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第78回 比較分析のいろいろ(18) ~中小企業実態基本調査の活用(その7)

2024/04/19

1.はじめに

中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入らないといった問題もありますが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になります。そこで、本稿では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えてみようと思います。

今回も引き続き、業種別P/Lからさらに売上高階級別にブレイクダウンする方法について説明します。

2.中小企業の売上水準の違いによる収益性の違いを業種別に調べてみよう

前回は「売上高階級別」にブレイクダウンするに当たり、参考までに全業種合計での利益率の分析結果を紹介し、「全業種合計の利益率に現れた特徴」を俯瞰しました。その中で表れていた特徴は次のようなものでした。

✓売上総利益率と営業利益率では現れている傾向が大きく異なっている。

  • 売上総利益率・・・売上高が大きくなるほど下がる傾向が顕著に見てとれる。
  • 営業利益率・・・売上高が大きくなるほど上がる傾向が顕著に見てとれる。

✓売上高階級別の利益率の差は売上総利益率・営業利益率とも相当程度大きく、たまたまとは言えそうもない。

これを受けて今回は、業種別・売上高階級別にブレイクダウンして、さらに分析を進めていくことにします。

◆「売上高階級別」にブレイクダウンする ~業種別の利益率に現れた特徴

前回までに説明した方法で、中小企業実態基本調査の年度別データの一覧画面の「3.売上高及び営業費用」の中にある「(4)産業別・売上高階級別表」からExcelデータ(法人企業)をダウンロードできます。これに加工を施すことで、【図表1-1】などのような主な業種別・売上高階級別の各種利益率のデータを算出することも可能です。

売上高階級別のP/Lは業種別(大分類の11業種)にブレイクダウンすることができますが、本稿では2021年度決算実績(2023年7月28日公表の確報版)を使って利益率を算出し、分析してみようと思います。なお、紙幅の都合上、分析対象の業種は、全業種の売上高合計に占める業種別売上高の構成比が10%以上の主要4業種(「建設業」「製造業」「卸売業」「小売業」)、並びに本稿でこれまで取り上げてきた【ケース1】~【ケース3】の舞台である「宿泊業、飲食サービス業」に絞っています。

(1)売上総利益率に関わる分析

まずは「売上総利益率」について見てみましょう。

【図表1-1】は、売上高階級別に売上総利益率がどうなっているのかを、業種ごとに算出したものです。

【図表1-1】主な業種別・売上高階級別の「売上総利益率」(法人企業)(2021年度決算実績)

【図表1-1】からは次のような点が読み取れます。

✓「建設業」「製造業」「卸売業」「小売業」では、売上高階級が高い程、売上総利益率は下がる傾向がある。

✓「建設業」「製造業」では、売上高階級ごとの売上総利益率の差が特に大きい。ただし、全業種計程には、売上高階級別の差が大きくはない。

✓「卸売業」「小売業」では、売上高階級ごとの売上総利益率の差がやや大きい。

✓「宿泊業,飲食サービス業」では、売上高階級ごとの売上総利益率の差が小さい。

✓売上総利益率の水準は相対的に、「卸売業」が低めで、「宿泊業,飲食サービス業」が高めである。

これらの点について具体的な要因を特定することは困難ですが、業種ごとの差が大きいことが良く分かります。

なお、売上総利益をどの売上高階級の企業が主に稼ぎ出しているのかが気になったため、【図表1-2】のとおり、売上高階級別の「売上総利益額の構成比」を業種ごとに算出してみました。

【図表1-2】主な業種別・売上高階級別の「売上総利益額の構成比」(法人企業)(2021年度決算実績)

【図表1-2】からは次のような点が読み取れます。

✓「全業種計」では、売上高10億円超の企業が売上総利益額の構成比で最も高く、約半分を占めている。これは、規模の経済やブランド力などにより、高い利益率を確保できる企業が比較的多いことを示しているのかもしれない。

✓業種別では、「製造業」と「卸売業」で売上高10億円超の企業の構成比が「全業種計」を大きく上回っており、それぞれ61.1%と71.3%に達している。これは、これらの業種が高付加価値の商品やサービスを提供できる企業が多いことを示しているのかもしれない。

✓一方、「宿泊業,飲食サービス業」は売上高10億円超の企業の構成比が「全業種計」を大きく下回っており、31.7%にとどまっている。これは、コロナ禍による需要の減少や営業制限などの影響があるのかもしれない。

✓売上高階級別では、「建設業」「宿泊業,飲食サービス業」で売上高1億円超~5億円の企業の構成比が「全業種計」を上回っており、それぞれ35.0%と28.5%を占めている。これは、これらの業種が地域に密着した中堅・中小企業が多く、安定した需要を確保できることを示しているのかもしれない。

(2)営業利益率に関わる分析

次は「営業利益率」について見てみましょう。

【図表2-1】は、売上高階級別に営業利益率がどうなっているのかを、業種ごとに算出したものです。

【図表2-1】主な業種別・売上高階級別の「営業利益率」(法人企業)(2021年度決算実績)

