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第76回 比較分析のいろいろ(16) ~中小企業実態基本調査の活用(その5)

2024/02/16

1.はじめに

決算書の比較分析をする場合に、自社の決算数値を自社以外の数値と比較してみると、客観的に自社の位置付けが見え、課題が浮き彫りになるといった効果が期待できます。中小企業の場合、自社以外の決算数値はなかなか手に入らないといった問題もありますが、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、自社以外の数値と比較することも可能になります。そこで、本稿では中小企業実態基本調査の概要を説明すると共に、活用法を考えてみようと思います。

今回は、業種別P/Lからさらに売上高階級別にブレイクダウンする方法について説明します。

2.ケースで考える中小企業実態基本調査の活用 ~売上高階級でのブレイクダウン(その1)

まずは、ある経理部での様子を描いた【ケース3】をご覧ください。

【ケース3】

飲食店を営むK社では、取引銀行に決算書を見せた際、収益性を見る指標の一つである「売上高経常利益率」の水準が低いことを指摘されました。これをきっかけに、中小企業の平均的な売上高経常利益率がどの位の水準なのかが気になり始め、自社の決算数値を他の中小企業の決算数値と比較したい場合に、中小企業実態基本調査が活用できることを知りました。

そして、中小企業実態基本調査を活用しようと、いろいろ調べてみることにしました。そんな中、ふと社長は思いました。

社長:「中小企業と言っても売上水準って結構幅があるよなぁ。そもそも中小企業の売上水準ってどんな感じなんだろう。それに、売上水準が違えば収益性にも相当な違いがあるんじゃないか…」

【ケース3】には、中小企業の売上水準や、売上水準の違いによる収益性の違いが気になっている社長の様子が描かれています。では、こんなときはどうしたら良いのでしょうか。今回は、前者(中小企業の売上水準)の方にスポットを当てて話を進めようと思います。

3.中小企業の売上水準の違いによる収益性の違いを調べてみよう

中小企業実態基本調査では、業種別(大分類の11業種)の切り口をさらに「従業者規模別」「売上高階級別」「資本金階級別」「設立年別」という切り口でブレイクダウンしたExcel統計表も用意されており、前回は「従業者規模別」の切り口について説明しました。今回はもう一つの重要な「売上高階級別」の切り口について説明します。

(1)「売上高階級別」にブレイクダウンする(その1)~企業数や従業者数を絡めた分析

「売上高階級別」のP/Lを活用したい場合、【図表1】の中小企業実態基本調査の年度別データの一覧画面の「3.売上高及び営業費用」の中にある「(4)産業別・売上高階級別表」(点線枠部分)からExcelデータ(法人企業と個人企業とで2ファイル)をダウンロードできます。

【図表1】中小企業実態基本調査の年度別データの一覧画面(抜粋)
(出所)e-Statの中小企業実態基本調査「令和4年確報(令和3年度決算実績)」画面の一部を抜粋(点線枠は筆者が追加)

中小企業実態基本調査で用意されている売上高階級別の切り口は次のようなものです。大きくは「法人企業」と「個人企業」に分けられ、さらにそれぞれ売上高階級別に【図表2】のように分けられています。

【図表2】中小企業実態基本調査における売上高階級別の切り口

「業種別」の切り口と「売上高階級別」の切り口とを組み合わせれば、比較対象をより自社の事業・規模と近い企業に絞り込むことができます。ただし、この場合の業種別は大分類(例えば、「宿泊業、飲食サービス業」)であり、中分類(例えば、「飲食店」)までブレイクダウンしたデータは用意されていませんので、その点はご注意ください。売上高階級別のP/Lを使えば、自社が比較すべき売上高の水準に近い中小企業の業種平均値をつかむことができますので、規模感の近い企業との比較を重視したい場合には、業種分類は大きくはなりますが、売上高階級別のP/Lとの比較を優先することも考えられます。

中小企業の業種別の利益率を売上高階級別に分析するのに先立って、今回は「企業数」や「従業者数」を絡めた分析をしてみようと思います。

実はExcelファイルで公開されている中小企業実態基本調査結果のP/LやB/Sには、「母集団企業数」「従業者数」といった情報も付いているため、例えば、業種別や売上高階級別のP/Lを企業数や従業者数を絡めて分析することができます。

