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コストマネジメントの落とし穴

-間接費配賦の罠:その製品は本当に利益を生み出しているのか?-

2020/02/20

著者 :  目時壮浩

カテゴリ: 管理会計

はじめに

組織が成長し続けるためには、限られた経営資源をどこに集中させるべきか、戦略的に見極めることが必要です。どこへ重点的に資源を投じるかを考えるにあたって、多くの経営者の方は売上を高めることに目を向けがちです。たしかに、どの製品がよく売れているのか、どの顧客層が製品を購入してくれているのかを分析することは、自社がとるべき戦略を考えるにあたって重要です。しかし、よく売れている製品が、必ずしも多くの利益をもたらしてくれるとは限りません。売上ばかりにとらわれていると、思わぬ落とし穴にはまってしまうことにもなりかねません。

組織の大小を問わず、意外と疎かにされがちなのがコストの問題です。「コストを疎かにする経営者などいるか!」とお怒りの読者のお顔が目に浮かびますが、本稿に目を止めてしまったのも何かのご縁とお考えいただき、いまいちど自社の、もしくは関わっておられる組織のコストの問題を見直していただければと思います。コストを見直すことで、より良い経営のためのヒントが見えてくるかもしれません。本リポートでは、コストマネジメントに関する基礎的な論点について、 数値例を用いながら解説していきます。読者の皆さんが関わっている組織の経営を見直す一助となれば幸いです。

1.製品の収益性把握の重要性

読者の皆さんは、自社で取り扱っている製品を1つ販売することで、いったいどれほどの利益が生み出されるのか(これを収益性と呼びます)、適切に把握できているでしょうか。「そんなこともわからずに経営ができるか!」とお感じになる方もおられるかもしれません。しかし、事はそれほど簡単ではありません。収益性を正しく把握するためには、各製品を製造(もしくは購入)し、お客様に提供するまでにかかったコストを適切に把握し、そこで生じたコストを各製品になんらかの形で跡付ける必要があります。もし、実際にかかっているコストが適切に製品に跡付けられていないとしたら、儲かっていると信じていた製品にもかかわらず、それを売れば売るほど損失が拡大していくという事態を招くことにもなってしまうのです。「そんなアホな…。」という声が聞こえて来そうですが、これは多くの組織が陥っているコストマネジメントの落とし穴なのです。

2.製品原価の計算

製品を生み出すために、いったいどの程度のコストが投じられたのか。これを計算するためには、原価計算の手続きに従って製品原価の計算を行う必要があります。原価計算の基本についてはまた稿を改めて説明して参りますが、本稿では原価計算のなかでも、製品の収益性評価に歪みをもたらしてしまうリスクをはらむ、間接費の配賦の問題に焦点を絞って、一つ目の落とし穴の正体を明らかにしていきたいと思います。

3.製品原価を構成する直接費と間接費

製品のコストを計算しようとするとき、どの製品の製造のためにかけたコストなのかが明らかなコスト(例:材料費など)を直接費、複数の製品の製造のために共通してかかっているコスト(例:減価償却費、水道光熱費など)や、どの製品の製造のためにかけたコストか直接的に跡付けられないコスト(例:工場長の給与など)のことを間接費といいます。図1に示すように、直接費は製品ごとの消費量が明確なので、各製品に対して直接跡付けることができます。問題は各製品に直接跡付けることができない間接費によって引き起こされることとなるのです。

図1

4.間接費の配賦がもたらす収益性評価の歪み

前述のとおり、間接費は各製品に直接跡付けることができないため、各製品の収益性を評価するためには、なんらかの基準を設けることによって、各製品に配分しなければなりません。このように、なんらかの基準に従って間接費を各製品に配分することを「配賦(はいふ)」といい、配賦のために設けられた基準のことを「配賦基準」といいます。これまで、間接費の配賦基準として、各製品の製造のために要した作業時間(直接作業時間)や、機械を動かした時間(機械稼働時間)などがよく用いられてきました。簿記検定試験などで工業簿記・原価計算を勉強された経験をお持ちであれば、間接費はこれらの基準を用いて配賦するものだと認識されている方も多いのではないでしょうか。しかし、そのような認識が、場合によっては落とし穴をさらに深く危険なものにしてしまうこともあり得るのです。

5.数値例

それでは、間接費の配賦に関する数値例を用いて、製品A、B、Cの収益性を評価してみましょう(図2参照)。なお、製品A、B、Cはいずれも1個あたりの販売価格は50,000円であるものとします。

【配賦基準を各製品の直接作業時間とした場合】

間接費総額:10,000,000円

各製品の直接作業時間:製品A:100時間 製品B:130時間 製品C:20時間 計250時間

各製品に対する間接費配賦額

製品A:10,000,000円÷250時間×100時間=4,000,000円

製品B:10,000,000円÷250時間×130時間=5,200,000円

製品C:10,000,000円÷250時間×20時間=800,000円

この計算結果をもとに、各製品の収益性(利益率)を評価してみます。

図2

以上の計算結果に基づけば、最も収益性の高い製品は製品C(利益率48%)ということになります。この結果を受けて読者の皆さんはどのような意思決定を行うでしょうか。もし、「製品Cの利益率が一番高いじゃないか!これからは製品Cにより多くの資源を投入しよう。」と考えられた方がいらっしゃったら、是非一歩踏みとどまっていただきたいと思います。もしかしたら、「製品Cの収益性が最も高い」という評価は、まぼろしかもしれません。

【間接費の性質ごとに異なる配賦基準を適用した場合】

まぼろしから覚めていただくために、今度はその性質に応じて間接費を3つに分けて、検査回数や配送距離といった異なる配賦基準を適用してみたいと思います。

間接費総額10,000,000円

内訳 品質検査費:3,000,000円 配賦基準:品質検査回数 A:2回 B:4回 C:4回
組立費:4,500,000円 配賦基準:直接作業時間 A:100時間 B:130時間 C:20時間
部品配送費:2,500,000円 配賦基準:配送距離 A:10km  B:8km  C:7km

図3

図3の計算結果を見てみましょう。間接費について異なる配賦基準を適用したのみですが、さきほど収益性が最も高いという結果であったはずの製品Cの利益率は、なんと-10.4%となっています。利益を生み出していると思っていた製品が、まさかの大赤字の源泉であることが判明しました。

このように、間接費の配賦は、製品の収益性評価を大きく歪めてしまう可能性があります。なぜこのような歪みが起こってしまうのでしょうか。次回リポートでは、その原因を探るとともに、この問題を解決する手法である「活動基準原価計算」について解説していきます。

提供:税経システム研究所

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