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RIZAPグループ、曲がり角を迎えた「負ののれん」活用型経営戦略
2019/01/10 著者 :  片山 覚
カテゴリ: 財務会計

2018年11月、RIZAPグループ、2019年3月期通期業績予想、黒字から大幅赤字へ!

RIZAPグループの今期業績見通しの大幅下方修正が、話題となっています。同社は、最近急成長を遂げてきた企業ですが、その中心的な経営戦略には、特徴的なものがあります。その経営方針を、会計学的な「負ののれん」の活用という側面から考察してみます。

1.RIZAPグループの沿革

RIZAPグループ(株)は、札幌証券取引所の新興企業向け市場「アンビシャス」に上場している企業です。美容・健康関連事業、アパレル関連事業、住関連ライフスタイル事業、エンターテイメント事業等、多角的な事業展開をしています。 2016年7月1日付けで、それまでの健康コーポレーション(株)よりRIZAPグループ(株)に商号を変更し、純粋持株会社としました。2017年3月期第1四半期より国際財務報告基準(IFRS)を任意適用しています。

2.RIZAPグループの経営業績

2018年11月14日、2019年3月期第2四半期の決算発表において、通期損益予想を159億円の黒字見通しから、一転して70億円の大幅赤字に下方修正しました。営業損益は、230億円の黒字から、33億円の赤字に修正し、市場で注目を浴びました。

近年のRIZAPグループの連結経営業績を示すと次のとおりです。

  連結損益計算書 ( 単位:百万円 )
  売上収益 営業利益 親会社の所有者に帰属する当期利益
2016年3月期 53,937 3,159 1,587  
2017年3月期 95,299 10,212 7,678  
2018年3月期 136,201 13,590 9,250  
2019年3月期予想 250,000 23,000 15,940 第1四半期発表時(2018.8.13)
230,900 △3,300 △7,000 第2四半期発表時(2018.11.14)

同社は、テレビCMを積極的に活用し、美容・健康関連事業をコアビジネスとしながら、さらに常識外とも思われるM&A戦略を採用し、M&A戦略重視型経営により急激な発展をしてきました。同社が開示している有価証券報告書や決算短信から、連結子会社等の展開を見てみると、次のように、2017年3月期から極端な膨張を示しています。

2014年3月期末 連結子会社14社 非連結子会社5社
2015年3月期末 連結子会社19社 非連結子会社10社
2016年3月期末 連結子会社23社 非連結子会社13社
2017年3月期末 連結子会社51社  
2018年3月期末 連結子会社75社 持分法適用関連会社1社
2018年11月現在 連結子会社85社  

3.RIZAPグループのM&A戦略の特徴

同社のM&A戦略に対しては、会計学的には目立った特色を指摘することができます。それは、M&A戦略において「負ののれん」を計上できるような企業結合を意識したものという点です。

「負ののれん」とは、「公正価値で測定された純資産が支払対価を上回った額」で測定されます。その差額は、被結合会社の純資産を割安で取得した場合に生ずる、「負ののれん発生益」、「割安購入益」と呼ばれる概念です。一般的に、公正価値より低い価格で事業を買収する例は少数であり、「のれん」計上ではなく、「負ののれん」が発生するケースは、極めて少ないといえます。

RIZAPグループは、IFRSを採用しているため、日本の会計基準とは異なる影響があります。「のれん」に関する日本基準とIFRSの基準を比較してみると、次のようになります。

  日本基準 IFRS
のれん 資産計上 資産計上
定期償却・減損 非償却・減損
負ののれん
負ののれん発生益
損益計算書一括利益計上 損益計算書一括利益計上
(割安購入益) 原則として特別利益 営業利益の「その他の収益」

最近の年度の有価証券報告書を分析してみると、連結財務諸表注記「企業結合及び非支配持分の取得」欄に、具体的なM&A対象企業別の「のれん」または「負ののれん」(割安購入益)が表示されています。正確な数値を表示しておくため、上記の図表データは「百万円単位」ですが、このリストは「千円単位」で記載しておきます。

 

