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2020/06/10 消費税
消費税の納税義務判定のポイント解説(第5回)課税事業者の選択①
1.事業者免税点制度の原則と例外事業者免税点制度により、基準期間における課税売上高が1,000万円以下の小規模事業者は、原則として、消費税の納税義務が免除されます(消法9①)。事業者免税点制度の全体像は、消費税の納税義務判定のポイント解説(第1回)「事業者免税点制度とは」を参照してください。ただし、事業者が希望する場合には、届出書を提出することにより課税事業者を選択することができます。第5回では、課税事業者を選択する理由と届出書の概要について解説をします。2.課税事業者を選択する理由消費税の納付税額は、売上げに対する消費税(売上代金とともに預かった消費税)から、仕入れに対する消費税(仕入代金や経費とともに支払った消費税)を差し引いて計算します。【具体例1】売上5,000万円、仕入・経費合計3,000万円の場合(消費税率は全て10%と仮定)売上げに対する消費税5,000万円×10%=500万円仕入れに対する消費税3,000万円×10%=300万円納付税額500万円(上記(1))-300万円(上記(2))=200万円【具体例1】では、課税事業者であれば200万円の申告と納付をしなければなりませんが、免税事業者であればその必要はありません。このようなケースでは、基準期間における課税売上高が1,000万円以下で免税事業者となる事業者が、あえて課税事業者を選択する必要はありません。これに対して、次のようなケースでは、基準期間における課税売上高が1,000万円以下で免税事業者となる事業者が、あえて課税事業者を選択することがあります。【具体例2】売上5,000万円、仕入・経費合計6,000万円の場合(消費税率は全て10%と仮定)売上げに対する消費税5,000万円×10%=500万円仕入れに対する消費税6,000万円×10%=600万円納付税額500万円(上記(1))-600万円(上記(2))=△100万円消費税の納付税額は、売上げに対する消費税から仕入れに対する消費税を差し引いて計算しますが、仕入れに対する消費税額のほうが大きい場合には、計算結果はマイナスになります。計算結果がマイナスになった場合には、このマイナスの金額(【具体例2】では100万円)は税務署から還付を受けることができますが、還付を受けるためには、消費税の申告をしなければなりません。ここで注意をしなければならないのは、免税事業者は単に「納税をしないでよい」のではなく、良くも悪くも「申告をしない(できない)」という点です。したがって、【具体例2】のように、売上げに対する消費税から仕入れに対する消費税を差し引いた結果がマイナスになり、還付を受けたい場合には、基準期間における課税売上高が1,000万円以下で免税事業者となる事業者であっても、あえて課税事業者を選択しなければなりません。3.課税事業者選択届出書の提出基準期間における課税売上高が1,000万円以下の事業者が課税事業者を選択する場合には、「消費税課税事業者選択届出書」を提出しなければなりません。この「消費税課税事業者選択届出書」は、第4回で解説した「消費税課税事業者届出書」と届出書の名称は似ていますが、提出すべき場合や提出時期などが大きく異なるものです。実務では、この2つの届出書を間違えて提出したミス事例もあるため注意が必要です。第6回では、この「消費税課税事業者選択届出書」の提出時期や実務上の留意点を解説します。提供:税経システム研究所
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2020/06/05 法人税
新型コロナウイルス感染症の影響により賃料の減額を行う場合の注意点
新型コロナウイルス感染症の影響を受け経営が非常に厳しい状況におかれたテナントより、家賃の減額の申出を受けたオーナー企業からの相談が多くもちかけられるようになりました。原則として、オーナーである企業がテナントに対して賃料の減額を行った場合、その賃料を減額したことに合理的な理由がなければ、減額前の賃料の額と減額後の賃料の額との差額については、相手方に対して寄附金を支出したものとして税務上取扱われることになり、寄附金の損金算入限度額の計算が必要となります。一方で、災害を受けた得意先等に対して、その復旧を支援することを目的として災害発生後相当の期間(災害を受けた取引先が通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間)内に売掛金、未収請負金、貸付金その他これらに準ずる債権の全部又は一部を免除した場合には、その免除したことによる損失の額は、寄附金や交際費等の額に該当しないこととしています(法基通9-4-6の2、措通61の4(1)-10の2)。国税庁は、令和2年4月16日に更新した「国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱い関するFAQ」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kansensho/pdf/faq.pdf)において、以下のとおり賃料の減額を行った場合の取扱いを公表しました。問4.《賃貸物件のオーナーが賃料の減額を行った場合》〔4月13日追加〕当社は、店舗用物件やテナント等を賃貸する不動産貸付業を行っています。今般、新型コロナウイルス感染症の影響で、当社の物件を賃借している事業者から、「売上が急減している中、固定的に支払いが発生する賃料の負担が大変である。」といった切実な声が寄せられています。そこで、当社としては、賃料の減額を求められた場合、契約内容の見直しを行い、今般の感染症の流行が終息するまでの期間に限って、賃料の減額に応じるつもりです。このように当社が取引先等に対して、復旧支援のため、賃料の減額に応じた場合に、その賃料の減額分については、法人税の取扱上、寄附金として取り扱われるのでしょうか。企業が、賃貸借契約を締結している取引先等に対して賃料の減額を行った場合、その賃料を減額したことに合理的な理由がなければ、減額前の賃料の額と減額後の賃料の額との差額については、原則として、相手方に対して寄附金を支出したものとして税務上、取り扱われることになります。しかしながら、貴社が行った賃料の減額が、例えば、次の条件を満たすものであれば、実質的には取引先等との取引条件の変更と考えられますので、その減額した分の差額については、寄附金として取り扱われることはありません。取引先等において、新型コロナウイルス感染症に関連して収入が減少し、事業継続が困難となったこと、又は困難となるおそれが明らかであること貴社が行う賃料の減額が、取引先等の復旧支援(営業継続や雇用確保など)を目的としたものであり、そのことが書面などにより確認できること賃料の減額が、取引先等において被害が生じた後、相当の期間(通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいいます)内に行われたものであることまた、取引先等に対して既に生じた賃料の減免(債権の免除等)を行う場合についても、同様に取り扱われます。なお、賃料の減免を受けた賃借人(事業者)においては、減免相当額の受贈益と既に費用計上した支払賃料が同額となるため、結果として課税が生じることはありません。このFAQで気になるのは、「②貴社が行う賃料の減額が、取引先等の復旧支援(営業継続や雇用確保など)を目的としたものであり、そのことが書面などにより確認できること」という文言です。国土交通省はこのFAQを受け、令和2年4月17日付「新型コロナウイルス感染症に係る対応について(補足その2)」(https://www.mlit.go.jp/common/001342992.pdf)において、各不動産関連団体の長に宛て、次のような事務連絡を行っています。(抜粋)1.テナントの賃料を免除した場合の損失の税務上の損金算入について【既に実施中】(3)なお、本取扱いを受ける場合、新型コロナウイルス感染症の影響により取引先に対して賃料を減免したことを証する書面の確認を税務署より求められる場合がありますので、別添様式を参考とする書面等を作成の上、保存しておく必要があります(別添様式はあくまで一例であり、個別の合意内容・状況等に応じて編集可能です)。(記載例)本様式はあくまで一例であり、個別の合意内容・状況に応じて編集可能とする。また、電子メールによる形式を用いることも可とする。覚書(例)【不動産所有者等名】(以下「甲」という。)と【取引先名】(以下「乙」という。)は、甲乙間で締結した○○年○月○日付「建物賃貸借契約書」(以下「原契約」という。)及び原契約に関する締結済みの覚書(以下「原契約等」という。)に関し、乙が新型コロナウイルス感染症の流行に伴い収入が減少していること等に鑑み、甲が乙を支援する目的において、以下の通り合意した。第1条原契約第△条に定める賃料を令和2年×月×日より令和2年▲月▲日までの間について、月額□□円とする。第2条本覚書に定めなき事項については、原契約等の定めによるものとする。令和2年◇月◇日上記「覚書」の記載例は、実務の上で参考になるものと思います。平成2年4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における税制上の措置(案)」を確認しても、国税ではこの度の感染症を、「災害」として捉えていると考えられます。皆様方もお身体十分にご自愛下さい。提供:税経システム研究所
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2020/05/12 topics
新型コロナウイルス感染症とハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド
