1.はじめに
中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入りませんが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になるため、本連載では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えています。
本連載では現在、中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げており、中小企業のB/S項目の構成比について業種別分析を進めています。
2.中小企業のB/S項目の構成比を業種別に見てみよう(その3)
前々回は、中小企業の業種別B/S項目(流動資産・固定資産・流動負債・固定負債・純資産)の構成比を算出した上で、そこに現れた特徴のうち、まずは純資産・固定負債・流動負債の構成比に関わる部分を分析してみました。
そして、前回は純資産の内訳科目別にブレイクダウンして、さらに特徴を分析しましたので、今回は負債の内訳科目別にブレイクダウンして分析していこうと思います。
(注)前々回と前回の「中小企業実態基本調査の業種別B/Sの活用」の(その1)から(その2)では、「2022年度決算実績」については、「速報」(2024年3月29日公表)のデータによっていたが、2024年7月30日に「確報」データが公表されたため、今回からは確報データによっている。なお、前回までに掲載した「2022年度決算実績(速報)」データによる算出結果と「2022年度決算実績(確報)」による算出結果に差異はなかった。
□負債の内訳科目別ブレイクダウン
業種別の流動負債や固定負債の構成比に現れた特徴などの分析については前回実施しましたが、今回はさらにこれらの負債の内訳科目別にブレイクダウンして分析を進めてみることにします。
中小企業実態基本調査のB/Sでは、流動負債の内訳として、「支払手形・買掛金」(以下、「仕入債務」という)、「短期借入金(金融機関)」、「短期借入金(金融機関以外)」のデータが収集されています。また、固定負債の内訳として、「長期借入金(金融機関)」、「長期借入金(金融機関以外)」、「社債」のデータが収集されています。【図表6】では、「短期借入金(金融機関)」と「短期借入金(金融機関以外)」の合計を「短借」として、「長期借入金(金融機関)」、「長期借入金(金融機関以外)」、「社債」の合計を「長借・社債」として、構成比を算出しました。
(1)仕入債務の構成比の分析
全業種平均の仕入債務の構成比は11%であり、最も高い「卸売業」(22%)を除くと、それ程高い構成比にはなっていないことが分かります。
①仕入債務の構成比が比較的高い業種
「卸売業」は仕入債務の構成比が22%と全業種中で最も高く、全業種平均(11%)を大きく上回っています。これは「卸売業」が一般的に在庫を多く保有した上でそれを販売する業態であるため、仕入債務の比率が高くなりやすいのではないかと想定されます。
②仕入債務の構成比が比較的低い業種
「卸売業」以外の業種では仕入債務の割合が比較的低く、特に「不動産業、物品賃貸業」(2%)や「宿泊業、飲食サービス業」(4%)などが低くなっています。これらの業種は一般的に商品等をたくさん仕入れて販売する業態ではないこと、固定資産への投資が大きい業種であり借入の割合が高くなりやすいことなどが要因として考えられます。
(2)短期借入金の構成比の分析
全業種平均の短期借入金の構成比は10%であり、最も高い「小売業」でも14%であり、いずれの業種もそれ程高い構成比にはなっていないことが分かります。
(3)長期借入金等の構成比の分析
全業種平均の長期借入金等(長期借入金・社債)の構成比は26%ですが、最も高い「宿泊業、飲食サービス業」の58%から、最も低い「情報通信業」の13%まで、相当程度の幅が生じていることが分かります。
①長期借入金等の構成比が比較的高い業種
長期借入金等の構成比が高い業種としては、「宿泊業、飲食サービス業」「運輸業、郵便業」「不動産業、物品賃貸業」などを挙げることができます。
「宿泊業、飲食サービス業」は長期借入金等の構成比が58%と全業種中で最も高く、全業種平均(26%)を大きく上回っています。これは「宿泊業、飲食サービス業」では、ホテルやレストランなどの施設(建物・内装・設備や土地など)に多額の設備投資が必要になることが想定されます。こうした設備投資のために多額の長期借入を行っていることが想定されます。
大分類業種の「宿泊業、飲食サービス業」は、「宿泊業」「飲食店」「持ち帰り・配達飲食サービス業」の3つの中分類業種に細分されていますので、これら3つにブレイクダウンして特徴を探ってみましょう。
【図表7】の長期借入金等の構成比を見ると、「宿泊業」が64%、「飲食店」が55%、「持ち帰り・配達飲食サービス業」が42%となっています。「宿泊業」がより高い水準ではありますが、いずれの業種も高い水準となっています。
【図表7】の2022年度決算実績は、コロナ禍の影響が含まれることが想定されるため、【図表8】のとおり、2018年度決算実績も調べてみることにします。
長期借入金等の構成比について、2018年度と2022年度を比較すると、「宿泊業」は54%から64%に、「飲食店」は51%から55%に、「持ち帰り・配達飲食サービス業」は36%から42%にと、それぞれ上昇しています。特に「宿泊業」の上昇が大きくなってはいますが、コロナ禍の前でも、これらの業種は長期借入金等の構成比が高い水準にあったことが分かります。
また、「運輸業、郵便業」(37%)、「不動産業、物品賃貸業」 (36%)も長期借入金等の構成比が高くなっています。「運輸業、郵便業」では車輛などへの投資が必要になるでしょうし、「不動産業、物品賃貸業」では土地・建物などの不動産や賃貸する物品などへの投資が必要になるでしょうから、こうした投資のために多額の長期借入を行っていることが想定されます。
②長期借入金等の構成比が比較的低い業種
長期借入金等の構成比が低い業種としては、「情報通信業」(13%)、「卸売業」(17%)、「建設業」(20%)などを挙げることができ、全業種平均(26%)を大きく下回っています。固定資産の構成比を算出したところ、全業種平均が46%であるのに対して、「情報通信業」(32%)、「卸売業」(30%)、「建設業」(31%)となっており、固定資産の構成比が低い3つの業種と合致しています(前々回の【図表1】「中小企業の業種別B/S項目の構成比(2022年度決算実績(速報))」を参照)。多額の設備投資が必要ない業種では、長期借入金等の構成比も低めになっていることが伺われます。
3.おわりに
本連載では、自社の決算数値を自社以外と比較したい場合に活用できる「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を取り上げていますが、現在は中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げています。
前々回は、中小企業の業種別B/S項目(流動資産・固定資産・流動負債・固定負債・純資産)の構成比を算出した上で、そこに現れた特徴のうち、まずは純資産・固定負債・流動負債の構成比に関わる部分を分析してみました。そして、前回は純資産、今回は負債の内訳科目別にブレイクダウンして、さらに特徴を分析してみました。
自社のB/Sを他の中小企業の値と比較したい場合、自社の属する業種の平均値と比較することが有効ですが、各業種の値を比較し、その特徴を押さえておくことは、自社の属する業種の理解を深めるのにも資すると思われます。
次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を使った業種別B/Sの活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。