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第79回 比較分析のいろいろ(19) ~中小企業実態基本調査の活用(その8)

2024/05/17

1.はじめに

中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入りませんが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になるため、本連載では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えてきました。

ここでいったん、ここまで見てきた中小企業の業種別P/Lの活用についてのまとめの意味もかねて、P/L活用の流れを整理しておこうと思います。説明は「宿泊業,飲食サービス業」を例にして、中小企業実態基本調査のデータを使いながら行おうと思います。なお、紙幅の都合上、説明は次回以降にも続く点、ご了承ください。

2.中小企業の業種別P/Lの活用についてのまとめ(その1)

まずは、ある経理部での様子を描いた【ケース4】をご覧ください。

【ケース4】

飲食店を営む法人企業K社(従業者規模は30名前後、年間売上高は8億円前後)では、取引銀行に決算書を見せた際、収益性を見る指標の一つである「売上高経常利益率」の水準が低いことを指摘されました。これをきっかけに、中小企業の平均的な売上高経常利益率がどの位の水準なのかが気になり始め、自社の決算数値を他の中小企業の決算数値と比較したい場合に、中小企業実態基本調査が活用できることを知りました。

そして、中小企業実態基本調査を活用しようと、いろいろ調べてみることにしました。そんな中、ふと社長は思いました。

社長:「中小企業と言っても従業者数や売上水準って結構幅があるよなぁ。うち位の規模の中小企業の収益性ってどんな感じなんだろう」

【ケース4】には、自社とは従業者数や売上水準の異なる中小企業がある中、自社と同じ位の規模の中小企業の平均的な収益性が気になっている社長の様子が描かれています。本稿では前回までに、自社の収益性を中小企業の平均的な収益性と比較するために参照する中小企業実態基本調査の統計表(Excelデータ)、特にP/L項目の統計表の活用の仕方を説明してきました。数回にわたって説明をしてきましたので、P/L項目にかかる統計表の活用のまとめとして、以下では、【ケース4】のK社(飲食店)の場合を例に説明を進めようと思います。以下の説明は、K社の業種や規模に合致する統計表を使って分析していますが、その方法を参考にして、自社の分析の際は自社に合致した業種や規模の統計表を使っていただければと思います。

□P/Lのブレイクダウンの切り口

中小企業実態基本調査の P/Lを活用する際、ベースになるのは「業種別(大分類)」の切り口だと思います。大分類の場合、業種は全11業種(注)となっています。

(注)全11業種は以下のとおり。
(1)建設業、(2)製造業、(3)情報通信業、(4)運輸業,郵便業、(5)卸売業、(6)小売業、(7)不動産業,物品賃貸業、(8)学術研究,専門・技術サービス業、(9)宿泊業,飲食サービス業、(10)生活関連サービス業,娯楽業、(11)サービス業(他に分類されないもの)

【図表1】中小企業実態基本調査の年度別データの一覧画面(抜粋)
(注)点線枠内の統計表のうち(1)(3)(4)(5)は大分類の業種別となっており、(2)は大分類及び中分類の業種別となっている。

【図表1】のように、中小企業実態基本調査結果として公表されている各種統計表(Excelデータ)の中に、「3.売上高及び営業費用」があり、この中に各種の切り口でのP/LデータがExcelファイルで掲載されているということになります。

あたかも、それぞれの業種に属する中小企業のP/Lを合算し、業種ごとの合計P/Lが載っているかのようなイメージです。

この業種ごとの合計P/Lを使って、自分の知りたい指標(売上総利益率、営業利益率、経常利益率など)を算出することで、当該業種の中小企業の平均的な指標を知ることができます。大分類業種は全部で11業種にとどまりますので、業種間での傾向の違いを概観するなどの場合には、大分類業種別P/Lを使うと良いでしょう。