第1はじめに2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を防止するため、新型インフルエンザ等対策特別措置法32条1項に基づき、緊急事態宣言が発出され、本稿執筆時点(2020年5月1日時点)では、5月6日までの緊急事態宣言が延長される見込みとなっています。例年6月には、多くの上場会社が定時株主総会を開催していますが、株主が会場に集まり開催される株主総会(以下「リアル総会」といいます)は、密閉空間、密接場所および密接場面のいわゆる三密の要件を満たすこととなります。このまま新型コロナウイルス感染症の感染が終息しないと、例年6月に定時株主総会を開催している会社においては、株主のみらならず、取締役、従業員などが新型コロナウイルスに感染しないように配慮しなければならず、株主総会の開催すら危ぶまれることとなります。もっとも、株主が株主総会の会場に来場せず、インターネット等を利用してバーチャル参加または出席する、いわゆるバーチャル株主総会を開催することができれば、一定程度は三密を避けることが可能となり、新型コロナウイルスへの対処をしつつ、株主総会を開催することが可能となります。バーチャル株主総会については、会社法に明文の規定はありませんが、経済産業省が「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(注1)(以下「実施ガイド」といいます)を定めています(注2)。実施ガイドは、バーチャル株主総会に関する唯一のガイドラインであり、バーチャル株主総会を開催するに際に必ず参照すべきガイドラインといえます。そこで、本稿では、リアル総会の開催も必要となるハイブリッド参加型バーチャル株主総会とハイブリッド出席型バーチャル株主総会についての指針を示す実施ガイドについての解説をし、開催する際の留意事項について言及することといたします。リアル総会を開催することなく、取締役や株主等がインターネット等の手段を用いて、株主総会に会社法上の「出席」をするバーチャルオンリー型株主総会については、現行法の解釈として許容することは困難であると解されている(実施ガイド2頁)ことから、本稿では解説の対象外とします(注3)。株主総会における新型コロナウイルス対策や株主総会の延期等については、大久保拓也「新型コロナウイルス対策と株主総会の開催」(4月20日掲載記事)をご参照下さい。なお、本稿は、2020年5月1日時点での情報に基づくため、その後の状況により、執るべき対応策が変わりうることを付言しておきます。第2ハイブリッド参加型バーチャル株主総会1ハイブリッド参加型バーチャル株主総会とは(1)定義「ハイブリッド参加型バーチャル株主総会」(以下「参加型総会」といいます)とは、リアル総会の開催に加え、リアル総会の開催場所に在所しない株主が、株主総会への法律上の「出席」を伴わずに、インターネット等の手段を用いて審議等を確認・傍聴することができる株主総会をいいます(実施ガイド2頁)。(2)想定されていた利用方法と意義参加型総会の想定されていた利用方法は、遠隔株主の株主総会参加および傍聴、複数の株主総会の傍聴です(実施ガイド7頁)。参加型総会の意義としては、株主に対して経営者自らが情報発信するなど、株主が会社の経営を理解する有効な機会のみならず、会社にとっては会場の選択肢を広げる可能性が指摘されています(実施ガイド7頁)。参加型総会については、グリー株式会社が2019年6月期の株主総会において、実際に導入し(注4)、その後、株式会社ブイキューブ、サイボウズ株式会社も導入しています。(3)リアル総会との違い参加型総会とリアル総会との違いは、参加型総会は、株主総会の会場にいなくても、参加できること、質問権、動議権および議決権の行使が不可能なことです。2議決権行使(実施ガイド9頁)実施ガイドは、参加型総会において、インターネット等の手段を用いて参加する株主は当日の決議に参加できず、議決権を行使する株主は、書面や電磁的方法による事前の議決権行使、代理人による議決権行使が必要であり、その旨を事前に招集通知等で株主に周知すべきとしています。また、会社によっては、インターネット等の手段を用いて審議を傍聴した株主が傍聴後に議決権を行使することを可能にすることも示しています。3参加方法(実施ガイド9頁)実施ガイドは、動画配信を行うwebサイト等にアクセスするためのID、PWを招集通知等と同時に通知する方法、既存の株主専用サイト等を活用する方法等のいずれかを採用し、いずれの手段を用いる場合でも、招集通知の中に記載する方法や、招集通知に同封する方法等で、株主に対して事前に通知する必要があるとしています。4コメント等の受付と対応(実施ガイド9-10頁)実施ガイドは、インターネット等の手段を用いて参加する株主には、会社法上、株主総会において株主に認められている質問権や動議権を認めていませんが、コメント等について、①リアル総会の開催中に紹介・回答、②株主総会終了後に紹介・回答、③後日HPで紹介・回答、④事前にコメント等を受付け、当日の会議における取締役等からの説明の中で、回答する方法を提案しています。5開催にあたっての留意事項参加型総会については、株主総会のライブ配信をする必要がありますが、バーチャル参加する株主は、質問権、動議権および議決権を行使しないため、システムの対応も比較的容易といえます。また、株主総会のライブ配信を行っている会社は既にあり、株主総会のライブ配信サービスを提供する事業者も存在します。したがって、参加型総会については、本年度より開催することも十分に可能ではないかと考えられます(注5)。第3ハイブリッド出席型バーチャル株主総会1ハイブリッド出席型バーチャル株主総会とは(1)定義「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会」(以下「出席型総会」といいます)とは、リアル総会の開催に加え、リアル総会の場所に在所しない株主が、インターネット等の手段を用いて、株主総会に会社法上の「出席」をすることができる株主総会のことをいいます(実施ガイド3頁)。(2)想定されていた利用方法と意義出席型総会の想定されていた利用方法は、遠方株主の株主総会出席、複数の株主総会出席です(実施ガイド7頁)。出席型総会の意義としては、株主に対して経営者自らが情報発信するなど、株主が会社の経営を理解する有効な機会となることのみならず、会社にとっては会場の選択肢を広げる可能性があること、総会の議論が深まり、個人株主による議決権行使の活性化することが挙げられています(実施ガイド7頁)。出席型総会については富士ソフト株式会社が2020年3月に実施しています。(3)リアル総会との違い出席型総会とリアル総会との違いは、出席型総会では、株主総会の会場にいなくても、出席となること、動議権は原則として行使できないことです。2基本的な考え方(実施ガイド12‐13頁)実施ガイドは、会社法施行規則72条3項1号を根拠として、開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されていることを条件に、出席型総会も可能であるとの解釈を前提に、出席型総会におけるバーチャル出席株主の議決権行使は、会社法312条1項の電磁的方法による議決権行使ではなく、招集通知に記載された場所で開催されている株主総会の場で議決権を行使したものとするとの解釈を示しています。そして、実施ガイドは、出席型総会は、リアル総会に加えて、インターネット等の手段を用いての出席という選択肢を追加的に提供するものであることを強調しています。3前提となる環境整備(実施ガイド13‐14頁)リアル総会においては、開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されています。これに対して、出席型総会においては、サイバー攻撃や大規模障害等による通信障害が発生し、開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されなくなる事態が十分に想定され、それらが確保されないと、現行法の下では、出席型総会を許容できなくなります。そこで、実施ガイドは、①会社が経済合理的な範囲において導入可能なサイバーセキュリティ対策をとること、②招集通知やログイン画面において、バーチャル出席を選択した場合に通信障害が起こりうることを告知すること、③株主が株主総会にアクセスするために必要となる環境(通信速度、OSやアプリケーション等)やアクセスするための手順について通知をすることを必要としています。また、リアル総会においては、会社側の事情により、株主が審議または決議に参加できない場合など、瑕疵が客観的に存在すれば会社法831条1項の要件は満たされ、会社が瑕疵の防止のため注意を払っていたといった事情は、裁量棄却の判断において考慮されるにすぎないとするのが従来の法解釈です。もっとも、出席型総会において、会社側の通信障害が発生し、バーチャル出席株主が審議または決議に参加できない事態が生じた場合、株主にはリアル出席をするという選択肢があったのであり、リアル総会に全く出席の機会がなかった場合とは異なっています。そこで、実施ガイドは、④会社が通信障害のリスクを事前に株主に告知し、かつ、通信障害の防止のために合理的な対策をとっていれば、会社側の通信障害は、決議取消事由には当たらないとの解釈を提案しています。4株主総会の運営に際しての法的・実務的論点(1)①本人確認ア株主(実施ガイド15‐16頁)出席株主の本人確認につき、会社法において特段定めがないことから、電磁的方法による議決権行使(会社法298条1項4号)の場合には、株主毎に固有のIDとパスワード等を記載して送付し、株主がインターネット等の手段でログインする方法によって本人確認を行っています。実施ガイドは、バーチャル出席株主の本人確認についても、電磁的方法による議決権行使を参考に、事前に株主に送付する議決権行使書面等に、株主毎に固有のIDとパスワード等を記載して送付し、株主がインターネット等の手段でログインする際に、当該IDとパスワード等を用いたログインをする方法によって本人確認を行うことを提案しています。イ代理人(実施ガイド16‐17頁)リアル総会においては、代理人による議決権の代理行使(会社法310条1項)が認められています。これに対して、バーチャル出席という態様の特性を考慮すると、代理人による出席を認める必要性が乏しく、本人確認等に付随する処理は実務上煩瑣であり、事務処理コストが大きいと考えられます。そこで、実施ガイドは、出席型総会においては、代理人の出席はリアル総会に限定し、予め招集通知等において株主にその旨を通知することを提案しています。もっとも、実施ガイドは、会社が代理人のバーチャル出席を受け付けると判断した場合、例えば、法人株主の従業員による代理行使を認める場合には、委任者からメール添付等の何らかの方法で委任状を受領した上で、代理人による委任者の議決権行使を可能とすることを提案しています。ウなりすましの危険(実施ガイド17頁)リアル総会の受付における議決権行使書面の確認は、株主の住所に送付された議決権行使書面の体裁が目視で確認されるため、なりすましの危険が比較的低いといえます。これに対して、バーチャル出席の場合には、IDとパスワードのみで行うため、なりすましの危険が相対的に高いと考えられます。そして、出席型総会においては、なりすましをした者が審議における質問等を行うことによって、総会運営に与える影響が大きいことが予想されます。そこで、実施ガイドは、なりすましの危険が相対的に高いと考える具体的事情がある場合には、比較的低コストで確実な本人確認手段が利用可能であれば、二段階認証やブロックチェーンの活用などの手段を用いることを提案しています。(2)②株主総会の出席と事前の議決権行使の効力の関係(実施ガイド18‐19頁)リアル総会の実務では、株主が事前に議決権行使をしていた場合には、リアル総会の受付時の出席株主数のカウントをもって、事前の議決権行使の効力が失われているものとされています。これに対して、バーチャル出席株主が事前の議決権行使を行っていた場合、ログインをもって出席とカウントし、それと同時に事前の議決権行使の効力が失われたものと扱ってしまうと、無効票を増やすこととなり、株主意思を正確に反映しない可能性があります。また、株主総会の議事は、審議と決議とに分けることができ、書面投票または電子投票(会社法298条1項3号4号)は、総会当日の決議に参加しない株主に事前の議決権行使を認めた制度であると理解すれば、会社法298条1項にいう「出席しない」とは、「決議に出席しない」ことを意味すると解釈することも可能です。