1.はじめに
中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入りませんが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になるため、本連載では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えています。
前回までは中小企業の業種別P/Lの活用を中心に説明してきましたが、今回からは中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げようと思います。
2.中小企業のB/S項目の構成比を業種別に見てみよう
まずは、ある経理部での様子を描いた【ケース1】をご覧ください。
【ケース1】
飲食店を営む法人企業K社(従業者規模は30名前後、年間売上高は8億円前後)では、取引銀行に決算書を見せた際、自己資本比率や流動比率など、財務安全性の指標が低いことを指摘されました。P/Lについてはある程度興味を持って見ているK社の社長ですが、B/Sにはほとんど関心を持っていませんでした。しかし、このとき社長は思いました。
社長:「中小企業と言っても業種が違えばB/Sの姿も違うのかもしれない。そもそもうちのような飲食店って、B/Sに何か特徴があるのかな。B/Sについても中小企業実態基本調査が活用できるのだろうか……」
以下の説明は、K社の業種に合致する統計表を使って分析していますが、その方法を参考にして、自社の分析の際は自社に合致した業種の統計表を使っていただければと思います。
□B/S項目の構成比を業種別に分析してみる① ~純資産・固定負債・流動負債の分析
【図表1】は、中小企業のB/S項目(流動資産・固定資産・流動負債・固定負債・純資産)の構成比を業種別(大分類の11業種)に算出してみたものです。この表自体が中小企業実態基本調査の結果として公表されているわけではありません。筆者がB/S項目の構成比に業種別の特徴があるのかどうかに関心があったことから、筆者自身が中小企業実態基本調査の結果として公表されている統計表の中から業種別B/SのExcelデータをダウンロードし、それを加工して作成しました。
なお、【図表1】の前年度実績(「2021年度決算実績(確報)」)を、本稿の末尾に【参考】として掲載してありますので、興味のある方は併せてご参照ください。
(1)純資産の構成比の分析
【図表1】のうち、まずは財務安全性の観点からとても重要な純資産の構成比に着目してみましょう。当該構成比はいわゆる「自己資本比率」を表しているものと捉えることができます。
自己資本比率 = 純資産 ÷ 負債・純資産合計
【図表1】からは、中小企業の純資産の構成比、すなわち自己資本比率の全業種平均(2022年度決算実績)は42%となっていることが分かります。自己資本比率が30%以上あることが財務安全性の観点での一つの目安となることもあります。自己資本比率が下がるにつれて資産に対する負債の割合が高まることとなり、財務安全性の度合いが低下していきます。自己資本比率がマイナスとなると、負債が資産を上回る状態、いわゆる「債務超過」の状態となります。負債の返済に重大な懸念がある状態であり、金融機関の融資姿勢も厳しくなることが想定されます。
自己資本比率が比較的高い業種としては、「情報通信業」の55%、「学術研究、専門・技術サービス業」の52%、「建設業」の47%、「サービス業(他に分類されないもの)」の47%、「製造業」の46%などを挙げることができます。
一方、自己資本比率が低い業種としては、「宿泊業、飲食サービス業」の16%が突出しています。他の業種はいずれも、平均値では財務安全性の目安と言われる30%を超えています。
「宿泊業、飲食サービス業」の自己資本比率が突出して低い点について、2022年度特有の状況なのかどうかが気になったため、過去6年度分の推移を算出してみたところ、【図表2】のとおりでした。
全業種平均値ではこの6年度の間を通して40%前後の自己資本比率で推移しています。一方、「宿泊業、飲食サービス業」については、2020年度決算実績以降(一部の企業は2019年度も)はコロナ禍の影響もあることが想定されるものの15%前後で推移しており、それ以前の2017年・2018年も20%前後と全業種平均と比べると自己資本比率が低い状態にあったことが分かります。
当業種では、ホテルやレストランなどの施設(建物・内装・設備や土地など)に多額の設備投資が必要になることが想定されます。こうした設備投資のために多額の長期借入を行っている一方で(下記「(2)固定負債の構成比の分析」も参照)、十分な自己資本の蓄積ができていないように読み取れます。
(2)固定負債の構成比の分析
次に【図表1】の固定負債の構成比に着目してみましょう。【図表1】からは、中小企業の固定負債の構成比の全業種平均(2022年度決算実績)は30%となっています。
固定負債の構成比については、「宿泊業、飲食サービス業」の61%が突出して高いことが分かります。その他で固定負債の構成比が比較的高い業種としては、「不動産業、物品賃貸業」の44%、「運輸業、郵便業」の41%、「生活関連サービス業、娯楽業」の41%などを挙げることができます。これらの業種はいずれも固定資産の構成比が比較的高い業種であり、固定資産への投資資金をまかなうため長期借入が比較的多くなっていることが読み取れます。ただし、これらの業種の中で「宿泊業、飲食サービス業」は純資産の構成比(自己資本比率)が突出して低く、固定負債への依存度合いが特に高くなっています。それと比べると、他の業種はある程度純資産(自己資本)でまかなえている部分があり、固定負債への依存度合いは「宿泊業、飲食サービス業」ほど高くはないことが分かります。その理由は一概には言えませんが、「宿泊業、飲食サービス業」は必要となる投資額に比して利益率が低めで純資産(利益剰余金)の蓄積が少なめであることなどが考えられるかもしれません。
(3)流動負債の構成比の分析
さらに【図表1】の流動負債の構成比に着目してみましょう。【図表1】からは、中小企業の流動負債の構成比の全業種平均(2022年度決算実績)は28%となっており、固定負債の構成比30%とほぼ同水準となっていることが分かります。
流動負債の構成比が比較的高い業種としては、「卸売業」の39%、「小売業」の35%、「建設業」の31%などが挙げられ、それぞれの業種の固定負債の構成比18%、30%、22%と比べても流動負債の構成比が高めとなっていることが分かります。内訳科目にブレイクダウンした分析は別途実施する予定ですが、これらの業種は在庫保有が他の業種よりも多めの業種であり、仕入債務の構成比が高めであることが想定されます。また、「宿泊業、飲食サービス業」は23%と、全業種平均よりもやや低い水準となっています。これは、在庫保有が他の業種よりも少なめの業種であり、仕入債務の構成比が低めであることが想定されます。
3.おわりに
本連載では現在、自社の決算数値を自社以外と比較したい場合に活用できる「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を取り上げていますが、今回からは中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げています。
今回は、中小企業の業種別B/S項目の構成比を算出した上で、そこに現れた特徴のうち純資産・固定負債・流動負債の構成比に関わる部分を分析してみました。自社のB/Sを他の中小企業の値と比較したい場合、自社の属する業種の平均値と比較することが有効ですが、各業種の値を比較し、その特徴を押さえておくことは、自社の属する業種の理解を深めるのにも資すると思われます。
次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を使った業種別B/Sの活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。
【参考】中小企業の業種別B/S項目の構成比(2021年度決算実績(確報))
上表は【図表1】(2022年度決算実績(速報))の前年度実績になりますので、興味のある方は【図表1】と併せてご参照ください。