サマリー
- 緊急事態には冷静に物事を整理し順序だてて考えを組み立てることが重要である。
- 急成長企業や無借金経営など優良経営企業ほど緊急事態にもろい。
- 冷静になって自社が受けているダメージのサイズを計測して、数字を把握する。
- 売上対策を考える前に、いきすぎとも思えるほどの緊縮財政対策を立案し、その実行を迅速に図り出血を止める。立ち往生していると生き残ることが難しくなる。
- 自社の自己資金でどの程度延命が図れるのか計算し、その時間内に対策もしくは融資実行を受けるように段取りをつける。
- ピンチとなった企業には波状的にトラブルが来る傾向があるが、さらに冷静にそれらを処理し決して感情的にならない。トップが平常心でいることが最大の戦力である。
- 金融機関とのコミュニケーションは緊急事態にこそその価値が出現する。
新型コロナ以前は、人手不足倒産などという言葉が飛び交う環境にあった。私はそれに対応する形で、人手不足解決のための施策を4回にわたって論じてきた。ところが新型コロナで世界的にあまりに急激な経済活動停滞が起こったことによって、企業を取り巻く環境が一変した。
企業は「環境適応業」であるといわれている。環境変化に適応できないと廃業することになる。環境変化に適応できてはじめて存続が許される。環境変化の半歩先の先手を打つことで成長が実現する。そういう存在が企業だといえる。
今回は企業活動にあまりに急なブレーキが踏まれた。このような極端な状況の環境変化に対応することは容易ではない。私のところに飛び込んできている目の前のコロナ経営危機企業の対応事例の一つを挙げて、その対策を皆様にご検討いただけたらと思う。
1. 創業5年のある飲食業の会社の狼狽
A社は、社長が28歳男性。創業5年目の急成長飲食業の会社。たった5年の社歴で、全国に70店舗を展開するに至り、年商は25億円を稼ぎ出している。それこそ将来が極めて有望な出色の企業である。
ある社長からそんなA社を助けてやってくれと相談があった。A社の社長は、株式売却をしたいと思い、相談をしにこられた。なぜ株式売却かと尋ねると、「繁盛していた店舗の売上がコロナで崩壊した。体力のない自社ではこのままでは従業員を支えきれない。従業員を守りたいのだ。」と言う。純資産は創業時の17倍の1億7000万円を超えている。それでも私は良い返事をしてあげられなかった。「この時期に運転資金の投入量が予測できない企業を、コロナ以前にいかに優良であったとしても、株式を買うとなると当分買い手企業は様子を見る体制にあると思うがどう思うか?」と返答した。
「体力がない」と言うので、決算書を拝見すると、1月末決算で期末現預金残高が2億5000万以上ある。その範囲の体力はあるのだ。「体力がない」と言うのはおおざっぱすぎる。
若手有能社長と若手有能役員全員が明らかに狼狽していた。大変なことになったと浮き足立って思考停止に陥っていた。
私が30年のコンサルタント生活で初めて見たBtoCの自力急成長企業であっても、この強烈な環境変化を前にすると狼狽して思考停止してしまう。
経営者は、結果が良くても悪くてもニュートラルで冷静に課題を発見して解決策を推進しなければならない立場である。まずは冷静に自社の現状を把握するところからかからねばならない。
2.極端な緊縮財政フォーメーションと支援策の導入
現在の環境下では、売上対策は効率的に機能しない。A社は抜き出た攻撃力をもって、快進撃をしてきた。その結果、守備は未経験であるし関心も薄く知識もなかった。
「我慢大会を生き残る」と決めるか?
「若いのでいったん会社を廃業して再起を図る」と決めるか?