そこで、実施ガイドは、株主が審議の時間中にログインをしたが、決議の時までにログアウトし、結果的に議決権を行使しなかった場合には、当該株主は、会社法298条1項にいう「株主総会に出席しない株主」として、事前の書面投票または電子投票を有効と取り扱うこと、そのような取扱いは、あらかじめ招集通知等で株主に通知すべきことを提案しています。(3)③株主からの質問・動議の取扱いア質問(実施ガイド21頁)リアル総会の議長は、株主が発言するまで質問等の内容を把握することができないことから、議案に関係のない質問が出されることもあります。また、出席型総会では、バーチャル出席株主からの質問等は予め質問内容が記入されたテキストを受け付けることが想定され、議長がその質問内容を確認した上で当該質問を取り上げるか否かを判断することが技術的に可能になるため、恣意的な議事運営が行われる危険があります。そこで、実施ガイドは、出席型総会においては、①質問回数や文字数、送信期限などの事務処理上の制約、質問を取り上げる際の考え方、個人情報が含まれる場合や個人的な攻撃等につながる不適切な内容は取り上げないといった指針について、あらかじめ運営ルールとして定め、招集通知やweb上で通知すること、②バーチャル出席株主は、あらかじめ用意されたフォームに質問内容を書き込んだ上で会社に送信し、会社側は運営ルールに従い確認し、議長の議事運営に質問を取り上げること、③適正性・透明性を担保するための措置として、後日、受け取ったものの回答できなかった質問の概要を公開することを提案しています。イ動議の提出(実施ガイド21‐22頁)リアル総会では、株主の動議が提出された場合、提案株主に対し提案内容の趣旨確認や提案理由の説明を求めることが必要になる場合があります。これに対して、出席型総会の議事進行中に、バーチャル出席者に対して提案内容の趣旨確認や提案理由の説明を求めることや、そのためのシステム体制を整えることは、会社の合理的な努力で対応可能な範囲を越えた困難が生じることが想定されます。そこで、実施ガイドは、原則として動議についてはリアル出席株主からのもののみを受け付けることとし、株主に対して事前の招集通知等において、その旨の案内を記載して周知することを提案しています。ウ動議の採決(実施ガイド22‐23頁)リアル株主総会で当日提出された動議については、その都度議場の株主の採決をとる必要が生じる場合があります。もっとも、出席型総会において、招集通知に記載のない案件について、バーチャル出席者を含めた採決を可能とするシステムを整えることについては、会社の合理的な努力で対応可能な範囲を越えた困難が生じることが想定されます。そこで、実施ガイドは、個別の処理が必要となる動議等の採決にあたっては、バーチャル出席者は、事前に書面または電磁的方法により議決権を行使して当日は出席しない株主の取扱いを参考に、実質的動議については棄権、手続的動議については欠席として取り扱うこととし、その旨を事前に招集通知等で周知することを提案しています。エ通信の強制途絶(実施ガイド23頁)リアル総会では、議長の権限で、必要に応じて株主の退場を命じることができます(会社法315条2項)。実施ガイドは、バーチャル出席株主による質問や動議の提出について、濫用的であると認められる場合、バーチャル出席者の通信を強制的に途絶することも、具体的要件をあらかじめ招集通知等で通知し、議長の権限によって行うことを可能とすることを提案しています。(4)④議決権行使の在り方(実施ガイド24頁)現行会社法においても、事前の議決権行使の方法として、電磁的方法による議決権行使制度があります。もっとも、出席型総会におけるバーチャル株主の議決権は、株主総会に出席したものとして取り扱うため、電磁的方法による議決権行使とは異なります。そこで、実施ガイドは、バーチャル出席した株主の議決権行使は、当日の議決権行使として取り扱い、会社はそのためのシステムを整えることを提案しています。また、株主総会終了後に提出が求められている臨時報告書に記載すべき議決権の数については、前日までの事前行使分や当日出席の大株主分の集計により可決要件を満たし、会社法に則って決議が成立したことが明らかになった等の理由がある場合には、リアル出席株主の一部の議決権数を集計しない場合と同様、当日出席のバーチャル出席株主の議決権数を集計せず、その理由を開示することで足りるとすることを提案しています。(5)⑤その他(招集通知の記載方法、お土産の取扱い等)ア招集通知の記載方法(実施ガイド25頁)株主総会の議事録の記載事項を定める会社法施行規則72条3項1号は、「株主総会の場所」の記載方法として、「当該場所に存しない(中略)株主が株主総会に出席をした場合における当該出席の方法を含む。」としています。実施ガイドは、出席型総会の招集通知における「株主総会の(中略)場所」の記載に当たっては、会社法施行規則72条3項1号の規定を準用し、招集通知において、リアル総会の開催場所と共に、株主総会の状況を動画配信するインターネットサイトのアドレスや、インターネット等の手段を用いた議決権行使の具体的方法等、株主がインターネット等の手段を用いて株主総会に出席し、審議に参加し、議決権を行使するための方法を明記することを提案しています。また、実施ガイドは、株主総会の運営に際しての法的・実務的論点①~④の方法を招集通知に記載することを提案しています。イお土産の取扱い(実施ガイド25頁)リアル総会に物理的に出席する株主に対して、交通費をかけて会場まで足を運び来場したことへのお礼として、お土産が交付されることがあります。もっとも、バーチャル出席株主は、会場へ足を運ぶことなくインターネット等の手段を用いて株主総会に出席することとなります。そこで、実施ガイドは、バーチャル出席株主に対してお土産を配布しないことを提案しています。5開催にあたっての留意点上場会社において、出席型総会を行うためには、質問権および議決権行使に対応するシステムを整備する必要があります。既に、出席型総会を実際に行った会社もありますが、わが国において、出席型総会に対応するシステムやサービスの提供が十分には普及しているとはいえないとの指摘もされています(注6)。上場会社において、出席型総会開催の可否を検討する際には、出席型に対応できるだけのシステムが整備できるか否かについて十分に検討する必要があります。これに対して、株主数の少ない会社であれば、オンライン会議システムを利用して、出席型総会を開催することも考えられます(注7)。新型コロナウイルス感染症の感染が終息していない状況で、出席型総会を開催する場合には、出席型総会を実施ガイド通りに行ってよいのかという問題もあります。まず、実施ガイドは、出席型総会においてバーチャル出席株主の動議権を否定していますが、実施ガイドが想定しているのは、リアル出席が問題なく行える場合であり、政府が外出自粛を要請し、会社が株主に対しリアル出席を控えることを求める場合には、チャット機能を利用して、動議の提出を認めなければならないのではないかとの指摘もなされています(注8)。次に、出席型総会では、総会の長時間化を伴い、会場でのクラスター創出機会を拡大化させるのではないかとの指摘がなされています(注9)。そのため、新型コロナウイルス感染症の感染が終息してない段階では、出席型総会を開催する際にも、実施ガイドに固執することなく、新型コロナウイルス感染症の感染防止という観点を踏まえた対応が必要といえそうです。<注釈>経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001.html:最終閲覧2020年4月30日)。また、遠藤佐知子「『ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド』の解説」商事法務2225号(2020年)26頁以下参照。MJS税経システム研究所・商事法研究会では、実施ガイド策定過程における2回の意見募集に対して、研究会で議論を行い、いずれも意見書を提出しており、当該意見書における意見はいずれも経済産業省のウェブサイトで公開されています。1回目の意見書については、(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/shin_sokai_process/002.html:最終閲覧2020年4月30日)、2回目の意見書については、(https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001.html:最終閲覧2020年4月30日)参照。もっとも、経済産業省・法務省(令和2年4月28日最終更新)「株主総会運営に係るQ&A」(https://www.meti.go.jp/covid-19/kabunushi_sokai_qa.html)では、「設定した会場に株主が出席しなくても、株主総会を開催することは可能」とされ、また、事実上のバーチャルオンリー型株主総会について検討する論考もあります(塚本英巨「事実上の『バーチャルオンリー型株主総会』を志向した『ハイブリッド出席型バーチャル株主総会』の開催のポイント」商事法務ウェブサイト〔https://wp.shojihomu.co.jp/archives/44145:最終閲覧2020年4月28日〕)。松本加代ほか「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実務対応―実施ガイドを踏まえて―」商事法務2225号(2020年)13頁以下参照澤口実編著『バーチャル株主総会の実務』(商事法務、2020年)39頁澤口・前掲(注5)38頁澤口・前掲(注5)38頁参照塚本・前掲(注3)倉橋雄作「新型コロナウイルス感染症と総会開催・運営方針の考え方―リスク管理のあり方が問われる二〇二〇年定時株主総会」商事法務2227号(2020年)21頁提供:税経システム研究所
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2020/05/08 企業経営
コロナ禍で打撃を受ける企業の勝ち残り対策 第1回
