も良好な値を示しているわけではない点は建設業と同様で、建設業の分析の中で説明したことと同様の状況が当てはまっていると考えられます(前回の「(4)「建設業」における売上高階級別の財務安全性関連指標の分析」参照)。
➂まとめと留意点
✓「500万円以下」や「1千万円超~3千万円」の階級は、収益性の低さ・債務超過といった深刻な課題を抱えており、財務安全性が非常に低い水準にとどまっています。収益改善策や資本増強の検討が重要課題です。
✓中規模以上(1億円超)では、財務安全性が大きく改善しており、成長とともに健全性が高まる傾向が明確に現れています。
✓「10億円超」の階級では、積極的な投資活動が行われている様子が伺え、資金調達力の高さが財務指標に反映されている可能性があります。
(7)「小売業」における売上高階級別の財務安全性関連指標の分析
①全業種平均との比較分析
【図表6】の小売業(法人)平均と全業種(法人)平均を比較すると、流動比率・当座比率・自己資本比率などの指標は全業種平均を下回っており、債務償還年数は全業種平均よりも長くなっているなど、財務安全性の数値は全業種平均よりやや劣る水準にあります。
②売上高階級別の分析
■ 財務安全性に懸念のある階級、良好な階級
注意が必要な基準に該当する指標数を確認すると、売上高水準の低い3つの階級(「500万円以下」「500万円超~1千万円」「1千万円超~3千万円」)では、7つの指標すべてが該当しており、財務安全性に大きな懸念がある状況が伺えます。7つの指標すべてが注意基準に該当する階級が3つの階級に及ぶケースはこれまで見てきた業種(「建設業」「製造業」「卸売業」)にはなかった特徴点と言えます。小売業の場合、売上の割に利益が少ない傾向があります。例えば、2023年度の当期純利益率は全業種平均(2.9%)に対して小売業は1.5%にとどまっており、全業種の中で最も低い値になっています。このため、他の業種と比べて売上高は大きくても財務安全性に課題があることが考えられるので注意が必要です。
「3千万円超~5千万円」の階級では3つ、「5千万円超~1億円」の階級では2つの指標が該当しており、上述の3つの階級と比べて改善傾向は見られるものの、なお注意が必要な水準です。
一方、「1億円超~5億円」「5億円超~10億円」「10億円超」の階級では該当する指標がほとんどなく、財務安全性は比較的良好な水準にあると言えます。なお、「10億円超」の階級で流動比率が注意基準に該当している点については後述します。
■ 小規模事業者における財務状況
「3千万円以下」の3つの階級では、流動比率が50~70%台にとどまり、また小売業では在庫保有があるため当座比率はさらに低い30~50%台と極めて低くなっています。これらの階級はいずれも自己資本比率がマイナス値(債務超過)の状態です。債務償還年数やICRもマイナス値であり、利益が出ていないことや資金繰りの逼迫が伺えます。このような状況ながら存続している点については建設業の分析の中で説明したことと同様の状況が当てはまっていると考えられます(「前回の(4)「建設業」における売上高階級別の財務安全性関連指標の分析」参照)。
■ 売上高の増加に伴う財務指標の改善傾向と、「10億円超」の階級に見られる特徴
売上高水準が高くなるほど、財務安全性の各指標は改善傾向にあります。ただし、「10億円超」の階級が必ずしも財務安全性の観点で最良の数値を示しているわけではなく、流動比率・当座比率は「3千万円超~10億円」の各階級よりも低い水準です。つまり、売上高水準の低い3つの階級を除くと「10億円超」の階級が最も流動比率・当座比率が低くなっています。
その理由としては、例えば、業績が好調で資金繰りも良好であれば、必要以上に資金を保有しておく必要がないこと、在庫管理のレベルがアップし在庫の回転がよくなること、仕入先との交渉力が強くなり支払条件を有利に設定できるため借入に依存せずに資金を回せること、さらなる成長のために積極投資をすること、などが考えられます。
「10億円超」の階級は、流動比率・当座比率こそ低いものの、債務償還年数が短く(7年)、ICRが高い(18倍)など、他の指標では良好な数値を示しています。これは、利益率や資金の流れが安定していることを示唆しており、流動比率・当座比率が低めであることだけで財務安全性を判断するのは不十分であると考えられます。むしろ、「10億円超」の階級で流動比率・当座比率が低いのは、財務の健全性が低いからではなく、資金効率が高いためである可能性が高いのかもしれません。流動比率・当座比率が低めであることは、「悪い」というより、「効率的である」ととらえることができるのではないでしょうか。
③まとめと留意点
✓「3千万円以下」の各階級は、収益性の低さ・債務超過といった深刻な課題を抱えており、財務安全性が非常に低い水準にとどまっています。収益改善策や資本増強の検討が重要課題です。
✓中規模以上(1億円超)では、財務安全性が大きく改善しており、成長とともに健全性が高まる傾向が明確に現れています。
✓「10億円超」の階級では、積極的な投資活動が行われている様子が伺え、資金調達力の高さが財務指標に反映されている可能性があります。
3.おわりに
本稿では、中小企業の財務安全性関連の経営指標の中から「流動比率」「当座比率」「固定比率」「固定長期適合率」「債務償還年数」「インタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)」「自己資本比率」の7つを取り上げ、売上高階級別の分析を進めています。
中小企業の財務安全性関連の経営指標について、売上高階級別の分析を主要な業種別にブレイクダウンして進めていく上で、「母集団企業数」「従業者数」並びに「売上高」の観点から重要性の高い5つの業種(「建設業」「製造業」「卸売業」「小売業」「不動産業・物品賃貸業」)をピックアップし、今回は、「卸売業」と「小売業」について、売上高階級別の分析を実施しました。「不動産業・物品賃貸業」については次回分析する予定です。
次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用しながら、経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。