について社長の腹を決めるように促した。
彼は躊躇なく「我慢大会を生き残る」と方針を決めた。
大多数の業界が突然「我慢大会」モードに変わった。それを生き残る企業は、その間にリタイアする企業が多々出てくると予見されることから、コロナ収束後にはシェア奪取のチャンスがある可能性が高い。
A社の社長は、「年齢も近く、意気に感じて猛烈に働いてくれている社員各位を自分がギブアップすることでやりがいある職場を取り上げるなんて絶対にできない。」というところから「生き残り」の方針を出した。
(1)緊急事態予算編成と施策計画の明確化
- コロナショックが始まってからの2月からの実績資金繰表作成。(優良企業の多くは資金繰表を作ったことがない)
- 今後の月次売上予測を設定し、支払項目ごとのこれまでのペースで推移した場合の月次収支をシミュレーション。
- 月次の出血額(資金流出額)が見えるので、それを止めることをコミットメントターゲットとして支出の緊縮対策を丹念に立案。
- 月次の出血額をオペレーションの緊縮で止めきれない場合、構造対策を付加する。(この機会に成績の思わしくない店舗のクラッシュ、スタッフとの信頼関係が強固であることから、人件費の繰り延べ(助成金の活用)、一般支払いの繰り延べ、賃料の減免繰延交渉、コロナ対策融資の導入など)
- バッファ(不測の事態が発生した場合の余力)は現預金残高約2億5000万円と、コロナ対策融資。資金不足から安易に現預金や融資に手をつけないことを前提とする。
このような作業を2時間余りで済ませた。
(2)緊急事態予算編成の過程で明確になったこと
- コロナショック環境下でも売上は月次で5000万円見込めるということ。(年間6億/前年比78%減)
- 財務支出の月次約600万円を横に置いて営業上の収支は単月で合わせられるめどがつけられそうだということ。
オペレーションコストの緊縮施策では、当該業種のような場合は変動費を適切に動かすことが何よりも重要になる。「仕入」は、売上が急降下したとして、すぐに発注は比例して絞られることがない。発注は棚の在庫を見て行われる。また、ルーティン化されて習慣のようになっている場合もある。平常時のままにしておくと、売上が急降下するが、仕入はそれほど変わらずに推移し、資金繰りに致命的な打撃を与える場合がある。そこで、仕入は売上高の急降下率に比例して絞り、売上の推移と見通しに基づいた金額規模で発注するように仕組みを切り替える必要がある。
「アルバイト人件費」は、アルバイトさんとよく話し合って、シフトを売上(来店客数)の下降状況に合わせて臨機応変に絞り調整を行う。営業時間や営業曜日を限定するのは構造対策である。
ついこの前までは人手不足であったが、コロナ以降が人手余りに急に転換した。そのため、シフト調整で不満があるアルバイトさんには退職していただく対応も可能である。そう考えれば組織風土課題が重い企業や店舗では、この際、良い人材がローコスト(アルバイト募集貼り紙でどんどん応募が来る)採用できる環境を利用して、ドラスティックにスタッフの入れ替えをすることも検討できる。
固定費を下げると損益分岐点が下がる。賃料を一定期間フリーレントにしてもらう、減額してもらう、保証金の償還分を一定期間賃料に引き当ててもらうなどの相談を持って行く。
こんな時期なので、各業者に支払いの繰り延べや一部値引き協力を要請する相談を掛けて回る。
このような施策を置いてその金額効果規模を計算して、収支構造で出血を止めるまで施策を練り続ける。そして決まった施策を計画化して役割を振り、納期を明確化して活動統制を行うのである。
【A社に残された課題は】
月次約600万円の財務支出(借入返済・リース支払い・金利支払い)を現預金残高で賄うこと。
試算をすると、2月・3月の不十分な対策で約1億円が毀損し、3月末の現預金残高が1億5300万円となっていた。(無策で立ち往生していると取り返しのつかないことになったことがわかる)単純に600万円の引き当てをするとして割り算すると25.5カ月分の財務支出を賄うことができる。つまり輸血(融資)なしでA社は2年余り持ちこたえられる体制ができたということである。
ここまで組み立てられると、A社は十分に我慢大会を耐え忍んで勝ち残ることができるということができるようになる。
3.コロナ対策融資の申込み
その上で、政府系金融機関のコロナ対策融資を申込み、余力を作ることにした。
企業存続における融資制度や助成金等について読者諸氏はすでにつぶさに調べているだろうと推察し、その前提で稿を進める。
A社の債務残高は1月末決算で2億8000万円。保証協会付き約定返済のみ。売上高と利益高に対して少ない債務である。これを見ても28歳の若い経営者がいかに並外れた経営センスと経営能力を持っていたかうかがい知ることができる。無駄なコストを浪費せずに借入をなるべくしないようにしてきた。
飲食業は在庫と人件費を売上に対応して適切に最小化させていれば、現金商売なので運転資本ニーズは発生しにくい。その代わり新店をどんどん増やしていくA社のような企業は出店の設備投資や出店経費がかさむために借入が増える。
A社は短期間に70店舗もの出店をしているにもかかわらず、借入がこの程度で済んでいる原因を尋ねると、A社の経営陣が出店経費を最小化するために知恵を絞り、あらゆる工夫をしたのだということであった。
1月末の決算売上高25億円、営業利益6500万円、経常利益7600万円で、債務残高が2億8000万円、純資産が1億7400万円。借入をするには申し分ない成績に思えた。少し気になるのは、担保になる固定資産がないことだけである。
これまで保証協会付きの融資取引のあったメガバンク、地方銀行にコロナ対策融資を申込んだが、連続して保証協会から謝絶された。どこからもコロナ融資が出てこない。理解できない状況となった。過去に法人・個人でA社、A社の社長に延滞があったか確認したが、そんな事実はない。
よくよく聞いてみると、静岡の店舗におけるトラブルで地方新聞が誤報をした際に、A社の社長と役員の名前が掲載されたことがあったという。結果は社長と役員の身分は証明され、社長や役員のスマートフォンの中身からも持ち物からも問題となるものは見つからず、不起訴処分となり解放されておられた。そんなことでコロナ対策の融資が謝絶されるだろうか?