サマリー緊急事態には冷静に物事を整理し順序だてて考えを組み立てることが重要である。急成長企業や無借金経営など優良経営企業ほど緊急事態にもろい。冷静になって自社が受けているダメージのサイズを計測して、数字を把握する。売上対策を考える前に、いきすぎとも思えるほどの緊縮財政対策を立案し、その実行を迅速に図り出血を止める。立ち往生していると生き残ることが難しくなる。自社の自己資金でどの程度延命が図れるのか計算し、その時間内に対策もしくは融資実行を受けるように段取りをつける。ピンチとなった企業には波状的にトラブルが来る傾向があるが、さらに冷静にそれらを処理し決して感情的にならない。トップが平常心でいることが最大の戦力である。金融機関とのコミュニケーションは緊急事態にこそその価値が出現する。新型コロナ以前は、人手不足倒産などという言葉が飛び交う環境にあった。私はそれに対応する形で、人手不足解決のための施策を4回にわたって論じてきた。ところが新型コロナで世界的にあまりに急激な経済活動停滞が起こったことによって、企業を取り巻く環境が一変した。企業は「環境適応業」であるといわれている。環境変化に適応できないと廃業することになる。環境変化に適応できてはじめて存続が許される。環境変化の半歩先の先手を打つことで成長が実現する。そういう存在が企業だといえる。今回は企業活動にあまりに急なブレーキが踏まれた。このような極端な状況の環境変化に対応することは容易ではない。私のところに飛び込んできている目の前のコロナ経営危機企業の対応事例の一つを挙げて、その対策を皆様にご検討いただけたらと思う。1.創業5年のある飲食業の会社の狼狽A社は、社長が28歳男性。創業5年目の急成長飲食業の会社。たった5年の社歴で、全国に70店舗を展開するに至り、年商は25億円を稼ぎ出している。それこそ将来が極めて有望な出色の企業である。ある社長からそんなA社を助けてやってくれと相談があった。A社の社長は、株式売却をしたいと思い、相談をしにこられた。なぜ株式売却かと尋ねると、「繁盛していた店舗の売上がコロナで崩壊した。体力のない自社ではこのままでは従業員を支えきれない。従業員を守りたいのだ。」と言う。純資産は創業時の17倍の1億7000万円を超えている。それでも私は良い返事をしてあげられなかった。「この時期に運転資金の投入量が予測できない企業を、コロナ以前にいかに優良であったとしても、株式を買うとなると当分買い手企業は様子を見る体制にあると思うがどう思うか?」と返答した。「体力がない」と言うので、決算書を拝見すると、1月末決算で期末現預金残高が2億5000万以上ある。その範囲の体力はあるのだ。「体力がない」と言うのはおおざっぱすぎる。若手有能社長と若手有能役員全員が明らかに狼狽していた。大変なことになったと浮き足立って思考停止に陥っていた。私が30年のコンサルタント生活で初めて見たBtoCの自力急成長企業であっても、この強烈な環境変化を前にすると狼狽して思考停止してしまう。経営者は、結果が良くても悪くてもニュートラルで冷静に課題を発見して解決策を推進しなければならない立場である。まずは冷静に自社の現状を把握するところからかからねばならない。2.極端な緊縮財政フォーメーションと支援策の導入現在の環境下では、売上対策は効率的に機能しない。A社は抜き出た攻撃力をもって、快進撃をしてきた。その結果、守備は未経験であるし関心も薄く知識もなかった。「我慢大会を生き残る」と決めるか?「若いのでいったん会社を廃業して再起を図る」と決めるか?について社長の腹を決めるように促した。彼は躊躇なく「我慢大会を生き残る」と方針を決めた。大多数の業界が突然「我慢大会」モードに変わった。それを生き残る企業は、その間にリタイアする企業が多々出てくると予見されることから、コロナ収束後にはシェア奪取のチャンスがある可能性が高い。A社の社長は、「年齢も近く、意気に感じて猛烈に働いてくれている社員各位を自分がギブアップすることでやりがいある職場を取り上げるなんて絶対にできない。」というところから「生き残り」の方針を出した。(1)緊急事態予算編成と施策計画の明確化コロナショックが始まってからの2月からの実績資金繰表作成。(優良企業の多くは資金繰表を作ったことがない)今後の月次売上予測を設定し、支払項目ごとのこれまでのペースで推移した場合の月次収支をシミュレーション。月次の出血額(資金流出額)が見えるので、それを止めることをコミットメントターゲットとして支出の緊縮対策を丹念に立案。月次の出血額をオペレーションの緊縮で止めきれない場合、構造対策を付加する。(この機会に成績の思わしくない店舗のクラッシュ、スタッフとの信頼関係が強固であることから、人件費の繰り延べ(助成金の活用)、一般支払いの繰り延べ、賃料の減免繰延交渉、コロナ対策融資の導入など)バッファ(不測の事態が発生した場合の余力)は現預金残高約2億5000万円と、コロナ対策融資。資金不足から安易に現預金や融資に手をつけないことを前提とする。このような作業を2時間余りで済ませた。(2)緊急事態予算編成の過程で明確になったことコロナショック環境下でも売上は月次で5000万円見込めるということ。(年間6億/前年比78%減)財務支出の月次約600万円を横に置いて営業上の収支は単月で合わせられるめどがつけられそうだということ。オペレーションコストの緊縮施策では、当該業種のような場合は変動費を適切に動かすことが何よりも重要になる。「仕入」は、売上が急降下したとして、すぐに発注は比例して絞られることがない。発注は棚の在庫を見て行われる。また、ルーティン化されて習慣のようになっている場合もある。平常時のままにしておくと、売上が急降下するが、仕入はそれほど変わらずに推移し、資金繰りに致命的な打撃を与える場合がある。そこで、仕入は売上高の急降下率に比例して絞り、売上の推移と見通しに基づいた金額規模で発注するように仕組みを切り替える必要がある。「アルバイト人件費」は、アルバイトさんとよく話し合って、シフトを売上(来店客数)の下降状況に合わせて臨機応変に絞り調整を行う。営業時間や営業曜日を限定するのは構造対策である。ついこの前までは人手不足であったが、コロナ以降が人手余りに急に転換した。そのため、シフト調整で不満があるアルバイトさんには退職していただく対応も可能である。そう考えれば組織風土課題が重い企業や店舗では、この際、良い人材がローコスト(アルバイト募集貼り紙でどんどん応募が来る)採用できる環境を利用して、ドラスティックにスタッフの入れ替えをすることも検討できる。固定費を下げると損益分岐点が下がる。賃料を一定期間フリーレントにしてもらう、減額してもらう、保証金の償還分を一定期間賃料に引き当ててもらうなどの相談を持って行く。こんな時期なので、各業者に支払いの繰り延べや一部値引き協力を要請する相談を掛けて回る。このような施策を置いてその金額効果規模を計算して、収支構造で出血を止めるまで施策を練り続ける。そして決まった施策を計画化して役割を振り、納期を明確化して活動統制を行うのである。【A社に残された課題は】月次約600万円の財務支出(借入返済・リース支払い・金利支払い)を現預金残高で賄うこと。試算をすると、2月・3月の不十分な対策で約1億円が毀損し、3月末の現預金残高が1億5300万円となっていた。(無策で立ち往生していると取り返しのつかないことになったことがわかる)単純に600万円の引き当てをするとして割り算すると25.5カ月分の財務支出を賄うことができる。つまり輸血(融資)なしでA社は2年余り持ちこたえられる体制ができたということである。ここまで組み立てられると、A社は十分に我慢大会を耐え忍んで勝ち残ることができるということができるようになる。3.コロナ対策融資の申込みその上で、政府系金融機関のコロナ対策融資を申込み、余力を作ることにした。企業存続における融資制度や助成金等について読者諸氏はすでにつぶさに調べているだろうと推察し、その前提で稿を進める。A社の債務残高は1月末決算で2億8000万円。保証協会付き約定返済のみ。売上高と利益高に対して少ない債務である。これを見ても28歳の若い経営者がいかに並外れた経営センスと経営能力を持っていたかうかがい知ることができる。無駄なコストを浪費せずに借入をなるべくしないようにしてきた。飲食業は在庫と人件費を売上に対応して適切に最小化させていれば、現金商売なので運転資本ニーズは発生しにくい。その代わり新店をどんどん増やしていくA社のような企業は出店の設備投資や出店経費がかさむために借入が増える。A社は短期間に70店舗もの出店をしているにもかかわらず、借入がこの程度で済んでいる原因を尋ねると、A社の経営陣が出店経費を最小化するために知恵を絞り、あらゆる工夫をしたのだということであった。1月末の決算売上高25億円、営業利益6500万円、経常利益7600万円で、債務残高が2億8000万円、純資産が1億7400万円。借入をするには申し分ない成績に思えた。少し気になるのは、担保になる固定資産がないことだけである。これまで保証協会付きの融資取引のあったメガバンク、地方銀行にコロナ対策融資を申込んだが、連続して保証協会から謝絶された。どこからもコロナ融資が出てこない。理解できない状況となった。過去に法人・個人でA社、A社の社長に延滞があったか確認したが、そんな事実はない。よくよく聞いてみると、静岡の店舗におけるトラブルで地方新聞が誤報をした際に、A社の社長と役員の名前が掲載されたことがあったという。結果は社長と役員の身分は証明され、社長や役員のスマートフォンの中身からも持ち物からも問題となるものは見つからず、不起訴処分となり解放されておられた。そんなことでコロナ対策の融資が謝絶されるだろうか?しかしそれ以外に保証協会の謝絶理由はないと思われた。そこで、私が懇意にしている銀行の本部の幹部に状況を相談し、当該新聞記事、担当弁護士の顛末書、不起訴処分告知書を準備して、保証協会内部のなんらかの誤った記録を修正抹消してもらうように動いている。コロナで被災状態にある企業にさらに思いもよらない追い打ちがかかってきたが、それでもこれは時間的余裕がある中で解決していけばよい問題である。多くの突然窮地に陥った企業では、泣きっ面にハチのようなトラブルがなぜか発生しがちであることを経験する。しかし、それを冷静に取り扱って乗り越えていく過程で経営者や企業が得られる無形資産は、これからにとって価値があるものになる。4.おわりに緊急事態にはほとんどの企業では「輸血」(=融資)は不可欠である。緊急事態は経営責任とはいえない形で勃発する。それは思いもよらない外部環境の変化である。その際には、ビジネスモデルを最初から作り直さなければならない深刻なケースもある。そういう緊急事態に備えて、もうけの出ているときの予算配分に、リスクマネジメントを加えておかねばならない。A社は結果的に現預金残高が豊富であったことでリスクヘッジができることとなっているが、A社は「いわゆる借金」をなるべくしないというポリシーゆえに、資金調達についてあまり経験がなかった。融資の必要状況に備える目的での担保となる固定資産の保有や、普段からの金融機関とのコミュニケーションを取ることをしていなかった。これらは緊急事態にはボディーブローのようなダメージになって出現してくる。資金調達の知識と金融機関とのコミュニケーションは、普段から意識しておくべき重要な要素であることをあらためて認識したい。そのような認識が欠落していたA社は、緊急事態に担保を元にプロパー融資を得る選択肢が存在しなかった。さらに原因不明の保証協会からの謝絶を受けた。前述の件が原因なのかどうかさえまだわからない不可解な状況にある。明確にいえることは、A社は取引銀行と全くコミュニケーションをしていなかったということである。A社の社長は借入申込みの謝絶の際にも狼狽した。そして「既存の借入返済をストップしたい」、「月次520万円の約定返済を返済しないでおきたい」と言い始めたのである。社長は、自助努力をすることで自社は現預金で25カ月延命できることが頭から飛んでしまっていた。勝手に返済をストップすることで延滞が発生し、今度は確実に融資の資金調達の道が絶たれるということを知らなかった。金融機関に同意を得るリスケジューリングですら同様の事態となる。A社の社長は、「そんなことになるのか!」とクールダウンされ落ち着きを取り戻した。社長には返済を正常に継続し、悪いことをしていないので正々堂々と取引銀行にエビデンスを示して事情説明すること、さらに私が相談している複数の銀行に保証協会と話をしてもらって普通にコロナ対策融資枠を活用することをしっかり頑張るべきだという説得を理解・納得された。今回のコロナショックでは、無借金経営で営々と事業をされてきたような賢くて経営上手な会社に限って、緊急対応の融資に対応できていないケースが目立つ。資金調達を考えていなかったために、金融機関とコンタクトがなく、資金調達について全く何も知らない。