【ケース4】のK社は飲食店ですので、属する大分類業種は「宿泊業,飲食サービス業」となります。実際に、P/LのExcel統計表を使って「宿泊業,飲食サービス業」の各種利益率を算出してみます。年度ごとにExcelファイルは別ファイルになっていますが、2018年度~2021年度のそれぞれのファイルを参照して、4年度分の利益率を算出したのが【図表2】となります。なお、全産業の平均値との比較も行うと、自社の属する業種の特徴なども見えてきて効果的です。

【図表2】自社の属する大分類の業種の各種利益率

【図表2】からは次のような点が読み取れます。

✓宿泊業、飲食サービス業は、いずれの年度も売上総利益率が60%台となっており、全産業の平均値(2021年度は26.0%)を大きく上回っており、売上総利益率が高い業種であることがわかる。

✓一方で、売上高営業利益率や売上高経常利益率、売上高当期純利益率は、非常に低いことがわかる。

✓2020年度と2021年度は、売上高営業利益率が△9.6%、△10.9%と大幅赤字となっている。コロナ禍で売上が減少したにもかかわらず、販管費が減らせなかったものと想定される。

✓2021年度は、2020年度に比べて、売上総利益率や売上高経常利益率、売上高当期純利益率が回復傾向にあることがわかる。コロナ対策や事業再構築などの取り組みを行ったこと、コロナの助成金などを営業外収益として計上していることなどが想定される。ただし、売上高営業利益率は△10.9%と赤字幅が拡大している。売上の減少に販管費の削減が追いついていないのかもしれない。

✓以上から、宿泊業、飲食サービス業が、コロナ禍において、厳しい経営環境にあることがわかる。

(1)ブレイクダウンの切り口① ~業種別(中分類)

大分類の業種は全11業種なので、もっと自社に近い業種のデータを参照したいということがあり得るでしょう。自社の業績等を同業種の平均値と比較したいといった場合が典型的でしょう。【図表2】の作成の際に使った「3.売上高及び営業費用」内の「(2)産業中分類別表」ファイルには、中分類業種(全67業種)までブレイクダウンした業種別P/Lも一緒に載っていますので、このファイルを使うことができます。なお、このファイルは「1) 法人企業」と「2) 個人企業」に分かれていますので、【ケース4】のK社(法人企業)であれば、「1) 法人企業」のExcelファイルを活用することになるでしょう。

ちなみに、K社の属する大分類業種「宿泊業,飲食サービス業」の場合は、3つの中分類業種( 「宿泊業」「飲食店」「持ち帰り・配達飲食サービス業」)に細分されていますので、K社であれば「飲食店」(中分類業種)までブレイクダウンしたP/Lを活用することができます。

【図表3】自社の属する中分類の業種までブレイクダウンして各種利益率等を詳しく分析

【図表3】からは次のような点が読み取れます。

✓1社当たり売上高は、2019年度以降落ち込んでいる。特に2020年度と2021年度はコロナ禍の影響も出ていることが想定される。

✓コロナ禍前の2018年度は1社当たり売上高が110百万円であったのに対して、2021年度は16%減の92百万円まで下落している。

✓売上原価率は、年度ごとに変動はあるものの35~40%の水準で推移している。その多くは商品仕入原価・材料費部分が占めている。

✓売上総利益率は60~65%の水準で、他の業種と比べてとても高い水準となっている。ちなみに全業種の平均値は25%前後である。売上原価に含まれる労務費部分が小さいことから、人件費の多くは販管費として計上されていると想定される。

✓販管費率は2020年度と2021年度に急上昇しており、2021年度には75.2%まで上がっている。これは、人件費や賃借料などの固定費を売上高の減少に応じて減らすことができなかったものと想定される。

✓結果として、売上高営業利益率は2020年度と2021年度で大幅赤字となっており、飲食店の経営環境が厳しい状況がうかがえる。

✓2021年度は売上高営業利益率が△11.7%と大幅赤字なのに対して、経常利益率は3.5%となっているが、コロナ禍での助成金等の営業外収益があったものと想定される。

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今回は「(1)ブレイクダウンの切り口① ~業種別(中分類)」の説明までとさせていただき、他のブレイクダウンの切り口の説明は次回以降に譲ろうと思います。

提供:税経システム研究所

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