【図表2-1】からは次のような点が読み取れます。

✓「全業種計」では、売上高階級が高い程、営業利益率が高くなる傾向がある。

✓「建設業」「製造業」「卸売業」「小売業」でも同様に、売上高階級が高い程、営業利益率が高くなる傾向がある。なお、売上高階級が低い階級では、営業利益率がマイナスになっている。

✓「宿泊業,飲食サービス業」では、各売上高階級とも営業利益率がマイナスになっている。これは、コロナ禍の影響で売上が大幅に落ち込んだ影響かもしれない。

これらの点について具体的な要因を特定することは困難ですが、売上総利益率程ではないものの、営業利益率についてもある程度業種ごとの差があることが分かります。

なお、営業利益をどの売上高階級の企業が主に稼ぎ出しているのかが気になったため、【図表2-2】のとおり、売上高階級別の「営業利益額の構成比」を業種ごとに算出してみました。

【図表2-2】主な業種別・売上高階級別の「営業利益額の構成比」(法人企業)(2021年度決算実績)

【図表2-2】からは次のような点が読み取れます。

✓「全業種計」では、売上高階級が高い程、営業利益額の構成比が高くなる傾向がある。特に、10億円超の階級では、営業利益額の構成比が84.3%となっており、この階級の企業が営業利益の多くを稼ぎ出している。

✓「建設業」「製造業」「卸売業」「小売業」では、10億円超の階級の構成比が高く、この層の企業が営業利益の多くを稼ぎ出している。一方、売上高階級が低い層では営業利益額の構成比がマイナスになっている。これは、営業利益が赤字になっていることを示し、収益性が低いことが分かる。

✓「宿泊業,飲食サービス業」では、前述の業種のように“10億円超の階級の企業が営業利益の多くを稼ぎ出している”という状況にはなっておらず、各売上高階級にわたって営業利益を稼ぎ出している。コロナ禍で売上高階級が上位の層でも営業利益の水準が大きく下がっているといった状況も想定される。

(3)経常利益率に関わる分析

次は「経常利益率」について見てみましょう。

【図表3】は、売上高階級別に経常利益率がどうなっているのかを、業種ごとに算出したものです。

【図表3】主な業種別・売上高階級別の「経常利益率」(法人企業)(2021年度決算実績)

【図表3】からは次のような点が読み取れます。

✓「全業種計」では、営業利益率程の差はないものの、売上高階級が高い程、経常利益率が高くなる傾向がある。また、営業利益率より経常利益率の方が高くなっている。

✓「建設業」「製造業」「卸売業」では、売上高階級が低い層では、経常利益率がマイナスになっている。コロナ禍の影響も含まれるとは思われるが、売上高階級が低い層では収益性が低くなっていることが分かる。

✓「小売業」では、売上高階級が低い層でも黒字の層があるが、経常利益率自体は高くはない。

✓「宿泊業,飲食サービス業」では、売上高階級が低い層でも黒字になっているところが多く、各階級とも赤字となっている営業利益率とは異なる傾向を示している。コロナ禍の影響で需要が減少したものの、助成金の受給や固定費の削減などで利益を確保できたのかもしれない。

これらの点について具体的な要因を特定することは困難ですが、売上総利益率程ではないものの、ある程度業種ごとの差があることが分かります。

なお、前回のレポートで実施した「全業種計」での利益率の分析では、以下のような点が見られました。

✓売上総利益率と営業利益率では現れている傾向が大きく異なっている。

  • 売上総利益率・・・売上高が大きくなるほど下がる傾向が顕著に見てとれる。
  • 営業利益率・・・売上高が大きくなるほど上がる傾向が顕著に見てとれる。

✓売上高階級別の利益率の差は売上総利益率・営業利益率とも相当程度大きく、たまたまとは言えそうもない。

今回、業種別の利益率なども算出し、売上高階級別・業種別にブレイクダウンして分析した結果、こうした傾向は、(水準には差があるにせよ)特定の業種だけに現れている傾向ではなく、多くの業種に現れている傾向と言えそうです。前回記載したように、売上高が大きくなると、1件ごとの粗利は小さくても、規模の経済が働き、販管費を賄えるだけの営業利益を上げられる、といったことも考えられます。一方で、私の推定での話になりますが、売上高が小さい階級では売上原価と販管費の厳密な区分を行わずに販管費として処理しているケースも想定されます。売上高階級別のデータを利用する際は、こうした点も念頭に置いて頂ければと思います。

3.おわりに

本連載では現在、自社の決算数値を自社以外と比較したい場合に活用できる「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を取り上げています。

今回は、P/Lに関わるデータを活用する際に、売上高階級別・業種別にブレイクダウンして、売上高階級と各種利益率との間に見られる傾向を業種別に分析してみました。売上総利益率・営業利益率・経常利益率とも売上高階級ごと・業種ごとの差は大きいものの、各利益率に見られる傾向には共通点も見られました。自社の利益率などを分析する際は、自社の属する業種のデータを参照することになると思いますが、今回、主要な業種を中心に5つの業種をピックアップし、売上高階級別の利益率のデータも掲載しましたので、必要に応じて参照して頂ければと思います。

次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読み頂き、実務上の参考にして頂ければ幸いです。

提供:税経システム研究所

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