その状況で、政策公庫だ、保証協会のコロナ対策融資保証だと言われても何のことだかさっぱりわからないという。このような話を聞かされると、こちらが信じられない思いになる。あまりに初歩的なことをご存じないことに驚かされる毎日である。コロナ対策融資の説明文に書かれていない重要な事項を確認しておく。既存債務の返済資金にコロナ対策融資の資金を充てて構わない。(公的金融機関の資金で既存の融資を返済することは通常は禁止されている)公的金融機関ではリスケ企業でも融資の対応可能役所系はどこでもそうであるが、出先の事務所によって対応が違う。担当者によっても違う。コロナのような大災害の緊急事態でも、それは変わらない。裁量権の拡大解釈が現場にはある。リスケ先のコロナ対策融資は、公的金融機関の御社の管轄をしている出先事務所によって対応が異なるようなので事前相談をする必要がある。ある出先窓口は、「元本を少しでも返済していたら融資申込みをしてください。対応します。しかし100%返済をストップしている場合、取り扱いはできません」と言い、ある出先窓口は、「リスケをしていて元本も100%返済をストップしていても対応しますので融資申込みをしてください」と言う。これは同じ公的金融機関の話である。役所や金融機関とはそういうものであると受け止めて、それに対応することが重要となる。いずれにしても、リスケ中の企業においてもコロナ対策融資で資金調達する目はあるので、あきらめずに相談し説明し説得して事業存続を図っていただきたい。コロナショックに多くの企業が致命的な打撃を受けている。経済は繋がっているので、ダメージは時間の経過とともに広がっていく。今打撃をまともに食らっている企業は何をすればよいか、A社の事例から認識していただきたい。今はまださほど打撃を受けていない企業は時間の猶予があるので、緊縮財政型の守りを固める経営について準備を整えていただきたい。提供:税経システム研究所
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2020/02/20 管理会計
コストマネジメントの落とし穴
はじめに組織が成長し続けるためには、限られた経営資源をどこに集中させるべきか、戦略的に見極めることが必要です。どこへ重点的に資源を投じるかを考えるにあたって、多くの経営者の方は売上を高めることに目を向けがちです。たしかに、どの製品がよく売れているのか、どの顧客層が製品を購入してくれているのかを分析することは、自社がとるべき戦略を考えるにあたって重要です。しかし、よく売れている製品が、必ずしも多くの利益をもたらしてくれるとは限りません。売上ばかりにとらわれていると、思わぬ落とし穴にはまってしまうことにもなりかねません。組織の大小を問わず、意外と疎かにされがちなのがコストの問題です。「コストを疎かにする経営者などいるか!」とお怒りの読者のお顔が目に浮かびますが、本稿に目を止めてしまったのも何かのご縁とお考えいただき、いまいちど自社の、もしくは関わっておられる組織のコストの問題を見直していただければと思います。コストを見直すことで、より良い経営のためのヒントが見えてくるかもしれません。本リポートでは、コストマネジメントに関する基礎的な論点について、数値例を用いながら解説していきます。読者の皆さんが関わっている組織の経営を見直す一助となれば幸いです。1.製品の収益性把握の重要性読者の皆さんは、自社で取り扱っている製品を1つ販売することで、いったいどれほどの利益が生み出されるのか(これを収益性と呼びます)、適切に把握できているでしょうか。「そんなこともわからずに経営ができるか!」とお感じになる方もおられるかもしれません。しかし、事はそれほど簡単ではありません。収益性を正しく把握するためには、各製品を製造(もしくは購入)し、お客様に提供するまでにかかったコストを適切に把握し、そこで生じたコストを各製品になんらかの形で跡付ける必要があります。もし、実際にかかっているコストが適切に製品に跡付けられていないとしたら、儲かっていると信じていた製品にもかかわらず、それを売れば売るほど損失が拡大していくという事態を招くことにもなってしまうのです。「そんなアホな…。」という声が聞こえて来そうですが、これは多くの組織が陥っているコストマネジメントの落とし穴なのです。2.製品原価の計算製品を生み出すために、いったいどの程度のコストが投じられたのか。これを計算するためには、原価計算の手続きに従って製品原価の計算を行う必要があります。原価計算の基本についてはまた稿を改めて説明して参りますが、本稿では原価計算のなかでも、製品の収益性評価に歪みをもたらしてしまうリスクをはらむ、間接費の配賦の問題に焦点を絞って、一つ目の落とし穴の正体を明らかにしていきたいと思います。3.製品原価を構成する直接費と間接費製品のコストを計算しようとするとき、どの製品の製造のためにかけたコストなのかが明らかなコスト(例:材料費など)を直接費、複数の製品の製造のために共通してかかっているコスト(例:減価償却費、水道光熱費など)や、どの製品の製造のためにかけたコストか直接的に跡付けられないコスト(例:工場長の給与など)のことを間接費といいます。図1に示すように、直接費は製品ごとの消費量が明確なので、各製品に対して直接跡付けることができます。問題は各製品に直接跡付けることができない間接費によって引き起こされることとなるのです。図14.間接費の配賦がもたらす収益性評価の歪み前述のとおり、間接費は各製品に直接跡付けることができないため、各製品の収益性を評価するためには、なんらかの基準を設けることによって、各製品に配分しなければなりません。このように、なんらかの基準に従って間接費を各製品に配分することを「配賦(はいふ)」といい、配賦のために設けられた基準のことを「配賦基準」といいます。これまで、間接費の配賦基準として、各製品の製造のために要した作業時間(直接作業時間)や、機械を動かした時間(機械稼働時間)などがよく用いられてきました。簿記検定試験などで工業簿記・原価計算を勉強された経験をお持ちであれば、間接費はこれらの基準を用いて配賦するものだと認識されている方も多いのではないでしょうか。しかし、そのような認識が、場合によっては落とし穴をさらに深く危険なものにしてしまうこともあり得るのです。5.数値例それでは、間接費の配賦に関する数値例を用いて、製品A、B、Cの収益性を評価してみましょう(図2参照)。なお、製品A、B、Cはいずれも1個あたりの販売価格は50,000円であるものとします。【配賦基準を各製品の直接作業時間とした場合】間接費総額:10,000,000円各製品の直接作業時間:製品A:100時間製品B:130時間製品C:20時間計250時間各製品に対する間接費配賦額製品A:10,000,000円÷250時間×100時間=4,000,000円製品B:10,000,000円÷250時間×130時間=5,200,000円製品C:10,000,000円÷250時間×20時間=800,000円この計算結果をもとに、各製品の収益性(利益率)を評価してみます。図2以上の計算結果に基づけば、最も収益性の高い製品は製品C(利益率48%)ということになります。この結果を受けて読者の皆さんはどのような意思決定を行うでしょうか。もし、「製品Cの利益率が一番高いじゃないか!これからは製品Cにより多くの資源を投入しよう。」と考えられた方がいらっしゃったら、是非一歩踏みとどまっていただきたいと思います。もしかしたら、「製品Cの収益性が最も高い」という評価は、まぼろしかもしれません。【間接費の性質ごとに異なる配賦基準を適用した場合】まぼろしから覚めていただくために、今度はその性質に応じて間接費を3つに分けて、検査回数や配送距離といった異なる配賦基準を適用してみたいと思います。間接費総額10,000,000円内訳品質検査費:3,000,000円配賦基準:品質検査回数A:2回B:4回C:4回組立費:4,500,000円配賦基準:直接作業時間A:100時間B:130時間C:20時間部品配送費:2,500,000円配賦基準:配送距離A:10kmB:8kmC:7km図3図3の計算結果を見てみましょう。間接費について異なる配賦基準を適用したのみですが、さきほど収益性が最も高いという結果であったはずの製品Cの利益率は、なんと-10.4%となっています。利益を生み出していると思っていた製品が、まさかの大赤字の源泉であることが判明しました。このように、間接費の配賦は、製品の収益性評価を大きく歪めてしまう可能性があります。なぜこのような歪みが起こってしまうのでしょうか。次回リポートでは、その原因を探るとともに、この問題を解決する手法である「活動基準原価計算」について解説していきます。提供:税経システム研究所
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2019/12/17 医療経営
戦略的医療機関経営 その132 外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)について
サマリ年々増加している訪日外国人に対して、日本の医療機関の外国人患者の受け入れ態勢を整備する観点から、政府主導で外国人患者の受け入れ医療機関に対しての認証制度(JMIP)が始まった。この新しい認証制度についての内容と課題について記述する。1.増える訪日外国人先日まで、ラグビーワールドカップが開かれており、日本中が大いに沸きました。このワールドカップの観戦のために世界中から外国人が訪日したのは、まだ記憶に新しいところでしょう。2020年には東京でオリンピックが開かれる予定であり、ワールドカップ時以上の外国人がやってきます。日本政府観光局(JNTO)によると、2018年に日本を訪れた外国人の数は、3119万2千人で、前年比8.7%増でした。この数値は日本政府観光局が統計を取り始めた1964年以降最高の訪日外国人の数値です。内訳は、訪日人数の多い順から中国、韓国、台湾、香港、タイとなっています。上位4か国で、73.4%を占めます。次いでシンガポール、マレーシアと続きますが、この2国は近年訪日人数が急増しています。いずれにしてもアジア諸国からの訪日が圧倒的に多いことがわかります。政府主導の観光立国実現にむけたアクションプログラムが2015年から動き出しており、このような活動の結果、成果とも言えます。このアクションプログラムの中に、不慮のけがや病気への対応として「安全・安心に日本の医療サービスを受けられる体制を充実させるため、医療通訳・外国人向けコーディネーター等が配置された拠点病院や外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)の認証病院等の拡大に規模感とスピード感を持って取り組む。これらを中心に、2015年度中に都道府県毎に最低1ヶ所以上の外国人旅行者受入可能で幅広い症例に対応できる医療機関を自治体等と連携し選定する」との記述があります。今回のレポートは、この記述内にある「外国人患者受入れ医療機関認証制度」(JMIP)について基本的な内容と課題を紹介します。□年間外国人患者受け入れ実績2.外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)とはJMIPは、日本医療教育財団が、厚生労働省の支援のもと、国内の医療機関に対して、外国人の受け入れ態勢に対しての認証を行っています。