1.はじめに
中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入りませんが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になるため、本連載では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えています。
今回も引き続き、中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げ、中小企業のB/S項目の構成比について業種別分析を進めていきます。
2.中小企業のB/S項目の構成比を業種別に見てみよう(その5)
□B/S項目の構成比を業種別に分析してみる③ ~固定資産とその主要内訳項目の分析
中小企業のB/S項目(流動資産・固定資産・流動負債・固定負債・純資産)の構成比を業種別(大分類の11業種)に算出し、分析を進めています(各項目の構成比については、本連載の第82回 【図表1】をご参照ください(注))。今回は固定資産とその主要内訳項目の構成比について分析することにします。
(注)第82回【図表1】で掲載した「2022年度決算実績(速報)」データによる算出結果と「2022年度決算実績(確報)」による算出結果に差異はなかった。
固定資産とその主要内訳項目の構成比の分析
【図表12】は中小企業実態基本調査の業種別B/から、資産合計を100としたときの固定資産及び主要内訳項目の構成比を算出したものです。中小企業実態基本調査では、固定資産は大きく「有形固定資産」、「無形固定資産」「投資その他の資産」(以下、「投資等」と言う)の3つに区分されています。
さらに、有形固定資産は、「建物・構築物・建物附属設備」(以下、「建物等」と言う)、「機械装置」、「船舶、車両運搬具、工具・器具・備品」、「土地」、「建設仮勘定」、「減価償却累計額」の6項目、無形固定資産は「ソフトウェア」の1項目のみが内訳項目としてデータが収集されています。なお、投資等については内訳項目のデータは収集されていません。
【図表12】では、有形固定資産、無形固定資産、投資等の3項目にブレイクダウンするとともに、有形固定資産については構成比が高めの「建物等」「土地」についても集計することにしました。
まずは全業種平均に着目してみましょう。中小企業の全業種平均(2022年度決算実績)の固定資産の構成比は46%で、その中で有形固定資産が33%、無形固定資産が1%、投資等が12%を占めています。固定資産の中で構成比が最も高いのが有形固定資産、次いで投資等であり、無形固定資産についてはわずかな構成比にとどまっています。
固定資産計の構成比が高い業種(「不動産業、物品賃貸業」「宿泊業、飲食サービス業」「生活関連サービス業、娯楽業」)や、固定資産計の構成比が低い業種(「卸売業」「建設業」「情報通信業」)についてはそれぞれ、前回、「(2)流動資産計の構成比が低い業種」「(1)流動資産計の構成比が高い業種」として分析しましたので、そちらを参照していただければと思います。
今回は、固定資産を主要項目別にブレイクダウンして分析してみることにします。特に有形固定資産計については、業種別に大きな差異が見られるため、以下では、そこに着目して分析を進めることにします。
(1)有形固定資産の構成比が比較的高い業種
有形固定資産の構成比が比較的高い業種としては、「不動産業、物品賃貸業」「宿泊業、飲食サービス業」を挙げることができます。
「不動産業、物品賃貸業」の有形固定資産の構成比(54%)は全業種平均(33%)を大きく上回っていますが、さらに内訳項目別にブレイクダウンしてみると、建物等の構成比が25%(全業種平均は13% )、土地の構成比が29%(全業種平均は16%)となっており、両者が影響していることが分かります。これは、不動産業では、賃貸するために建物や土地などの固定資産が多く必要とされるため、有形固定資産の割合が高くなりやすいのではないかと想定されます。
また、「宿泊業、飲食サービス業」の固定資産の構成比(52%)は全業種平均(33%)を大きく上回っていますが、さらに内訳項目別にブレイクダウンしてみると、建物等の構成比が28%(全業種平均は13%)、土地の構成比が20%(全業種平均は16%)となっており、特に建物等が大きく影響していることが分かります。これは、「宿泊業、飲食サービス業」では、宿泊施設やレストランなどの建物や建物附属設備(電気設備、ガス設備、給排水設備、衛生設備、冷暖房設備、空調設備など)が必要とされることが多いため、建物等の割合が高くなりやすいのではないかと想定されます。
なお、大分類業種の「宿泊業、飲食サービス業」は「宿泊業」「飲食店」「持ち帰り・配達飲食サービス業」の3つの中分類業種に細分されていますので、これら3つにブレイクダウンしてさらに特徴を探ってみましょう。