  のれん 負ののれん(割安購入益) 企業結合日
2016年3月期   (単位千円)  
北斗印刷 274,437   (2015.7.1)
タツミプランニング 2,148,909   (2016.2.23)
2,423,346
2017年3月期
日本文芸社   △1,483,821 (2016.4.18)
三鈴   △ 326,434 (2016.4.28)
パスポート 622,244   (2016.5.27)
エンパワープレミアム 273   (2016.5.31)
マルコ   △2,326,096 (2016.7.5)
ジーンズメイト   △1,687,596 (2017.2.20)
ぱど 313,829   (2017.3.31)
936,346 △5,823,947
2018年3月期
トレセンテ   △ 569,152 (2017.4.28)
堀田丸正   △1,514,749 (2017.6.28)
GORIN 1,063,632   (2017.8.10)
(次年度に遡及修正673,000)
ビーアンドディー   △ 238,856 (2017.12.28)
ワンダーコーポレーション   △4,002,814 (2018.3.29)
サンケイリビング新聞社   △1,993,481 (2018.3.30)
1,063,632 △8,319,052  
2019年3月期第2四半期
湘南ベルマーレ 311,000   (2018.4.27)
シカタ 711,000   (2018.4.27)
1,022,000

上記のM&A関連の注記の記載を見てみると、2017年3月期より、「負ののれん」を計上するM&Aが、件数・金額ともに急増していることがわかります。

このリストのうち、各年度の連結損益計算書の「営業利益」と「負ののれん発生益」(割安購入益)の金額およびその貢献率を比較すると次のとおりです。(金額:百万円単位)

連結損益計算書 営業利益 負ののれん発生益 貢献率
    (割安購入益)  
  (A) (B) (B)/(A)
2016年3月期 3,159  
2017年3月期 10,212 5,823 57.0%
2018年3月期 13,590 8,319 61.2%

2017年3月期および2018年3月期の営業利益のうち、「負ののれん発生益(割安購入益)」の貢献率が非常に高い割合を示しています。RIZAPグループの営業利益の半分超をM&A関連の利益で生み出しています。このことは、当期利益にも影響を与えていることになります。

4.小括

以上の検討から、次のような点が指摘できるでしょう。

●RIZAPグループは、中期経営計画「COMMIT2020」において、「連結売上高3,000億円、営業利益350億円」の経営目標を掲げてきました。その経営目標達成のための方針として、M&A戦略を中心とする経営方針を取り、なかでも「負ののれん」が得られるような案件のM&Aを積極的に活用し、臨時的な利益を獲得し、その戦略を繰り返すことにより業績の急成長を目指してきたといえます。

●M&Aで割安の買収を仕掛けることにより、損益計算書上では、一時的な利益を計上できますが、そのような買収で取得した企業は、経営成績が芳しくなく、低迷しているケースが通常であると推定されます。当該企業の再建を支援し、経営力の回復や安定性を向上させる強力なリーダーシップが要求されます。しかし、RIZAPグループのようにあまりにも急激な多角化を図っている場合には、そのガバナンスも十分といえず、逆に「負の遺産」をグループ内に抱え込むこととなりかねません。RIZAPグループの「負ののれん」活用型経営戦略が曲がり角を迎えている証左といえます。たとえ「負ののれん」ではなく、「のれん」を計上しているケースでも、常に減損リスクの発生可能性をチェックすることが求められます。

●「負ののれん」は、日本基準では、原則として損益計算書の特別利益に記載され、営業利益や経常利益には影響しません。しかし、IFRSでは特別利益の区分はなく、「負ののれん」は営業利益に含まれることになります。欧米では、M&A戦略は臨時的な経営行動ではなく、通常の営業活動の一部に組み込まれているからです。しかも個別の勘定科目での開示ではなく、「その他の収益」の一部に埋没され、注記事項を慎重に分析しなければ、外部者の視点から見過ごされる結果となっています。この点がRIZAPグループのケースだけではなく、IFRS財務報告基準自体の問題点と考えています。

●同社は、2018年11月14日の2019年3月期第2四半期決算発表時に、「新規M&Aの凍結」を表明しています。これは、元カルビー会長で、構造改革担当の代表取締役である松本晃氏の強い提言にもとづいていると報道されています。今後のRIZAPグループの動向が注目されます。

●RIZAPグループの株式市場での最近1年間のチャートをみてみると、次のとおりです。市場では、表面的な公表情報だけでなく、経営の実態を客観的に分析し、負の遺産の将来への経営リスクを、株価に実質的に織り込んできていると考えられます。


出所:Yahoo Japan、Yahoo!ファイナンス、2018年12月5日付けより。

提供:税経システム研究所