すでに認証を受けた医療機関は、2019年9月の時点で67医療機関が認証済みです。□日本医療教育財団JMIP:http://jmip.jme.or.jp/index.php□認証施設:http://jmip.jme.or.jp/search.php以下JMIPからの抜粋□認証制度の対象となる医療機関日本医療教育財団の認定調査員により、書面調査と訪問調査を実施します。書面調査では、「現況調査票」、「自己評価票」および「事前提出資料」を事前に提出していただきます。訪問調査では担当者合同面接や院内ラウンド調査等を通じて、院内(施設内)の外国人患者受入れ体制を確認します。訪問調査の調査結果をもとに、有識者からなる「認証審査会」において最終的な判定を行います。□審査の方法認証を得た医療機関には、日本医療教育財団より認証書が発行されます。認証医療機関は、医療を必要とするすべての外国人に安心、安全に医療を提供できる体制があることが証明されたことになります。認証医療機関は、JMIPのホームページ上を通じて、外国人患者の受入れ体制が整備された病院(健診施設)であることを告知することができます。書面調査は、外国人受診者に対する対応マニュアルの整備の有無や、記録整備、通訳の配置などが確認されます。そして実際にサーベイヤー(訪問調査員)が医療機関に訪問して調査する内容は、受付表や予約表の内容の確認から始まり、調査票、スタッフの日報、紹介状、同意書、問い合わせ対応ツール(翻訳アプリや会話集など)などの現物と使用状況などを直接確認します。訪問調査は2日間が基本です。調査終了後、1か月半程度で医療機関に中間報告が行われます。この中間報告の中に「C」評価があった場合、すみやかに改善策を立案、実行し補充的調査を行うことになります。補充的調査が終了し、2~3か月後に最終判定が通知されます。通知は、「認証」か「認証留保」のいずれかですが、特段のことがなければ認証となることが多いようです。認証された医療機関には、「認証書」が送られます。認証機関は3年間です。ちなみに認証留保になった医療機関には、改善要望書が送られ、改善の後再度審査を受けることになります。改善要望内容により、書面審査だけの場合もあれば、再度訪問調査を受ける場合もあります。3.実際の医療機関の受け入れ態勢事例)国立国際医療センター病院この病院は新宿に所在していることもあり、以前から外国人患者が非常に多く2015年にJMIPの認証を受けました。我が国は国民皆保険制度のもとでの医療ですが、外国は保険制度自体が大きく異なる場合が多いです。たとえば、検査や薬の処方などは、日本では特に断りもなく必要に応じて実施されますが、外国では、検査や薬についての医療費(支払額)の概算を示し、患者の同意を得てからでないと実施できない国もあります。また宗教や文化の違いについても事前に医療従事者が理解していないと、大きなトラブルになります。イスラム教徒の女性は、家族以外の異性に肌を見せません。さらに男性医師の診察などにも抵抗を示すことがあります。救急の場合は、許容されると助言、アドバイスなどをすることで、理解を得られることもあるので、外国人の宗教や文化を相互に理解することが必要です。このような知識の理解のために、外部の研修に参加したり、院内での研修を企画し、職員だけではなく、周辺の他の医療機関にも参加を呼び掛けて実施しています。□国立国際医療センター病院の主な外国人対応4.課題「外国人患者」とひとくくりにして、話を続けていますが、外国人患者は観光客など短期滞在者と、留学や就労など長期滞在者に区分ができます。短期滞在者が具合が悪くなった場合、まず相談するのが、ホテルなどの宿泊先や外国人向け案内所です。ホテルや案内所の方がJMIPのことを知っていて、その認証医療機関を紹介してくれるということは、まだ難しいのではないかと考えられます。その理由は、JMIP自体の知名度が低いことと、JMIP承認医療機関数が少ないことが挙げられます。したがって観光客や宿泊施設、案内所に対しJMIPの啓蒙活動が必要であると思います。長期滞在者については、居住地域にコミュニティも存在し、その中で徐々に口コミでJMIPについても知られていくと思われますが、居住地の近隣にJMIP認証医療機関がない場合は、JMIP非認証医療機関に受診するでしょう。そのようなJMIP非認証医療機関では特に「言葉」のコミュニケーションをとることが難しく、この点が診療面でも金銭面でもトラブルになることが多いようです。メディカルツーリズムとして、日本の医療機関が外国人を受け入れて収入を得ることは、診療報酬点数が医療費抑制策によって下がり続ける現状においては、魅力的な増収策の一つです。しかし、外国人患者を受け入れるための戦略や周到な準備を怠ると増収どころか費用ばかりかさむ事態にもなりかねません。JMIPの認証を受けるなど外国人患者を受け入れる準備には、様々な費用もかかります。この投資する費用に見合うだけの効果が見込まれるかどうかもJMIPチャレンジの判断材料となりますが、特に都市部の医療機関や地方でも外国人の来訪が多い都市の医療機関は、外国人患者が、突然来院する可能性が高いので、外国人患者の受け入れ態勢、対応方法など最低限の準備はしておくべきだと考えます。参考)外国人受け入れ態勢の現状提供:税経システム研究所
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2019/07/12 論説
パワハラ問題について
1はじめに近年、大企業・中小企業を問わず、雇用形態や経済環境の激変とも相俟って、各種の労働問題が増加しています。その中で特に無視できないのがパワーハラスメント(略してパワハラ)問題です。パワハラによる被害者が精神的・肉体的に病んでしまい、社会復帰ができなくなっている例や、はては自殺・病死に至る痛ましい事例は枚挙にいとまがありません。この問題は、被害者のみならず、放置していた企業側にも社会的信用の失墜をはじめ、多くのダメージがもたらされるため、コーポレートガバナンスの構築上、経営者に対しても、大きな責任問題としてのしかかってきます。以下においては、いくつかの判例を示しつつ、パワハラ問題についてその概要を説明したいと思います(注1)。2パワハラの定義セクハラ、マタハラ(マタニティハラスメント)、育児介護ハラスメントに関しては、法律で企業等に防止措置を設けることが義務づけられており、そこでは各々の定義が法定されています。しかし、パワハラについては、目下立法に向けての作業中であり、現在のところ法律上の定義はありません。しかし、2012年度に厚生労働省主催で「職場のいじめ・嫌がらせに関する円卓会議」が開催されています。また、2017年度には「職場のパワーハラスメント防止対策に関する検討会」も開かれており、これらの会議をへてパワハラについては以下の概念が成立しています。それは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」というものです(注2)。「職場内の優位性」とは、行為者に対し抵抗・拒絶できない蓋然性の高い関係を意味し、①職務上地位が上位の者、②業務上必要な知識や豊富な経験を有している者、あるいは、③集団による行為、などが該当します。①には、上司や職務上の評価者のパワハラが該当し、②と③は、上司に限らず同僚同士あるいは部下から上司へのパワハラも含まれます。「業務の適正な範囲を超えて」とは、業務の目的を大きく逸脱したり、許容の範囲を超える態様を意味し、前者には、私的に上司の送り迎えをさせる、引っ越しの手伝いをさせる、嫌がらせ目的でトイレ掃除や草むしりをさせる、取引先との夜の飲み会に女子職員を接待・お酌要員として参加させる、などがあります。後者としては、教育として数ヶ月間毎日反省文だけを書かせる、指導と称して長時間立たせたままで叱責する、職場内でさらし者ののように叱責する、などがあります。「精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」とは、精神的あるいは身体的に圧力を加えられて負担と感じたり、働く上で看過できない支障が生じるような行為を意味します。暴力による傷害を負わせたり、著しい暴言により人格を否定したり、大声で怒鳴ったり執拗な叱責により恐怖を与えたり、長期にわたる無視あるいは能力に見合わない仕事を付与して就業意欲を失わせること、などがあります。典型的なパワハラの6類型としては、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性がなく、能力・経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり、仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)などがあげられています(注3)。実際には、いろいろな要素が混じり合ってパワハラと認定されており、1回限り「ばか野郎」といっただけではパワハラにはならないでしょうが、毎日のように言われていれば、精神的なダメージへと繋がることでしょう。指導・教育の名の下に、出自・性別・容姿・学歴を非難したりからかうこともいけません。3パワハラに関する法規制セクハラ、マタハラ、育児介護ハラスメントに関しては、法律で事業主に防止措置を設けることが義務づけられていて、①周知・啓発(研修等)、②相談窓口等の設置・整備、③発生した場合の迅速・適切な態様、が求められています。しかし、パワハラについては、明白な措置は法定されておらず、加害者・使用者には以下のような賠償責任が法定されているにすぎません。一つは、①民法上の不法行為による損害賠償責任(民709条)と使用者責任(民715条)です。部下に対する上司の暴行・暴言につき、上司の不法行為責任に加えて、加害者の使用者として、企業等にも使用者責任として被害者に対する損害賠償責任が課せられています(名古屋高判平成20年1月29日労判967号62頁)。使用者には、労働者の安全に配慮する安全配慮義務(労契5条)や、職場環境に配慮する職場環境配慮義務(労契3条4項)があり、これに違反することは債務不履行責任に該当します(民415条)。ついで、②労働者災害補償保険法に基づく使用者の労災補償義務もあり、これは無過失責任でして、労働者の疾患が業務上のものであれば、使用者側の過失の有無にかかわらず、補償義務が発生します。もっともこの補償義務は労働者災害補償保険法にもとづく労災保険によりカバーされることもあります。4いくつかの判例紙幅の都合上、多くは紹介できませんが、いくつかの判例を概観いたしましょう。(1)東京地判平成22年7月27日(労働判例1016号35頁)この事件では、Y1社(被告・消費者金融会社)において債権管理・債権回収業務を担当していた事業部長であるY2(被告)が、部下のX1・X2・X3(原告)らに対して行った各種の嫌がらせ行為が問題となりました。Y2は、Y1社が設定した債権回収目標より高い回収目標を設定し、部下がこの目標を達成できなかった場合には、多数の従業員がいる前で、「馬鹿野郎」、「会社を辞めろ」、「給料泥棒」などといって当該従業員やその直属の上司をしばしば叱責しており、部下の頭を定規で投打したり、電卓を投げつけることもありました。また、Y1社には残業や休日出勤に対する手当がないにもかかわらず、従業員においては、早出出勤・残業・代休の申請をしない休日出勤が常態化していました。