速くてもミスしない! 公認会計士の仕事術講座

第83回 比較分析のいろいろ(23) ~中小企業実態基本調査の業種別B/Sの活用(その2)

2024/09/20

1.はじめに

中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入りませんが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になるため、本連載では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えています。

前回からは中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げており、中小企業のB/S項目の構成比について業種別分析を進めています。

2.中小企業のB/S項目の構成比を業種別に見てみよう(その2)

前回は、中小企業の業種別B/S項目(流動資産・固定資産・流動負債・固定負債・純資産)の構成比を算出した上で、そこに現れた特徴のうち、まずは純資産・固定負債・流動負債の構成比に関わる部分を分析してみました。

今回は、純資産の内訳科目別にブレイクダウンして、さらに特徴を分析していこうと思います。

□純資産の内訳科目別ブレイクダウン

自己資本比率は、「純資産÷(負債+純資産)」の割合で算出することができ、【図表3】の「計」欄が自己資本比率に相当します。業種別の自己資本比率に現れた特徴などの分析については前回実施しましたが、今回はさらに純資産の内訳科目別にブレイクダウンして分析を進めてみることにします。

中小企業実態基本調査のB/Sでは、純資産の内訳として、「資本金」「資本剰余金」「利益剰余金」「自己株式」のデータが収集されています。自己株式は構成比の重要性が乏しいので、このうちの「資本金」「資本剰余金」「利益剰余金」の3項目について構成比を算出してみます。その結果は【図表3】のとおりです。

【図表3】中小企業の業種別B/Sの「純資産」の主要内訳項目の構成比(2022年度決算実績(速報))

【図表3】の全業種平均に着目してみると、純資産の構成比(自己資本比率)は42%となっています。純資産の内訳は、資本金部分が3%、資本剰余金部分が3%に留まるのに対して、利益剰余金は34%に上り、純資産の8割程は利益剰余金が占めていることが分かります。そのため、業種別の分析を進める際も、特に利益剰余金部分に着目していこうと思います(【図表3】の点線枠部分)。

業種別に見ると、資本金部分は2~6%、資本剰余金は1~8%の範囲に収まっており、業種ごとのばらつきが少なくなっています。一方で、利益剰余金部分は8~41%と業種別ごとのばらつきが大きくなっていることが分かります。

なお、会社法では、設立や新株発行の際の払込金額の2分の1を超えない額は資本金として計上しないことができ、その場合は資本準備金とすることとされているため、資本金よりも資本剰余金の方が小さいことが一般的かもしれません。しかし、「卸売業」「不動産業、物品賃貸業」など一部の業種では、資本金よりも資本剰余金の構成比の方が上回っています。私見ですが、これまでに減資を実施した企業などがあったのかもしれません。

①利益剰余金の構成比が特に低い業種

利益剰余金の構成比が特に低いのが「宿泊業、飲食サービス業」(8%)であり、その低さが際立っています。他の業種で利益剰余金の構成比がやや低めなのは、「生活関連サービス業、娯楽業」(26%)、「小売業」(28%)、「運輸業、郵便業」(29%)ですが、30%に近い水準にはなっています。つまり、「宿泊業、飲食サービス業」とは状況が異なっています。

では、なぜ「宿泊業、飲食サービス業」の利益剰余金が少ないのでしょうか。

大分類業種の「宿泊業、飲食サービス業」は、「宿泊業」「飲食店」「持ち帰り・配達飲食サービス業」の3つの内訳業種(中分類業種)に細分されています。そこでこれら3つにブレイクダウンして特徴を探ってみましょう。

【図表4】「宿泊業、飲食サービス業」の内訳業種別B/Sの「純資産」の主要内訳項目の構成比(2022年度決算実績(速報))

【図表4】の2022年度決算実績は、コロナ禍の影響が含まれることが想定されるため、【図表5】のとおり、2018年度決算実績も調べてみることにします。

【図表5】中小企業の業種別B/Sの「純資産」の主要内訳項目の構成比(2018年度決算実績(確報))

利益剰余金部分に着目して2018年度と2022年度を比較してみると、「飲食店」は両年度とも6%であるのに対して、「宿泊業」は15%から9%に低下し、「持ち帰り・配達飲食サービス業」は32%から15%に低下しており、コロナ禍以前と比べて利益剰余金の構成比が大きく低下していることが分かりました。ただし、コロナ禍以前でも、他の業種と比べるとやはり「飲食店」や「宿泊業」は利益剰余金の構成比が低い状況になっています。

あくまでも筆者の想定ではありますが、必要となる投資額に比して利益率が低めで純資産(利益剰余金)の蓄積が十分ではなく、純資産の構成比(自己資本比率)の低さ、つまり財務基盤の弱さにつながっている面があるのではないでしょうか。それは、飲食業の中でも多額の設備投資が必要とならない「持ち帰り・配達飲食サービス業」は比較的利益が出やすくなり、利益剰余金の構成比が比較的良いことからもうかがわれます。なお、別途、2022年度決算実績(速報)データから総資本経常利益率(ROA=Return On Assets)を算出してみたところ、全業種平均が4.3%であるのに対して、「宿泊業、飲食サービス業」は1.2%に留まり、【図表3】の11業種の中で最も低い値となっていることが分かりました。念のため、コロナ禍前の状況を確認しておきましょう。2018年度決算実績のデータから利益剰余金の構成比を算出したところ、やはり11%と低水準であり、また、総資本経常利益率(ROA)を算出してみたところ、全業種平均が4.2%であるのに対して、「宿泊業、飲食サービス業」は2.8%に留まり、2022年度ほどではないものの、コロナ禍前からやはり総資本経常利益率(ROA)は低めの値となっていました。

「飲食業」や旅館などは小規模な家族経営によっていることが少なくないことも想定され、必要以上に利益を出さないことも考えられます。

また、利益剰余金は創業以来、内部留保してきたものが蓄積されていきますので、創業してからの年数が長い場合には構成比が大きくなりやすいと考えられます。「飲食店」は創業・撤退といった入れ替わりが他の業種よりも激しい傾向にあることが想定されますので、その影響もあるかもしれません。

②利益剰余金の構成比が高めの業種

「宿泊業、飲食サービス業」の利益剰余金が少ないのに対して、利益剰余金の構成比がやや高めなのが「建設業」「製造業」「情報通信業」「学術研究、専門・技術サービス業」「サービス業(他に分類されないもの)」であり、いずれも40%前後の水準となっています。このことから、突出して高い業種があるわけではないことが読み取れます。

3.おわりに

本連載では、自社の決算数値を自社以外と比較したい場合に活用できる「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を取り上げていますが、前回からは中小企業の業種別B/Sの活用について取り上げています。

前回は、中小企業の業種別B/S項目の構成比を算出した上で、そこに現れた特徴のうち純資産・固定負債・流動負債の構成比に関わる部分を分析してみましたが、今回は、純資産の内訳科目別にブレイクダウンして、さらに特徴を分析してみました。

自社のB/Sを他の中小企業の値と比較したい場合、自社の属する業種の平均値と比較することが有効ですが、各業種の値を比較し、その特徴を押さえておくことは、自社の属する業種の理解を深めるのにも資すると思われます。

次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を使った業種別B/Sの活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。

提供:税経システム研究所

コラム・レポート

税務
税務デイリーニュース
税務情報レポート
税金ワンポイント
アウトライン審査事例
会計
会計研究レポート
速くてもミスしない!公認会計士の仕事術講座
経営
経営研究レポート
商事
商事法研究レポート
わかる民法(債権法)改正トピックス

PR インフォメーション

TOP