例えば、「(4)産業別・売上高階級別表」(【図表1】の点線枠部分)のうち、「1) 法人企業」「2) 個人企業」のExcelデータを加工すると、【図表3】や【図表4】のような表を自分で作ることもできます。

【図表3-A】法人企業の売上高階級別の企業数・従業者数とその構成比等(2021年度決算実績)

【図表3-A】(=法人企業)の「企業数構成比」を見ると、売上高が「1億円超~5億円」の企業が最も多く全体の25.6%を占め、次いで「1千万円超~3千万円」の企業が21.2%、「5千万円超~1億円」の企業が15.5%、「3千万円超~5千万円」の企業が11.8%を占めていることが分かります。75%近い企業が売上高「1千万円超~5億円」の中に収まっていることになります。

また、同表の「1社当たり従業者数」を見ると、1社当たり従業者数が少ない企業ほど売上高が小さく、従業者数が10人未満の企業の売上高は1億円以下の階級にとどまっていることが分かります。

参考までに個人企業についても同様の表を作成してみると、【図表3-B】のとおりです。

【図表3-B】個人企業の売上高階級別の企業数・従業者数とその構成比等(2021年度決算実績)

【図表3-B】(=個人企業)の「企業数構成比」を見ると、売上高が「500万円以下」の企業が最も多く全体の38.8%を占め、次いで「1千万円超~3千万円」の企業が27.9%、「500万円超~1千万円」の企業が23.5%を占めており、90%超の企業が売上高「3千万円以下」の中に収まっていることになります。

また、同表の「1社当たり従業者数」を見ると、個人企業全体で3人と法人企業の15人と比べて少人数です。1社当たり従業者数が少ない企業ほど売上高が小さいのは法人企業と同様です。

【図表4】売上高階級別の構成比及び従業者1人当たり売上高(2021年度決算実績)

【図表4】の「従業者1人当たり売上高」を見ると、法人企業・個人企業とも売上高の大きい階級ほど1人当たり売上高も大きくなるという傾向が顕著に表れています。各売上高階級での差も大きく、法人企業では「500万円以下」の1.4百万円や「1千万円以下」の3.3百万円に対して、「1億円超」の階級では10百万円を超え、「10億円超」の階級では30百万円を超えています。なお、従業者1人当たり売上高は、法人企業全体の平均が21.6百万円であるのに対して、個人企業全体の平均は6.1百万円にとどまっています。これは、個人企業の90%超が売上高3千万円以下であり、従業者1人当たり売上高は5.8百万円、3.5百万円、1.6百万円といった層に集中している影響と思われます。こうしたデータの加工・分析を通じて、多くの個人企業における従業者1人当たり売上高の水準をつかむことができました。

また、中小企業の全体の中で自社がどの辺りの位置にいるのかといったことの参考にもなるでしょう。例えば、自社が「売上高1千万円超~3千万円」の階級に入っていて、かつ従業者1人当たり売上高が10百万円だとすれば、全体平均(注)より少ない人数で売上を上げることができていると位置づけられるかもしれません。

(注)今回掲載した各表は全業種の数値を元にしていますので、実際の分析では、自社の属する業種にブレイクダウンするのが適切と考えられます。

以上見てきたように、「企業数」や「従業者数」を絡めた分析をしてみると、中小企業の全体の中で自社がどの辺りの位置にいるのかといったことや、売上高が小さい企業と大きい企業の違いなどが見えてくると思います。今回は1期分のみで業種別の分析も省略しましたが、必要に応じてさらに業種別などにブレイクダウンして数期分を比較してみると、より自社に近い中小企業の状況が見えてくるのではないでしょうか。

4.おわりに

本連載では現在、自社の決算数値を自社以外と比較したい場合に活用できる「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を取り上げています。

今回は、P/Lに関わるデータを活用する際に、売上高階級別にブレイクダウンすることにスポットを当て、売上高階級と企業数や従業者数とを絡めた分析をしてみました。多くの中小企業がある中で、どの辺りの売上高階級の企業が多いのか、また、売上高階級ごとにブレイクダウンした場合に、1社当たりの従業者数がどの位で、従業者1人当たりの売上高はどの位なのか、何らかの傾向があるのかなどを見てみました。今回は業種別にブレイクダウンせずに全業種の合計数値をもとに分析してみましたが、売上高の水準の違いによる傾向も現れていたのではないかと思います。

次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読み頂き、実務上の参考にして頂ければ幸いです。

提供:税経システム研究所

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