Y2は、X1に対し、某特定新聞の購読を勧誘し、X2がこれを断ると叱責し、また、X1がY2の提案した業務遂行方法を行っていないことを知ると、「俺の言うことを聞かないということは懲戒に値する」と叱責し、始末書には「今後、このようなことがあった場合には、どのような処分を受けても一切異議はございません」との文言を書き加えさせていました。X2は、前任者から引き継いだ顧客に対し民事調停法上債務不存在の決定がなされたことを信用情報機関に報告していなかったことに関し、Y2に呼び出され叱責されるとともに、「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした。私の職務怠慢により会社にご迷惑をかけてしまいました。今後は視野を広げ担当案件の見直しを徹底することを誓約いたします。今後の過失については如何なる処分も受け入れる覚悟です。」という趣旨の念書をY1社に提出させられました。Y1社ではビル内では禁煙ですが、1階の外の喫煙場所では喫煙が認められており、X1・X2はそこで喫煙していました。Y2は、不整脈の持病を患い、たばこの臭いを避けていましたが、X1・X2がたばこ臭いといって、長期間にわたり事務所内の扇風機を長時間彼らに向けて執拗に回し続けていました。そのため体調を崩したX1は,心療内科に通院し、抑うつ状態で1ヶ月間休職せざるをえなくなりました。Y2は、X3と面談中、叱責しながらX3の左膝を右足裏で蹴ったり、正当な理由もなく、怒りにまかせてX3の身体を投打したこともありました。また、X3と昼食をとっていた時には、X3の配偶者に言及し、「よくこんな奴と結婚したな。もの好きもいるもんだ。」と発言したこともありました。裁判所は、これらの行為は、社会通念上許容される範囲を超えて精神的苦痛を与えるものであり、職務の範囲内の行為には該当しないとして、Y2には不法行為責任、Y1社には使用者責任を認定しています。被告らは連帯して、X1には約96万円、X2には40万円、X3には10万円を支払うよう命じられました。(2)大阪地判平成22年6月23日(労働判例1019号75頁)この事件は、Z株式会社に勤務していたX(原告・女性)が、職務に伴い同僚等のいじめにあい、会社側がそれに対して適切な措置をとらなかった事案です。精神障害に罹患したXが京都下労働基準監督署長に対し療養補償給付を請求したところ、不支給処分となったため、Xが国(被告)に対し、同処分の取消しを求めました。Xは、パソコン操作の講師等を行う業務に従事し、顧客先に訪問して講習したり、社内でのインストラクター業務をしていました。Xは、知識・操作に長けていたため、5~6人の女性達からなる業務支援グループ内で異例の早さでリーダーに抜擢され、給料もほかのメンバーより高くなりました。そのため他のメンバーから妬まれ執拗な嫌がらせを受けるようになりました。たとえば、部内の勉強会に参加した際、同僚の某から「あなたが参加して意味があるの」と言われたため、次回の勉強会を欠席したところ、この同僚から、他の同僚の前で「いい加減な人」と言われたり、国際会議場での会議の受付をしていたときには、書類の受け渡しの際に嫌がらせをうけました。また、他の同僚が、殊更理由もないのにXに対し跳び蹴りや殴るまねをしたり、ある同僚にパソコン操作を教示した際、お礼にケーキをもらったことがあったところ、ケーキにつられて仕事をする女との噂を流され、この噂が大きくなりました。また同社内の女性社員らの間では、Xに対する陰口がIPメッセンジャーを通じて行き交い、同社員らは目配せして冷笑するなどしていました。これに対し、Xから相談を受けた上司の部課長らは、特に改善策をとらず、Xは失望感をつのらせました。Xは、会社の定期健康診断で右乳房硬結・左乳腺腺腫瘤と診断され、経過観察を受けるかたわら、休職し、京大病院を受診した際、医師に対し、2年半前から会社で嫌がらせを受けているが、嫌がらせの最中には、胸部が冷たくなる感覚やパニック(逃げたい、自分を責める)感覚に陥るし、呼吸がしづらく(呼気が十分にできない感覚)なってきたので、会社をやめる決意をしたと述べています。その後、精神科の専門医院に通うようになり、「不安障害、うつ状態」との診断を受け、通院していますが、同病院では、発症の契機について、Z社において周囲から受けた「いじめ」と診断しています。本判決は、Xに対する同僚の女性社員からのいじめ・いやがらせは、常軌を逸したものであり、これがXに与えた心理的負荷の程度は強度でありながら、これに対する会社の対応策はなく、上司に相談したにもかかわらず防止措置や改善策は採られていないと認定しました。そして、Xの精神障害の発症は、同僚のいじめと、それに対して会社が防止措置をとらなかったことによるものであって、会社の業務との因果関係が認められるとして、本件不支給処分は取り消され、労災の支給が認められました。パワハラの概念としては、一般に、「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にして……」とされていますが、「パワハラは上司から部下に対するものだけではなく、職場の中にあるあらゆるパワー(優位性)を使ったものはパワハラに含まれる」(2017年パワハラ防止対策検討会報告書)ともされており、本件は、職場における「集団のパワー」を示す例といえるでしょう。(3)福井地判平成26年11月28日(労働判例1110号34頁)この事件は、高校を卒業して消防設備の保守点検を業とするY1会社(被告)に就職した青年Aが上司Y2(被告)から受けたパワハラが原因でうつ病を発症し、自殺した事案です。Aの父親XがY2に対しては不法行為責任、Y1に対しては使用者責任を追求して本訴を提起しました。判決は、被告らに対して連帯して総額7261万円余の損害賠償を命じています。AはY1社に入社後、当初は、Y1社が顧客会社から防火施設等のメンテナンスを委託されている各事業所に2名で出向き、消防施設や消化器等の比較的簡単な保守点検業務に従事していました。そして3ヶ月程たってからは、消火栓や火災報知器等の点検業務を行うようになり、Aには直属の上司Y2が同行し指導することが多くなりました。Y2はAに対し、自分が注意したことは必ず手帳に書き、それをノートに書き写すように指導していましたが、Aは、仕事の覚えが悪く、失敗も多く、Y2の運転する車中で居眠りをすることも重なってきたため、Y2はいらだちを覚えるようになり、「一人で勝手に行動しない。分かりもしないのに返事をしない。」というようになりました。また、仕事上のミスに対する叱責の域を超え、人格を否定し、威迫するような言葉が発せられるようになり、これが原因でAはうつ病を発症して、首つり自殺をしてしまいました。Aのノートには、Y2の言葉が、自問自答も含めて、おおむね以下のように綴られていました。「一人で勝手に行動しない。分かりもしないのに返事をしない。分からないときは必ず聞く。聞いたら手帳に書いて忘れない」。「絶対にねるな、絶対にねるな、絶対にねるな、絶対にねるな。自分は変わる、自分は変わる、自分は変わる。自分はもっとよくなる」。「1分1秒がおしい、皆ヒマじゃない、自分は何で変わらない、皆やることがある」。「学ぶ気持はあるのか。いつまで新人気分か。詐欺と同じ。3万円を泥棒したのと同じ。毎日同じことを言う身にもなれ。ワガママ、申し訳ない気持ちがあれば変わっているはず」。「待っていた時間が無駄になった」。「聞き違いが多すぎる」。「耳が遠いんじゃないか」。「嘘をつくような奴に点検をまかせられるわけがない」。「何で自分が怒られているのかすら分かっていない」。「反省しているふりをしているだけ」。「嘘を平気でつく、そんなやつ会社に要るか」。「会社を辞めた方が皆のためになるんじゃないか。辞めてもどうせ再就職はできないだろ。自分を変えるつもりがないのなら家でケーキでも作れば、店でも出せば、どうせ働きたくないんだろう」。「いつまでも甘々、学生気分はさっさと捨てろ」。「死んでしまえばいい」。「辞めればいい」。「今日使った無駄な時間を返してくれ」等々です。判決は、「これらの発言は、仕事上のミスに対する叱責の域を超えて、Aの人格を否定し、威迫するものである。これらの言葉が経験豊かな上司から入社後1年にも満たない社員に対してなされたことを考えると典型的なパワーハラスメントといわざるを得ず、不法行為に当たると認められる」と判示しています。(4)東京地判平成27年3月27日(労働経済判例速報2251号12頁)この事件は、上司によるパワハラの事実がないにもかかわらず、部下から「パワハラだ」と訴えられた会社従業員に関し、その上司や会社が「個人的な好き嫌いの問題である」として、解決をはからず放置した事案でして、その責任が問われています。X(原告)は、コンピューターのソフトウェアに関する業務を目的とするY社の従業員ですが、同僚Aと2人体制でインストール・サポートに従事していました。Xは、上司のD部長から、チームリーダーに指名され、Cへの仕事の割り振りや指導を行うように指示を受けました。Xは、有期雇用契約の従業員の立場である自分が正社員のCに対して指示・指導するのは自分の業務範囲を超えていると思いましたが、D部長の指示に従い、Cに業務を割り振り、仕事をするよう依頼しました。しかし、Cは、「これは自分の仕事ではない」、とか、「できない」などと、様々な理由をつけて拒否しました。また、顧客からCの対応の不適切さを指摘する声もあるため、XはD部長の指示で、Cに欠けるスキルのリストを作成し、メールで報告しました。また、ある日、職場で、XがCに対して担当業務を行っていない旨を指摘したところ、Cは「自分の仕事ではない。」と言って口論となりました。D部長は自席にいてこの様子を聞いていましたが、何もせず、周囲もただ傍観していました。そこで、Xは、D部長に対し、「Cさんに話をして頂けると期待していたのにとても残念です。これまでずっと技術の方々[が]、Cさんをマネジメントできなかったように、これ以上は自分もできません。……どうか全体として真剣に考えて下さい。」とのメールを送信しました。ところが、Cは、逆に、Dに対し、Xは、自分に対し、仕事剥奪、正論を装った個人攻撃および「おまえなんか会社に来なくてよい」等の発言をしていて、これらはハラスメントにあたると主張し、その対処を求める旨のメール文書を作成していました。事実調査の結果、Xによるパワハラはなかったことが判明し、Xは、あらためてCとは仕事ができない旨を訴えました。しかし、D部長からは、「Cが嫌いなのはわかるが、仕事上で影響が出たら他に選択肢はない。この会社を辞めるか、この状況の中でやるべき仕事をやるか。Cの件については、……いろいろやった。……更に良い環境はもう限界である。」と告げられ、解決策がとられないため、結局、Xは、「一身上の都合の為」と記載した退職届をY社に提出しました。本件は、Xが、Y社に対して、Xの心理的負荷が過度に蓄積しないよう適切な対応をとるべき安全配慮義務を怠ったとして不法行為にもとづく損害賠償責任を請求した事案ですが、判決は以下のように認定しています。「原告自身、原告をパワハラで訴えたCと一緒に仕事をするのは精神的にも非常に苦痛であり不可能である旨を繰り返しD部長らに訴えているのであるから、被告は、上記のように強い心理的負荷を与えるようなトラブルの再発を防止し、原告の心理的負荷等が過度に蓄積することがないように適切な対応をとるべきであり、具体的には、原告又はCを他部署へ配転して原告とCとを業務上分離するか、又は少なくとも原告とCとの業務上の関わりを極力少なくし、原告に業務の負担が偏ることのない体制をとる必要があったというべきである。」