【図表13】からは次のような点を読み取ることができます。
✓「宿泊業、飲食サービス業」全体では、有形固定資産の構成比が52%ですが、中分類の内訳業種別に見ると業種によって差異が見られます。「宿泊業」は64%と高くなっているのに対して、「飲食店」は43%、「持ち帰り・配達飲食サービス業」36%にとどまっています。「宿泊業」の方が、保有する有形固定資産が大きくなりやすいのではないかと想定されます。特に宿泊業では建物等の構成比が36%と、宿泊業、飲食サービス業全体(28%)を大きく上回っています。宿泊施設の建物等への投資が大きくなっているのではないかと想定されます。また、土地の構成割合は、「飲食店」や「持ち帰り・配達飲食サービス業」が低めであるのに対して、宿泊業が高めとなっています。宿泊業は飲食店と比べると、土地・建物等の両方を保有して事業運営することが少なくはないものと想定されます。
【図表13】の2022年度決算実績は、コロナ禍の影響が含まれることが想定されるため、【図表14】のとおり、2018年度決算実績も調べてみることにします。
2018年度と2022年度のデータを比較することで、以下のような点が読み取れます。
✓「宿泊業、飲食サービス業」全体の有形固定資産の構成割合が、コロナ禍前の2018年度(62%)から、コロナ禍の2022年度(52%)と大きく低下しています。各内訳業種とも低下していますが、特に飲食店では、57%から43%まで大きく低下しています。前回の流動資産の分析の際、「飲食店」における現金預金の構成比が19%から30%へと大きく上昇していること、その要因として、コロナ禍以降の不確実な経済状況下でのリスク管理として、現金預金をより多く保有しておこうとする傾向が読み取れる点を指摘しました。有形固定資産の構成割合の低下の要因の一つとしては、この点が挙げられると考えますが、コロナ禍で、有形固定資産投資が大きい企業の廃業があったことや、少ない投資でも成り立つようなビジネスモデルに変化したことなども考えられます。
(2)有形固定資産の構成比が比較的低い業種
有形固定資産の構成比が比較的低い業種としては、「情報通信業」「学術研究、専門・技術サービス業」「卸売業」を挙げることができます。
「情報通信業」や「学術研究、専門・技術サービス業」の有形固定資産の構成比(それぞれ13%、14%)は全業種平均(33%)を大きく下回っていますが、さらに内訳項目別にブレイクダウンしてみると、建物等及び土地の構成比とも全業種平均と比べて低いことが影響していることが分かります。中小のこれら業種では、取り扱う製品やサービスが情報や知識などで有形固定資産を保有する必要性が高くないことが想定されます。
「卸売業」の有形固定資産の構成比(18%)は全業種平均(33%)を大きく下回っていますが、さらに内訳項目別にブレイクダウンしてみると、建物等及び土地の構成比とも全業種平均と比べて低いことが影響していることが分かります。これは、卸売業では、販売施設や倉庫が必要になることも想定されますが、賃借しているケースもあるでしょうし、相対的に売上債権などの流動資産の重要性が特に高くなっていることが想定されます。
(3)無形固定資産、投資その他の資産の構成比
中小企業の全業種平均(2022年度決算実績)の無形固定資産の構成比はわずか1%にとどまります。業種別に見てもほとんどの業種が1%であり、最も高い「情報通信業」でも3%です。詳細は不明ですが、情報通信業では自社利用のソフトウェアなどを保有していることが想定されます。
中小企業の全業種平均(2022年度決算実績)の投資その他の資産(投資等)の構成比は12%となっています。業種別に見てもほとんどの業種が10%前後ですが、「学術研究、専門・技術サービス業」だけは33%と突出して高くなっています。詳細は不明ですが、「学術研究、専門・技術サービス業」では他の研究機関や企業との共同研究やプロジェクトへの投資などがなされているのかもしれません。
3.おわりに
本連載では、自社の決算数値を自社以外と比較したい場合に活用できる「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を取り上げていますが、現在は中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げています。
今回は固定資産を内訳科目別にブレイクダウンして、特徴を分析してみました。
次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を使った業種別B/Sの活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。