しかしそれ以外に保証協会の謝絶理由はないと思われた。そこで、私が懇意にしている銀行の本部の幹部に状況を相談し、当該新聞記事、担当弁護士の顛末書、不起訴処分告知書を準備して、保証協会内部のなんらかの誤った記録を修正抹消してもらうように動いている。
コロナで被災状態にある企業にさらに思いもよらない追い打ちがかかってきたが、それでもこれは時間的余裕がある中で解決していけばよい問題である。多くの突然窮地に陥った企業では、泣きっ面にハチのようなトラブルがなぜか発生しがちであることを経験する。しかし、それを冷静に取り扱って乗り越えていく過程で経営者や企業が得られる無形資産は、これからにとって価値があるものになる。
4.おわりに
緊急事態にはほとんどの企業では「輸血」(=融資)は不可欠である。緊急事態は経営責任とはいえない形で勃発する。それは思いもよらない外部環境の変化である。その際には、ビジネスモデルを最初から作り直さなければならない深刻なケースもある。そういう緊急事態に備えて、もうけの出ているときの予算配分に、リスクマネジメントを加えておかねばならない。
A社は結果的に現預金残高が豊富であったことでリスクヘッジができることとなっているが、A社は「いわゆる借金」をなるべくしないというポリシーゆえに、資金調達についてあまり経験がなかった。融資の必要状況に備える目的での担保となる固定資産の保有や、普段からの金融機関とのコミュニケーションを取ることをしていなかった。これらは緊急事態にはボディーブローのようなダメージになって出現してくる。資金調達の知識と金融機関とのコミュニケーションは、普段から意識しておくべき重要な要素であることをあらためて認識したい。
そのような認識が欠落していたA社は、緊急事態に担保を元にプロパー融資を得る選択肢が存在しなかった。さらに原因不明の保証協会からの謝絶を受けた。前述の件が原因なのかどうかさえまだわからない不可解な状況にある。明確にいえることは、A社は取引銀行と全くコミュニケーションをしていなかったということである。
A社の社長は借入申込みの謝絶の際にも狼狽した。そして「既存の借入返済をストップしたい」、「月次520万円の約定返済を返済しないでおきたい」と言い始めたのである。
社長は、自助努力をすることで自社は現預金で25カ月延命できることが頭から飛んでしまっていた。
勝手に返済をストップすることで延滞が発生し、今度は確実に融資の資金調達の道が絶たれるということを知らなかった。金融機関に同意を得るリスケジューリングですら同様の事態となる。
A社の社長は、「そんなことになるのか!」とクールダウンされ落ち着きを取り戻した。社長には返済を正常に継続し、悪いことをしていないので正々堂々と取引銀行にエビデンスを示して事情説明すること、さらに私が相談している複数の銀行に保証協会と話をしてもらって普通にコロナ対策融資枠を活用することをしっかり頑張るべきだという説得を理解・納得された。
今回のコロナショックでは、無借金経営で営々と事業をされてきたような賢くて経営上手な会社に限って、緊急対応の融資に対応できていないケースが目立つ。資金調達を考えていなかったために、金融機関とコンタクトがなく、資金調達について全く何も知らない。その状況で、政策公庫だ、保証協会のコロナ対策融資保証だと言われても何のことだかさっぱりわからないという。
このような話を聞かされると、こちらが信じられない思いになる。あまりに初歩的なことをご存じないことに驚かされる毎日である。
コロナ対策融資の説明文に書かれていない重要な事項を確認しておく。
- 既存債務の返済資金にコロナ対策融資の資金を充てて構わない。(公的金融機関の資金で既存の融資を返済することは通常は禁止されている)
- 公的金融機関ではリスケ企業でも融資の対応可能
役所系はどこでもそうであるが、出先の事務所によって対応が違う。担当者によっても違う。
コロナのような大災害の緊急事態でも、それは変わらない。裁量権の拡大解釈が現場にはある。
リスケ先のコロナ対策融資は、公的金融機関の御社の管轄をしている出先事務所によって対応が異なるようなので事前相談をする必要がある。
ある出先窓口は、「元本を少しでも返済していたら融資申込みをしてください。対応します。しかし100%返済をストップしている場合、取り扱いはできません」と言い、ある出先窓口は、「リスケをしていて元本も100%返済をストップしていても対応しますので融資申込みをしてください」と言う。これは同じ公的金融機関の話である。役所や金融機関とはそういうものであると受け止めて、それに対応することが重要となる。
いずれにしても、リスケ中の企業においてもコロナ対策融資で資金調達する目はあるので、あきらめずに相談し説明し説得して事業存続を図っていただきたい。
コロナショックに多くの企業が致命的な打撃を受けている。経済は繋がっているので、ダメージは時間の経過とともに広がっていく。今打撃をまともに食らっている企業は何をすればよいか、A社の事例から認識していただきたい。今はまださほど打撃を受けていない企業は時間の猶予があるので、緊縮財政型の守りを固める経営について準備を整えていただきたい。