「D部長は、原告の業務負担の状況や、Cとの関係に関して原告が精神的にも苦痛を感じていること等を認識し、又は少なくとも認識し得たものと認められるから、D部長が……原告に対する指揮監督権限を適切に行使しなかったことについては過失がある……。したがって、D部長の使用者である被告は、……注意義務違反により生じた損害について、民法715条に基づき賠償すべき責任を負う。」5パワハラの予防策パワハラを防ぐための法整備に関しては、パワハラと「指導」との線引きが難しいといわれていますが、この点を考慮して、以下のような、パワハラの予防策が考案されています(注4)。すなわち、①パワハラにあたるか否かについてイマジネーションを働かせること……「自分はこれぐらい言われても平気」ではなく、相手の「人格」や立場を考えて指導すること、②指導の時間や場所、人数について具体的にルールを作り、マニュアル化しておくこと……ミスに対してはその内容・原因の指摘を中心にし、安易な人格否定はしないこと、③パワハラを見て見ぬふりをしない環境を作ること……パワハラの放置は第二・第三のパワハラを作り出すので、就業規則をもってパワハラを禁止し、懲戒事由とすること、社内でパワハラを見聞きした場合の通報窓口の設置、被害者が安心して相談できる秘密遵守の環境整備等が重要である、ということです。社会には、隠れた発達障害で普通人のようには働けない人もいます。イライラする上司の気持も分からないではありませんが、冷静かつ人智を尽くした対応が必要です。<注釈>(注1)参考文献:「特集パワハラ予防の課題」ジュリスト1530号(2019年4月号)13頁以下、岡田康・稲尾和泉『パワーハラスメント』〈第2版〉日本経済新聞出版社(2018年)。「パワーハラスメント」という言葉は、平成13年頃、パワハラ問題を検討する岡田康子氏らによって作られました。原昌登「パワーハラスメントとは-労働法の見地から」前掲ジュリスト35頁、岡田・稲尾41頁。(注2)原・前掲34頁以下、岡田・稲尾・前掲41頁以下。(注3)原・前掲35頁。(注4)原・前掲38頁以下。提供:税経システム研究所
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2019/01/10 財務会計
RIZAPグループ、曲がり角を迎えた「負ののれん」活用型経営戦略
2018年11月、RIZAPグループ、2019年3月期通期業績予想、黒字から大幅赤字へ!RIZAPグループの今期業績見通しの大幅下方修正が、話題となっています。同社は、最近急成長を遂げてきた企業ですが、その中心的な経営戦略には、特徴的なものがあります。その経営方針を、会計学的な「負ののれん」の活用という側面から考察してみます。1.RIZAPグループの沿革RIZAPグループ(株)は、札幌証券取引所の新興企業向け市場「アンビシャス」に上場している企業です。美容・健康関連事業、アパレル関連事業、住関連ライフスタイル事業、エンターテイメント事業等、多角的な事業展開をしています。2016年7月1日付けで、それまでの健康コーポレーション(株)よりRIZAPグループ(株)に商号を変更し、純粋持株会社としました。2017年3月期第1四半期より国際財務報告基準(IFRS)を任意適用しています。2.RIZAPグループの経営業績2018年11月14日、2019年3月期第2四半期の決算発表において、通期損益予想を159億円の黒字見通しから、一転して70億円の大幅赤字に下方修正しました。営業損益は、230億円の黒字から、33億円の赤字に修正し、市場で注目を浴びました。近年のRIZAPグループの連結経営業績を示すと次のとおりです。連結損益計算書(単位:百万円)売上収益営業利益親会社の所有者に帰属する当期利益2016年3月期53,9373,1591,5872017年3月期95,29910,2127,6782018年3月期136,20113,5909,2502019年3月期予想250,00023,00015,940第1四半期発表時(2018.8.13)230,900△3,300△7,000第2四半期発表時(2018.11.14)同社は、テレビCMを積極的に活用し、美容・健康関連事業をコアビジネスとしながら、さらに常識外とも思われるM&A戦略を採用し、M&A戦略重視型経営により急激な発展をしてきました。同社が開示している有価証券報告書や決算短信から、連結子会社等の展開を見てみると、次のように、2017年3月期から極端な膨張を示しています。2014年3月期末連結子会社14社非連結子会社5社2015年3月期末連結子会社19社非連結子会社10社2016年3月期末連結子会社23社非連結子会社13社2017年3月期末連結子会社51社2018年3月期末連結子会社75社持分法適用関連会社1社2018年11月現在連結子会社85社3.RIZAPグループのM&A戦略の特徴同社のM&A戦略に対しては、会計学的には目立った特色を指摘することができます。それは、M&A戦略において「負ののれん」を計上できるような企業結合を意識したものという点です。「負ののれん」とは、「公正価値で測定された純資産が支払対価を上回った額」で測定されます。その差額は、被結合会社の純資産を割安で取得した場合に生ずる、「負ののれん発生益」、「割安購入益」と呼ばれる概念です。一般的に、公正価値より低い価格で事業を買収する例は少数であり、「のれん」計上ではなく、「負ののれん」が発生するケースは、極めて少ないといえます。RIZAPグループは、IFRSを採用しているため、日本の会計基準とは異なる影響があります。「のれん」に関する日本基準とIFRSの基準を比較してみると、次のようになります。日本基準IFRSのれん資産計上資産計上定期償却・減損非償却・減損負ののれん負ののれん発生益損益計算書一括利益計上損益計算書一括利益計上(割安購入益)原則として特別利益営業利益の「その他の収益」最近の年度の有価証券報告書を分析してみると、連結財務諸表注記「企業結合及び非支配持分の取得」欄に、具体的なM&A対象企業別の「のれん」または「負ののれん」(割安購入益)が表示されています。正確な数値を表示しておくため、上記の図表データは「百万円単位」ですが、このリストは「千円単位」で記載しておきます。のれん負ののれん(割安購入益)企業結合日2016年3月期(単位千円)北斗印刷274,437(2015.7.1)タツミプランニング2,148,909(2016.2.23)2,423,3462017年3月期日本文芸社△1,483,821(2016.4.18)三鈴△326,434(2016.4.28)パスポート622,244(2016.5.27)エンパワープレミアム273(2016.5.31)マルコ△2,326,096(2016.7.5)ジーンズメイト△1,687,596(2017.2.20)ぱど313,829(2017.3.31)936,346△5,823,9472018年3月期トレセンテ△569,152(2017.4.28)堀田丸正△1,514,749(2017.6.28)GORIN1,063,632(2017.8.10)(次年度に遡及修正673,000)ビーアンドディー△238,856(2017.12.28)ワンダーコーポレーション△4,002,814(2018.3.29)サンケイリビング新聞社△1,993,481(2018.3.30)1,063,632△8,319,0522019年3月期第2四半期湘南ベルマーレ311,000(2018.4.27)シカタ711,000(2018.4.27)1,022,000上記のM&A関連の注記の記載を見てみると、2017年3月期より、「負ののれん」を計上するM&Aが、件数・金額ともに急増していることがわかります。このリストのうち、各年度の連結損益計算書の「営業利益」と「負ののれん発生益」(割安購入益)の金額およびその貢献率を比較すると次のとおりです。(金額:百万円単位)連結損益計算書営業利益負ののれん発生益貢献率(割安購入益)(A)(B)(B)/(A)2016年3月期3,159―2017年3月期10,2125,82357.0%2018年3月期13,5908,31961.2%2017年3月期および2018年3月期の営業利益のうち、「負ののれん発生益(割安購入益)」の貢献率が非常に高い割合を示しています。RIZAPグループの営業利益の半分超をM&A関連の利益で生み出しています。このことは、当期利益にも影響を与えていることになります。4.小括以上の検討から、次のような点が指摘できるでしょう。●RIZAPグループは、中期経営計画「COMMIT2020」において、「連結売上高3,000億円、営業利益350億円」の経営目標を掲げてきました。その経営目標達成のための方針として、M&A戦略を中心とする経営方針を取り、なかでも「負ののれん」が得られるような案件のM&Aを積極的に活用し、臨時的な利益を獲得し、その戦略を繰り返すことにより業績の急成長を目指してきたといえます。●M&Aで割安の買収を仕掛けることにより、損益計算書上では、一時的な利益を計上できますが、そのような買収で取得した企業は、経営成績が芳しくなく、低迷しているケースが通常であると推定されます。当該企業の再建を支援し、経営力の回復や安定性を向上させる強力なリーダーシップが要求されます。しかし、RIZAPグループのようにあまりにも急激な多角化を図っている場合には、そのガバナンスも十分といえず、逆に「負の遺産」をグループ内に抱え込むこととなりかねません。RIZAPグループの「負ののれん」活用型経営戦略が曲がり角を迎えている証左といえます。たとえ「負ののれん」ではなく、「のれん」を計上しているケースでも、常に減損リスクの発生可能性をチェックすることが求められます。●「負ののれん」は、日本基準では、原則として損益計算書の特別利益に記載され、営業利益や経常利益には影響しません。しかし、IFRSでは特別利益の区分はなく、「負ののれん」は営業利益に含まれることになります。欧米では、M&A戦略は臨時的な経営行動ではなく、通常の営業活動の一部に組み込まれているからです。しかも個別の勘定科目での開示ではなく、「その他の収益」の一部に埋没され、注記事項を慎重に分析しなければ、外部者の視点から見過ごされる結果となっています。この点がRIZAPグループのケースだけではなく、IFRS財務報告基準自体の問題点と考えています。●同社は、2018年11月14日の2019年3月期第2四半期決算発表時に、「新規M&Aの凍結」を表明しています。これは、元カルビー会長で、構造改革担当の代表取締役である松本晃氏の強い提言にもとづいていると報道されています。今後のRIZAPグループの動向が注目されます。●RIZAPグループの株式市場での最近1年間のチャートをみてみると、次のとおりです。市場では、表面的な公表情報だけでなく、経営の実態を客観的に分析し、負の遺産の将来への経営リスクを、株価に実質的に織り込んできていると考えられます。出所:YahooJapan、Yahoo!ファイナンス、2018年12月5日付けより。提供:税経システム研究所
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